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02


 早朝。二階の自室で目覚め、顔を洗いに一階へ降りる。

 寝返りで悲鳴をあげかけたらしい声が聞こえたが、爺さんの無事でない腰は一夜を明かした。


 洗面所で身支度を済ませ、鏡に映る、他人であり今は自分の顔をまじまじと観察する。


 俺には、海の底から、この少年の亡骸を視た記憶がある。何故俺が少年の身体で動いているかはさっぱりではあるが。


 この少年が生きていれば、どんな人生を送ったのだろう。

 どんな人生を送ったために、海を漂う事になったのだろう。


 海妖精の尖った歯は、対面で話すと、ひどく目につく。

 人族の中で生きるなら、目に特徴が出るよりはマシだとは思う。


 ……この少年も、厄介事を避けるため、俺のように隠し生きていたのかもしれない。


 どの種族にも差別する者はいて、その差別、嫌悪を胸の内に留めることが出来ず、表に出し。

 大事に取り沙汰そうとする者はいてしまう。

 そして、そんな騒ぎ立てる者が煩わしくて、黙らせようとする者もいる。


 爺さんである。


 過去、爺さんがやってしまったのである。

 俺への暴言を聞いた爺さんが殴りかかってしまい、顔も声も覚えていないそいつは、先生の手でなんとか一命をとりとめた。

 ……隠居している身である以上、荒事は避けてもらいたい。


 この顔について考えるのはここまで。

 切り換えよう、朝食を用意するため台所へ向かう。


 適当に作ったスープと、炒った卵と、パン。用意した食器によそって……水差しと、


 ――魔法が継続して使えることも良かったと思う。

 なんせ、二人分の食事を運んでも両手が空くのだ。魔法が無い生活など、もう考えられない。


 水塊に乗せた食事を連れ、爺さんの部屋の扉をノック、三回。


 返事の前に扉を開ければ、爺さんはベッドから立ち上がろうとする動作の途中のような、中途半端な中腰で震えていた。


「………………、」


 何も言わないのも優しさであると思う。


 部屋の隅にあるテーブルを爺さんの前に移動させ、椅子も一つ移動する。

 テーブルに食事を並べ、俺が椅子に座る頃には、爺さんは無事ベッドに腰かけることが出来ていた。


「爺さんの腰が良くなったらさ、俺、数日店をあけるけど、平気?」


「わしの心配の前に自分を心配しろ。

 単独での護衛は初めてだろうに」


 俺は初めてではないが、……この身体では初めてではある。


「俺は大丈夫だよ、爺さんの仕事を見てきたし、送り届ける町にも行ったことがあるし」


「……うむ、経験にはなるか。

 お前もいずれ……村の外で暮らすこともあるだろうし」


 スープを飲みながら、ぼそぼそと言う爺さん。

 先生が「グランは顔に似合わず寂しがりだ」と言っていた。本当に顔に似合わない。


「依頼か何かで外に出ることはあっても、村から出て暮らす、ってことはないと思うよ」


「何を言うか。世界は広い、小さな村一つが世界ではないぞ」


「世界の広さについては否定しないけど、それとこれとは話が違うというか、追い出されるまでは村にいたいんだよ」


「お前は学校も嫌がるし、同世代の友人も作らんし、いや、そもそも同世代がおらんな、この村には」


「いないね」


 自分のグラスに水を注ぎ、ついでに爺さんのにも注いでおく。


 人族の学校に通う気はない。無理だ。

 利点を全く思い付かない。余計な苦労しかなさそうだ。


 その点この村はどうだ。

 元傭兵の隠居村で、皆が皆戦いを経験している。

 俺の存在は皆の中では目立たず、好きに泳ぐことが出来るのだ。


「何でこんなに村から出たがらんのか。

 わしがお前の年の頃は、強いやつに会いに行く!と叫んで村から飛び出したぞ」


 その理論なら、尚更村から出ないですむ。

 強いやつなら目の前にいるだろう。

 傭兵グラン・ダハーカの名は俺も知っている。


 爺さんの言葉がおかしくて、少し笑ってしまった。


「爺さんの生まれ故郷には興味あるけど、強いやつへの興味はないよ」


「昔から大人びていたが、お前は我が儘も言わんし、反抗期もない。

 ちょっと心配にもなるぞ」


 まぁ、短命の人族の息子の立場に興じている以上、人格的には……うん、心配されるようなものかも、はい。


「……一番ほしかった息子の立場をもらったんだ。

 ほしい物なんて、他に思い付かないさ」


「レプン……!くぅ……!」


 爺泣きである。涙もろい親父殿だ。


 本音ではある。

 前世では、幼体の頃に一族郎党まとめて殺されている。母系社会の群での生活だったために、父親が誰かであるかも知らなかった。


 この際、人族の相手に息子面する変態でもいい。俺の父親はこの人だけだ。


「昼には、件の森妖精の子が爺さんに会いに来る。

 今日明日の店番はやるし、新規の依頼は相談する。

 ……要はいつも通りだ、ゆっくり養生してくれ」


「うむ。任せたぞ」


 食事を片付け、店を開ける準備に移る。


 客を迎えるため、扉を解錠。防犯用の魔法も解除。

 看板をひっくり返し、『営業中』に。


 扉から外へ。早朝のひやりとした空気を吸う。天候は晴れ。


 この村の住人の朝は総じて早い。各所で人の気配を感じながら、店を周りを一周。


 普段は村を一周しているが、店番を任されている身だ。無人の店に客を困惑させるわけにはいかない。


 店に問題はなし。

 店内に戻る前に、恒例の反響定位を開始。


 当初は村の皆に苦笑いされたこれも、現在は受け入れられている。

 ……いや、俺が皆に甘え、慣れてもらったのだ。

 本来、俺が使う音は、耳が良すぎるか、同じく反響定位を使う者にしか聞こえない。

 ここは歴戦の傭兵が隠居に選ぶ村だからだろう、皆総じて感覚が鋭敏で、聞こえてしまうようだ。


 ――反響定位、異常なし。今日も平和だ。


 店内に入り、床の掃き掃除をしながら来訪者を待つ。


 魔法で行う方が早いが、箒で掃くという人の行為が好きだった。

 掃除といえば、海流で押し流すが良い方で、体当たりか、尾鰭で叩き払うも当たり前だった時代を思うと、少し野蛮だったなと思う。


 掃除を日課にしているため、磨くところもなく、カウンターの内へ。

 店番は初めてではない。ので、もちろん、店主の椅子に座るのも初めてではない。


 この店は、村唯一の雑貨屋であり、この村と外を繋ぐ窓口でもある。


 この村には、素性を知られず静かに暮らしたい者がほとんどだ。

 人か戦い、そのどちらか、そのどちらにも嫌気がさした彼らは、外を拒む。


 基本自給自足で生活しているが、やはり村と付近の自然から得られるものは、限られている。

 爺さんは、外の町、時には遠く、この国の王都や外国へも出掛け、依頼された物を村に運び入れることを役目としていた。


 定住の地こそ求めたが、人にも戦いにも思うところ無しの爺さんが、散歩気分で請け負っているわけだ。


 ……過去、俺を連れ帰った時は、誰が養子を求めたんだと一時騒然としたそうだ。


 おまけに俺が海妖精の血をひいている。

 当時の荒れた海の情勢から、“俺を村に迎え入れる前提で”、村の住人全員での話し合いの場が持たれた。


 結果、俺は爺さんの希望通り養子となり、海は穏健派の海妖精が王位を取ったことで、混血の俺が隠されることは無くなった。


 おかげさまで堂々と外を歩ける。

 ……不要な争いを避けるため、口元を隠すことにはなるが。


 窓口である以上、山越えのために村を通過する外の者を相手にするのも、この店の役目だ。


 村の住人は、皆、生まれてこの方、村から出ていません面をする。

 山の事や周囲についての問いかけは、基本うちの店か、先生と薬師のミサさんがいる診療所が案内されていた。

 宿泊についても、うちか診療所、どちらかでの手続き後に、無人の家を宿泊施設として利用していた。


 時には、外から来た客に「この村、猛者が一般村人面して怖い」と言われることだってある。

 詳しく聞けば、体格の良い顔に傷のある強面の住人と遭遇したそうで。

 ……それは、うん。無理があるよな。爺さんの次に顔が怖いし。


 細身の住人もいることにはいるのだが、表に出て通行人に挨拶するような人でもないし。

 先生も医者には見えないし、ミサさんは辺境の村にいるのが不釣り合いな程美人過ぎる。


 ともすれば、隠されている母子を除き、この村で最も話しかけやすいのは間違いなく俺だろう。

 なんせ小柄な人族だ、目立つ傷もない。


 村の住人からは、熟考の末に首を傾げられたり、視線をそらされたり、鼻で笑われたり、どん引かれたりもしたが――

 最も無害に見えるのは絶対に俺だ。


 ――っと、来客。

 店の扉がからころと鳴る。

「レプ兄!」と飛び込む元気な少女。この村の最年少だ。


「おはよう、フィオ。お母さんの調子はどうだ?」


「この数日、手料理を作ってくれるぐらいは元気よ」


「よかったな」


 カウンターに寄りかかり、にこにこと笑う少女、フィオ。

 彼女は、生まれてから一度も、村から出たことはない。


 今となっては元傭兵達による穏やかセカンドライフを過ごす場となっているが、この村は、彼女とその母親のために作られた新しい村だ。


 爺さんが所属していた傭兵団には、後援者に王家に属する者がいた。

 名も、正確な身分も明かすことはなかったが、その手厚い支援により、不当な扱いを何度も救われたという。


 良好だった関係が終わりを迎えたのは、よくある王族のお家騒動。


 海妖精のそれと違って、長く広く、多くの血は流れなかったが、王家に連なるいくつかの家名が断絶することになった。


 その、断絶された公爵家の家名を持つ娘と、秘密裏に傭兵団を助けていた王家の某との子が、フィオである。


 身体が弱く地方で静養していたために、命を奪われることは無かったが、保護なく堂々と過ごすには、彼女の血は高貴すぎた。

 王家の某は、争いに傭兵団を巻き込まなかった。

 頼んだのは得意な戦いではなく、好いた相手とその娘の保護。


 結果、名のある傭兵団は解散し、村で隠居生活を始め。

 そのお膝元で――彼女というお姫様は、健やかに成長したのである。


「ねぇレプ兄、……森妖精の女の子が滞在してるって、本当?」


「本当だ。君と近い年に見えた。

 数日滞在するから、……気が合えば、友達になれるかもな」


「と、トモダチ……友達、朋友、ともがら……本でしか知らない、かの存在相手に……私、どう接すればいいのかな……」


 この少女、物心ついた頃から側にいたのは、病弱な母親と、荒くれ屈強強面の元傭兵ばかり。

 さすがにまずいとミサさんが呼び寄せられたが、周りに大人しかいないことに変わりない。

 年が近い者への興味はあるが、やはり、接し方には悩むようだ。


「そうだな……好きなものとか、好きな場所の話をしたり、同じことを相手にも訊いたり、とか」


「好きなもの、……村の皆を一人一人紹介する、とか?」


「…………人はなしで。場所にしよう。

 店を閉めた後なら、俺も同行できる」


「やった!レプ兄となら、村から少し離れても、皆許してくれるもんね!

 ……あとは、訊く、かぁ。

 訊きたいことは沢山あるなぁ、外の暮らしに興味はあるし、森妖精を見るのも初めてだし、……でも、訊かれても困らないような話題がいいだろうし、」


 フィオはぶつぶつと呟きながら、カウンターの前を行ったり来たりと歩く。


 その姿に、彼女と俺の教師役となった村の住人の姿が重なる。

 彼もまた“先生”の一人。

 俺が人族としてやってこれたのは、一般教養を指導してくれた彼の存在あってこそだ。


「フィオ、客の来店時は奥に行ってもらうことになるが、どうする?

 昼にうちに来る予定の彼女をここで待つか、先に会ってくるか」


「んんん~!ここで待つ!声をかける勇気が出ない!

 ……ね、その子も、その子のおじさまも、野盗に襲われたんだよね、」


「そうだな、怪我がなくて良かったよ」


「……外の世界は怖いね。レプ兄」


「……そうだな」


「私も、早く自衛が出来るまでに強くなって、皆のように誰かを守れる強さがほしいよ。

 使える頭数に数えられるまでになりたい」


「学ぶことを止めなければ、いずれ頭数になれるさ。

 有用な技術を持つ住人だらけだ、自分の適正に合う技術を伸ばし、合わずとも知識は頭に入れておく。俺だって学び足りないんだ」


「レプ兄でも学び足りないの?」


「俺は……魔法で補っているだけだからなぁ。

 陸上での戦闘技術も、野外活動の知識も、皆の方が圧倒的に上だ」


 しかも魔法は、海妖精の使う魔法を陸で無理やり使っている。燃費は良くない。

 陸上では、人族か森妖精の魔法体系に合わせた方が上手く機能するはずだが、……俺にはどうも合わない。


「陸は陸での魔法、種族に合わせた魔法を使う方が良い。

 俺が君に魔法を教えられない理由だな、適正の違いがある」


「……ということは、レプ兄から得るとするなら、水中での戦闘技能?」


「そうだな。俺としても、そこらの海妖精相手なら返り討ちに出来る程度にはなってほしい。頑張ろうな」


「うん!私もレプ兄みたいに水陸両用になる!」


 彼女の顔に、海妖精の少年の顔が重なる。

『僕もいつかレプンのような――』


 懐かしい記憶だ。死んだ話は聞かない。

 どこかの海域で元気にしているといいが。


「そういえば、グランさんは?

 お仕事で外出しているの?」


 無邪気な問いかけ。

 爺さんのプライド問題のため、腰の件を知るのは、俺と先生とミサさんと、――村の客人として滞在中の二人だけだ。


 森妖精の子の到着で、フィオも爺さんの現状を見てしまうことになる。


「……フィオ、秘密にできるか?」


「できる、秘密に出来ます!」


 真剣な表情で頷くフィオに、そっと耳打ちする。

 少女は驚き、悲痛な顔で、「大丈夫なの……?」と呟くように訊いた。


 ミサさんはひーひー笑っていたというのに、この違いである。


「大丈夫だよ。腰以外は元気だ。

 それに、……爺さんほどの人でも腰を痛めたんだ、俺たちも気を付けないとな」


「うん、わかった。グランさんですら負けた痛みだもの、気を付ける」


 爺さんが聞いたら、「負けてないが!?」と叫びそうだ。

 そう想像し、ふっと笑ってしまった。





 

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