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つまるところ

 誰もいないはずの街外れの台地で金属がぶつかり合う音が鳴り響く。そこに目を向けていれば互いに手に持った獲物をぶつけ合う二人の若い王の姿がある。

 互いの表情は真剣であり、口は歯を食いしばって力を込めている。互いに持っている剣と槍はぶつかり合う度に火花を発しそれが本気であることを伝えている。


「シャッ!!!」


「くっ!?」


 僅かに見せた隙を逃さないようにジュリアが槍を突き出す。咄嗟にのけぞるように躱すもトーマの顎は少し掠ったのか血が少量だが舞う。それを気にすることなく突き出された槍がジュリアの手元に戻る前に奪おうと掴もうとし、上から振られた二本目の槍をバク転の要領で躱す。


「そこッ!!!」


 その動きを予想していたジュリアは距離を詰め一気に畳みかけようとし、トーマが蹴り上げた土が目に跳んでくることに気付き反射的に目を瞑ってしまった。一瞬とはいえ不意に塞いでしまった視界、それは体勢を戻したトーマが襲い掛かるのに十分な時間だった。


「ぐっ!?」


 剣を振るには遅く受け止められると判断したトーマは、ジュリアが目を守るために反射的に腕を上げてがら空きになった腹部に蹴りを叩き込む。『強き者(クレス)』によって強化された蹴りは捕えたジュリアを弾き飛ばす。


(これも受けられたかッ!!)


 足から伝わる感触があまりに軽いと感じたトーマはこれも失敗したと即座に離れたジュリアを追いかけるために駆け出す。自分の蹴りを受けた瞬間に咄嗟に後ろに跳び下がることで威力を消しつつ距離を取ったのだと察知したからだ。


(ただの蹴りでこの威力、ライラと真っ向からやり合えるわけだわ……!!)


 一方でジュリアもトーマの蹴りによるダメージに驚愕する。自分の知る最強の肉体を持つ親友たる双子の片割れ、ライラ・ケイト。彼女は身の丈以上の槍を、その大きさから想像できる重さを遥かに超えるそれを軽々と操る。ただの一振りで地面を抉るそれは音に聞く竜神族以上の膂力を発揮しているとあの『槍王』ですら評し脅威と認識した。


 目の前にいる『剣王』はそのライラと打ち合ったと聞く。当初は信じてはいなかったが、あの口数の少ないライラがそれはもう呆れるほどうるさく話し、勝負することを望んでいたことからも本当なのだとようやく信じたという経緯はある。


 だが実際に体験してみれば想像以上だと思わずを得ない。ライラより劣る膂力にライラ以上の瞬発力。更には五感を強化したことによって得た直感。それら全てが襲い掛かる事実にジュリアは戦慄する。


(生半可な攻撃は避けられる。避けられれば一瞬とはいえ隙が出来る。そしてコイツはその隙を絶対に見逃さない)


 非常に厄介だと判断せざるを得ない。同時にこの少年の強さは急造されたものだと確信する。動きは速いが、その一つ一つに繋ぎ目のような違和感がある。強化された肉体で無理矢理補ってはいるがそれは彼が経験未熟であることの証だろう。自分達のように十年以上かけて作り上げられた強さではない。


(それでこれってことが凄いんだけどね)


 素直にそう思う。自分が槍を振るい、相手の槍を受け止める。これを冷静にこなせるようになるのにどれだけの時間をかけたかを思う。トーマの発言をすべて真実なのだとすれば、彼は戦えるようになるのに二ヵ月もかけていない。

 武器を交わすのにどれだけの恐怖があるのかを知っているジュリアは、その覚悟と意志の強さこそを称賛する。


 剣と槍をぶつけ合いつばぜり合いに持ち込む。槍を使い力を受け流すことでその膂力を抑え込む。トーマはそれに対し焦りの表情一つ見せずに聖剣を二本の槍に押し込む。


(普通に戦ってたら勝てないわねこれ。本気で勝つことを望むなら……)


 手に持ち今も武器として使っている『槍王』の証たる槍。その真価を発揮しなければならないと思う。そうすれば互角以上に戦えると思い、同時に恐怖が湧いてくる。


 今もなおジュリアは『槍王』に身体を乗っ取られた時のことを覚えている。無限の闇の中に飲み込まれるあの感覚はジュリアを捕えて離さない。夜寝る時、明かりを消すことを躊躇う程に今は闇が恐ろしくてならない。自分の意識が消えてしまう恐怖は『王槍』を持つ限り消えないとさえ思う。それは今はもういない『槍王』の呪いのようで。



「――――本気で来なよ」


「えっ」



 その躊躇いを知ってか知らずか、息が届くほどに近くにあるトーマの口から『槍王』の呪いを断ち切る言葉が放たれる。

 『王槍』に向けられていた視線が近くにあるトーマの黒い目に吸い寄せられる。それはジュリアを飲み込んだ闇にそっくりな色をしていて、だけど絶対に違うと断言できる暖かさがあった。



「その槍の力を使って、もしまた『槍王』が復活でもしたのなら今度こそ僕が切り裂く」


 その意思には熱さがあった。本気で言っているとすぐに理解できる熱が。


「君が自分を失うことを恐怖するならそこから引っ張り上げてやる」


 その目には強さがあった。必ずそれを行うという決意の強さが。


「だけど僕はそうならないと断言できる。君の強さがその程度じゃないと知っている」


 その言葉には確信があった。目の前の少女は呪いに負ける程弱くないという確信が。


「全部受け止める。だから、全部ぶつけてきなよ。君はなるんだろ、『槍王』に」


 『剣王』になった少年が『槍王』になろうとしている少女に送る最大級の賛辞。それはジュリアという少女を知って、その全てを認めた証。



「成程ね。そりゃ、シオンもああなるわけか」


 鍔迫り合いの状態からバックステップで下がり、槍を構えながらジュリアは自分と戦った時のエースを思い出した。

 間違いなく『王槍』から出てきた闇は彼女を捕えたはずだった。だが飛び出してきた彼女の偽物の母親はそこからシオンを救った。

 何故そんなことが出来たのかとずっと疑問だった。騙していた罪悪感や殺されるかもしれない恐怖はなかったのかと、問いかけることも出来ない謎はずっとジュリアの中にあった。


 その原因は目の前の少年だと確信する。この少年があの二人を変えたのだと。

 変人だという評価は撤回せざるを得ない。ただの変人ではこうはいかない。トーマ・ソードリアという人間は変人というのも烏滸がましい特大のアホだ。


「よく知りもしない奴が馬鹿って言えば、あの銀髪メイドがキレるのも分かる気がするわ」


 その侮辱の言葉はトーマという少年を一見しただけの評価だろう。そんなものを少年を一番知る幼馴染が許容できるはずもないと、今になって分かった。


 その言葉はいつだって本気で、その行動はいつだって本気で、何もかも本気でやっているのがトーマという少年なのだと知った。


 その言葉はジュリアに届く。持っていた槍は先程まで感じていた重さがいつの間にかなくなっている。ただ持って振っていただけのそれが手に吸い付くように馴染んでいる。振るのに苦労しなくとも重かった二本の槍は今やジャグリング出来るくらいに軽やかだ。


「ようやく、私を認めたってことね」


 『王槍』には意思があるのだろう。優れた魔道具には意思が宿るという言葉をジュリアは今まで嘘や迷信だと思っていたが考えを改めなければならない。

 今までは使用権があるから従っていたのだろう。だが今は違う。ジュリアの心と技量を認めその力を発揮することを許した。


「『剣王』。……いえ、トーマね」


「うん」


「本気で行くわ。今の私に出来る本気」


「いいよ。全部出して」


「―――――ありがとう」


 その言葉と共に手に持つ双槍の色が今までの赤から青に変わる。ジュリアの視界に映るトーマが一気に大きくなる。それはただ単に近づいたという事。

 『槍王』が使った『距無』という魔法を使用しての接近。


 トーマの表情に驚愕が宿るもその身体は反射的に動き出しジュリアの振るう槍を受け止める。だが止めることが出来たのは一本だけ。反対の手に持つもう一本がトーマの脇を抉るように突き出される。

 咄嗟に聖剣を片手持ちに変えて突き出された槍の柄を横殴りし逸らすも、脇を掠め血が出る。痛みに僅かながらに目を顰めるも負傷を気にして動きを止める愚行は行わない。


「ならこれよ」


 『王槍』の色が青から黄色に変わる。ジュリアが魔力を込めることでその力を引き出す。

 瞬間ジュリアの視界がトーマの未来の動きを捉える。一秒先の未来を覗き見る『未来視』の力がジュリアの動きをサポートする。


「ッ!!?」


「いくら馬鹿力でも力を発揮しきる前に抑えれば私でもなんとかなるわ」


 トーマの振るう聖剣がその始動を抑え込まれる。行動しようとしても何をしようとしてもその先にはジュリアの槍がある。四方八方から襲ってくる槍にトーマの身体は徐々に傷が増えていく。

 たまらず下がろうとするもトーマの未来を見るジュリアにはその動きを制することが出来る。これならば勝てると確信し、上空から感じる引力にそれは誤解だとすぐに認識を改めた。


「この目じゃ魔法は見れないか」


 『未来視』は生物の一秒先までの未来を見通すが、魔法は対象外。すぐにそう解釈したジュリアは再び『王槍』に魔力を込め、その色は黄色から紫に変わった。


「必中、対象確認、穿て」


 『命令』の力を込めた槍を上空に逃げたトーマ目がけて投げる。空気を切り裂く音共に放たれた槍は真っ直ぐにトーマに向かい、聖剣によって打ち払われる。


「これもただじゃないんだろ!!」


 その予想は外れず、ジュリアによって命じられた命令を守るように槍が軌道を変える。『闇星』を使用して空に逃げたトーマだが、あくまで引き寄せられて滞空しているだけで自由に動けるわけではない。出来ることは落ちることのみ。

 槍は聖剣で叩き落そうとしても何度でもこちらに向かってくる。抑え込もうとしても動き、掴んだ手を弾き飛ばす。自由に動けない空中で徐々に追い込まれていく。


「くっ……!!」


 だが一方でジュリアもまた追い詰められていく。『王槍』の力は歴代の身体を乗っ取られた所有者達の魔法を使用できるというもの。ジュリアで五人目となるその槍には『槍王』含めて五つの魔法が組み込まれている。

 だが今まで全く使ってこなかった魔法を使用する時、必要以上の魔力を込めてしまうことによりジュリアは呻く。魔力がなくなれば意識を保つことは出来ない。そして三つ目の魔法である『命令』を使った結果急速にその魔力は失われて行った。


「その前に……!!」


 意識を失う前に決着をつけるとばかりに飛び出す。『命令』された片方の槍は未だにトーマを襲い掛かっており、その対処に手間取っている以上ここにジュリアが加われば勝負はつくと判断。


「こ、れでぇ!!!!」


 ジュリアが槍を突き出す。『命令』された槍が飛び掛かる。

 トーマの身体に二本の槍が突き刺さる。その感触が槍を通じてジュリアに捉えたと確信させ 


(軽い?)


 人を貫いたにしては軽すぎる。その違和感がジュリアの戦士としての勘に警鐘を鳴らす。確かに貫いたのに、その軽さはまるでぬいぐるみを突き刺したかのようで。


「聖剣第五能力『増やす者(インクリース)』」


 その言葉と同時にトーマを貫いた二本の槍が掴み取られる。すぐに振り払おうとするも力の入らない空中ではそれも叶わない。

 何が起きたとジュリアが疑問を浮かべる前に答え合わせは起こる。


「君が本気で来てくれたから目覚めた力だ。だから僕も君を本気で倒す」


 『闇星』が消え、闇に隠れていた本物のトーマの姿が見え、貫いた側は消える。それはまるでジュリアの『陽炎』のように。


(私とは違う、質量を持った分身を作る能力(チカラ)


 似たような力を使うからか即座にその正体を看破し――――ここまでだと理解する。

 空中で身動きはとれず、二本の槍は共に抑え込まれ、魔力も既に限界で、覆い被さるようにすぐ傍にトーマの姿がある。 

 ここから反撃するだけの力は残っていないジュリアは目の前の少年を心の底から称賛し、感謝する。



「今回は私の負け。でも次は勝つわ」


「悪いけどそれは叶わないね。女の子に負けるのは僕のなけなしのプライドが許さない」



 「らしい」その言葉と共に地面に叩きつけられて意識が飛ぶ。だけどそれはあの時の闇に飲み込まれたのとは違って。


 新しい時代の『剣王』と『槍王』の戦いはこうして終わった。紙一重で、何かが違えば覆るような結果で。

 それでも勝った少年は気絶した少女を抱えて歩き始める。叩きつけられて気を失ったその少女の表情はどこか満足気で。


 ジュリアという少女は、自身を助けたトーマを想ってしまった。それがこの勝負の分かれ目だったのだろう。

 つまるところ、恋愛は惚れた方の負けということである。


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