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「コルク様。なんか、こうパーっと採取できる魔術とか無いんですか?」
「そんなもんあるか。魔術は万能じゃ無いんだぞ」
森の奥のさらに奥。獣が魔獣にかわるほどの魔力濃度の濃い辺りで、2人の会話が木々に吸収されていく。あたりは静かだが不思議と音は響かないのは、深い森の中だからか、あるいは周囲の濃すぎる魔力の影響か。
旅装束に身を包んだ黒髪の若い男、オーフィンが、下草を選り分けながらブツブツと文句をいう。
「だから貴族の護衛依頼を引き受けた方がいいと言ったじゃないですか。もっと楽に稼げましたよ?」
コルクは立ち上がり、上体と腕を上に伸ばして細い首を回す。目深く被ったフードが落ち、彼女のキャラメル色の長い髪がこぼれ出た。
「バカを言え。貴族絡みの仕事なんぞ面倒しか無いぞ。はぁ、首が痛い。オーフィンどれくらい採れた?」
オーフィンは採取していた野ニラの束を見せると、コルクは破顔して喜ぶ。
「ははは!それっぽっちか!私はもうこんなに採れたぞ!」
コルクはオーフィンの3倍は超える収量を抱えていた。
「コルク様……。これは野ニラではなくスイセンです。スイセンには毒がありますから、魔力溜まりで採取したスイセンなんてもの納品したら、媚薬の代わりにとんでもない毒薬が出来て大事件になりますよ」
「な、なんだと!?どうみてもニラだろう!これは」
「まったく、コルク様は本当に魔術以外は壊滅的にダメですね。初めは何でもできると豪語しておいて、一般の仕事はことごとく失敗。さすがに危険な場所での採取仕事ならやれるだろうと思ったら、それすら出来ないとは。もう王都に戻っては?」
「ええい!うるさい!見分け方を教えろ!」
コルクは顔を真っ赤にして怒りながらも、真面目に仕事を取り組もうとするため、オーフィンはため息をつきつつ丁寧に野ニラとスイセンの違いを教える。
今回の仕事は、魔法薬の原料として魔力濃度の高い場所に自生している野ニラ採取だ。聞くところによると、滋養に良いとされる野ニラは魔力濃度が高まると媚薬の原料になるらしく、金持ち相手の魔法薬として高値で売れるそうだ。
「スイセンのほうが葉が大きくて、中央に窪みがあるでしょう?なにより匂いが違います」
オーフィンより頭ひとつ低いコルクの頭は、説明に納得する度にカクカク頷いていて、艶やかな髪が揺れる。魔術師とはいえ、元軍人とは思えない白い肌と透明感のあるグレーの瞳を見ると、王都を出る前に街で流行ってきた女性型のカラクリ人形のようだった。
「……コルク様がこんなことをせずとも、あのまま魔術団長として軍に所属していれば」
「軍に戻る気は無いと、何度も言わせるな。確かにオーフィン、お前に返さなきゃならない借金が払えず……それは返済が滞っていて悪いと思ってる。やはり早く金が欲しいのであれば、私の王都にある屋敷を売って……」
「そんなことを言いたいのではありません。必要のない苦労をしているのでは、と言いただけです。返済についても急いでいるわけではありません。前にも言いましたが、王から直々に賜った使用人付きの屋敷を売らせるなんて、そんな恐れ多い真似させるわけにはいかないでしょう」
「でもあの屋敷って、戦果をあげた褒美として貰ったから、使っても売ってもどっちでもいいって王からは言われてー……」
「ダメです」
「でも」
「ダメです」
コルクはじっとオーフィンを見つめたが、諦めたように大きなため息をついてノロノロとニラ探しに戻った。
オーフィンは旅の前もこの話をしたなと思ったが、その時もコルクは大きなため息をついていた。
コルクは軍で魔術師になることを志したころから、オーフィンの祖父にあたる魔道具師に色々と世話になっていた。年齢と健康の問題で孫に後を継がせると連絡を受けた際、店の後継だとオーフィンを紹介された。実直そうで仕事熱心な人柄が伺え、可愛がっている孫であろうし目をかけてやろうと思った。とは言っても、オーフィンは魔石が産出される辺境で魔道具師としての修行を積んでいたそうで、後を継いだ時にはコルクから見て十分に思えるほど腕のある職人に見えたし、店を継いだ後はコルク以外にも贔屓にしてくれる顧客が多数ついたようだったので安心していた。
数か月前、コルクはオーフィンに杖の新調を依頼した後、軍を辞める手配と王都から離れる支度を始めた。
色々あったが手筈は整い、後は杖を受け取ったら旅に出るだけだった。
客と職人という立場で、特別コルクとオーフィンは仲が良かったというわけではないが、コルクとしては気楽に話せる間柄だと思っていたし、オーフィンの祖父と同じように世話になっていたという感覚があった。
思ったよりも新調した杖の代金は高かったが、だからこそ、最後にもう使うことのない屋敷をオーフィンにあげて代金の代わりにしようとしたのだが、それを固辞された。そうなると少々の旅の路銀を除けば残った屋敷以外の資産は僅かばかりで、当然杖の代金が足りず返済に窮する。
支払い終えるまで付いて行きますからねと言われれば、コルクに上手い断り文句は考えつかなかった。
二人で1時間採取した野ニラを合わせると、借りてきた背負い籠がいっぱいになるほどの量になった。
「集めるとすごい臭いだな。こんな臭い植物を媚薬にして大丈夫なのか?こんな臭い漂わせた人間がいたら、せっかく媚薬を盛った方もやる気が無くならないか?」
「薬は専門外なのでなんとも……。そもそもコルク様はなんで媚薬を盛ること前提なんですか。カップルで使うかもしれないでしょう」
「媚薬といったら隠れて盛るものだろう。さもなくば間違えて飲むものだ」
「薬をなんだと思ってるんですか……」
森を出て待合馬車に乗り、宿に戻る前に依頼主である薬師の店に向かった。
道中、これだけ仕事をしたのだから夕食は肉だとコルクは強く主張したが、オーフィンの顔は渋い。
コルクと二ヶ月生活を共にしてきて、オーフィンにはわかったことがあった。まずコルクは金を稼いだ先から使う。貯めようという意識が全く無く、金銭に関する計画性が著しく乏しい。今日のこの流れでは、夕飯は肉にするどころか宿も変えようと言い出すのは目に見えている。
「借金を早く返せとは思ってませんが、このペースでいくと返済まで30年はかかりますよ。節約という言葉を知らないんですか?」
「生きてる間しか金は使えないんだぞ?なあに、返す分はまた稼げばいいだろ?」
「返す分を使ってりゃ世話無いですよ……」
街の中心部にある薬屋は、薬屋と思えないほどおしゃれな外観で、美容院のような都会的な印象の店内には不必要なほど花や観葉植物が置いてある。店主いわく、自分が一日の大半を過ごす場所なのだから、おしゃれで居心地のいい場所がいいそうだ。
店主はもともと王都にある王宮御用達の魔法薬屋に勤めていた女薬師だったのだが、実家の後を継ぐためこの街に戻ってきた。王宮からも重宝される魔法薬師の立場を捨てるなんてもったいないと周囲に言われたそうだが「魔法薬師を雇えば店は回るけれど、それが後継ぎであれば越したことがないでしょう?」という発言と共に、あっさりとその地位を捨てたそうだ。オーフィンがその話を聞いたとき、だからコルクと気が合うのか、と納得した。地位に固執するのは男も女も関係ないと思っていたが、違うのかもしれない。
コルクが王都にいたころ、その魔法薬屋に勤めていたラリイと仕事を介して知り合い、それほど悪くない友人関係だった。そのため、街に来たついでに昔馴染みとして店に顔を出したところ、野ニラを頼まれたというわけだ。
「ではニラを確認いたします。あら、コルク様ったら外套にほつれが。お怪我はありませんか?さすがに山麓の森の深部まではご苦労されたのではなくて?」
「それなりに距離があったのは面倒だったが、道中はそうでもない」
コルクは、ほつれのある袖をいじりながら、宿に戻ったらオーフィンに修理を頼まなければと考えていた。裁縫も壊滅的に苦手なのだ。
「フフフ、軍では遠征もありましたし、慣れたものってことかしら?ニラも問題なさそうですわ、十分に魔力が巡っている。わたくしではとても採取は無理ですから、ありがたいかぎりです。なにせ採取場所に辿り着くまでが大変ですもの」
「無理して怪我でもしたら元も子もない。これからも出来るやつに頼め」
「そういたしますわ。魔力濃度が濃ければ凶悪な魔獣とも遭遇しやすいですし。とはいえ、安全に辿り着けさえすれば採取自体は難しい作業ではないのですけれど」
オーフィンは深くため息を吐いた。
「そうだったらどれほどよかったか。採取にも向き不向きがあるんですよ、ラリイ殿。今回に関しては、コルク様をいい意味でも悪い意味でも買い被りすぎです」
「お前どんどん遠慮が無くなっているな」
ジト目でオーフィンに抗議するコルク。それをニコニコと楽しそうに眺めていたラリイは、「いい旅をされているようで何よりです」と言った。
ラリイからもらった報酬は予想より多かった。コルクが王都にいた頃、ラリイを介して魔法薬の手配をお願いすることが多く、世話になったからという理由で、ラリイからの依頼を無料で引き受けるつもりだった。だが、ラリイは無料で素材を提供されるということを強く嫌がったため、仕方なく気持ちだけでも受け取ろうと思ったら、ずいぶんと持たされた。
「これだけ貰ったんだ。夕飯を肉にする程度じゃ余ってしまうな!」
店を出たとたん、コルクはホクホク顔で言い出す。
「コルク様!手持ちの資金として取っておきましょう!宿のグレードアップも、馬車の貸し切りも不要です!いいですか!?今ご自分がいくら金を持っているか把握していますか?今日の宿代、次の街に行く馬車代だけじゃありませんよ!今、払う分だけあればいいってわけではないですよ!?」
「な、なんだ急に……」
「そもそもラリイ殿が報酬を払うといっているのに、『必要ない』じゃないんですよ!なんのために森深くまで入ったか分からないでしょう。あまりにも金に頓着が無さすぎます!旅を続けるつもりあるんですか?」
気ままな旅をすること自体が目的、というコルクに付いてきたオーフィンだが、彼女の計画性の無さに疑問を呈さずにいられなかった。
少し前から貴族の間で羨望のブームになっている『気ままな旅』。各地の名所を巡った観光だけでなく、普段のバカンスでは行かないような、ちょっぴり危険な場所をスリル感覚で赴く長期旅だ。伝達術の使い手である上級魔術師を同行させることで、長期間の旅行でありながら王都や領地から離れても、旅先で会議の仕事さえできてしまう、金と人脈のある選ばれた人間しかできない高度な遊びである。
普段から社交だパーティだと華やかな貴族たちだが、それも結局のところ仕事であり、常に腹の探り合いを強いられていれば、一時的にでも戦場から離れたくなるものだ。各地の視察だといいながら仕事をしていれば一応の言い訳は立つ。実際は『気ままな旅』であったとしても。
ただ、コルクの旅は本当の意味での気ままな旅だった。自身が魔術師であるため、護衛もいらないし、軍から離れたため仕事をしながら旅をする必要もない。とはいえ、気ままに旅をしようと思えばそれなりに金がかかるため、今のところ路銀が寂しくなったら訪れた街で何かしらの仕事や相談事を引き受け、少々の金銭を得て旅を続けている。
オーフィンはコルクのこの放浪生活に大いに疑問を持っていた。なぜなら、コルクが魔術師団長のままであれば、『気ままな旅』くらいはできたはずだからだ。軍としても国としても、コルクを失う損失は簡単に穴埋めできないだろう。もしコルクが長期休暇を取りたいと言ったとしても、そのくらいのワガママは許しただろうと思えた。それだけ彼女には力があった。コルクが軍に在籍したまま旅をしていれば、給与を得ながらの悠々自適旅であっただろうし、現在の貧乏旅とは無縁だったはず。彼女はこんな貧乏生活を強いられる存在ではないのだ。
「まあ待て。とりあえず、これは借金の返済分じゃなくてお前の取り分だ」
コルクはラリイから受け取った金の入った革袋に手を入れ、コインを一掴みした。慌てて受け取ろうとしたオーフィンの手のひらに、20枚ほどの銀貨が乗る。野ニラ仕事のオーフィンの取り分ということだろう。
とは言えさすがに多すぎる。この仕事はコルクが取ってきた仕事で、オーフィンはコルクに付いて簡単な採取をしたに過ぎない。どう考えても仕事内容と見合っていない。
この金を借金返済の一部にすればいいはずだが彼女はそうしない。コルクのこういった行動は、この二か月で何度も経験し、その度にオーフィンを複雑な気持ちにさせた。
「……天才魔術師だろうと何だろうと、生きていくには金がかかるんですよ」
「とりあえず旅は続けられているんだし、いよいよ食いっぱぐれそうになったらその時考えればいいよ」
そういってコルクは二ッと笑った。
テーブルに並んだ食事を前に感嘆の声が漏れる。
大きなステーキが4枚乗った大皿に、マッシュポテトとサラダがそれぞれボウルに一杯。煮込んだ野菜スープと籠いっぱいのパンがテーブルを占拠している。
「ああ……!これを望んでいたんだ!やはりこの規模の街になると違うな。燻製肉や塩漬け肉じゃなくて生肉を使ったメニューが選べる!」
「なにも一度に料理を持って来させなくても。冷めちゃいますよ?」
「安心しろ。私なら冷める前に食べきれる!一品食べ終わったら次の料理が来る店もあるが、面倒くさくないか?一度に全部並べた上で、何食べるか選んだほうがいいだろ」
「まったく、品が無いですよ。育ちが悪い。どこで育ったんです」
「ははは、失礼な奴だ」
コルクはステーキを一口大に切っていくが、どう見てもでかい。それを大口を開けて満足そうに咀嚼して、またナイフで切り分けていく。オーフィンはその様子をチラッと見て、自分の食事に手を付け始めた。食事に関しては特に贅沢志向なコルクだが、新鮮な肉のステーキはオーフィンにとっても嬉しい食事だった。塩とスパイスの効いた肉の味が口いっぱいに広がり、旅の疲れを癒してくれる気がした。
「新調した杖の具合もいい。それに、オーフィンが今日使っていた魔道具も面白かった。あれは見たことなかったな」
「あれは、冷と風の回路を組み合わせた魔道具で、周囲に草木が多い場所で使うために作っておいたものです。火属性の魔道具だと燃え移る可能性がありますので。魔物を倒したからといって火事起こすわけにはいかないですからね。まあ、コルク様がいれば山火事だって消火できるでしょうが」
「強力な冷風で敵の動きを封じる、いい魔道具だった。術の発動は時間がかかるから、魔力を注入すればすぐに使える魔道具は、やっぱり便利だな」
「ありがとうございます。褒められれば悪い気はしませんね」
「素直に喜べ」
とはいえ、魔術の発動をノータイムで行えるコルクにとっては特別感など無いのだろうから、おそらく部下に持たせることを想定していると思われた。
もう軍から離れたので関係ないのではないのか?本当に王都に戻るつもりは無いのか?さっきの出身の話は笑って誤魔化したのではないのか?
オーフィンの疑問は尽きない。
軍の上層部にいた人間だったからか、コルクは自分のことをあまり話さない。そもそも魔術師は一族秘伝の魔術を受け継いだり、あるいは新たに開発していくことで自らの能力を高める。最終的に術こそが唯一絶対の財産となるため、秘密主義者が多い。さらにコルクの場合は魔術師団長でもあったわけだから、その分他者に話せない機密も多く抱えているはずであった。もちろんそんなことは言われずとも理解しているオーフィンだが、二か月旅を続けていくうちに、いつまでも埋まらない溝を感じるようになっていた。
素直に喜ばないオーフィンの回答にコルクは不満気な様子だったが、マッシュポテトを一口食べると、ご機嫌な笑顔に戻った。
宿は木製のベッドが二つある簡素な部屋だ。多くのベッドが置かれている共同部屋と違って落ち着ける。現在滞在している宿は、安宿とはいえ清潔感があり、コルクには少なく感じるものの朝食も出る。
部屋に入るなり、ベッドに腰かけたコルクはうんざりした様子で話し出した。
「やっぱさー、布団だよ布団」
「また……。高級宿に変えようと言うんでしょう?」
「そりゃ高級宿の方がいいよ?でも高いだろ」
「それは、まあ、ハイ」
「この宿のように、ベッドがあれど、布団や布団などの寝具は簡素なものが多いだろ?本当はちゃんとフカフカの寝具が整備されている宿に泊まりたいが高くてなかなか宿泊できない!でもやっぱり柔らかいベッドや布団に包まれて寝たい!って思うワケ」
「……軍の遠征なんて、もっと環境悪かったんじゃないですか?」
「だから布団だ!布団!携帯している布団に何かしらの魔術を施して、柔らかい布団を再現できないか?」
要は、布団自体変形させる魔術か、変形する布団タイプの魔道具が欲しいということだった。
旅が始まってから野宿はできるだけ避けているが、街道から大きく離れる目的地を選ぶと必然的に野宿せざるを得ない。その時は布製のタープを張って風除けをし、薄手で固い携帯用の布団兼マットレスで就寝する。旅人が携帯する旅用布団は、嵩張らせないために厚みが無いが保温効果を高めるためぎゅうぎゅうに中綿が詰めているため固い。
オーフィンは思わず顎に手を当てて考え込んでしまう。
魔石に蓄えられた魔力を、複雑な回路術式に通して魔術を発動させるのが魔道具の基本的な作りだ。杖やアクセサリーなどの硬質なモチーフを魔道具にするならともかく、形状の不安定な布団の広い範囲に変形魔術を施そうとすると、回路が安定しないため難しくなるだろう。
「魔術ではどうなんですか?寝てる間、魔術を掛け続けるってできるんですか?」
「うーん。効果時間を延ばすことは出来るだろうけど、魔術のかけ直し無しで変形魔術の必要効果時間が8時間は正直きつい。一時的な変形魔術系は特に。もう元の形状に戻らなくてもいいっていうなら方法もあるが、携帯することを考えると難しいな。あとは、寝ながら魔術を使い続けることは出来なくはないが、身体が休まらない」
「まあ、ですよね……」
「絶対必要ってわけじゃないけど、考えておいてくれたら助かる」
コルクが軍にいたころから、魔道具制作の打ち合わせの際によく言っていたセリフだ。戦況を大きく変える力があるコルクにとって、魔道具はあって無くても同じだっただろうが、軍全体のことを考えた魔道具の開発をよくオーフィンに頼んでいた。立場や環境が変われど、以前と変わらないやり取りに何とも言えない気持ちになりながら「わかりました」と答えた。
その後、さっさとベッドに入ったコルクはあっという間に眠りについた。寝る体勢になったらすぐに眠れるよう軍で身につけたと言っていたが、毎度見事なものである。それに比べ、オーフィンは新しい魔道具のことを考え出したら眠れなくなってしまった。
こうやってベッドの上で魔道具のことを考えるのも随分と久しぶりに感じる。王都で働いているときは、毎日朝から夜遅くまでずっと魔道具のことを考えていたのに。切迫感すら感じながら仕事に打ち込んでいたあの日々を懐かしいとすら思うなんて。とは言え、今の旅生活が快適かと言われるとそういうわけでもないのだが。
ゴロンと横を向き、少し離れた位置にあるベッドを見つめる。
オーフィンはこの旅が始まってから、寝るときに必ずといっていいほど考えることがあった。それは、自分ほどこの旅の同行者にふさわしいものはいないだろうということだ。
彼女はやや幼顔だが、一般的に見ると顔立ちが整っているといえるし、外見で判断する男から見れば好印象であるから、下心を持つ人間もいるだろう。そう考えると、そういった邪な考えを持たない自分は旅の同行者としてふさわしい。自分は彼女のことを女としてみることは無いので、彼女にとって安全な人間と言えるが、他の男では同じようにいかないだろう。彼女のキャラメル色の髪は美しいし、ぱっちりとした目にグレー色の透明感のある瞳はミステリアスで宝石のようではある。元軍人とは思えないほど肌はきめ細かく、ほっぺたがほんのり色づいているところやぷっくりとした唇を色っぽいと感じる人間はいるかもしれない。旅装束に身を包んでいるせいで身体のラインは分からないが、その分女性の柔らかな体つきをイメージする男もいるだろうし、彼女の細い首や腕に魅力を感じる男もいるかもしれない。もともと上に立つ人間だった人物らしく横柄な態度に見えるが、多くの部下から尊敬を集めていたのにふさわしく、周囲への気遣いや思いやりがあるため、そういった部分から惹かれてしまう男もいるだろう。そもそも圧倒的な魔術の腕から尊敬し、それが転じて女性としての好意になる場合もあるかもしれない。
とは言え、自分がそうであるといった話では無く、自分は彼女を女として意識することは絶対に無いのだが。
また逆向きにゴロンと寝返りをうち、日中にあったラリイの魔法薬店での出来事を思い出す。
『オーフィン殿、お待ちになって。これ、あなた様に差し上げますわ。採取していただいたニラを使った媚薬です。魔力耐性の高いコルク様相手であったとしても、多少なりと効果が出ると思います。スキを見て飲み物に盛るのも一つですわよ、ウフフフ』
『薬師の発言とは思えませんね……』
貰った小さな薬瓶を眺めながら小さく呟く。
「バカバカしい……」