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 前世の俺には、幼馴染みの男がいた。

 氏族オルカ。幼体からの付き合いで、俺の一番の理解者だった。


 

 ――その、知った顔の海妖精は、記憶にある幼馴染の顔をしていた。


 海妖精の王族の安否は知っていた。

 情勢に大きく関わる事だ。海から遠い村にいても、噂として耳に入る。

 だが、身分があるわけでもない海妖精一個体の安否なんて、それこそ、海で訊き探すしかない。


 俺が死んでから八年……いや、九年近くなる。

 当時、幼馴染みは第一王女の配下で、事務官をしていた。

 海から離れたこの地にいるということは、第一王女――現女王の元、外交官として働いているのだろう。


 通りの端に移動し、足を止め、顔を伏せた。

 マフラーに触れ、口元が隠れている事を確認し、すれ違うその時を待つ。 


 俺は姿を変えている。

 幼馴染みに俺がわかるはずもない。

 声をかけるつもりだってない。


 耳を澄まし、捉えるのは、海妖精の足音。

 残り五歩、四歩、三、二、一、……すれちがって、終いだ。


 ――お前が生きてくれていて、嬉しいよ。

 ミトラ・レジス。幼馴染み。俺の親友。

 お前に、俺以上の幸福を願、……待った、続く足音が無い。


 おいおい、何で足を止めている。

 どうして視線を感じるんだ。寄ってくるんじゃない。


「………………君、海妖精?」


 何でわかるんだ。

 歯さえ見せなければ、俺は人族のそのものの姿であるはずだ。


 警戒しながら顔をあげる。

 俺を見下ろす海妖精の顔には、困惑が浮かんでいた。


「突然声をかけてごめんね、……海妖精かと思ったら人族で、驚いてしまって」


「……人族との混血です。外見特徴は人族に寄っていて」


 久々に間近で見ることになった海妖精の目が、幼馴染みの物になるとは。


 海妖精の目は、人族や森妖精と異なる配色をしている。

 白と瞳の色の組み合わせが人族と森妖精なら、海妖精の組み合わせは黒と瞳の色だ。


「なるほど。口元を隠してるのは、歯が海妖精なのかな」


「はい」


「……質問責めになっちゃうけど、

 海妖精のはずなのに、海の匂いがほとんどしないから、……その、体調は平気?

 君の姿は、人族に溶け込むことは出来るけど……海で生きるには大変だろうと思って」


 ――なんだ、こいつ、……そういうことか。

 単純に、同族だと思って、心配して声をかけたのか。


 海妖精は海で生きる存在だ。

 人族や森妖精がずっと海中にいられないように、陸地での活動は可能だが、体力魔力ともに消費する。

 

 海妖精の排他的で暴力的な歴史を考えると、人族の姿で海にいることは酷く目立つ。

 海産物の流通が少ない理由でもあるし、海妖精の前に現れた他種族なんて、何をされるかわからない。


 だから気にしてくれている。

 海に入れず、無理をしているのではと。


「人族の血が濃いようで、海に戻らずとも、体調に影響はないんです」


「それなら良かった、安心だね」


 そう言い微笑む幼馴染みは、……海妖精であるのに、匂いが薄い。

 交易品を置く店が濃すぎるのか、……いや、


「……あなたこそ、ほとんど海の匂いがしない」


「僕は人族に混ざって働いているから、何かと気を遣うことが多くてね。

 ただでさえ、この外見で怖がられてしまうから。

 目もね、君に、久々に合わせてもらえたよ」


 歯以上に、海妖精の目の配色が人族や森妖精に恐れられると、話には聞いていたが。


「大変ですね。凪の海の色を怖がるなんて」


「……ありがとう、そう言われたのも久々だ。

 ところで、学生が出歩ける日でもないし、君、観光客か何かだろう?親御さんは一緒?」


「はい。親父がちょうどそこの交易品を卸す店で、酒を選んでいる所です」


「海妖精?」


「人族です」


「それは――嬉しいな。

 僕らの領域の飲食物は、人族にはちょっと敬遠され気味で。

 ちょうど店にも用があったし、挨拶したいな。君も一緒に、お願いしていい?」


 お願い、にしては自然に腕を取ってくる。

 ……断る気はなかったにしても、その頷くことを強制させるような強引さは、少し気になった。


「……わかりました」


 海妖精に連れられ、俺は店へと戻る。

 警備隊の青年が「ミトラさん!」と幼馴染みの名を呼ぶ。

 俺は腕を引かれたまま、奥へ。

 ミトラは何も言わず、爺さんの姿を、顔をじっと確認して、


 肩越しに振り返った爺さんは俺を見て、口角をあげた。


「なんじゃあ、レプン。子どもでもあるまいし。

“怪しい大人にはついていくな”と、今さら教わる気か?」


 ――まずいな、勘違いされている。


 とりあえず腕を放してもらおうと、見上げたミトラの目は瞳孔が開ききっていた。


 それは、気が立った海妖精特有の、


「ダハーカさん、失礼ですよ。この方は外交官の、」


 爺さんは青年を制するように手を上げ、ミトラに向き直る。


「お子さんは――息子さんは、実子ではない。そうですね?」


「さあな。そうだとしても、お前に何一つ関係あるまい。――なぁ、海妖精?」


 まずいまずい。爺さんの目付きが変わった。

 腕を振りほどこうとしたが、逆に引かれ側に寄せられる。

 馬鹿、お前何を考えている。


「あります。答えて下さい」


「ふぅむ、」


「実子じゃない、養子だ。

 答えたぞ、これでいいだろ?

 喧嘩を売る相手を間違えるな」


 ミトラは俺を見、また爺さんに視線を戻す。腕を掴む力はさらに強まった。


「わしの倅は、なんでか穏便にすませたいようだ。その意思を汲んでやりたいが……。

 困ったのう、お前さん、このまま倅を拐っていってしまいそうじゃ」


「……少し、彼と二人きりで、話をしたいだけです」


「断る。

 それに、なあ。昨晩、反響定位を使った海妖精はお前だな?」


 昨夜の、あの反響定位はお前だったのか。

 ……でも、お前だったなら尚更、戦争を経験したお前が、反響定位を簡単に使うとは思えない。

 反響定位を使う危険性は、死を伴って、何度も見てきたはずなのに。


「彼の音は氏族オルカのもの。確かに僕は、……彼を探しました」


「ほお、反響定位を使った者を探す。

 この意味を、海妖精のお前にわからんとは言わせんが、……さて、探して何をする気だった」


「………………、」


「わしは気が短い。言わんのなら、お前の首、」「親父!!」


 やめてくれ、先は脅しでも聞きたくはない。


「……親父、やめてくれ。俺は大丈夫だ。……あんたも、頼むから放してくれないか。逃げはしない」


「……………、ごめん」


 腕は解放されたが、俺はその場から動かない。逃げる気はない、自分で言ったことだ。


「……反響定位の音は、個体の癖が出ます。

 彼のそれは、……戦争で死んだ、親友の反響定位の音と、………」


「――で、なんじゃ?」


「彼は、僕の死んだ親友の隠し子です。

 お願いします、……少しの時間だけで良い、話させていただけませんか、確かめたいんです」


「確かめて、そうだったのなら、お前はどうする?海の底にこやつを連れていく気か?」


「………………、」


「認められん。話したいことがあるならここで話せ。お前は信用出来ない」



「お言葉ですがっ、間に入り申し訳ありませんが!」



 突然、ぎゅっと目をつぶった青年が、ミトラと爺さんの間に入る。


「個人情報を知ることは、知った者に責任を負わせます!

 この場には店長が!民間人がいるんですよ!

 あなた方の話は“こみあっている”!

 絶対に、確実に、関係のない我々が聞くべき話ではありません!

 だから別室に!どこかゆっくり話し合える別室でお願いします!」


 言葉尻は震えていた。

 間に飛び込み割って入るとは、……俺とは比べものにならない程、勇気がある。

 それに、正論だ。


「……うむ、一理あるな!」


「ははっ……一理どころじゃない、十理ぐらいあるよ。俺が話して止めるべきだったのに、申し訳ない」


「別室、手配します?」


 おそるおそる目を開けた青年に、俺は頷き、


「いいや、いらん」


「爺さん」


「いらん。わしはまだ酒のアテを選んでおらんのだ。

 ――レプン、お前、自ら選んでこやつの側にいたな。お前が望むのなら話してこい」


「……わかった。行ってくる」


「海妖精。わしの元に帰すと約束出来るか?」


「はい、必ず。この首と心臓を賭けます」


「ならいい。行け。

 ――店長、貝じゃ、わしは貝が気になるぞ!

 若いの、お前さんも、わしが好きそうなものを教えてくれ。

 金ならあるぞ、こんな時にしか使わんからなぁ!」


 言うだけ言って、爺さんは俺達に背を向ける。

 俺はミトラの手を引き、店の外へ連れ出した。



 

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