表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/67

王城での出会い


「ん……んぁあ……?」


 柔らかすぎるベッドの上で目を覚まし背を伸ばす。そして周囲を見ればそこは見慣れた酒屋の二回にある僕の部屋ではなくて王城の客間だった。


 本来であれば王様用の部屋があったらしいのだが、定期的な掃除はしていたが本当に使う日が来るとは思えず長年ほぼ放置されっぱなしで埃っぽかった上家具自体も古いものになっているので今日はこの部屋を使ってくれと言われたのだ。


 正直お客さんが泊まる為の部屋でも今まで使っていたベッドとは居心地が違い過ぎて逆に寝れなくなっていたが、これになれる日は来るのだろうか。


「……母さん、大丈夫かなぁ」


 昨日いきなり聖剣を抜いてしまった結果こうしてこの国の王になってしまったがそうなると心配なのは故郷に残っている母さんのことだ。


 基本的に気丈にふるまっているし、その恰幅の良さと豪快な笑い方で酒を飲んで酒に飲まれる大人を一方的にぶちのめすこともある見た目も中身も肝っ玉母ちゃんみたいな人だがアレでいて結構繊細だ。


 そうでなくてもいきなり息子が王様とか急展開過ぎて認識できないかもしれない。僕だった前世を思い出していなかったらここまで冷静にはいられず帰らせてくれと言っていただろう。


 それをしなかったのはそれをしても無駄なのが分かっているのと、国の現状的に『王戦』を行えるという事実がどれだけ重いかを知っているからだ。


「こうなると一度ストーリーとか思い出した方がいいよなぁ……」


 朝早く、日が出る前に起きてしまいやけに眼が冴えている為思考力に問題はないだろう。


 今はともかくなんでもいいから思い出せる範囲で『Legenda Septima Rex』について思い出すべきだ。


 ゲームではない為まるで同じとはいかないし、どこまで参考にしていいか分からないが心構えくらいはきっとできると信じたい。世の中では現実逃避とも言うがやはり振り返るという事は重要なのだと自分に言い聞かせる。


「そもそもなんで僕が聖剣を抜けるんだよ……」


 聖剣を抜くことが出来る条件はただ一つだけ。だがその一つを満たすことが出来るのは文字通りこの世で一人だけなのだ。


 こうして僕が聖剣を抜けたことも、ゲームでヒカルが聖剣を抜けたこともはっきり言って運の問題でしかない。それほどまでにこうして偶然聖剣が抜けるというのは確率的に低すぎるのだ。


 聖剣が抜ける、というより聖剣が使い手に選ぶ条件は「『魔素』にこの世界で現状最も愛されている男」らしい。


 らしいというのはゲームにおける設定がどれだけこちらで適応されるかがまるで分らない為確信を得られないからだ。作中でもこの剣の作り手が説明するまで誰も把握していなかったのだから。


「『魔素』……、確か空気中にあってそれを呼吸とかで体内に入れると魔力が生成される物質、だったかなぁ」


 モンスターなどがいないこの世界におけるファンタジー要素の一つである魔力。その名を聞けば大抵の人が分かる通りこの世界には魔法がある。


 生活にも魔法道具が密接にかかわっており、そうでなければ前世を思い出した後の僕はストレスできっと死んでたんじゃないかと思うくらいには便利だ。


 さて、思考を戻すが「『魔素』に愛される」という事実だが、これは簡単かつ簡潔に言ってしまえば「魔力の生成量と生成速度が高い」という事だ。


「聖剣の能力は魔力がないとろくに使えないからな……」


 しかもこの聖剣、現状の魔力量ではなく潜在的なもので判断してくるのが厄介だ。


 魔力など魔法が使えない人間にとっては認識さえしないし、魔法を一度でも使わない人間には蓋がされているように魔力は漏れず外からもどれだけの魔力が宿ってるかもわからない。


 だからこそ各村に成人になる子供が王都に来ることが命じられているのだ。それがどれだけ田舎であろうとも剣王になる素質のある子供がどこにいるか分からないのだから。


 なので僕自身もまさかこんなことになるなんて思わなかった。聖剣を抜いたことで身体に巡るナニカを認識できるが今までにない感覚で妙に気持ち悪かったりする。恐らくこれが魔力なのだろう。


「この後は……確か、王城で訓練することになるんだったっけ?」


 『Legenda Septima Rex』はシリーズ物の一作目だった。アクションゲームやRPGではなくノベルゲームというジャンルのゲーム。


 選択肢次第でどのヒロインルートを行くかが決まり、選択肢次第で死ぬこともあるゲームでもある。


 だがこの世界は現実、選択肢など当然表示されないしゲームと同じ選択をしても原作主人公であるヒカル程の地力がない僕では死が見えている。


 『王戦』では死者が出ないように監督者がいるが、それでも事故がないわけではないし実際ゲームでも選択肢次第でヒカルが死ぬのだ。


 そもそもの問題としてカップリング以外のゲーム知識はほとんど覚えていない。当然選択肢の内容など覚えていないし登場人物の詳細情報だって忘れている。


 もう前世の自分を思い出すこともほとんどない。僕はトーマであって十数年前に使っていた名前はもうほぼ覚えていないのだから。


 あのゲームの内容もヒカルがヒカリになっている時点でそれらもどれだけ参考にしていいかわからない以上この知識は心構え以外の何の役にも立たないだろう。


 いや、原作通りのカップリングを見つけることで僕のテンションが天元突破するというメリットがある為完全に無駄とは言えないだろうが。彼ら彼女らの尊さを目にすれば僕はどんなことに耐えられる気がする。


「聖地巡礼に来てたはずなのになぁ……」


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。この国の制度を考えれば遅かれ早かれこうなっていたことは明白なのだから。


 こんな風にうだうだ考えているところを見られたら豪快でありながら意外と繊細な我が幼馴染に心配をかけてしまう。僕のことを想って残ってくれた彼女に心配させるのは個人としてNGだ。


 さて、細かい部分は思い出せないがそれでも有力なことはいくつか思い出せたのでそれを整理していくとする。


 『Legenda Septima Rex』の世界ではモンスターという不思議生物は存在しない、少なくても初期では。とあるルートでは裏ボスが蘇ってしまいその結果世界中が大混乱に陥ることが起きるがアレはかなりの運要素が絡んでいる為考慮から外していく。


 まぁ二作目からはその裏ボスを討伐しきれなかったIF世界という設定で話が進んで行くため僕が思うより運要素は少ないのかもしれないが、それでも時系列とこれまでの人生でそんなものを見たことないという事実を信じたいので前提としてこの世界では裏ボスは復活していないという事にしておく。


「つまるところ戦いは『王戦』、対人間を考えていけばいいか……」


 『王戦』は文字通り王同士の戦いだ。個人対個人、複数名によるチーム戦、軍勢を率いた戦争じみた物まで多岐にわたるがそれでも王と王の戦いという事には変わらない。


 ただモンスターはいないが獣人を始めとした異人と呼ばれる人達が存在しており、彼らは純人種より身体能力や特殊能力に優れている為普通の人間とだけ戦うなんてことはないのでそこは注意しなければならない。


 特に『竜王』と名乗るドラコニアの王族はその名の通り竜、つまりドラゴンという幻想上の生物の特徴を人型に抑えたような姿をしており口から炎を吐いたり空を飛んだりする。


 文字通りこの世界で間違いなく最強の国家と王族であって、ゲーム中の描写からも彼らと戦うのは無理ゲーの敗北イベントみたいなもので終盤主人公で何とか勝てるかどうかというレベルだ。


 とにかく、彼らと戦うことになれば今の僕では聖剣の力を使えたとしてもまるで相手にならないだろうことは間違いない。よってこのことは考えるだけ無駄と切り捨ててもいいだろう。


「でもドラコニア以外の国も厄介なところが多いんだよな……」


 どいつもこいつもキャラが濃く、それでいて相方がいた為彼らの恋愛模様を画面にかぶりついて見ていたことは覚えている。


 カプ厨として成長しながら関係性を進めていく彼らの姿は僕を大いに昂らせてくれた。生きる気力になっていたので全員のファンだと言っていいがそれはそれ、これはこれ。


 その全員が敵になったと考えていい今、彼らの力は警戒して当然なのだ。


 それはそれとしてなんかそういう空気になったら全力でかぶりついて呼吸求めて余計な雑音をなくし忘我の意志で全てを記憶に刻み込むつもりだが。


「陛下、朝の準備に参りしました」

「えっ?あ、ああ。いいよ、入ってください」


 気付けば空も白けており日が昇っている。一時間以上考え事をしていたという事になるが、情報整理できた気がするので良しとする。

 「失礼します」と扉を静かに開けて入ってきたのは執事というイメージをそのまま形にしたような初老の男性と、日が照らすことでキラキラ光る銀髪を首元で結んだメイド姿の幼馴染だった。


「…………えっ、なんでメイド?」

「……お前と一緒にいるなら仕事しないとならないだろ。大臣さんにそう言ったら気心が知れた人間がいた方が落ち着けるから、ってことでメイドにさせられた」


 恐らく不本意だったのだろう、ヒカリの顔は茹でたトマトのように真っ赤だった。


 酒屋で仕事をしていた時もスカートなど履かず動きやすさ重視のズボンを履いていた彼女のメイド姿など当然僕も見たことはなく、やはり彼女は素材として最上級のアリシアにも匹敵する美少女だったのだと認識を改めてする。


 正直ちょっとドキドキしているが恥ずかしいので気付かないでほしい。


「ヒカリさん、陛下と話すのはよろしいですがそれは人前でしない事。こういうことは常に意識してなければ咄嗟の時に素が出てしまいますよ?」

「うっ……分かりました、師範」

「師範ではなく執事長と呼んでくださいね?さて、陛下。(わたくし)はこの王城で執事長を務めていますセバスという者です。何かあればお呼びください、名前を呼ばれればすぐさま参ります」


 セバスと名乗った初老の執事は笑顔で言った後にお辞儀をした。その所作一つ一つが完璧と言っていいものでついつい拍手をしてしまう。


 前世も今世においてもこういう人物とあったことなどない僕にとっては執事などそれこそドラゴンと同じ幻想上の生き物であり、そんな人が目の前にいるという事実に軽い感動まで覚えていた。


「さて、それでは申し訳ございませんがすぐに着替えていただきます。陛下にとっては不本意でしょうが、何分王城も忙しく動かなければならない時期ですので……」

「あ、ああ、大丈夫ですよ。えっと、それじゃあ着替えるので出ていって貰って……」

「いえ、僭越ながら着替えを手伝わせていただきたく。何分陛下が今まで来ていた服とはまるで構造が違いますので……」


 確かに、棚から出された服を見てみればそれはいわゆる礼服見たいな感じで今までのように頭と腕を突っ込むだけの服とは違う。


 所々フリルのようなものがついておりそれを着るのかと思うと些かげんなりするが、これもしばらくの我慢とする。どのみち『王戦』を避けては通れない以上戦闘訓練等も行わなければならないのだ。


 その場合動きやすい服にならざるを得ないので、とりあえず今は他国との交渉の時に服に着られているという状況を少しでも減らそうという事なのだろう。


 慣れれば多分それなりに見れるだろうという願望を持ちながらセバスさんに着替えさせられる。その際ヒカリはこちらを見ないよう真っ赤な顔のまま必死に目をつぶっていた。その姿はとても可愛かったとだけ言っておく。


 そんなこんなで着替え終わった後セバスさんに案内され、重い服を引きずりながら王城を歩いていく。


「そういえば、礼儀作法とか僕何も知りませんけど大丈夫なんですか?」

「そのことについては後々デプロン大臣から説明をされると思います。ですが最低限の作法を身につければそれでいい、とお考えなのでしょう。メイド見習いのヒカリさんには早急に色々と覚えていただきますが」

「うげっ……」


 心底嫌そうな顔をするヒカリだったが、そりゃ今まで酒屋で暮らしていた僕達平民がすぐに礼儀作法など覚えられるわけもない。


 僕は色々と優先することが多いので最低限でいいとのことだが彼女はこれから大変なことになるんだろうなと思う。


 それでも彼女の剣の才能を知っている身からしたら勿体ないとも思うが。後でそこらへんちょっと話してみようかな。


「陛下、こちらが我が国の魔法研究室室長の部屋となります。陛下にはまず室長に魔力や魔法について知ってもらいたいとのことで」


 考え事をしていれば意外とすぐに目的地に着き顔を上げる。


 魔法研究室長、それはこの国で文字通り魔法の研究をしている部署で最も偉いとされる存在。


 歴代の魔法室長の発明により僕ら平民の生活も楽になってきたという恩人の中の恩人と言っても過言ではない。特にトイレ辺りの発明をしてくれた室長には土下座してでも感謝を伝えたい。


 僕の心底からの感謝の想いを知らず、セバスさんはその豪奢な扉をノックする。


 すると中からドタバタとする音がしたと思ったら扉が凄い勢いで開き中から二人の子供が飛び出してきた。


 その姿はゲームで見たのと同じであり、僕にとっては推しカプでもある存在。


「よー来たな!!!儂がこの魔法研究のクラリス・バーンじゃ!!!儂がこれからお前をいっぱしの魔法使いにしてやるのだから敬うようにの!!!!!」

「だから陛下に対してその偉そうな態度やめろって言ってるだろ!!!不敬罪で捕まっても知らねぇぞ俺は!!!」


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!


 尊いよぉおおおおおおオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ