エピローグ ベッドの上の王様
「……ねぇ、もうベッドで寝てるの飽きたんだけど。素振り程度ならしても」
「寝ててください。寝てくれないなら力ずくで寝ててもらいます」
「はい、すみませんでした」
『王戦』が終わり抱えたジュリアをレイラに渡した瞬間に僕は気絶してしまい、起きたらベッドの上の住人になっていました。それから二日経っているのに動く許可は未だに得られません。アリシアが珍しく激おこぷんぷん丸状態でめっちゃ怖い。怖いけど可愛いって凄いよね。
「あれだけ血を流しておいて、出血と内臓の欠損を応急処置程度しかしてないのにあんなに動いて……どれだけこっちが心配したと思ってるんですか?」
「はい、すみません。僕が悪かったです。反省しています」
「本当ですか?本当に反省していますか?もう二度とやらないって約束できますかっ」
「……………ムリデス」
「うわーん!!トーマ君のあほー!!!」
枕をばかすか叩きつけるのはやめてほしい。その仕草が可愛すぎて思わず笑ってしまうとそれを見られて「何を笑ってるんですかー!!」とさらにヒートアップしてしまう。
ただこうして何もしない時間という物を今まで過ごしてきたことがないのでどうすればいいのかわからず手持ち無沙汰なのは間違いない。今の時間の趣味なんて僕がいる部屋の窓の外に出来た鳥の巣を見ることくらいしかないのだ。鳥の夫婦が頑張って子育てしてる姿を見てほっこりしながら観察日誌を書くしかやることがない。それだけで無限に時間を潰せるけど。
「なぁ知ってるか。仲のいい夫婦のことをおしどり夫婦って言うけどアイツらってそこまで仲いいわけでもないんだぜ?」
「ねぇねぇヒカリさん。なんでそれを今言うのかな???」
趣味に没頭していると僕とアリシアのやり取りを無言で見ながら林檎を剥いていたヒカリからそんな言葉が出てきた。知りたくなかったそんな事実にベッドの上で静かに涙を流す。だっておしどり夫婦って言えばカップルの最高完成形じゃん……知らずにいたかった、そんなこと。
「うっせー。大怪我したお前がある程度治らないと王都にも戻れないんだからな。本当マジで少しは反省しとけよ」
「分かってるよ……。次はもっと上手くやる」
「そういうところだぞお前」
そうは言われても僕はそういう人間なのだからそう簡単に変わらない。しないと言うのは簡単だが彼女達に出来るだけ嘘は吐きたくない。ならこういうしかないのだから仕方ないのだ。
「ま、考えることは無限にあるからまるっきり無駄な時間ってわけじゃないけどね。『王戦』会場になった森の周囲に出現した謎の獣のこともあるし」
「『王戦』が終わると同時に消えたらしいんだよな、そいつら。間違いなくまともな生物じゃねぇよ」
「幸い死者は出てません。巻き込まれた方もいないですし、怪我人の治療をすれば何とかなる範囲ですね」
「こういうことを放っておくと酷いことになるって僕知ってる。と言っても出来ることなんて限られてるしなぁ……。対策会議とか開くべきなんだろうけど」
幸い死体は残っている為そこから調査を進めれば何かが分かるかもしれない。だが『槍王』が出てきたのとほぼ同じタイミングでの出現はどうにもきな臭いし偶然とは思えない。
今回は鍛えている人間、騎士達ならば問題なく対処できたからよかったもののいつまでもそのレベルとも限らない。今後も出てこないという確証がない以上対策は必須。もう今から頭が痛くなってくるレベルである。
そのうち本当に世界のあらゆる歴史が詰まっていると言われているマライジク帝国に一度訪問しなければならないかもしれない。書状とか書くのが心底嫌だけど、面倒くさいけど、やらなきゃいけないんだよね……。
「はいはい。仕事のことは後にしとけ。とりあえずリチャードのおっさんが王都に戻って大臣達に報告して対策考えるって話だしお前は事後報告だけ受けとけ」
「今は傷を治す時間ですよトーマ君っ」
「は、はい。分かりました……」
二人に詰め寄られてはもうそれ以外の答えは返せない。二人とも怒ってる姿も美少女だとしか言いようがないが、だからこそなのかその迫力もまたすさまじい。
とはいえベッドの上の住人になっている以上何かが出来るわけでもないし、彼女達の言うこともまた正論なので大人しく起こしていた身体を倒してベッドに横たわることにした。
流石に王城にある私室にあるベッドとは比べられないが十分に柔らかい為身体がマットに沈み込む。ヒカリが剥き終わった林檎を差し出してくるので口を開けてそれを食べる。うーん、最高の贅沢!!
「あー、それで、さ。結局あの、えっと、二人はどんな感じに……?」
「……?どなたのことでしょう?」
「それだけじゃわかんねぇって。多分シオンとシエルのことだろうけど」
「うん、そう。あの二人も和解出来たって感じがしたけど、極限状態だったからそうなっただけかもしれないし、その後ギクシャクしてるんじゃないかって……怖くて聞くの後に回しちゃったけど」
シオンとシエルさん、あの二人の結末がどうなったのか分からない。悪いことにはなってないだろうけど、それでも今までの関係を続けるのは難しいだろう。
互いに歩み合って、一緒に歩いてほしいけどそれは僕の願望だ。どうするかを選ぶのは彼女達にしか出来ない。僕に出来ることはここまでなのだろう。
だけど心配することくらいは許してもらえるんじゃないかと思う。
「心配することはねーよ。そりゃ確かに今まで通りとはいってないけど」
「お二人とも、これまで出来なかった本当のことを話していますよ。シオンさんの看病、シエルさんが一人でしているのもそういうことでしょう」
「そっか……。そ、っか。それは、よかったなぁ……」
力が抜けていく。望んだ未来を手に入れられた実感が湧いてくる。きつくて大変だったけど、それでも頑張ってよかったと心底から思える。
この感覚を『槍王』は最後まできっと知らなかったのだろう。愛に憑かれて愛に疲れていたアイツが何を考えていたかは今となっては分からない。あの様子では戦いの中で聞き出すことも出来なかっただろうが。今になってブチギレて何も話さなかったことを若干後悔する。
悩みは次から次へと湧いてくる。一つ解決してもなくなることはなく焦る必要はないと分かっていても知恵熱が出そうなくらいに色々と考えて……そんな時にドアをノックする音が聞こえた
「どうぞー」
「………………………………失礼するわ」
ノックに対して入室の許可を出した後、随分と待ってそんな言葉が聞こえて来訪者が入ってくる。それはつい先日『槍王』に乗っ取られた張本人であるジュリアと、その後ろに立つ双子の姉妹だった。
レイラは心配そうな顔をジュリアに向けて、ライラは眠そうな目を全く隠さずにいる所から双子と言ってもその性格に違いって出るもんなんだなと改めて思う。
ジュリアは初めて会った時よりも若干柔らかい雰囲気を出している。艶のある茶髪は、『槍王』に乗っ取られた影響から少しだけくすんだ金髪が混ざってしまっているがそれも一部だけ。アイツの影響からは脱せられたようだ。
「あー、無事だったみたいだね。何よりだよ」
「………………………………そうね、アンタ達のおかげよ」
なぜか顔を逸らしているジュリアからの返答が遅い。のんびりとした喋り方をするライラ以上に遅い。あまりに遅いのでびっくりする。以前あった時はあんなにはきはき喋っていたのに。
「コホン!あー、改めて感謝するわ。アンタ達が助けてくれなかったら私は『槍王』に乗っ取られたままだった。あの屑が消えてくれたおかげで今後は乗っ取られる心配とかしないで済むわ」
「それに関しては本国にいる皆も同じ気持ちだろうな。手紙を送ったら全員から喜びの声が上がった」
「…………人望皆無」
どれだけ嫌われていたんだ『槍王』。そりゃあの在り方を知っていれば生理的に嫌悪するかもしれないけど。その評価だけでは何とも言えないが暴君だったんじゃないかという疑いが半ば本気に思えてくる。
「そういや『槍王』って消えたんだよな?」
「え、うん、そうだね。あの感触と消え方といい確かにあの世に送ったと思うよ?」
「じゃあヤランリ王国の次の王様ってどうなんだ?」
「あっ」
ああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!あの時は必至でその後のことなんて考えてる余裕がなかったから思いもしなかったけど一国のトップが消えるって相当まずいよね!?これ国際問題になるんじゃないの!?
「問題ないわ。私が次の『槍王』になるもの」
そう言いながら手元に槍を出現させる。戦いの時も同じ感じで槍を取り出していたというが、多分これも彼女の魔法の使い方なのだろう。炎属性の魔法を制御することで蜃気楼的な何かを生み出して手元にある物が完全に消えて見える。何も知らずに近づけばその時点でこの槍に貫かれるという事だ。怖い。
あまりに衝撃的だったため現実逃避をしてしまうが、彼女の言葉をなかったことには出来ない。立場的にも色々と聞かないとならないだろう。
「元々この『王槍』を持つ者が王って前提があるのよ、うちの国。で、『槍王』に一時乗っ取られていた影響からこいつを使えるのは私だけになった。それ以外にはクッソ重い槍にしかならないし」
「…………私でも持てるけど、流石に振り回すのは無理」
「えぇ……ライラのバカ力でも無理とかどれだけ重いのさ……」
「…………その言い方は非常に不本意。謝罪を要求したいくらい」
戦ったからこそ分かる彼女の力強さ。それが持つのが限界だと聞いてげんなりする。というかそんなもの持ったら動けなくて戦えないんじゃ……。
「私以外には、よ。私が使う分にはちょうどいい重さにしかならないし、魔法の性能も上げられる魔道具になってる。一時的に使用権譲渡されてたけどそれがそのままになってるみたいなのよね」
「結果的にジュリアが『槍王』になる条件をクリアしたという事だ。シオン・エースがいないのだから元からジュリアが一番の適任者だったが」
「それで納得する奴はそうそういないわよ。というか武器一つで王を決めるとか正気とは思えないわ」
「その点に関しては心底同意したい」
聖剣と王槍、形は違えど同じく武器を使えるから王になった二人にしか分からない共感がそこにはあった。そうだよね、これってぶっちゃけどうかと思うよね!!
「ただ、これで私の目的も達成できた。本来は違う形だったけど、これで国の改革も出来る。あの搾取構造をぶち壊して屑共を一掃するチャンスを……!!」
「あー、言っておくけどあんまり過激なことすると他国干渉になるかもしれないけど言わないといけなくなるから気をつけてね?隣国だからそっちが破綻すると一気にこっちに皺寄せ来るし」
「分かってるわよ。一気に進めようなんて思ってないし一歩ずつやってくわ。あの屑が働かなかったせいで肥え太った豚を探すのは難しくないし適度にやってくわ。……それで、だけど」
これからの方針を話している途中でジュリアは顔を背ける。その顔は赤く染まっているようで後ろでレイラが「頑張れ、頑張れ……!!」と応援しているのが見える。この二人も仲いいなとほっこりしている。こういう関係性もまたいいものだ……。
「本当に、助けられたわ。特にアンタには。アンタがいなかったら、私はアイツに乗っ取られたままか、あそこで死んでいたかの二択だった。アンタが足掻いてくれたから私はここにいられる。だから、ありがと」
「よし!!最後まで言えたな!!!偉いぞジュリア!!!」
「うっさいわよレイラ!!アンタは私の母親かっ!!!!」
「…………ジュリアが起きてからずっとこんな調子。我が姉ながらこの距離感の迷子感はどうかと思う」
「はははっ」
思わず笑ってしまうほどの凸凹な関係。だけど微笑ましくも見えるその光景。『槍王』に支配されていた時には見られなかったそれに僕がやったことは間違いではなかったと確信を得られる。
これから先きっと大変なことが起こり続けるだろう。それでも彼女達ならきっと乗り越えていけると確信して、安心した。
「隣国の剣王として君のこれからに期待するよ、ジュリア」
「その期待以上のものを見せてあげるわ、精々驚かない事ねトーマ・ソードリア」
互いに笑いながら握手をする。初めて会った時にはあった距離感がなくなったことを示すかのようにそれは簡単に出来て。
これからの未来が楽しみになる関係性を築けたとそう確信した。