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浪費魔術師と借金取りの気ままな旅  作者: 直線曲
第二話 彫刻の街
5/5

2-3

「私、暗い人間なんです。人見知りで友達もほとんどいないですし。子供の頃は何度も誘拐されそうになったことがあったんです。それもあって、親もどんどん過保護になり、私が家の外に出るたびに警備を厳重していきました。親としても、そうせざる得なくなっていたのも分かります。でも、外に出るたびに暗い気持ちになって、私はますます人と関わりが持てなくなりました」


女神の子供時代は、それはそれは天使だったろうし、無理もない。


「人見知りを悪化させたまま、ずるずるとデビュタントの参加を伸ばしていたんですが、16歳になっていよいよ行かないわけにもいかなくて、家のためにもなんとか行く決意をしました。

そして……久しぶりに人の多い場所で無事イベントを終えて、疲れて気が抜けてしまっていたのかもしれません。父がいない一瞬の隙に、会場にいた男に別室に連れ込まれそうになりました。私はあまりの恐怖で声も出せなくなってしまったのですが、会場にいた王宮の警備兵様が、部屋に押し込まれるギリギリのところで助けてくだっさたのです」


なんとも気の毒な人だ。

トラブルを引き寄せやすい体質と言えばいいのか、なんと言えばいいのか。オーフィンは男運が無い女神に同情した。これほど美しければ、美貌を逆手にとって男を利用して侍らせていてもおかしくないのに。


「助けてもらったにも関わらず、その時はなぜ自分ばかりがこのような目に遭わないといけないのかと、怒りと悲しみでいっぱいで、お礼も言わずに泣き続けていました。今思えば本当に恥ずかしい……。

そんな私を見たからでしょうか。助けてくれた警備兵様が、泣いている私に言ったんです。『弱いと思われてるから狙われてるんだ。嫌なら強くなれ』と」

「え、それは随分……」


襲われかけて泣いている女の子に言うセリフだろうか。まるでいじめられて泣いている少年に言う、手厳しいアドバイスのようだ。悪漢から助け出したのは素晴らしいが、ちょっと、いや大分ずれている人かもしれない。

だが、女神は当時のことを思い出しているようで、頬を赤らめた。


「私も言われた時はびっくりしました。でも確かにそうかもしれないって思ったんです」


馬鹿な。素直すぎる。

人付き合いをほとんどしてこなかった弊害か、親が過保護なせいか。貴族令嬢に『強くなれ』なんてアドバイスは普通はしないし、それを疑うことなく受け入れるとは。

そもそも、その警備兵は警備が仕事なのに、ご令嬢相手に好き勝手に言いすぎでは。

普通は警備を強化しろとか、従者とともに行動しろとか、そんなアドバイスだろうに。


「その方は『最終的に自分を守れるのは自分だけだ。嫌なら強くなれ。誰にも負けないくらい』とおっしゃってました」

「脳筋すぎないか、その考え方……」

「それでもその出来事は、私にとって雷に打たれたような、天啓のように感じたのです。今までただ惰性で生きていた私に、命を吹き込んでもらったような。

私は家に帰ってから、強くなるにはどうすればいいか考えました。家族にも急に『強くなりたい』と言い回って、きっとびっくりしたでしょうね。当時の私は今以上に無知で非力で、強くなるなんて到底考えられないような状態でしたし。

でも、母は急に元気になった私を見て、とても喜んでくれました。すると子供の頃に受けた魔力量の検査結果のことを教えてくれました。それを聞いて、魔術を覚えれば強くなれると思ったのです」


家で閉じこもっていた娘が、何にせよ活力を得たのであれば家族は歓迎するだろう。


「それから魔術のことを調べて勉強しました。そして私を助けてアドバイスを下さった“あの方”のことも……。家のツテを使って“あの方”が軍の中でもとってもお強い方であることを知りました。それを知って私はますます魔術を頑張ることに決めたのです。生ぬるい勉強では“あの方”の肩に並べませんもの」

「真っ直ぐ過ぎる……」


王宮の警備兵と肩を並べることが目標となると、それは王宮の魔術師団に入るということになる。魔術師の中のエリート中のエリート。それは信じられないくらい難関だ。いくら貴族で魔力があるからといって、努力だけでは到達できないラインというものがある。もし女神が王宮の魔術師を目指しているのであれば、それは手放しで応援できないとオーフィンは思った。


「高すぎる目標は、あまりオススメしないがな」


叶わぬ夢を抱くのは自由だし無駄ではないが、挫折は辛い。

だが。


「そんなこと、あり得ません!」


女神は勢いよく立ち上がった。

魔道具の解析を続けながら話を聞いていたオーフィンも、思わず女神に目を向ける。

女神の瞳にはキラキラと、いやギラギラとした光が宿っていた。


「もし、人生において、人が絶対にやり切らなければならない試練が神によって与えられていたならば、私にとって、それはきっとこの道であろうと思います!」


オーフィンは女神の迫力に圧倒された。さっきまでの大人しい女性とは思えないほどの力を放っている。


「決して届かない道かもしれません。それでも私は、何がなんでも、何をおいても、どんな手を使っても、やれる手をやり尽くして、この道を進むと決めたのです!これが私が今生に向き合わねばならない試練であり、私の人生、いや私の生命の輝きそのものなのです!」







「なんで自宅にある魔道具の効果を知らないんだよ。ヴィクトールも魔力はあるだろ」

「あいにくリディアほどじゃない。俺は魔術が苦手なんだ。それほど適正もないしな」


自分が魔術が苦手だからといって、自宅にある魔道具についてよくわからないなんて財産の多い貴族らしい発言である。魔道具は高級品なのだから、もっと家の財産に関心を持て、とコルクは自分のことを棚に上げて思った。

リディアがどんな魔道具を使って身を隠しているかわからなければ、居場所を調べるのも難しい。


「そもそも我が家はそこまで魔力が強い家系じゃないからな。リディアだって魔術師の中ではそれほど魔力の多い方では無いらしいじゃないか」


うーん、とコルクは考えてから言った。


「リディアの魔術は、魔力よりも努力で出来ている」


彼女は少ない魔力でも最大限効果的に使えるように、工夫に工夫を重ねた魔術の使い手だ。一つ一つの術の練度は他の魔術師を圧倒しており、そこまで研ぎ澄まされた彼女の魔術からは血が滲むような努力と工夫の跡が見える。その分、リディアの使える魔術の種類は少なく限られているのだが。

だがヴィクトールは不満気だ。


「よりにもよって攻撃魔術に特化した魔術師になるなんてな……。たまに魔術を学ぼうとする意欲のあるご令嬢もいるそうだが、大抵は身を守るための簡単な補助魔術だぞ」

「いいじゃん攻撃魔術。強ければ身を守れるぞ」


ヴィクトールは嫌そうにコルクを見る。

どこに、戦場で攻撃魔術を放つ女を魅力的に思う男がいるのだ。

せめて戦場に出る部隊ではなく、魔術の研究でもしていてくれればよかったものを。嫁の貰い手を探すのはこっちなのだ。


「あの子もあなたの影響を受けなければ、こうはならなかったんだがな」

「戦場を希望したのはリディアの意思だぞ」

「いや、確かにリディアが戦場に出ると聞いた時は、我が家でも大いに揉めたが……。いや、待て。元はと言えばコルク殿がリディアを夜会で助けたのが発端だ。あの日からあの子はおかしな方向へ変わったんだ」


ある夜会で事件が起きた時、コルクは魔術師団に所属する一介の魔術師だった。魔術の実力は折り紙つきであったが、上級階級で必要とされる知識やルール、振る舞いといったことが著しく欠けており、勉強も兼ねて王宮の夜会の警備を命じられていた。

若い女たちが、王城で大人として認められるイベントが行われる、という説明を受けたものの、コルクには意味がよくわからなかったが、ともかくその警備をあたっており、不届者がいたので排除するという真っ当な仕事ぶりを見せた。だが、その不届者が貴族のナンタラとかいった奴で、腕力でねじ伏せたのが不味かったらしい。コルクなりに配慮して魔術を控えたのだが、腕力でもダメだそうで、じゃあどうやって不届者を排除するのだと抗議したのだが、それは上手いこと話術で牽制してお引き取り願うのだと後に同僚から言われた。それでは何のために兵を配備しているのかわからない。

その騒動で当時の魔術師団長は頭を抱えていたが、助け出したご令嬢の家であったファレル家からは感謝の手紙をもらった。


「家で引きこもっているより、元気な方がいいだろ」

「戦場でリディアが『初撃の雷神』なんて二つ名をつけられていると知るまではな。なんでよりによって戦場に出る部隊の中でも、最前線所属なんだ……」

「本人が希望してるんだってば。リディアは血気盛んで攻撃に傾倒しがちなんだけど、そこをこっちで上手くコントロールできれば良い魔術師だよ」


ヴィクトールの深いため息が部屋に響き渡る。







「私の魔術はまだまだですが、それでも“あの方”に近づきたい。そう思って努力してきました。そんな時に“あの方”が……、て・転勤してしまって、私の気持ちはすっかり沈んでしまったのです」


さっきまでの勢いはどこへやら。女神にとって、助けてくれた兵士には憧れとともに恋愛感情があるのだろう。

偶然とはいえ女神を助ける機会を得て、よくわからないアドバイスをし、結果的に女神に好かれるとは。ずれた奴だが運のいい男だ。


「自宅でただひたすら落ち込む日々でした。そんな折に、親が私の結婚話をしているのを耳にしたのです。私も貴族の娘として、結婚が重要な仕事であるとわかっているはずでした。でももしこのまま結婚話が進んでしまったら、もし遠くに縁づくことになったら、“あの方”と会うことが二度とできないかもしれない。そう考えたら、居ても立ってもいられず家を飛び出していたのです」

「その兵士はどこに転勤したんだ?この辺りなのか?」


女神は静かに首を振った。


「わかりません……。“あの方”は私に何も告げず行ってしまわれたのです」







ヴィクトールが呼び鈴を鳴らし、給仕にお茶のおかわりを頼んだ。

気の利く男である。


「そもそも、なんでわざわざ私のところまで来たんだ?軍として私を探していたとしても、わざわざ第三騎士団の隊長であるヴィクトールが来る必要はなかったろ。それこそ魔術師団の誰かでも良かっただろうし。リディアの件があるにしても……私に捜索を頼みたいってことか?」


ヴィクトールは少し考えたような素ぶりを見せたが、「いや」と言い首を振った。


「リディアはコルク殿に心酔……いや執着している。あの子の執着っぷりだったら、どうにかしてコルク殿のことを見つけ出すんじゃないかと思った。もしかしたら、軍よりも早くあなたに出会っているかもしれないという予感すらした。だから、あなたを見つければリディアも一緒に見つかると思ったんだ」


コルクは怪訝な顔をして、首を傾げる。


「意味がわからん。リディアは調査魔術の類は使えないんだぞ」

「そういう意味じゃない。あなたはリディアに対する認識が甘すぎる」


ヴィクトールには言われたくはない、とコルクは思った。


「コルク殿が二人で行動していると報告があった時は一瞬期待したが、同行者が男だと聞いてアテが外れた。それでも、リディアならなんとかコルク殿と合流する気もしていたんだがな」

「なんなんだ、リディアへのその期待は……」


ヴィクトールはカップを置いて、コルクに向き直した。


「それで、その同行者の男は何なんだ?魔道具師と報告を受けているが」

「あー、えーと……」


説明が難しい。もちろん借金取りと言うわけにはいかない。

コルクが返事にまごついていると、さっきまでとは打って変わってヴィクトールの表情がニヤニヤしだし、楽しそうに話をはじめた。


「てっきりコルク殿は一人で行動しているとばかり思っていたんだが、いいじゃないか。二人で楽しい旅行しているんだろう?戦場一色だった殺伐とした日々が癒されそうだな。やはり持つべきものは良きパートナーということか」

「……何か勘違いをしているようだが、同行者は私の男ではない」

「まあ、いいだろう。そういうことにして、軍にはまだ報告しないでおこう」


ドルトの時のような展開はごめんだと思っていたのだが、それとは別の、思っていない方向へ勘違いが進んでしまった。

不服だが、うまく訂正もできる気もしないし、勘違いされて困ることもないからコルクは説明を諦めた。


「そうは言っても、あなたは所々抜けているところがあるからな……。変なやつじゃないだろうな?」

「ああ。それなりに付き合いは長いし、人となりも知っている」


オーフィンの人となりは、旅に出てから知った部分の方が多いのだが。だが、それはきっとオーフィンも同じだろう。


「ならいいが、もしかしたらコルク殿を誑かす間者かもしれないぞ。過去を洗わなくて大丈夫か?フフフ、昔の女の存在がわかったとして、嫉妬するあなたは想像もつかないが」


コルクであれば間者はすぐに気がつくだろう、ということをヴィクトールもわかっていて言っている冗談である。とはいえ、連れ歩いている男が軍や国と敵対する人物では無いかどうかは確認したかったのも、また本心であろう。


妙に饒舌なヴィクトールは鼻につくが、コルクもオーフィンの過去については考えたことがなかったなと思った。

道具や旅の話はしているが、オーフィンもコルクについて突っ込んだ話をしてこないので、コルクもまた魔道具師になる前のオーフィンについて尋ねることは無かった。

うーん、とコルクは考えて、オーフィンの過去について思いを巡らせてみると、一つ思い当たるものがあった。


オーフィンは昔、魔術師を志していたことがあるのではないか。ということだ。







仮面の飾り線と回路の区別がつきづらく、どこまでを回路と判断していいか分からない。

オーフィンは思わず首を傾げ、何となしに女神を見る。

女神は“あの方”について熱弁を振るっている。


「初めは守っていただいたことや、強さにばかり注目していたのですが、思えばその凛々しさや、表裏の無い性格もとても素晴らしいことだと感じるようになりました。恩着せがましい態度など一切無く、心根の清らかさなど、他に見たことがありません」


堰を切ったようように話し始めた女神は、あの方への賛辞が止まらない。

女神の説明だけ聞いているとパーフェクトな人物のようだが、果たしてそんな人間が本当にいるのだろうか。それともその男も、女神と同様に人間離れした人物なのか。

そして、ここまで情熱的に語れるのであれば、当然のようにオーフィンに疑問が浮かぶ。


「あんたは自分の気持ちをその人に伝えてないのか?」

「え……」

「好きなんだろ?」


当然のことを尋ねたオーフィンだが、女神は途端に滝のような汗をかき、動揺が隠せない。

女神のあまりの様子にオーフィンは驚きつつも、好きな人について指摘されるのは恥ずかしいものだし、女神は箱入り娘だし動揺もするか、と思い直す。


「そ……そんな、気持ちを伝えるって……。私そんなつもりありません」

「いやいやいやいや……。どっからどう見てもアンタはその人のこと好きじゃん」


見るからに狼狽えているにも関わらず、女神は肯定しない。

その様子を見て、思わずため息をつくオーフィン。


「分からないな。女からアプローチするのは変だってか?だったら、女だてら魔術師を目指しているアンタはもっと変わってるぜ。ああ、それも家の話か?貴族は貴族と結ばれないと、って話なら分からなくはないが、相手は王宮の兵なんだったら最低限の家の出だろうし、すごく強いって話なら役職もあるだろうし、これからもっと出世するだろう。だったらアンタの両親だって何とか説得できるんじゃないか?懸念点なんて無いじゃないか。何をビビっているんだ」


「でも……でも……」


「さっきの勢いは何処へ行っちゃんたんだか。きっと今のアンタは、屋敷で引きこもっていた頃のアンタと変わらないんだろうな。一歩を踏み出せない」


自覚があるのであろう。女神は悔しそうにオーフィンの目を見つめた。

だが気にせずオーフィンは続けた。


「無謀だとわかっていてもその道を選んだんだろ?家族に反対されても、自分の意見を貫き通したんだろ?客観的に見ればそんなことへ挑戦する奴は、側から見たら馬鹿みたいに映るかもしれないが、俺は応援するよ。諦めた奴もいるし、届かなかった奴もたくさんいる。でもだからと言ってアンタの挑戦を否定する理由にはならない」

「私……」

「魔術師になるのと、好きな奴に想いを告げるのの、どっちが大変だかわかってんのか?魔術師を軽く見てるのはアンタの方なんじゃないか?」

「な……!そんなことありません!!」


勢いよく反応したものの、女神は次の言葉が出てこない。


「今更、周りにどう思われるとか考えるタイプじゃないだろ?」

「……相手に迷惑をかけてしまいます。無理なんです。絶対」

「魔術の深淵に向かおうとしている人間とは思えない発言だな」

「!」







オーフィンは魔力操作が上手すぎる。魔力さえ注入すれば発動する魔道具は、魔力量の細かいコントロールなど必要ない。それなのに、オーフィンは魔道具を使う時、必ず魔力量を調整して術の威力と自身の魔力消費量をコントロールしている。魔道具師としては過剰すぎる技術だ。

あのコントロール技術は、ちょっと練習したくらいで身につくものではない。魔力というものは、強く出すのは割と単純なのだが、弱く出すのはかなり難しい。

きちんと計測してないから正確なところは分からないが、おそらく魔力量も多い方だろう。道中で使っていた冷風の魔道具は、魔力消費の多い魔道具だったが、それを苦もなく使いこなしていた。魔術師としてはやや物足りないものの、魔力量だけであれば、おそらくリディアといい勝負だろう。


だが……

やはり魔術師になる壁は大きく厚い。どんなに努力しても叶わなかった者もいる。「割と優秀」程度では魔術の深淵に踏み込むことはできないのだ。







「私……怖かったんです。私を変えてくれた方との関係性が変わってしまうことが。でも……あの日、怯え続けるのをやめると誓ったんです。それは自分自身との1番大事な約束でした」


女神の瞳に再び力が戻った。彼女にもう動揺の気配は感じない。


「家に帰って家族に話してみようと思います……!どう言われるか分かりませんが、でも何もせずにこのままでいいわけありません。も……もちろん“あの方”にも想いは伝えますよ!先に家族に伝えるのは、何の憂いもなく、想いを告げるためですから!」

「わかったわかった」


オーフィンは苦笑いしつつも、女神の意見に優しくうなずいた。


「とても不思議……。あなた様は全く関係ないのに、なぜか“あの方”との繋がりを感じてしまいます」


オーフィンは首を傾げる。女神の言うパーフェクト人間の“あの方”に似ているという意味だろうか。そうであれば光栄だが、そういう意味には聞こえない気もするし、捉えどころのない感想だ。

腑に落ちていない様子のオーフィンを見て、女神は微笑んだ。


「あなた様は私のことを何も知らないのに、私が抑えていた気持ちを解放して、“あの方”のように私に道を指し示してくださった。まるで求道者……神父様のようです!」

「いや、魔道具師だから」

「実家に戻り、落ち着いついたら必ずこのご恩をお返しいたします!お名前もまだ聞いておりませんでしたが……」


前のめりで感謝を伝える女神を静止し、オーフィンは静かに首を振る。


「その必要はない。アンタの想い人だって、仕事だったとは言え、何か見返りを求めてアンタを助けたわけじゃないだろ。魔術師って秘密主義者ばかりだからアドバイスされることが少ないのかもしれないが、慣れないアドバイスに今のアンタは過剰に恩を感じすぎている。俺は魔道具師だから、そういった気遣いは必要もない。何となく、魔術に関わる道に進んでいる人間は同士だと、自然と思っているんだ。だから気にするな」

「魔道具師様……!」



オーフィンの言葉に嘘は無かったが、互いの名前を交換し合わなかったのは、これ以上面倒ごとを増やさないためであった。

女神はいたく感動している様子で、言葉の真意に気がついていないのは都合が良い。


「まだ修理の途中だが、4つある魔石部分の一か所だけなんとか直った。爆発の危険はなくなったが、認識阻害の効果は元の十分の一くらいだと思う。おそらく全てが相互に効果を高め合う作りだから、4つ全て治らなければ本来の効果を発揮できないだろうが、無いよりはいい」

「本当に何とお礼を言えばいいか……」


オーフィンは最後に仮面を眺めると、今度は何も考えていないような表情に見える。

仮面は治ったと言うよりも一か所だけ壊れていなかった、と言うほうが正しかった。結果的に破裂しない状態にしただけであり、修理は中途半端だ。だが、女神が家に帰るまでの道中、多少なりと安全を確保するにはこの仮面は必要だろう。

道具の片付けをし始めたあたりで、山道の方から男の声が聞こえてきた。


「いけない。早く仮面をつけなきゃ……!」


そういえば、女神は顔を隠さない状態で男と接触すると、トラブルが発生してしまうのだった。オーフィンは慌てて仮面を女神に渡した。

女神は素早く仮面を装着しながら「もし軍だったら」だの「影に捕まっても」など、ブツブツ言い出したが、それらの言葉はオーフィンには聞き取れなかった。目にも止まらぬ早さで支度を終えた女神は、急に切り立った崖に向かって走り出した。


「お、おい!?そっちは危ないーーーー」


女神は一片の迷いもなく、崖から飛び降りた。

思わず大声を出したオーフィンは、慌てて崖端に向かい、飛び付くように下を見た。

10m級の崖を飛び降りたはずの女神は、怪我をしている様子もなく崖上のオーフィンに向かって叫んだ。


「今日のことは一生忘れません!必ずやこのご恩、お返しいたします!大変失礼致しますが、今回は急なお別れとなることを謝罪させていただきます!では!」


そう宣言すると、女神は振り返ることなく森の中を走っていった。

あまりの急な出来事で肝を冷やしたオーフィンに、女神の別れの言葉は頭に入ってこなかった。

女神の姿が見えなくなるとオーフィンも少し冷静さを取り戻し、荷物がある場所に戻った。山道からきた男たちは石切りの作業員のようで、親切にもここは危ないと警告してくれた。

オーフィンは混乱した頭を整理しながら、荷物をまとめ、街に戻るために山道を歩き出した。


「さっきのは魔術か?少し魔術が使えると言っていたが……。うーん……他の魔道具も持っていたのかもしれないが……」


考えたところで、この謎が解けることはないだろうな、と思っているオーフィンだが、決してそうとは限らない。







コルクが噴水の広場に入ると、先に着いていたオーフィンが目に入った。少し予定の時間より早かったが、街で暇を持て余していたのだろうか。


「待ったか?観光地だから見るものも多いと思ったんだが」

「いえ、それほど待っていませんので、お気を使わず。いや……確かに店を見る予定ではあったんですが、ちょっと色々ありまして」


ふーん、と言いつつコルクは首を傾げる。


「ファレル団長との話は終わったんですか?」

「ああ。いくつか頼まれごとを引き受けることになった。そのかわりこの街での宿が手に入ったぞ。オーフィンも荷物を置いて、飯にしよう」


気がつけば、夕陽が白い石で統一された街並みを真っ赤に染めていた。確かに夕飯時だ。


コルクが手配した宿は、噴水近くの高級宿だった。思わず説教をしそうになったオーフィンだったが、この宿代はヴィクトール・ファレルの奢りだそうだ。


「元々はヴィクトールが取った部屋なんだが、もう必要ないらしい」

「ああ、先にお帰りになったのですね」

「フフフ、久しぶりの上等なベッド。しかもホテルの食事やルームサービスもタダだ!」


人のツケで寝泊まりすることを心から喜んでいるコルクを見ると、自分の金だろうが人の金だろうが関係なく、金を使うことに躊躇が無いなと思った。


ホテルの一階にある併設されたレストランでは、繊細で高級なコース料理が出てきた。コルクは相変わらず食事をテーブルに全部並べて欲しそうにしていたが、流石に高級店でそんなワガママを要求することはなかった。ただ、食事の量は通常の倍量をオーダーしていた。

尋ねてきたファレル団長の要件について聞いてみると、まあいいか、と言いながらコルクが教えてくれた。謹慎中の軍人が逃げ出したため、ファレル団長が後を追っているという話らしい。逃走した軍人は戦闘能力が高いそうなので、騎士団長がわざわざ出てきているのは、力で対抗できる人間である必要があるからだろう。しかも逃走している人物は、国の重要施設を一部破壊しているらしい。何とも物騒な話だ。


「オーフィンはどうしていたんだ?」

「魔道具を壊してしまった人がいて、修理していたんです」

「なるほどな。そりゃあ街を見てる時間も無くなるな」


オーフィンは、食事を口に運びながら日中のことを考えていた。

偉そうに言ったものの、女神に話したことに引っ掛かりを感じていた。彼女に魔術師という重荷を背負わせたのではないだろうか。ただ頑張れば叶う類いのものではないのに。


「コルク様は、夢や目標をどう考えていますか?」

「夢?」

「例えば、どうしても叶えたい夢があって、そのためにはすごく努力が必要で、でも努力だけではどうにもならないこともありますよね?」


コルクは魚煮込みを咀嚼しながら、パンをちぎっている。話を聞いているのか聞いていないのか。だが構わずオーフィンは続けた。


「達成が難しいことを、安易に背中を押すのは違うと思っているんです。でも……」

「いいじゃん。人生一回切りなんだし好きに挑戦すれば」

「いや、そんなわけには」


コルクはパンを口に放り込んで言った。


「違わないさ。私もオーフィンも人生一回きりだ。だからこんな旅をしている、だろ?」

「…………それは……そうです」


籠に入っていたパンを食べ切ったコルクは、おかわりを注文している。


女神は挫折するかもしれないし、夢を叶えるかもしれない。傷ついて座り込んでしまうかもしれないし、前を向いて次の道を歩き出すかもしれない。

挫折や失敗したらからといって人生が終わるわけじゃない。その先には必ず新しい道があるのだ。そしてその道は、想像していたよりもずっと良い道だったりする。それは、オーフィンが魔道具師に転向しようとするまで、知らなかったことだ。


メインディッシュのステーキは、鹿によく似た中型動物の肉で、このあたりの山間でしか獲れないらしい。初めて食べたが臭みも無く美味しかった。この味も、旅をしなければ口にすることは無かっただろう。







高級ホテルのスイートルームはとても豪華で広く、部屋に客室も設けられている。どちらも大きなベッドが設置されていたが、主寝室のベッドはコルクが使い、オーフィンは客室のベットを使うことになった。

旅が始まってから、別々の部屋を取ることはなかったので、オーフィンは久しぶりに一人で夜を過ごした。

ベッドはフカフカで、シーツの肌触りもよく、寝転ぶと気持ちがいい。ぼんやり天井を眺めながら夕食のことを思い出す。

単純だが、コルクの一言でオーフィンの心のわだかまりは消えた。そうなると、自分はずいぶんと女神に優しく対応してあげたように思えた。旅をしながら突発的に入る仕事以外で、久しぶりに人助けをしたことを実感してきて、オーフィンはだんだん嬉しくなってきた。

そういえば、女神は自己評価が低いせいで、好きな人に想いを伝えることを躊躇しているようだったが、普通に考えたら女神の想いを断るやつなんていないし、近いうちにカップル誕生すると考えると、これも人助けだなとオーフィンは思った。

思わず笑みが溢れながらポツリと呟く。


「今日はいいことをしたな……」


その日、オーフィンは穏やかな気持ちで、ぐっすりと眠ることができた。

2話おしまい。読んでいただきありがとうございます!

とりあえず完結しますが、3話は気を長くお待ちいただければ。

よければ、お気に入りや評価などしていただけたら嬉しいです!

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