表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

12



「……この先、真っ直ぐに歩いていくと、自然区の湖が見える展望台があるんだ。

 学生の出入りが無い日だから、きっと誰もいない。そこまで、……ついて来てもらっても良いかな」


 弱々しく話すミトラの数歩後ろを歩き、その足取りの重さに追い付き、……結局、ミトラの右を歩く。


 馬鹿をやったよな、と思った。

 怪我するどころか、軽く命を持っていかれるような相手に喧嘩を売っていた。

 後先考えず、感情で動くやつじゃなかったのに、どうして。


「……レプン、って言うんだね。君の名前」


「はい」


「……両親のこと、君は知っているの?」


「いいえ。……俺は孤児でして、親父に拾われる前の事は、ほとんど覚えていないんです」


「そっか。……海妖精の名付けは、強い海妖精の名をもらうことが珍しくなくて、

 ……君の名は、僕の親友と同じなんだ」


「……そうですか」


 元々の、俺の名もそうだ。

 死んだ一族の個体名を流用している。


 海妖精の名は判断基準にならない。

 こいつは俺のどこに、“俺”との関係を見出だしたのだろう。


「……反響定位の音って、そんなに似ているものなんですか?

 氏族違いによる反響定位の違いは俺にも理解出来ますが」


「同氏族の個体判別、って意味かな?」


「はい。……氏族オルカは、希少種ではないと、聞いているので」


「そうだね。絶滅した一族もいるとはいえ、氏族オルカは希少種ではない。

 反響定位の聞き分けは、……耳の良さも必要になるけど、」


 ――風が水源の匂いを運んできた。

 展望台に辿り着くまで、ミトラは一度も俺を見ることはなかったが、

 

「身体が大きくて、音も大きくて、自分ばかり反響定位を行って。

 自分だけに、敵視が向くように仕向けていると、気が付かないのかもしれないね」


 自然区の湖が崖下に広がるそこで、柵にもたれたミトラと顔をあわせることになる。

 眉を下げ、ミトラは苦笑していた。


「レプン、個体の音は唯一性をもつんだ。

 僕のも、君のもね。親子だからって完全に同じとはならないんだよ」


「――!」


「僕の親友に隠し子がいたとしても、その子は海妖精。混血になることは絶対に有り得ない。

 それこそ、海がひっくり返って空になってもね」


 ……おかしいと思ったんだ。

 俺を知るお前が、海妖精と人族の混血相手に、隠し子なんて言い出した時は。


「…………あなたは、……俺が、死んだ親友と、……同一個体であると、言いたいんですか」


 どう答えるのが正解かわからない。

 もし、話したとして。

 ……海に生きる者のお前は、俺の存在を認められるのか。

 死んでも海に還れなかった俺を。


「……せっかくの機会だ。僕と親友の話をきいてくれ。戦時中の話だ」


 頷く。

 俺も、言葉を探す時間がほしかった。 


「――数千年ものの古代魔法が、王の城を護っていた。

 寄れば、古代魔法による防壁の熱に、身体は焼かれ死に至る。

 彼と僕は、その古代魔法を破壊することにしたんだ。

 そうすれば、追い詰められ、捕虜と共に籠城した王を、引きずり出すことが出来るから。


 僕は当時、第一王女の部下で、古代魔法の機構を調査出来る立場にいた。

 結果的に言うと、方法さえ選ばなければ、古代魔法の破壊は可能だった。


 古代魔法に術者はいない。

 だから、触れることで魔力の方向性変えることが出来る。

 魔力を逆流させる指示を出して、魔力が正常に通っていない状態を維持できれば、

 古代魔法であっても過負荷で壊れてしまう。

 あとは、過負荷状態になるまで、逆流指示を出し続けることの出来る、

 ――破壊までの間、意識を保ち、焼かれ続けることの出来る個体を、用意するだけだった。


 レプン。君は、そんな個体が存在したと思う?」


「……………、」


 答えない俺に、ミトラは消え入るような声で「いたんだよ、」と言う。


 ……そうだよ、いた。存在した。

 身体が大きくて、体力があって、丈夫で、保有魔力も多い、氏族オルカ。

 その強さから、王が絶滅においやった、カムイ一族最後の仔。“レプン・カムイ”。


「僕の親友は、第三王子の護衛部隊の隊長でね、部下もいたし、王子にも懐かれてた。

 そんな彼が、古代魔法を破壊出来る可能性をもった、……唯一に近い個体だった。


 彼、慕われていたから。

 古代魔法の破壊のために命を賭けるなんて知られたら、間違いなく止められてしまう。

 彼の部下だって、共に、殉じようとしてしまう。

 だから、僕と親友、二個体だけの秘密だった。


 万が一でも生き残る術はない。

 命は古代魔法の破壊のために捧げられる。

 僕だけが、親友が死ぬ事を知っていたんだ。

 死ぬ事をわかった上で、送り出したんだ。


 身体の芯まで焼き焦がされて、生きているはずのない状態でもまだ動く親友を――僕は、最期まで見ていたんだよ。


 あとは、君も知ってるんじゃないかな。

 海妖精、新たな女王就任の顛末だ。

 人族にも、森妖精にも知られている」


 ああ、知ってる。

 ……城に突入した第一王女の一派により、王は処刑。

 王を信奉する氏族や一族は、王に殉じるか追放を選ぶことになった。

 

 悪しき王は斃され、戦争は終結。

 海妖精の領域には、新たな女王が就任した。


「僕さ、君の生活を壊したいわけじゃないんだ。君が望んで選んだ立場と場所を、奪うつもりはない。

 頑張った君に“次”があったとしたならば、……幸せになってほしいじゃないか」


「………………、望むのは、それだけか?」


 訊けば、ミトラはゆっくりと首を振った。


「望むものはあるよ。

 僕だって君との秘密を守ったんだ。

 守りきったから、君は誰にも邪魔されず、魔法を破壊できた。

 僕は、……秘密を守れる証明をしただろ。

 だからさ、わかれよ、……頼むよ。

 僕には、誤魔化さず、話してくれてもいいだろ。

 なぁ、レプン・カムイ」


 その震えた声と、生前の記憶が重なる。

 古代魔法の破壊を決めた時、ミトラは何度も俺を止めようとした。俺が止まらなかった。

 俺は、こいつ一人に、俺の死を背負わせたのか。


「……死んだ、自覚はあるんだ。

 でも、気が付いたら、この身体で生きていた。

 記憶は、全部……残っていたんだ。

 それなのに、俺はお前を探しに行かなかった。

 死んだら海に還るのが海妖精なのに、俺は還ることが出来なかったから、

 ……資格がないと、……思って、…………ごめん、ミトラ」


 ミトラは、「そっか」と呟き、

 泣き顔でもなく笑顔でもなく、表情のないまま涙をこぼした。


「な、お、おまえ、ミトラ、大丈夫か、無の表情で泣くな、目が死んでるぞ!」


「……あー、ごめんね、僕、陛下に休養しろとずっと言われ続けているんだけど、何か仕事持ってないと逆にまずくて」


「………………、俺のせい、ですね」


 親友を死地に送り出した上に、海中で焼死する様を見せられたんだ。

 逆の立場なら、俺だって引きずる。


「いいや?そうすることを選んだのは僕だし、君が気にすることじゃない。

 しばらくすれば元に戻る。この状態でも受け答えは出来るよ」


「………俺に出来ること、何かあるか」


「そうだなあ、君が僕の幻覚じゃない証明って出来る?」


 幻覚、という単語に、昨日の、フィオからの扱いを思い出す。


「…………昨日も幻覚扱いされたんだよな。ここの学校に通っている、妹みたいな人族の子に」


「酷い個体だね、君。

 稚魚みたいな年の子にそんな思いをさせて恥ずかしくないの?」


「ただの勘違いの結果だ、俺は悪くない。

 それで、ほら、昨日の妹分みたいに、抱きついてみるか?幻覚でない証明に」


「嫌だけど?」


 こいつに表情があったら、今絶対小馬鹿にしたような顔をしていたな。


「仕方のないやつだな。

 ほら、手を貸してみろ。噛んでやる」


「……腕ごと噛みちぎっていかないよね?」


「そんなん出来るか。生前の十分の一ぐらいのサイズだぞ」


「もっと小さいよ。僕ら五十年は幼体だし、混血とはいえ、成長がゆるやかなんだろうね」


 しぶしぶ出されたミトラの手を掴み、小指を一噛み。少し血が滲む程度だ。


 海妖精には、王が臣下に己を噛ませる儀式がある。

 種族上、咬合力が強い海妖精。

 咬合で他者を簡単に食いちぎれるため、噛まれる王は臣下への信頼を、噛む者は王への忠誠を示す。

 格式のない一般海妖精にとっては、互いの信頼を示す行為だ。


「うわ、本当に傷がある。

 ……そうなんだ、君、幻覚じゃなかったんだね。

 昨晩の反響定位も一瞬だったから、いよいよ陸でも幻聴の症状が出たかと」


「……ミトラさん、その……いや本当に申し訳ないというか」


「謝らないでよ。僕、こんなんだけど、仕事は出来るんだよ。この町と姉妹都市提携の盟約をとりつけたのは僕だし。

 陛下と一緒にさ、海妖精が陸と交流出来るよう、地盤作りに励んでいるんだ」


「……すごいな、お前が変えているんだな、海妖精の世界を」


「君を含めた、沢山の海妖精の犠牲で変えた世界だ。少しでも良くなってくれなきゃ、困るよ」


「…生き残った者ほど、苦労するよな。

 ……ミトラ、やっぱりさ、俺、」


「レプン、お腹空いてない?」


 突然、俺の言葉を遮り、ミトラは不思議なことを言い出した。俺の返事も求めていないらしい。

 止まった涙を拭き、ミトラが取り出したのは、謎の、……干し肉。

 海妖精が干し肉?陸の食べ物だぞ?


 ミトラから手渡され、俺の手には見慣れた保存食、干し肉がある。


「……海妖精が人族の携帯保存食を食べる時代になったかぁ」


「便利だよね、持ち運びが楽で。

 塩はいくらでもあるけど、乾燥も燻製も、海じゃ出来ないからさ。

 陸の調理法も悪くないと思うよ」


「あるものそのまま食べるが基本だもんな、海妖精」


 もらった干し肉を噛る。

 ……海中で食べているような、懐かしい風味。

 肉としての味は、……知らない味だ。まずくはないが、旨いと言うにはこう、何かあるような違和感がある。


「なぁこれ、何の肉だ?」


「君の肉だけど?」


 さらっととんでないことを言いやがった。


「………………食べちゃったんだが?」


「腐らせてないから問題ないよ。保存状態に気を遣っていたし。

 こんがりローストされた君の身体は切り分けられて、しっかり弔われたんだ」


 こんがりロースト。

 自覚的には黒焦げローストだったが、こんがりならまだいけそうだ。……いや、いけるのか?


「まだあるよ。はい」


 追加でもらう生前の俺の一部。

 まずくはないので食べはするが。


「……まさか自分の一部をお前と一緒に食べることになるとは」


「はは。もうすぐ食べきっちゃう所だったから、よかったね。間に合って。

 どうせ、君も気になっていただろ?自分って食べられるような味なのかなって」


「それは、そう考えたことはあったにしても、……すごく、複雑な気分だ」


「これもさ、陸にはない弔い方だよね。

 僕ら海妖精が陸と交流するには、文化の違いも壁になる。

 死んだ人族の友達を食べだしたら、もう事だよ」


「遺体の損壊はご法度な所はあるなぁ、身内なら尚更」


「まったく、課題だらけだ。

 でも、これは僕ら生き残った者が解決すべきこと。だから、君には関係ない。


 レプン。海には戻ってくるなよ。

 せっかく半分人族なんだ。次は陸で、まともな死に方をしてくれ」


「……いいのか、」


「君の生活を壊すつもりはないと言ったろ?」


 ミトラは、その瞳の色と同じ、凪の穏やな海のような笑みを浮かべていた。


「わかったよ。……ありがとう、ミトラ」


 俺も笑って、親友に頷き返す。


「――そろそろ戻ろうか、君を帰さないと。

 未処理の書類があるから、担保に置いていった首と心臓を、取り戻さないとね」


「……お前な、本当に心配したんだぞ。

 よりにもよって爺さんに喧嘩を売りやがって。もっと上手く立ち回れたはずだろ?」


 来た道を、店の方へと歩き始めたミトラに並び、不満を言う。

 こいつは、……爺さんに会わずとも俺を連れ出すことは出来たはずだ。


「君と話すより先に、知りたかったんだ。

 君の選んだ居場所で、君が大事にされてるかを。

 ……試すような事をしたから、君の養父さんには謝らなきゃいけないね」


「バカ、二度と無茶するなよ。

 お前が生きていてくれて、俺はすごく嬉しかったんだ」


「そうだね、僕も、……生きていて良かったよと思うよ」


 それは、俺に対するものか、……自分自身に対するものか。……どちらも、だろう。

 隣を歩くミトラを見上ると、ミトラもちょうど、俺を見ていた。


「……何で俺だとわかったんだ。

 種族も姿も違うのに、俺はお前に、声をかける気もなかったんだ」


「幼体の頃からずっと、百年、君の隣を泳いでいたんだ。

 君の気配ぐらいわかるよ、当たり前だろ」


 ……ああ、そうだったな。

 最も長く俺と共に生きたのは、お前だった。


 ――と、ちょっと心にきた所で、真相が小言と共に披露された。


「君さ、生前の君。

 自分の身体の大きさをなかなか把握してくれないから、ぶつからないように僕が避けて泳いでいたんだ。

 もう慣れだよ慣れ。無意識に避けられるようになってて、君の前を通った瞬間、僕、すっと横に避けたんだよね。自分でも吃驚だよ。

 僕に無意識避けさせるのなんて、君しかいないんだ」


「……っ、そうかいそうかい!

 すみませんでしたね俺が大きすぎたばっかりに!」


「やっと言えた、すっきりだよ。

 今は小さいから問題ないけど、これから大きくなるんだし、人にぶつからないよう、今度は自分の幅を考えて泳ぐんだよ?」


「わかったわかった。……くそ、ちょっと泣きそうになったのに」


「君、鈍感なくせに涙もろいところあるよね」


「鈍感じゃないが?」


「口では何とでも言えるか」


「くそっ、これから証明してやるから、見てろよな」


 そう言えば、ミトラは立ち止まった。

 どうしたんだと俺も立ち止まり、波揺れる、青の瞳を見た。


「……君、また僕と会うつもりがあるのか」


「そりゃ会うだろ。お前が自分で秘密は守れるって言ったんじゃないか」


「…………、確かに言った、けど。

 ……僕、また君に振り回されるってこと?」


「俺も振り回されてやるから。良いだろ?親友」


「……仕方がないな、本当に」


 昔のように笑い合って、俺たちはまた、共に歩きだした。



 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ