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聖地巡礼 ①


 聖地巡礼、それは心から感動した場所を実際に訪れることで視覚を始めとした五感で大好きな作品に触れることである。


「つまり僕が『ソードリア』に行くという事はその全てを五感で感じその感動を後世に残すことに対して圧倒的なまでに意義のある事で僕個人の欲望とはまるで一線を画す事情があるわけなんだ。個人的な我儘ではなくこの田舎で暮らす人達にとっても僕の感動を伝えることでその情景を思い浮かべることが出来てその人生はきっと今まで以上に充実した人生を送るのに必須で」

「ああ分かった分かった。分かったから黙れってば、相変わらず早口になると気持ち悪いなぁ」


 長い銀髪を首元で縛った美少女に無造作に口にパンを突っ込まれることで強制的に僕の力説は止められた。


 聖地巡礼について僕の語りは気の短い彼女にとっては不快であったらしく眉をひそめている。次はもう少し短くまとめようとは思うのだが……。


 幼馴染ではあるがこのような暴挙は許されていいのだろうか?朝食を用意してくれた母もこちらを凝視しているぞ。


「ありがとなヒカリちゃん。この馬鹿ってば王都に行けるってなってからずっとこうでうるさかったんだ」

「気にしなくていいっておばさん。トーマが王都大好き都会大好きな馬鹿だってのは昔から知ってるからさ。それにしてももうすぐ成人するってのにこうってのはどうかと思うけど」


 どうやら母と幼馴染にとってはこの暴挙は許されることだったらしい、解せぬ。


「長すぎるって程長くないよ。一呼吸分しか話してないじゃないか」

「むしろ一呼吸であそこまで話されるこっちの身にもなれよ。なんでそんなに王都に行きたいかって聞いただけでここまで喋られるとか誰も予想しないだろ。トーマは全体的にもう少し落ち着いた方がいいと思う」


 ヒカリと呼ばれた少女はルビーのような紅い瞳をジト目にしながらこちらを見てくる。


 うーん、美人って得だよなぁ。蔑まれる目で見てきても第一に出てくる感想は「可愛い」なのだから。


 さて、それはともかく現状について少し説明しておいた方がいいだろう。前世の記憶を思い出した僕がなぜ瞬時にこの世界が『Legenda Septima Rex』だと分かった理由とか、僕自身の為にも。


 第一にだが、この村やたらに模造剣が置かれているのだ。それこそ一家に一本どころか村人一人に一本当たりの多さで。


 しかも家にもやたら飾り付けるように剣の紋章やらがある。中世文化には欠片も興味がないが当時にこんな剣ばかり置いてある時代なんてないだろう。木を切るのにだって斧とかの方が圧倒的に便利だろうし。


 この世界では一般的ファンタジー世界によくいるようなモンスターとかは登場しないし、国家の軍同士による戦争もあり得ない。

 そんな一見意味の分からない光景がこの世界を『Legenda Septima Rex』だと判断した理由だ。主人公のいる国では「剣」とは特別な意味を持つ。


「外交は最終的に王様同士の戦いで全てを決めるって言うのがびっくりだよなぁ……」

「今はうちの国に王様いないみたいだけどな。王都に伝説の剣が突き刺さってるからそれ抜いた奴が王様だってさ」


 パンをミルクで流し込んだヒカリがどうでもよさげに僕の独り言に口を挟む。


 ただし彼女はその可憐な見た目とは裏腹にそういうロマンある話が好きだと僕は知ってる。今もまた彼女の尻尾のように結ばれた髪が楽しそうに左右に振られていることからも分かる。


 僕もまたオタクの端くれだった身だ。そのロマンはよくわかると、彼女の口の周りに出来た白いひげを拭いながら思う。


 外交は主に政治家が話を進め、決裂しそうになったりどちらも譲れないとなった場合国の代表である王様同士の戦いに委ねられるという事になっている。


 現状この国ではその代表者である王、この国では『剣王』と呼ばれる人間が不在なのだ。


 というか200年くらい不在らしい。そんなのでよく国家を保っていられるなと思わないでもないが、こういう国が緩衝材になってたりするのだろうか。


 少なくとも僕達庶民の生活に大きな影響がないのだから政治家の皆さんは滅茶苦茶頑張ってくれてるんだろう。頭が上がらないし王都に行った時は是非仕事場である王城に向かって敬礼したいものだ。


「そういえば母さんは一緒に行かないの?でっかい城とか見られるって話だけど」

「馬鹿言いな。アタシが行ったら誰がこの酒場を切り盛りするってんだい」


 確かに母さんの言ってることは正論だ。


 僕が住んでる村は大きくはないが小さくもない、大半が顔見知りではあるがたまに知らない人もいるくらいの大きさの村だ。


 娯楽の少ない田舎において酒場というのは重要なストレスを発散させる場で、必須と言ってもいいだろう。後は娼館くらいしかないがイイ女が少ないとかって愚痴ってたお客さんがいたことを覚えている。


 その娼館をよく利用している他の男性客達に袋叩きにされていたが。


「そもそも村長が成人祝いだって言って王都に報告ついでに連れていってもらえるんだろう?そんなもんについていくなんて心配性な親馬鹿みたいな真似はしないよ」

「確かに母さんは超のつく放任主義者……。僕も庭の雑草のように放置されていたら勝手に育ったタイプだし……」

「雑草らしく根性だけは一人前だけどねぇ。……なんで普段はまともなのに時折頭おかしくなるんだい?」


 何と失礼な。まるで僕が見境もなく騒ぎ出す頭に欠陥がある自慢できない息子のように言うなんて。


 僕はどこからどう見ても立派に成長した男だろうに。


「立派な男は犬の夫婦を見て興奮してよだれ垂らしたりしないんだってことをいい加減覚えろよ。おばさん毎回「あれさえなければ……」って呟いてんだぜ?」

「供給がないんだよぉ!!!いいカップリングがないんだよ!!!!犬の方がまだドラマのあるくっつき方してるんだから仕方ないだろ!!!!!」


 僕はこの村が好きだ。生まれ育った故郷だし大半は顔見知りで仲良くしてもらってる。


 問題は人間関係が完全に村の中で完結してることだ。たまに外から引っ越ししてくる人もいるがそんなのはレア中のレア、考慮の余地など欠片もないのだから仕方ない。


 つまり、出会いがないのだ。


 いや違う。出会いがないのではなく、こう、運命的な出会いをしてる人がいないのだ。それも全くと言っていいほど。


 なるほど確かに幼馴染カップルというのはいいものだ。僕はそういうのにも普通に気ぶれるし興奮するし見てて幸せになるし幸せになってほしいと心の底から願える。


 でも大半の人がそんなんだから食傷気味なんだよ!!!もっと別の関係性カップリングが見たいんだ!!!!


 分かる、言いたいことは分かってる。他人の人生を見世物にするなよって思うんだろ?そんなことわかってる。僕だって同じこと言う自信がある、それが他人事なら。


 僕がこうなってる主な原因は先ほども言った通り娯楽施設がほとんどないことだ。あったとしても子供の僕が利用できる場所ではないし、前世の記憶が混ざり合った今となっては豊富な娯楽が満載だった頃を思い出してしまった。


 知らなければ耐えれることも、知ってしまえばもう耐えれない。


 僕は娯楽欠乏症、というか推しカプ欠乏症に陥ってしまったのだ。


「だからせめて彼らが出会う場所をね、巡礼してね、心の中で気ぶりたいんだよ。分かる?この気持ち」

「分かってたまるか。そんなことよりさっさと飯食えよ、皿洗えないだろ」


 そう言って自分の朝食の後片付けをするヒカリ。この幼馴染は口がぶっきらぼうだが案外普通に家事の出来る系の女の子なのだ。


 こういう恋愛ごとに興味のない女の子が恋に焦がれる姿を見たい。物凄く見たい。そして最後には幸せになってほしい。


 朝食をすぐに食べ終わり、彼女の隣で皿洗いをしながら彼女の顔についた洗剤を指ですくいとりながら思わず聞いてしまう。


「ヒカリは好きな男とかいないの?こう、ぶっきらぼうな言い回しの裏側まですぐに察して気が利く癖に大切なことには何も気付かない。だけど本当にいて欲しい時にはすぐ傍にいてくれて心の支えになる人とかさ」

「お前もう死ねよ」


 なぜかわからないが物凄く怒らせてしまった。何故だ、僕の質問が不躾だったのか?


 ……いやよく思い返せば居候の女の子が好きな男がどうのこうのいきなり聞かれるとか気持ち悪いことこの上ないな。反省しなければ。反省できる男はいい男ってね。


「でもなぁ、勿体ないよなぁ。せっかく綺麗な銀髪で宝石みたいな綺麗な紅い瞳で、こんな辺境の村にはもったいないくらいの器量よしなのにそういう出会いがないって。お貴族様でも見たら絶対に一目ぼれしたりするだろうに本当に勿体ない」

「死ねよお前もう……。毎度毎度本当に……」


 やめて!洗剤の付いた手で僕のセットした髪をぐちゃぐちゃにしないで!!!


 王都に行けるってことで一生懸命揃えた髪が!!!僕の精一杯のお洒落を無に帰さないで!!!


「これで気付かないとかうちのバカ息子は本当に頭の一部がぶっ壊れてんじゃないだろうね……?」


 母さん!!しみじみと何事かを呟きながらこっちを見るのはやめて止めてくれ!!!息子が頑張った努力の結晶が壊されそうなんですよ!!!


 この僕のセンスを結集して作り上げたみんなが振り返って見るような髪型をさ!!!!


「努力の結晶って、その下手な毒キノコみたいな形の頭がかい?確かにみんなが二度見するだろうさ、キノコの化け物が出たって感じで」


 僕はもう二度とお洒落をしない。母の心ない言葉に打ちのめされ抵抗する気を失った僕は、ヒカリに頭をくしゃくしゃにされながらそう思った。


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