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『剣王』の役割


「剣王様、しばし御身を歩かせてしまうことをお許しください。疲れているとは思いますが、すぐにでも貴方様に会いたいと大臣が申されているので」

(どうしてこうなった……)


 『聖剣』が抜けてしまった結果『剣王』として認識されてしまった僕は、そのままソードリアの騎士団に確保されアリシアとヒカリと共に王城の中を歩かされていた。


 200年ぶりの王の誕生という事で王都中はもう大騒ぎをしている。来年からはこの日が祭りになること確定だとか小耳に挟んだ。勘弁してほしい……。


 目の前を歩いて案内をしてくれているくすんだ赤色の髪をした偉丈夫は騎士団長と名乗り、囲まれていた僕らを救出後、何の準備もなくこれからこの国の大臣にあうことになるらしい。


 段取りが滅茶苦茶だとか服装はこのままでいいのかとか、色々と言いたいことはあるが彼らにとっても前例のないことなのだから仕方ないと納得することにする。


 むしろ聖剣を抜いただけの、今年成人になる子供を相手に全く嫌な顔をせず、それどころかこちらを気遣うように一緒にヒカリまで連れてきてくれたことに感謝すべきだろう。


「というかヒカリは僕が『剣王』になったことに関してあんなに喜ぶ要素あったの……?」

「あん?ありゃパフォーマンスに決まってんだろ。あんだけ大声で叫んでりゃ誰だって関係者だって分かるじゃん」


 よかった、「幼馴染として鼻が高いぜ!!!!」とか言われた時はもう本当に目の前が真っ暗になりそうだった。


 やっぱり幼馴染の態度がいきなり変わったとか僕にとっても辛いのだろう。その程度の人の心を持っている事実にやはり僕は小市民なのだと認識する。


 そんな僕が剣王とか何の冗談だろう。


 歩きながら黄昏ていても全く現実逃避は出来ていない。腰に下げている聖剣の重みがこれが夢ではなく現実なのだと常に教えてくるからだ。


「いきなりお前一人で知らないところに行くとかアタシの方が心配だからな。少しでも一緒に行動出来る状況は作っておかねぇと」

「ありがたいです……いや本当マジでありがたいです……神様仏様ヒカリ様……」

「歩きながら手を合わせて拝んでくんのやめてくれる???」


 幼馴染の優しさと気遣いに本心から拝み倒してしまう。


 あのプライドの高く、他人を信じることを全く知らなかった主人公の姿か、これが……?


 そんな感想も既に意味はないのだがそう思わざるを得ない。ヒカリとヒカルが歩んできた人生はまるで違うというのはすぐそばで一緒に暮らしてきた僕が良く知ってる。


 原作主人公が歩んだ人生を思えば、僕の我儘で彼女の運命を捻じ曲げてしまったことが分かるがそれでも後悔はない。


 いやカプ厨として原作カップリングが一気にぶち壊されたことを考えると吐き気を催すし、なんでこうなったと叫び続けて一夜くらい泣き明かしたいくらいだが。


 それでも彼女を一人にしないでよかったと思うのだから仕方ない。


「外務大臣、剣王様をお連れしました」

「おお!入ってくれ!!剣王様がいるという現実を早く見たい!!!」


 そんな僕らの会話を聞かないふりをしてくれていた騎士団長によって豪奢な扉の前まで連れてこられた

僕達はそのまま部屋の中に入った。


 その部屋の主はでっぷりと太った、いかにも悪徳大臣という見た目をした中年男性だった。


 だが彼こそはこの国を支えている外交を担当する大黒柱にして今まで散々苦労をしてきた男の中の男、プレイヤーからは「外見と中身が全くあっていない」「アレ絶対ストレス太りだよね」「多分痩せたらイケメンになるタイプのデブ」という評価を不動のものにしている存在。


 それがソードリアの外務大臣、デプロン・アストリアである。


「おお……!!その腰に下げているのは間違いなく聖剣……!!夢ではないのですね!!!」

「えーっと……この度聖剣を抜いてしまったトーマです。苗字もない平民ですけど……」

「平民など関係ありますまい!!!この国において王とは聖剣を抜いた者と建国時から決まっております。何よりそれ以外の者を王にしようとすれば他国からの干渉が今以上に酷く……」


 無駄と知りつつ平民アピール。剣王になってしまった現実とカップリングが崩壊してしまった事実に向き合うには短時間では無理なのだ。


 特に後者だ。ヒカリは今まで一緒に生活していた為恋愛対象が男なのは間違いない。


 むしろ僕と二人でいる所を女性が近寄ってきたら吊り目をさらに釣り上げて威嚇してくるのだから。それに対して「なんで?」と思うほど僕は鈍感系主人公をしていない。


 異性的な意味なのか、古なじみを取られてしまうかの不安感からなのかは分からないが他の女性を威嚇する程度には僕は好かれていると思うし、僕自身も彼女のことを悪く想っていない。


 つまるところヒカリは完全無欠の異性愛者なのだ。アリシアとはなぜかすぐに仲良くなってるがそういう関係になることはまずないだろう。


 アリシアの方は更にない。ゲームと同じ、という前提だが彼女は善良だし間違いなく心優しい少女なのだがそれはそれとして過去の経験から多少他人への警戒心が強い上聖女としてふさわしい行いをと心がけている。


 少なくともこの国では同性愛は非生産的であり、差別の対象でもあるのだ。


 僕個人としては好き同士なら何でもいいとは思うが、それは僕の価値観であり人口がそれイコール作業量とされているこの世界では異端も異端だ。


 つまりヒカアリというカップリングは死んだも同然。ゾンビにして蘇らせようにも死体そのものがないのだからどうしようもなく、そこを考えると僕自身ちょっと意識が飛びかけるので出来るだけ考えないようにする。


「それで、剣王様に当たってはその役割は存じておりますかな?もし必要であるのならば僭越ながら私が説明いたしますが」

「えーっと、一応知ってはいますけど……虫食い状態なので聞かせてもらってもよろしいでしょうか」


 ゲームと同じなら大体は覚えている、がここは現実だ。この国の常識としての範囲では知ってはいるがそれ以上のこととなるとどこが食い違っているかが分からない。


 その食い違いのせいで僕が酷い目に合うなら自業自得と納得するが、わざわざ僕についてきてくれたヒカリが酷い目に合うのだけは断固拒否する。


「ではお疲れかもしれませんので手短に話しましょう。『剣王』様の仕事、それはこの大陸に存在するソードリア以外の他の六国の『王』との戦い、『王戦』となります」


 『王戦』、それは各国の代表である『王』による戦いだ。


 各国それぞれ『王』の選抜方法は違う。ソードリアのような『聖剣』を抜いた奴が王様だなんてやってるところは他にない。むしろ他にもいたらこの制度自体問題になってる。


「『王戦』なぁ……、それってこいつがやらないといけない事なのか?騎士団とかあるんだしそいつらが戦えばいいんじゃねぇの?」

「ヒカリ、話の途中なんだしとりあえず最後まで聞こう。僕のこと心配してくれてるのは分かるけどさ」


 不機嫌そうな顔を隠そうともしないヒカリだったが、僕が彼女の立場だったら同じようなことを言っていた自信があるので偉そうなことは言えない。


「無論、理由はある。政でのことではあるが、外交上『王』がいるのといないのとでは立場が違うのだ。この200年間剣王様が現れなかったことでこの国は「王なき国家」と舐められている。王がいなければ『王戦』は行えず、それだけで不利になる」


 黙って大臣との話を聞いていた騎士団長だが、その眉間のしわをさらに寄せているのは恐らくだがヒカリの言葉が不愉快だったからではなく国の現状を憂いてなのだろう。


 彼とデプロンは年齢も近く、役職の関係上護衛も行うことも多いのだろう。


 つまり外務大臣の苦労を一番知っているのはこの騎士団長なのだ。いわば戦友と言える間柄の相手が舐められているのを見るのは不愉快なことこの上ないのだろう。


「『王戦』とは王同士の試合です。勝負方法は一対一から軍勢を使うものまで、多岐にわたりますがその一番の特徴は王が必ず参戦しなければならない事」

「行われるのは主に外交上の問題が起きた時ですな。こちらとあちらの条件のすり合わせが上手くいかずどちらも話し合いで譲れない時、そのような場合すぐに戦争を起こすのでは国は擦り減っていく一方。それを防ぐ為に代表者を決め、その戦いの勝敗に全てを委ねる。これが『王戦』の流れです」


 アリシアの簡潔な説明からデプロンの詳細な説明へと移行する。


 しかしこれ、ゲームの時には特に何も思わなかったけど滅茶苦茶かつ王に対する負荷がデカいな……。


 ゲームの主人公であるヒカルは以前も言ったが強くなれればそれでいいという思考をしていた。だから強者がいるであろう『王戦』にも突っ込んでいくことが出来たのだが、実際この立場になってしまうと二の足を踏んでしまう。


「おお、無論必ずしも『王戦』が行われるとは限りませんぞ。むしろ行われることはめったにない話です。この国は今まで王のいない国でしたからな、『王戦』を行うことが出来ないとされて下に見られていましたが剣王様の存在自体がその評価を消すのです」


 不安そうな表情が出ていたのかフォローをしてくれるデプロンだが、僕の知っている知識が正しいとなると必ず『王戦』は起こる。起こらなければ話にならないのだから仕方ないかもしれないがそれはもう嫌というほど起きるのだ。


 特に最強国家ドラコニアに今でも目を付けられているのだから、起こらない方がおかしいともいえるだろう。あそこは領土拡大に文字通り命を懸けているからな……。


 それにドラコニアのことがなくてもだ、今まで下に見ていた相手がいきなり対等ですみたいな顔をして来たら面白くないだろう。特に政治なんて面子でやってる部分が多いのだから今までしてきたこともあって相手も引き下がれない。


 つまり何が言いたいかというと、『王戦』は起こる、間違いなく。


「……分かりました。剣王の件、引き受けます。ただ僕は戦いなんて苦手なので鍛える場が欲しいです。いざという時に動けませんじゃ話にならないので」

「剣王様……いえ、陛下に置かれましてはまずは騎士団で剣の扱いを習うところからはじめましょう。アドルフ殿、いいですな?」

「委細承知。陛下が武人となれるよう精一杯のことはしよう」


 騎士団長、アドルフと呼ばれた彼がこれから僕に剣での戦い方、身体の動かし方を教えてくれるらしい。それくらいしてくれなければ戦いなんて勝てる気もしないので大変助かる。


 静かに頷くと自分から肉体改造計画にサインをした気分になるが、これも国の為。ひいては故郷の母さんや顔馴染の村の人達の為になる。顔も知らない人達のために頑張る気にはなれないが、顔を知っている人たちの為なら頑張れる気がするのだから大概僕は安い男なのだと思った。


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