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「さすがに次の休日まで滞在するわけにゃいかんからなあ」


 学生は休日のみ、商業区への入場を可能とする。そして、次の休日は五日後だ。

 遠方から来た家族と遊ぶことを、特別な事情扱いするわけにはいかない。

 何事もなければ、次に会うのは村でとなる。


 門限のため寮へと向かう二人とは笑顔で別れた。

 フィオはもう大丈夫。エレナだって。


 商業区で迎える夜。

 宿は一部屋、爺さんと同室だ。

 明日は半日、商業区を観光、という名の物資調達。

 商業区には、学生の立ち入りを禁止している区画があるそうだ。

 高価、危険物、酒等、学生向けでない商品の購入が出来る。



「……………、」


 開かれた窓。俺は窓台に座り、静かな風を受けながら夜空を見ていた。

 薄い雲の向こうから、細い月明かりがおりている。


 この通りは宿泊施設が多く並んでいるらしい。

 似たような看板と、窓の形の灯り、窓の形の暗闇がある。


 通りの向こうは、わからない。


 視認出来ない。

 あの路地の陰も、見えない。

 暗闇の形の、窓の向こうに何があるのかも。


 ――ああ、困ったな、わからない、



「おいレプン!」

「うあ!?」


 爺さんに腕を掴まれ、窓から落とされるように部屋に引き込まれた。

 我に返り、自分が何をしようとしていたかを思いだし、唸る。


「……出てた?」


「一つ分だけだ」


「……くっそ、朝から一度も使ってないから、我慢出来てたと思ったのに。

 ごめん、止めてくれてありがとう」


 我慢していたのは、反響定位だ。

 これまでどこでも好きなように探査していたが、ここは魔法学校。

 村の周囲とは比べ物にならない程大きな町だ。そして人も多い。種族氏族も多様。


 村では皆の厚意で許されていたが、本来、海妖精の使う反響定位は索敵用。

 そんなものを町中で垂れ流せば、聞こえる者程警戒する。


 町のルールとして、『反響定位を行ってはいけません。』なんてものはないが、そも、民間人には聞こえない音だ。

 聞こえないものを規則にいれると、次は海妖精への余計な恐れを生む原因になる。


 音の波一つ分で止めてもらえてよかった。これならうっかりや気のせいで通る範疇だろう。


「完っ全に無意識だった。なんでわかったんだ?俺、黙って外を見ていただけなのに」


「そりゃあお前、」


 ――その時、感じた。

 聞こえた、音の波。

 反響定位だ、俺にぶつかった音が、何者かの元へ戻っていく、


 瞬間、すぐ側で爆発、したと思った程の爆音に息が止まる。


 吹っ飛んだ思考、すぐに戻った理性。


 隣を見れば、爺さんは得意気に笑っていた。

 手は合わせたままだ、――一回手を叩くだけで出せる音かよ、これが。


「    ?」


 爺さんが何か言っているが、聞こえない。聴覚は爆音で機能停止中。

 目眩も少し、口の動きを見逃してしまった。

 とりあえず自分の耳を指さし、首を横に振って、聞こえないことを伝える。


“耳をやったか!すまんな!”


 爺さんが言う。

 構わない、とゆっくり首を振った。

 ……正直、爺さんが動いてくれて助かった。


 爺さんのこれは、一種の反響定位対策。

 拍手一回、その音の範囲に散らした細かな魔力は、音の波を返さない。音を飲み込んでしまう。


 反響定位の仕様上、戻る音が無ければ把握できず、一度の音の波で全て把握出来るものでもない。


 わざわざ、音を出したのは。

 音を鳴らさずとも、魔力を散布することは出来る。にも関わらずの爆音は、


 ――嗅ぎ回るのならこちらから出向く、という爺さんからの警告だ。


 反響定位は、音の波を継続的に流しているために、広がる音の中心に使用者は必ず存在する。

 視界外の情報を得る対価は、己の位置情報だ。


 戦いなら、真っ先に落とす対象になるのが、反響定位を使う者、使える氏族。


 あれは海妖精が使う音だ。

 爺さんの警告は理解できるはず。


「……この町の自警団が、……俺がぽろっと溢した音を不審に思っての探査だったのなら、申し訳ないな」


「有り得ん。これだけ大きな町だ、人も多い。

 緊急事態の騒がしさもなし、わしみたいな者に当たれば“事”じゃぞ」


「……そうだな、そうだった」


 反響定位は索敵。視認外の距離から敵認定してくる可能性があるなら、警戒を……通り越す可能性だって。


「レプン、耳は大事ないか?」


「問題ない。この通り聞こえてる」


「ならばよし。……しかし昔の、お前がちぃとばかし不安定だった頃を思い出すな。   

 こうして聴覚を無理やりぶんどっていたら、それを見たディーにぶん殴られた」 


 その時の傷が、爺さんのこめかみに残っている。


 当時の俺は、意識を失って目覚めたらこの身体という謎現象と、己の死の記憶に地続きにある意識のため、……恥ずかしながら、不安定だった。

 だが、爺さんが大味な保護者だったために、早い段階で安定。

 しかし大味すぎたために、激昂した村長役の先生に殴られていた。


 爺さんの対応は的確だったが、俺の事情を知らずにいると、爺さんが子どもの耳を故意に破壊したことになる。

 聴覚の機能不全は一時的なもので、……当時の俺は聞こえない方が安定した。


 事情を知っても別のやり方があると先生は怒り、……一時的にとはいえ、爺さんと先生の不和の原因となった俺、申し訳なく思っている。


「その……ごめんな。当時のそれも、――“今のも”。俺がまずいことになるって察知してのことだろ?」


「……いい、いい。

 謝るな、わしが勝手にやったことじゃ」


「そういえばさ、爺さん。聞きそびれた、気付いた理由、教えてくれよ」


「……嫌じゃ」


「なんでだよ、言いかけてたじゃないか」


「気が変わった。嫌じゃ。

 わしは寝る、お前も寝ろ。明日は酒を物色する楽しい観光の日じゃぞ」


 ……気が変わったのなら仕方ない。

 俺も寝るかと思ったが、何か忘れているような気がした。


 その何かは、すぐに判明する。


 ――反響定位が聞こえる者は限られるが、爺さんが出した爆音は周囲一帯に轟いていた。


 もちろん通報祭だ。


 巡回中の警備隊の耳にも届き、やれ爆発事件だ、事故だと大騒ぎになった。

 本当に申し訳ない発端は俺です。


 そして、爆音の元と思われる建物の宿泊名簿には『グラン・ダハーカ』の名。


 警備隊に爺さんの経歴を知ってる者も多く、聞き込みのため部屋を訪れたのは町の警備隊の隊長だった。


 過去英雄とも災厄とも言われていた爺さんを前に、毅然としながらも死を覚悟した顔で、俺は、俺は……!もう本当に……何と言ったらいいか……!


「虫が飛んでいたから、つい。パンと」と謝る爺さん。

 その虫、一切の痕跡残さず消滅してない?


「よし、証明してやろう」

「!?――待っ、」


 実演する爺さん。爆音。

 爺さんに近い警備隊隊長の耳を守る俺。

 また耳をやられる俺。


「  、   ……」俺に謝る爺さん。

 腰を抜かした警備隊隊長、震え上がる外で待機していた警備隊隊員達。

 申し訳なさで倒れそうな俺。


 厳重注意の後、警備隊側で内々に処理されることになった。


 本当に、本当に……申し訳ございませんでした。

 




 ×××××





 翌日。

 商業区にて、観光のいう名の物資(主に酒)調達をする俺達には、案内人が付いていた。

 警備隊所属の、人族の青年だ。


 この青年、どうやら昨夜の顛末も、爺さんについても知らないらしい。


 お願いですから一人つけて下さいと頭を何度も下げる隊長の横で「任せて下さい!俺ここでガイドのバイト経験があるんです!」と笑顔を輝かせていた。


 騒ぎを起こした引け目もあり了承し、――これが大当たりというか、この青年、かなりの情報通だった。


「ダハーカさん、海妖精の女王が外交に積極的だという話、ご存知ですか?」


「うむ。確か人族のいくつかの国……この国とも、協定を結んだと聞いたな」


「そうなんです!それでですね、実はこの町、……姉妹都市提携を結んでいます」


「!!――まさか、闇市に出回るような粗悪品ではない……!」


「はい、純正の本物!海妖精の領域原産の酒が!交易品として卸されています!

 案内しますね、こちらです!」


 これには爺さんにっこりである。

 先導する青年と、うきうきの爺さんの隣を歩く俺。


 道すがら、店を前に並ぶ商品を眺めながら、……海妖精か、と思う。


 女王就任からの情勢は噂で聞いていた。

 女王の、その軌跡を実際に目にするのは始めてとなる。


 海妖精の領域は、何百年も閉じられていたせいか、内で喰い合う歪んだ世界になっていた。

 他種族と秘密裏に交流を計る者たちはいたが、王に知られれば、一族ごと抹消される世界だった。


 それが――今の、これだ。

 ……自分がやったことは無駄ではなかったと、そう思える。


「となると、この町にも海妖精が?」


「はい!外交官が在留していますし、留学生も何人かいますよ」


「ふむ、その外交官とやらの氏族は?」


「それはー、個人情報なのでお答えできません。

 訊けば答えてくれる方ですから、見かけたら訊いてみましょう!」


 俺も気になって訊いた口です、とにこやかに続ける青年。

 視線で爺さんを確認。――だよな、わかるよ。俺もこの人族の青年が気に入った。


「あ、ここです。……ところでダハーカさん、懐の方は……暖かですか?」


「ふふん、熱々のグツグツじゃ」


 海の匂いのする店の前で、青年はにこりと笑い、扉を開けた。


「それを聞けて良かった。

 ――店長!太客です!お酒の在庫、秘蔵酒まとめて出して下さい!」


 濃い匂いと、懐かしいものが並ぶ店内。 

 店長と呼ばれた人族の男の目は、爺さんを見てぎらりと輝いた。

 早足で爺さんに近付き、一礼。


「お客様、奥のテーブルへ。

 完全正規品、流通前のレア物含め、全てお出しします」


「うむ!――ああ、そうだ、レプンよ。

 たまにはお前も混ざれ、いけるだろ?」


 来い来い、と奥へ向かいながら手招きする爺さんではあるが、俺には根の真面目さが好印象な警備隊の青年がついている。


「ダハーカさん、未成年の飲酒はちょっと」


「ふっふっふっ、実はこやつ、童顔なだけで案外年寄りなんじゃぞ」


 年寄りではある。

 童顔はその……はい、海妖精の成長の遅さがでている。


「なっ……レプンくん……いや、レプンさん……俺二十三歳……君は?」


暫定(十八)です」


 その末尾に零を足した数より上だったりするが。


「十八!?見えな……失礼、予想よりは上ではあるけど、……この町は、国ではなく学校の規則を元に運営されています。

 よって、許可できません、だめです」


「だそうだ。少し外を歩いてくるから、ゆっくり選んでくれ」


「厳しいのお」


 残念そうではあるが、酒を前にすれば機嫌も戻るだろう。

 ここは海の匂いが濃い。苦手ではないさ、馴染み深いものだ。


 青年に爺さんを任せ、店をでる。

 来た道を戻るも良いが、先を進むのもありか。

 悩む視線を先の道へと向け、瞬間、息が止まった。


 海妖精がいた。

 知った顔の海妖精だった。





 

 


 

 

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