聖女というのはなぜか美少女
さて、あれからまた数日が経ち僕達は過酷というわけでもなければ優雅とも程遠い旅路を超えてこの国の王都に辿り着いていた。
この世界における主な移動手段は馬車か、あるいは高級品である魔法車と呼ばれる物である。
ただこの魔法車は何度も言うが高級品である。どれくらいかというと馬車にかかる餌代やらメンテ代を考えた上で魔法車の方が遥かに高いだろうというくらいにはだ。
「ねぇこれが王都?凄くない?周囲から見たら田舎から出てきたって僕達まるわかりだよね?いやもう本当凄い今すぐ色んなところ駆け回ってきたい。ねぇ走ってきていい?多分色んなカップルが見られると思うんだよね」
「悪い村長、今すぐこの恥ずかしいの捨ててきていい?」
「気持ちは痛いほどわかるが我慢するんじゃ。いや本当恥ずかしいのは分かるけども」
ぶっちゃけ馬車による旅は前世を思い出した僕には非常に辛かった。
身体が頑丈になっているので腰を痛めるという事はないが、なにが辛いかというとこれまた娯楽不足と言えるだろう。
何せ村ではいつも見ていられた幼馴染カップルすらこの道中では全く見られなかったのだ。馬車に揺られて変わっていく風景を楽しめていたのも長くて一日といったところだろう。
だが、その甲斐はあったと言わざるを得ないと目の前の光景を見て思わざるを得なかった。
「だがまぁ、トーマの気持ちも分かるだろう?儂は何度か見ているがそれでも感動は何度もするんじゃ」
「……まぁ、確かに凄いのは凄いよ。この城壁、王都全部を囲ってるんだろ?なんでこんなのがあるのかはわかんねぇけど」
そう、王都はでっかい城壁によって囲まれていた。正直戦争のないこの世界でこんな城壁を築く必要があるのか疑問を持つヒカリだったが、今戦争がないからと言って今後もそうとは限らないだろうと村長に言われて納得していた。
実際ゲームの終盤ではこの城壁が必須の状況に陥るのだから世の中分からないものだ。
だがそんなことはどうでもいいのだ。なにせ目の前の光景はアニメやゲームで見た物とまるで相違ないのだから。
いや、創作として描かれていたそれよりも今目の前にある城壁の方が当たり前だが現実感がある。 威厳さえ感じる。僕と同じく初めて見たであろう人達もまた感動で口を開きっぱなしにしているのだから、この世界であってもそれがとんでもないことだというのは分かるだろう。
「し、幸せしゅぎる……。僕もうここで死ぬ……」
「なぁ、頼むから地面に手をついて水たまりが出来そうなくらい泣くのやめてくれよ。視線が突き刺さって本当恥ずかしいんだけど」
そうは言われてもこれは条件反射的なものであり僕自身に制御できるわけではない。
今世で成人を迎える15年という月日は僕から『Legenda Septima Rex』の記憶を奪っていった。日々の生活は楽しくも苦しいことも多く母さんの手伝いもあり非常に忙しかった。
そんな日々は魂に刻まれた記憶さえも塗りつぶしにかかる。記憶が混ざり合ったのは僕が10歳の頃。
それからの生活でどうしても欠けていく思い出があり、それを自覚しつつもどうしようもないと諦観していたところに来たところでゲームと同じ光景が目の前にある。
これが興奮しないでいられるだろうか?いや出来ない。
「ヒカリ!!ヒカリ見てって!!!アレ!!アレって初代剣王様の像!!!伝説の聖剣が突き刺さってる台座まで!!!!その近くにはりんご飴の屋台!!!!!ひゃあっ!!我慢出来ねぇ!!!!!」
「なんでそのラインナップでいきなり屋台に突撃すんだよ!!!やめろよ変顔で屋台に走り出すの!!!屋台のおっさんが怖がってんぞ!!!!」
止めるな!!止めてくれるな!!!僕は今まさにあの聖剣を抜く主人公ヒカルが食べてた物と同じものを食べれるんだ!!!何よりこの屋台もまた聖地なんだよ!!!!!
なにせこの屋台で主人公はメインヒロインである聖女様とファーストコンタクトを交わすのだから!!あの作品のファンとしてこの状況で興奮しないでいられるだろうか。いられたらファンじゃねぇよなぁ!!!!!
「ふぉっふぉっふぉ、トーマのことは任せたぞヒカリ。ワシはちょっくら用事があるのでのう……」
「こいつをアタシに任せて逃げようとすんのやめてくんない?おい村長、こっち向けよ。耳が遠いふりをしてんじゃねぇよ。聞こえてんだろこっち見ろって言ってんだ走って逃げだしてんじゃねぇぞクソ爺!!!!」
「りんご飴ください!!!二つ、二つね!!!!あっちの可愛くてこの王都でもめったに見られないレベルの美少女の分も合わせて!!!!!」
後ろでヒカリと村長がなんか言ってるけどそんなものは耳にも入らない。
今の僕に見えているのは目の前の光景と耳に入ってくる王都での生活音。五感全てでこの状況全てを楽しまなければ今後の人生で永遠に後悔し続けるだろう。
だからね!!口からおかしな笑い声が溢れてもね!!仕方ないんだ!!!!
「だから僕の関節を極めてくるのはやめろぉおおおおおおおおおお!!!!!脚はそっちには曲がらないぃいいいいいいいい!!!!!!」
「やっぱ落ち着かせるには痛みが一番早いよな。駄犬の躾だって逆らっちゃいけないってことを分からせれれば早いし」
人を犬呼ばわりとはなんという幼馴染か!!可愛い顔が無表情になってるせいで余計に怖くて逆らう気がなくなるのは事実だが!!!!
らめぇ!!!アキレス腱固めなんてやられたら歩けなくなっちゃうのぉ!!!!!
誰か!!僕を救ってくれ!!!出来ることならこの状況を見かねたカップルの男性の方が女性にカッコつけるためにこの無表情で色んな関節技を試しに来るヒカリを止める感じでオネシャス!!!!!
「―――――あ、あの……それ以上やったら、その人の足が別の方向にむいちゃいますよ……?」
僕の祈りが届いたのか、頭上からそんな声が聞こえた。
それはまるで世界から祝福されているような、どこか神聖な声。
そうでありながら小さい鈴が鳴らした音のように儚く消えそうでありつつ、かと思えば一言一句を聞き逃すことのない威厳という相反した感想を抱かせる声。
そんな馬鹿なと思いつつ、僕は地面の上で関節技を極められながら声のした方に何とか首を回す。
そんな都合のいい展開が起きていいのか、もしやこれは夢なのではと途中首を無理に回したせいで筋を痛めた気がするが全く気にならず声の主を視界の内側に収めることに成功する。
「アリシア……セプテム……」
「えっ?あ、あの、どこかでお会いしましたか……?」
思わず彼女の名前を呟いてしまう。それに対して疑念を抱かれたが僕の脳内にはそれこそ何にも入ってこない。
何せ目の前にいるのはあの『Legenda Septima Rex』内におけるメインヒロインの中のメインヒロイン。
僕の中でも最推しであるヒカアリの片割れであり、ゲームではどんなルートを進もうがその存在感を決してプレイヤーに忘れさせない美少女。
作中では並ぶもののない美しさと可憐さを兼ねそろえた少女と言われていたが、実際に見てみればその評価も妥当なのだと分かる。
腰まで届く長い金髪は毛先が少しカールしており、一本一本が生命力に満ちて少しの痛みもなく存在している。まるで高い金色の刺繡糸のようだが、太陽の光によってきらめいているそれは間違いなく人工物ではなく天然物だと見る者全てが悟るだろう。僕、そういうのわかっちゃう。
露出の全くない、その上で体型が見えづらいシスター服もまた彼女の神秘性を高めている。下手なエロなんてなくていい。彼女はそこにいるだけで見る者全てを魅了していくのだろう。というか主人公以外中身見る機会なんてなくていい。見るな殺すぞ。
だがやはりこうして見ると現実離れした美しさ&可憐さだ。それでいてこうやって人にフレンドリーに声を掛けてくるんだから勘違いする男が出てもしょうがないかもしれない。
同じ男としてその気持ちは分からないでもない。こんな可愛い女の子に優しくされたら勘違いしたくなるのは男の本能という奴だろう。
うん、それで手を出そうとしたらぶち殺すけど。ヒカアリこそが至高なんだよ、分かる?
にしてもだ。
「聖女様も綺麗だけどなんでヒカリも同じくらい綺麗で可愛いの?いやまぁ別ベクトルの魅力なんだけどさ。片田舎にいるべき美少女じゃないと思うんだよね、僕」
「そのいらないことを言う口から聞きたいのは悲鳴だけなんだよなぁ!!!」
「あぅ!?これはまさかコブラツイストぉ!??!」
銀髪に似合う白く、シミのない肌を赤くしながら体勢を変えられながらまた手足の動きを止められ腰を痛めつけられる。何故この幼馴染はこんなにも関節技のレパートリーが多いのか割と本気で疑問に思う。
「ああっ!!そんな!!胸筋を見せつけるような技なんて!!?」
「おい馬鹿、こんな綺麗な人が心配してくれてんぞ。心配しなくても大丈夫ですって言ってやれよ」
「あががががががががががが!!?!?!そう言うんだったらこの人が心配しなくていいよう関節技極めるのやめてくれないかなぁ!!!!??!」
「あわわわわわわわっわ!!!だ、大丈夫ですか!?あ、あのこの方痛みで顔色が悪くなってますよ!?えっ、なんでそんな顔色で笑ってられるんですか!?」
ああ、その優しさだけで痛みを忘れて笑みが浮かぶ……。いやごめん嘘、めっちゃ痛いからやめてくれませんかねぇ!!!
その後、十分くらい色んなプロレス技を受け続け彼女は満足したのかやっと僕は解放された。
身体の節々が痛いが、まぁよくある事なのですぐに治るし痛み自体も慣れているので問題ない。
僕に関節技を決めていた張本人は街行く人達からおひねりを貰っておりお礼を言っている。まさか僕を小遣い稼ぎに利用した……?許せねぇ!!りんご飴奢ってもらわないと割に合わないな!!!!
「え、えっと、回復魔法、使いますか?さっきまであんなに叫んで……」
「大丈夫ですよこの程度。昔からよくやられているので慣れっこです」
見ず知らずの、自己紹介すらしていない成人間近の男にこうして優しくできるのは美徳なのだがそんな心配そうな顔は僕ではなく主人公に対してしてほしい。出来ることならその光景を僕に魅せてほしい。それだけで多分一週間くらい飲まず食わずで生きていけると思う。
「あっ、ところで一つ聞いていいですか?」
「えっ?別に構いませんが……」
助かる。アリシアを認識してからずっと聞きたかったことがようやく聞ける。
僕にとっては何よりも大切であり、優先すべきこと……そう。
「好きな人っていますか?」
「ええっ!?」
「銀髪で男らしくてイケイケで見ててカッコいいけど心配になりそうなそんな人は近くにいませんか?」
「な、なんでそんな具体的なんですか!?」
「お願いします!!!僕にとってはここで人生が決まると言っても過言じゃない質問なんです!!!!」
そう、彼女の姿はまさにゲームやアニメで見た物とそっくりだ。『聖剣』が抜かれていない以上まだヒカルは彼女と出会ってはいないのだろう。
だけどもしも仮に出会っていたとしたら、それを視界に収めるチャンスを逃したとしたら、僕は死んでも死にきれない。
だから僕の人生における最重要事項を早く確認したいんだ!!!!
「あぅううう……す、好きな人なんて……。私は『剣王』様に仕える身ですから……」
「なんて健気さ、これが人間って本当?天使の間違いなんじゃない?あっ、すみませんこっちのサインお願いしてもいいでしょうか?」
「聖女様の前で奇行に走ってんじゃねぇよボケ!!!!!」
僕のテンションと意識は道行く人達からおひねりを貰っていた幼馴染による超特級飛び蹴りによって暗闇に堕ちていった。