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「虚言で命乞いをする者はよくいたんだがな、虚言を混ぜ人を試すような真似をするやつは滅多に見ない。

 なかなかに面倒なやつよ」



 村への帰路。

 揺れる馬車で、爺さんが語るのはミトラのことだ。


 店に戻った後、ミトラは非礼を謝罪していた。

 爺さんは謝罪をあっさり受け入れ、逆に問うのは海産物の輸送法。村へ持ち帰る気満々のようだ。

 しかしながら、海産物は海妖精の魔法を使い、コスト度外視で輸送しているとのこと。

 食品衛生の観点から、お持ち帰りは非推奨だそうだ。

 爺さんはしょんぼりで、何もかもが試行錯誤の真っ最中でとミトラも申し訳なさそうだった。

 俺も生食の経験しかなく、陸の持ち運びは魔法を使うにしても、何をどうすればいいかさっぱりだ。無力だ。


 円満な会話に警備隊の青年や店長も安心したようで、しっかり太客っぷりを発揮した爺さんをにこやかに見送っていた。


 そして現在、町から出た俺たちは、幌馬車に詰め込んだ物資と共に帰路についた。というわけである。


「しかし、帰ってきたお前が、あやつとすごく仲が良さそうだったから、……わし、わし……

『こいつと海に行くから村へは帰らない』などと言ったらどうしようかと」


「村に帰るぞ、俺は」


「……後悔はないか?

 ああは言ったが、お前の意思は尊重するぞ」


 後悔は、……後悔にあたるか微妙なところではあるが、ある。

 記憶を維持している以上、俺も海に戻り、王族の元で働くべきかを悩んでしまった。


「……確かに、あいつの話を聞いて、海に戻るべきかを少し悩んだ。

 でもさ、俺、海には戻ってくるなって言われたんだよ。

 あいつ、俺が陸の暮らしを気に入っている事、わかってくれているんだ」


「……そうか。良いやつじゃな、お前の友達」


 爺さんはミトラの虚言を見抜いているが、何が偽りだと見なしたかは語らなかった。

 俺の外見上、友達というにはミトラは年上すぎるが、……爺さんがそう認識してくれているんだ。甘えて、頷かせてもらおう。


「良いやつだよ。俺の一番の友達だ」


「うむ。親として、お前の交遊関係が広がるのは嬉しく思うぞ!」


 ――この人は、と思う。

 何故、今回の件もあったのに、俺の素性を訊かないのだろう。


 素性について明確に訊かれたのは一度だけ。

 拾われたあの日、親がいるかどうかの、それだけだ。


 俺は、親にあたる個体を知らない。

 この身体ではなく、答えたのはオルカとしての自分だ。

 カムイの一族は討伐された。その中に母親はいたはずで、父は知らない。

 幼体の頃から身体が大きく、目立つ見た目をしていたのに、一度も名乗り上げられなかったことを考えると、討伐された群の中にいたとは思う。 

 

「……爺さん、何で俺を息子にしてくれたんだ?素性が謎だし、年相応の言動でもない」


 口に出た疑問に、爺さんは考えもせず答える。


「なんじゃあ、藪から棒に。

 そんなの、お前さんが親はいないと頷いて、わしの息子になるかの問いに、頷いたからじゃ」


 爺さんの答えに、――続く言葉はない。


「え、それだけ?」


「それだけじゃが?」


「…………これで良いのかな」


 爺さんは出会った当時からこうであったために、その返答もらしいといえばそう、だが。


「レプン、悩むな。お前が話すと決めた事をわしは聞く。それでいい。

 ……それになぁ、わしは、お前が口を滑らせた諸々を聞く度に、こやつ、わしに気を許してるんじゃなぁ~とニヤニヤしとるぞ」


「なんだよそれ。にやついた顔には腹立つが、……爺さんがそれでいいなら、いいか」


「だがな、親として気になることはあるぞ。

 お前の心身の健やかな成長とか」


「ちょっと見た目の成長は遅いけど、健やかではあるぞ」


 そう返せば、爺さんは珍しく、真剣な顔で俺をじっと見る。


「“心”身、と言ったろ。

 反響定位をやめろとは言わん、ありゃ使える。お前は強いから、位置情報が取られても問題ない。

 ただ、使うなら意識して使え。“過去に持っていかれるぞ”」


 過去、前世の記憶か。

 ……いや、親父が指すのは、


「わしは、背負わんでいい責任と義務感で、お前が身を滅ぼすとこなんざ、見たくないぞ」


「………………、」


 ――俺は、とても大きな海妖精だった。

 同じ氏族の成体の二倍近くある身体は丈夫で、力もあり、身の内に魔力を溜め込んでいた。

 そんな俺が皆を守ることは、至極当然の話で、この身体に生まれたことの責任だった。

 ……だから俺は、責任を果たし、終えた。


「……大丈夫だよ。海に戻らないでいい分、染み付いた癖が抜けることはないにしても、……無茶することはきっとない」


 ミトラの件もある。

 あのような無茶は残す傷も大きい。……よく、わかった。


「ふーむ、無茶をすることはない、と」


 爺さんは、真剣な表情から一転、にんまりと笑った。そして、茶化すように、


「心配じゃ心配じゃ、自覚なき事柄もあるというのに、本当かの~?

 お前さん、稀に、何かが混ざったようにぼんやりすると、目が海妖精になるしなぁ~」


 目が海妖精。配色違い。陸ではかなり目立つ部位。


 一瞬、爺さんの発言、その理解を拒んだ。

 まさか、いや、えっ、その変化を本人が自覚していないとかあり得るのか?


「……………爺さん、俺、その件、初耳なんだが?」


「宿でのぽろりも目が海妖精じゃったぞ」


「そういった類いの、外見特徴が出る事は、認知したその時、直近にでも、知らせてくれると有難いんですがねえ!」


「わししか見たことない程には稀だし、こう、わししか知らない秘密、みたいな。

 特別感にわくわくしたというか」


「特別にするな留めず共有すべき秘密だそれは!」


 仕事で外に出ることも多々あるんですがね俺!!

 これまで自覚がない程稀であったとしても、突然の変化で俺も周りも動揺なんて事になれば、目も当てれない。


「村の者達は知らん、見ればわしに話が来るじゃろうし。

 お前に自覚がなかったのなら、外でも変わっとらんて。安心せい」


「安心できるか、条件がわからない変化要素抱えてるんだぞ」


「水中でのお前にオルカの影が引っ付いてる事に比べたら、些細些細」


「~~~!……くそ、……俺、自分の事、全く把握してなかったんだな……」


「優秀な反響定位(えころけ)でも、自分のことはわからんもんじゃなあ、ははははは!」


 反響定位で周囲を把握しておきながら、その中心にある自分の情報が全く把握出来ていない。

 滑稽だ、恥ずかしすぎる。


「だが、お前が誰であっても、レプン、お前であるならそれでいい。皆そう思っておるわ」


「……誰であっても、か」


 それは俺にとって、なんて都合の良い、……救いにもなる、言葉だ。


「……そうか、……ありがとう、嬉しいよ」 


 素直に口から出た礼に、爺さんは穏やかに頷き、いけるとでも思ったのか、


「ところで憧れの未亡人について詳細を聞き出せと、その皆から頼まれておるんじゃが」


「何言いふらしてるんだクソ爺!!!」


 やってくれたなこの野郎!






 ×××××






「初めてじゃないか?お前が私を待っているなんて」


「一度ぐらい、待つのもありかなと」


 待ち人の到着だ。

 いつもの光源を泳がせると、いつもの大使が照らされる。

 亜麻色の毛づやは良く、濃い黄緑の瞳も生気あふれ、――改めて見ると、“とても元気そうだ”。

 

「やけにまじまじと私を見るじゃないか。照れるぞ」


「すみません。こんな色をしていたんだなと思って、つい。

 ――じゃあ、行きましょうか、散歩」


「…………ああ、そうだな。今夜も付き合ってもらおう」


 湖までの道を、大使と並んで歩く。

 目線の上にある横顔は、鼻歌交じりに空を見上げていた。


「最近、フィオの様子を見に、魔法学校のある町まで行ってきたんです。エレナも元気そうでしたよ」


「うむ、話は聞いているぞ。

 エレナから手紙が届いたからな、二人とも息災で何よりだ」


「俺が幻覚扱いされた話、エレナの手紙にありました?」


「……うむ、私も手紙の文面を二度見し、往復の距離を計算したから、フィオの気持ち、わかるぞ」


「帰宅後すぐ、村の皆が安否確認にやってくるし、大使の反応もこれだ。

 これからは、もう少し長く村を離れる仕事でも、しっかり受けようと思います。

 皆の俺への認識を……改めないとですし……」


「なっ、それはまさか!お前に、護衛の仕事という名目で、遠征に同行してもらえる可能性が……!?」


「森妖精が海妖精と人族の混血を連れ歩くのも、俺の外見で大使の護衛を名乗るのも、問題しかないので駄目ですね」


「駄目じゃないし……いけるし……」


「駄目です。せめて俺がもう少し成長してから、……そうだな、海妖精との交渉事が必要になれば、お役に立てるかもしれません」


「ふむ、顧問役、ということか。

 文献での知識が、海で生きる者達の真であるかは、海で生きる者にしかわからない。

 信用出来るお前が顧問役になってくれれば、礼節や文化についての学びと、相手の意思を正確に読み取る助けにもなろう」


 大使は、俺がずっと陸で暮らしていると知っている。

 ほとんど人族の文化にいる俺を、ごく自然に、顧問役に結びつけていた。


「……大使殿は、俺が顧問役になれるほど、海妖精の文化に精通していると」


「…………ふ、すまない。顧問は言いすぎだな。だが、お前の知識は、きっと私の役に立つ。

 撤回は嫌だぞ、身体の成長を楽しみに待つからな!」 


 わかった上で大使の言動を見ていると、なんというか、可愛らしい気遣いに申し訳なくなる。

 

「すみません、意地悪なことを言いましたね。あなたのその評価は、間違っていないのに」


 笑いかけると、大使は目をそらし、足は早足に、


「なんか、なんだかな、今夜のお前はちょっと変だ。

 いつもは私がお前を見てるのに、今日はお前が私を見る。なんだか恥ずかしいぞ!」


「……魔法学校のある町で、旧友に会ったんです」


 旧友、ミトラが教えてくれたことがある。

 大使、彼女は耳が良い。

 彼女の求めた音の主が、俺と似ているなんて、そう思っていたのは俺だけだった。

 思い返せば、彼女は一度も、似ていると口にせず、頷いてはいなかった。


 彼女ははっきりと、理想は俺だと、答えを示していたのに。


「そこで、教わりました。

 俺が知らなかっただけで、反響定位の音は唯一性をもつと」


「………………、」


 大使は足を止めるが、振り返ることはしなかった。

 その背に追い付き、……数歩遅れて、俺の後に続く足音を聞く。


 散歩の終着、湖に到着したが、

 ――大使のご機嫌な鼻唄がないと、どうも味気なく感じてしまう。


「今夜は少し風がありますね」


「……そうだな」


 大使の相槌は、そっけないと言うより、……叱られる直前の子どものような、緊張感がある。


「問い詰めるとか、そう気はないんですけどね、俺」


 湖面に広がるさざ波は、映した空を揺らしていた。


 いつも通りに、反響定位を開始。


 まさかこの音に、個体識別を可能とする唯一性があったとは。

 俺の聴覚も、まだまだだなと思う。


「一つ、思い出したことがあって。昔の話なんですけど、」


「聞きたい。話してくれ」


 聞いてくれるそうなので、語らせてもらう。

 俺が見つけた、毛玉の話だ。

 

「今夜のように、風のある夜のこと。

 海でぼんやり漂っていると、風にのって、ご機嫌な囀ずりが聞こえてきました」


 日がある頃ならまだしも、夜とは珍しい。幼いが綺麗な声のそれに、俺は聞き入っていた。

 それが突然、声が遠ざかったわけでもなく、消える。


「黙っただけと考えればそれまでですが、どうも気になって。

 もしやと思い、海中を調べることにしたんです」


 反響定位。広がり戻った音は、沈みゆく不審な物体を知らせてくれた。


 泳ぎ寄れば、小さな毛玉。


 直感的に、沈むそれが囀りの主だとわかった。

 俺は毛玉を背に乗せ、浮上することにした。


「……海に落ちた以上、海の生き物達の糧になってもらう事が、道理ではあったんですけどね。

 ……綺麗な声だったので、つい、惜しいと思って」


「その毛玉……ご機嫌に歌っていて、本当に良かったな……」


「俺もそう思います」


 間に合ったかどうかはわからない。

 姿を変えれば、手のひらに乗せて介抱出来ただろうが、

 背に乗せ浮上してことで、海の道理には反している。これ以上の行為は出来ない。


 様子見のため、海面を漂ったままでいると、毛玉は動き、思った通りの綺麗な声で囀り、


「自分の下にあるこれはなんだろう、とでも思ったんですかね。

 その子、やたら俺の背をつつくんですよ。加減がなかったので、地味に痛かったです」


「うっ……その節は……その……」


「大丈夫です。すぐに海妖精だと気付いてくれましたし、状況も理解してくれました」


 浅瀬に持っていきたいが、俺は身体は大きくひっかかってしまう。

 陸地が近く、水深に問題がない場所。

 そう考えながら泳いで、その間、背の毛玉の羽が、飛べるまでに乾くのを待っていた。


「しばらくして、小さな足踏みを感じたんです。

 きっとこれが羽ばたきの合図。

 囀ずりは、礼と別れを言っているのかなと勝手に解釈しました」


 背にあった重さは消え、俺は小さな小鳥が空へ昇るのを見送った。


 それから、その小鳥の姿を見ることは無く。


「どこかで元気にしているといいな、ぐらいは思っていたんですが、――元気そうで、良かったです」


 泣きそうに潤んだ瞳からは涙はこぼれず、大使は堂々と胸をはった。


「…………っ、元気だ、元気だとも……!

 見ろ、こんなに大きくもなったぞ!」


「そうですね、あんなに小さかったのに、今やこんなに大きくなって、……綺麗にもなった。

 あなたは、俺が見た森妖精の中で一番綺麗です」


「私はっ、最も毛並みの良い、羽の氏族だからな!ふふふっ!」


 あの時の、あの小さな子が、俺をずっと覚えていてくれた。

 ……ずっと、幸せを願ってくれていた。

 君の知る俺は死んでしまったけれど、今の俺で良ければ、君に礼が言いたい。


「俺は、……当時の名にはなるが、『レプン・カムイ』っていうんだ。

 君を助けて良かった。

 生きていてくれてありがとう。

 俺を好きになってくれて、俺の幸せを願ってくれて、ありがとう」


 ついに、彼女の目から涙がこぼれた。

 嗚咽まじりであるのに、姿と同じく綺麗な声は、あの日を言葉でやり直す。


「私、私はっ、『ライラック、ラス、アーデルノイア』……!

 助けてくれて、ありがとう……!

 ずっとずっと、好きでした、

 ……今も、これから先も、あなたの幸せを願ってる……!」


 涙こぼれる彼女の表情は、満面の、笑顔だった。




 


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