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強くなる為に


「それで結局、トーマは強くならないとまずいのは分かったんだけどそんなに早く強くなれるもんなのか?一ヵ月程度じゃ多分無理だろ」


 話も一段落したので持ってこられた食事を食べていたらヒカリが懸念事項の話を始めた。


 原作主人公は元々野生動物相手に命のやり取りをしていたが僕はそうではない。こういう戦いにおいて一番大事なのは怯まない心だと思っている。


 それを一ヵ月程度で身につけられるとは思っていなかったのでこの話題は渡りに船という奴だ。


「ヒカリならいけそうだけどねー。剣の才能凄いし」

「そうなんですか?」

「昔持った刃のない摸擬剣で猪ぶっ殺してたからね。剣、初めて持ったはずなのに」


 アリシアが絶句しているが気持ちは分かる。あの時は凄かった。


 真正面から殺すのは無理だとすぐに察して突っ込んできた猪をギリギリで回転しながら回避、そのまま遠心力をつけて首の部分を一撃で折っていた。


 うん、剣の才能というか戦いの才能だ。少なくても僕にあれは無理だ。


「アタシが出来ても仕方ないだろ。トーマが出来なきゃ」

「それはそうなんだけど僕にあれを真似するのは無理だよ無理。十回やって一回成功するのも厳しいって」


 とは言いつつ僕がヒカリの真似をする必要はないとも思ってる。あれは今思えば原作主人公の才能を持つ彼女だから出来た事で、そのことに劣等感を持つ必要もない。


 僕には僕の道がある、はず……。ちょっと自信ないけど。


「で、結局僕はどうやって強くなればいいんだろう」

「騎士団長が訓練を付けてくれるってアタシは聞いたけど、そこで一ヵ月で強くなれるのか問題が出てくるんだよな」

「それに関しては問題ないかと」


 やはり時間が問題だ、時間が。いくらやる気があろうと一ヵ月程度で出来ることなどたかが知れてる、と思ったのだが違ったらしい。


 アリシアは困った顔をしながら僕達の疑問に答えをくれた。


「恐らく騎士団長は『魔霧の森』を使うはずです。そこで一ヵ月過ごせば、相当なものになるでしょう」

「まきりの森、ってどんなところだ?」


 え゛っ。あ、あそこを使うの?


 あそこは原作でも話題には出たが結局出てくることはとあるルートだけで、強靭な精神力を持った主人公でさえもう二度とやりたくないと言わせた。おおよそ人が入ってはいけない場所のはずだ。


 引きつった笑いが出ていたのか、ヒカリは怪訝そうな顔をしている。アリシアは僕に同情してくれてるようで辛そうな顔をしている。


「『魔霧の森』、別名悪夢の森とも言われてる場所だよ。あそこは夢の中の出来事が現実にも表れるって話でさ、物凄く危険な森らしいよ」

「夢の中の出来事が現実に……?」

「要するに夢の中で死んだら現実でも死ぬって話。その分、夢の中で鍛えたら同じくらい強くなれる……はず?」

「つまり、起きてる時も寝てる時も鍛えまくるってことか?」


 そうだったらまだマシだ。『魔霧の森』ととある魔法が組み合わされることで起きるのが地獄と呼べるであろう訓練だ。


「修行には、私も同行して「夢操作」の魔法を使用します。それで最大限時間を引き延ばして様々な特訓を行う予定、とのことで……」


 うん、やると思ったよ「夢操作」……。


 この魔法はその名の通り夢をある程度操作することが出来る魔法だ。操作できる範囲は眠っている人間がどれだけ深い眠りについてるかで決まる。


 要するに起きてる時散々身体を苛め抜いて、即座に深い眠りにつける状態にして「夢操作」で可能な限り時間を引き延ばしつつ様々な場所やシチュエーションで戦うことを覚えるという事ですね分かります。


 何が最悪かってこれが間違いなく最良なことだ。泣きたくなるくらい辛いのが間違いないのと、精神的癒しをどこかで得ないと途中で廃人になりかねない事だけが問題であって。


「いやだぁ……行きたくないぃ……!!僕もうお家帰るぅ……!!」

「落ち着けって。お前の帰る家はもうこの王宮なんだよ。アタシも付き合ってやるから頑張れよ」


 原作での修行風景を思い出し、そんなことを体験することになるのを想像すると漏らさないようにしていた弱音が自然と口から垂れ流される。


 思わず隣に座っていた幼馴染に抱き着いてしまうが、彼女は何かを察したように慰めるように頭をなでてくれた。とても癒されるがもう成人間近な男がすることではないだろう。


 でも自覚はあってもそれを止められるかは別なんだよ。手足の一本や二本を斬り落とされるような特訓なんて僕はしたくない……!!


「だ、大丈夫ですよ剣王様っ!!騎士団長もそこまで無茶なことはしないと言ってました!!基礎も何も出来ていないのにそんなことしたら戦うことから逃げ出すようになってしまうって!!!」


 早々に決めたはずの覚悟が心と共に折れていく音が聞こえてきたが、対面に座っていたアリシアが助け舟を出してくれたことに命拾いした。


 そ、そうか。確か原作ゲームでもその特訓を行うのは短期間に強くならねばならない状況だったから。


 つまり今の僕と同じような状況だったわけだが、僕は原作主人公と違い基礎も何も出来ていない状態だ。それなのに戦いの恐怖だけを叩き込んでトラウマになり二度と剣を握れないなんてことになったらせっかく見つけた剣王がまたいなくなる危険性がある。


 つまり騎士団長は僕に対して少し温めの訓練にせざるを得ないわけだ。


 よかった、僕はまだ推しカプを見る機会があるんだ……!!こんなに嬉しいことはない……!!


「ふぅ、そうと決まれば早速騎士団長に会いに行こうか。今はどこにいるかな?」

「えっと、この時間ですから早朝訓練が行われていますね。今日は剣王様が視察に来るとのことで第一から第三までの合同訓練になっているはずです」

「なんでもいいけど少しマシになったと分かった瞬間元気になるあたり現金だよなお前。あと離れろって、もう十分だろ」


 柔らかい感触を密かに楽しんでいたが流石にばれていたようで顔を赤くしたヒカリに引き剥がされる。うん、僕はカプ厨だがそれはそれとして普通に女の子が好きなのでおっぱい揉める機会があるなら揉みに行くタイプだ。


「それじゃ早速行こうか。アリシアも一緒に来る?忙しくなければだけど……」

「えっ?いいん、ですか?ヒカリさんと二人で回っているものとばかり思ってましたが……」

「二人じゃねーって。セバス師範だっているし」


 気配を消していたセバスさんが手を振ったことでようやくその存在に気付いたのか、アリシアはびっくりしてひっくり返って椅子から落ちた。


 セバスさんの気配遮断の仕方はもう暗殺者とかそういう道の人間としか思えないがニコニコとした人の良さそうな顔からはそういう経歴は全く漂ってこない。


 ゲームではいなかった人だもんだからどういう風に接すればいいのかまるで分らないんだよなぁ。紳士みたいな感じでいい人そうではあるんだが。


「っと、はい。立てる?怪我とかしてない?」


 なんてことをセバスさんを観察しつつ考えながら椅子から落ちたアリシアに手を伸ばす。彼女は基本的に心優しい聖女としてあろうとしているのだが本質はかなりのさびしがり屋、かつ結構なドジっ娘だ。


 なのでこういう風になることも少なくない。うん、実際にいると何というかあざとすぎるというか可愛すぎるというか。


 ただカプ厨の本能がヒカアリこそ至高と囁いており、それをボク自身心の底から同意しているので彼女とどうこうなる気は欠片も湧かないんだよね。


 それはそれとして、『剣王』と『聖女』はセットだ。『王戦』においても彼女の役割は非常に大切であり、そうでなくても常日頃お世話になる立場。


 言い訳をつらつらと並び立てたが結局のところ僕が彼女に手を差し出すのは何ら不思議じゃないという事であって。だから背中に鋭い眼光を突き立てるのはやめてくださいヒカリさん。


「あ、ありがとうございます剣王様。ちょっとびっくりしちゃって……」

「いいよいいよ。いきなりいないと思ってた場所に人が現れたらびっくりするって」


 差し出した手を掴んでくれたのでゆっくり引き上げる。一応酒場で体力仕事をしていたので一気に引き上げることは可能だが、それでラッキースケベを起こした日にはヒカリからどんなおしおきを受けるか分からない。


 つい先ほど彼女の胸を掴んでしまったばかりなのに続けてそんなことが起きたらわざとだと判断されることは間違いない。


「あ、それと僕のこと剣王様って呼ばなくていいよ。そりゃ公式とか必要な時はしょうがないかもしれないけど昨日みたいに気楽に呼んでくれた方が僕としては嬉しいし」

「えっ、でも……」

「そこのメイドなんてメイドな部分見た目だけでそれ以外は今までと何にも変わってないしさ」

「何も変わってなくて悪かったな。お前が王様だなんてすぐに認識できるかよ」


 そりゃそうだ。僕自身未だに実感が湧かなくてふらふらしてるのに、ずっと一緒に育った幼馴染がすぐに適応し始めたらそれこそ怖いし泣く自信がある。


 だからヒカリには言わないけど対応が変わらないことに関しては本当に感謝してる。一人ではないと思えるのは気持ちの上で本当に救いになると実感していることだ。


 そうは言ってもデプロン大臣や騎士団長、セバスさんのような剣王になってからであった人達が僕のことをそういう風に扱うのは仕方ないと思う。


「僕は弱いから一人だと寂しくてダメダメになるからさ。数少ない「剣王になる前の友人」にはそういう風に接してほしいんだ。これは僕の我儘だから、聞いてくれるとありがたいな、うん」


 無理ならしょうがないけど。そう続けたが、僕の手を握ったままの彼女はどうやらその申し出を引き受けてくれたようで。聞こえるか聞こえないかギリギリの声で「トーマさん」と呼んでくれた。


 彼女には昨日ぶりに呼ばれた名前だったが、やはり剣王様と呼ばれるよりずっとしっくりくるし居心地もいい。


「よし、とりあえず騎士団長に会いに行こう!!これから鍛えてもらうんだから失礼な姿は見せられないしビシッと決めるよ!!!」

「はい!!トーマさんならきっと出来ると信じます!!!」

「信じない方がいいぞー。コイツ調子に乗ると必ず失敗するし、冷静とかとは全く縁のない馬鹿だから」


 僕をクールとは程遠い存在と言ったか?全く、僕ほど冷静かつ広い視野を持つ者はいないというのに。


 いいだろう、ヒカリの予想を裏切って僕は騎士団長と最高のファーストコンタクト(本当はセカンド)をこなして見せようじゃないか!!!









「ほら団長、じっとしてください。もうすぐ陛下がいらっしゃるとのことですよ。それなのにそんなぼさぼさ髪で……陛下に見られたら笑われてしまいます」

「う、ぬぅ……。それは分かったが、騎士達の目の前で髪を整えるのはやめてくれないか」

「駄目です。団長が朝からちゃんと準備してきてくれればこんな事する必要もなかったんですから。はい、もう少しで終わりますからそれまでに陛下に対する挨拶と説明する内容を覚えてくださいね」

「エーリカ団長補佐、卿は私の母親か何かか?」

「遥か年下の団長補佐に母親とか言いだすのやめてください。私はまだまだ若いんですから」


 尊い、尊過ぎて涙が自然と流れ落ちる。滝のように流れるのではなく、静かに、木の葉から落ちてこぼれる雫のように。


 しっかり者の委員長系年下美女と、それに押される無骨だけど地位のある偉丈夫の姿からしか得られない栄養素は確かにある。そしてそれを僕は摂取することが出来た。


 これほどまでに幸福なことがあるだろうか。いや、ない。


 いやまぁないと言っても他のカップルを見ることでまったく別の栄養素を得られるから同格の幸福はあるんだけどね?


「だから言ったろ。コイツは絶対に間違いなく変人で、まともに取り扱おうとしたら心折れるって」

「あ、あははは……」


 そんな失礼な言葉も今の僕にはまるで届かなかった。ただ目の前でイチャコラしてる二人を見ることで忙しかったからね。


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