3時間20分での出来事
「ステラ、僕たち別れよう」
定期的に行われているお茶会にて、婚約者のアランから耳を疑う言葉が発せられた。
「えっ…アラン?どういうこと?」
混乱する頭でどうにか聞き返すと、信じられない答えが返ってきた。
「君といても正直楽しくないし、ときめかないんだ。何を言っても君は肯定しかしないじゃないか。しかも僕より成績が劣るのも相応しくないと思ってね。その点、アメリアはとても賢くて可愛いし、二人でいるととてもドキドキするんだ!それにー…」
うっとりと頬を染めて聞いてもいないことを長々と語るアランに、逆に冷静になってきた。
しかも、アメリアの体は女性らしくて柔らかいだの、二人で過ごす時間があっという間にすぎるだの…自ら不貞をしてましたと告白していることに気づいていない様子。
今までなんでこんなやつを好きになろうと努力していたのか。
婚約者として、頑張っていた日々を否定され怒りが込み上がってくる。
「エマ」
「はい、ここに」
私は控えている侍女を呼び、例の物を受け取るとアラン様へと向き直る。
「アラン様。アラン様のおっしゃっていることはよくわかりました。本日の私とアラン様のやりとりはこちらに録音してあります。私という婚約者がありながら、アリシア様?と言う方とお過ごしになっていた。しかも聞いてもいないのによくもまあ、不貞行為と取られてもおかしくないことを暴露してくださって…こちらの録音機を両家当主に提出をし、婚約の破棄を進めましょう。」
コトリ…とテーブルに置いたのは小型の録音機。
顔を青くするアランは、口をパクパクさせている。
「一つ、いえ二つほど訂正させていただきますと、私があなたのいうことに肯定しか返さなかったのは、3年前に『反論をするなど淑女のすることではないね、君は肯定だけしていればいいんだよ』とあなたに言われたからです。あと成績のことですがこちらも『僕より成績がいいなんて、婚約者である僕に恥をかかせるつもりか!?』とあなたが喚き散らしましたのでそれ以降、成績が低くなるように調整しておりました。」
もうこの場に用はない、と録音機をエマに渡し、席を立ち上がる。
「それでは、もう二度と私の前に現れないでくださいね、クズ野郎」
****
ガタガタッ
私は今帰りの馬車の中。
スプリングが効いた席に座り、膝に乗せたクッションに突っ伏していた。
「お嬢様、最後の捨て台詞最高でしたわー」
向かいに乗っているエマがいい顔でサムズアップしている。
一見、いかにもできる侍女!風な見た目のエマは私と二人になるとなかなかに気の抜けた雰囲気になる。
そんなところも好きなのだが。
「ちょっ…今になっていろんな感情が押し寄せてきて余裕がないの。勘弁して…」
あんなやつを好きになろうと努力していた自分。
数年間肯定しかしていなかったアランに言い返したこと。
淑女教育では、決して汚い言葉を使わないようにとされてきたのに、最後に言い放ってしまったあの言葉。
なんだか、気持ちが高揚しているのか、恥ずかしいのか、怒りなのかなんなのか。
無性に叫びたい衝動を抑えるためにクッションに顔を押し付けたそのままの状態で自邸へ帰ると、腰がバキバキに固まってしばらく動けなかった。
クッションは私の顔の形に化粧の跡がついてしまい、ランドリー行きになった。
ごめんなさい。
コンコン
「お嬢様ー、お腰の具合はいかがです?」
固まった腰を伸ばしながら自室で休んでいると、エマが声をかけてきた。
「ええ、もう大丈夫!よくなったわ!」
「それはよかったですー!それでですね、1時間ほど前からお嬢様にお客様が来ておりまして…」
「は!?」
えっ、1時間前!?1時間前って屋敷に帰ってきた頃じゃない!?
なんで早く教えてくれなかったの!?
プチパニックを起こしている私に、「私もお客様も、お嬢様のお腰が第一ですのでー、ちゃちゃっと準備しましょうー」と待たせていることを気にしていない気の抜けた様子で準備をしていくのだった。
****
「お待たせして申し訳ございません…!ってリチャード?」
「よう!久しぶりだな!」
廊下を競歩並みに急いで進み到着した客間には、見知った顔がいた。
リチャード・ハンス。
ハンス伯爵家の次男で、私の家であるルーゼル子爵家と隣り合わせに領地を持っているため、幼い頃からよく一緒に過ごしていた、いわゆる幼馴染のような存在だ。
「どうしたの、いきなり来るなんて珍しいわね。なんか急いで損したわ」
競歩ってふくらはぎにくるのよ、全く!
「そんなこと言うなよー!婚約者に婚約破棄をつきつけたって聞いたから来たってのに…」
ぶーと文句を言い垂れるリチャードにため息をつきかけて、止まった。
「え…ちょっと…なんでそのこと知って…お父様にだって、帰宅されてから話そうと思っていたのに」
お茶会が1時間。
帰宅に30分。
腰を休めるのに1時間。
身支度に30分…
お茶会から、たった3時間しかたっていない。
そしてまだ誰にも言っていないのに、なんでリチャードは知っているのか。
「俺の情報収集力を舐めてもらっては困る!」
ドヤァと擬音がつきそうな態度に少しイラッとして、向かいのソファに腰を下ろした。
「で?そのことでなんの用なのよ?まさか慰めにでも来てくれたの?」
「なんで慰めなきゃなんないんだよ?むしろ喜ばしいことだろ?」
確かに、婚約が破棄になることに対して特にショックを受けたり、傷ついたりはしていないが、喜ばしいかと言われれば微妙である。「あのねぇ…」と呆れつつ言い返そうとした時。
「ステラ、俺と婚約しよう」
…いきなり何を言っているのだこの男は。
「なんでそうなるのよ!?」
「なんでって、俺がステラを好きだから」
「なっ…」
まっすぐ伝えられる好意に思わず顔が赤くなってしまった。
「ずっとステラが好きだった。なのにお前はあのバカの婚約者になってしまって…俺がどれだけ悔しい思いをしたのか知らないだろ?」
そんなの知らない。
だってリチャードは幼馴染で、友達で…
考えれば考えるほど、意識すればするほど頭が混乱し顔が赤くなった。
「だから、まずはあのバカのことを徹底的に調べ上げたんだ。性格とか趣味趣向、苦手なものその他色々…」
…うん?
「んで、ステラが蔑ろにされる未来が容易に予想できた。実際、あいつに理不尽な言葉を散々浴びされていただろ?だからあいつの好きそうな女性をそれとなく紹介してみた。」
…え?
「そこからあいつの有責になるよう証拠を集めながら、いつ婚約破棄になってもいいように準備してたんだ。」
…なんと…
「今日、やっと婚約破棄になると報告を受けて、ルーゼル子爵に早馬で証拠品と婚約破棄書類、あと俺との婚約書類を送りつけてサインしてもらってきた。」
パサり…とテーブルに書類を広げる。
「証拠品を同封していたから、子爵は快くサインしてくれたよ。」
なぜだかわからないけど、リチャードの笑顔が怖い。
「ステラは俺のことが嫌いか?」
捨てられたジャーマンシェパードのような瞳でみないでほしい…!
「別に嫌いとかそんな……えっと、これが書類よね!!」
眼差しに耐えきれず、苦し紛れにテーブルの上の書類を手に取り目を滑らせる。
なになに?
婚約破棄に同意する旨云々、慰謝料云々、証拠品(録音機、云々)…
ん?録音機?録音機ってアランと会う際に持つようにしていたあの録音機のこと?
なんで今日のさっきで証拠品として提出されているの?
と自問した答えは振り返ったすぐ後ろにあった。
「エマ!?あなた…!!!!!」
「お嬢様の幸せは私の幸せですので!」
キリっとした表情で言い切るエマに唖然とする私。
「ああ、彼女はステラの身を守るために俺が送り込んだんだ。今ではステラに忠誠を誓うただの侍女だけど。」
「!?」
「お嬢様と過ごすうちにお嬢様に尽くしたくなってしまいましてー」
二人でいるときのような抜けた雰囲気で微笑むエマに心がジーンとした。
…ってちょっと待って。
と言うことは、エマはもともとリチャードの手のものなの!?
だからこんなスピードで物事が進んだのか、とクラクラする頭をそのままに半ば諦めモードで納得した。
少し冷めた紅茶を飲み、一旦冷静になって考えてみる。
婚約破棄をされて数時間で次の婚約なんて知れたら、社交界のかっこうの話題になってしまうのではないか。
そうなると私だけでなく、リチャードにも迷惑がかかる。
私が口を噤んだままでいるとリチャードはテーブルを回り込んでひざまづいた。
「ステラは、醜聞を恐れているんだろ?大丈夫、そっちにもすでに手を回してあるよ。ルーゼル子爵家にも、もちろん俺にも何も問題はない。他に気になることは?」
なんだこの仕事?の速さは…
見上げてくる瞳に目を合わせる。
ああ、この人の瞳は深い海を思わせる綺麗な蒼なんだな、なんて考えている自分に急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「そっ、そこまでしてくれてるなら…もう何もないわ…」
恥ずかしくて恥ずかしくて、そんな言葉しか出てこない。
「なら、俺と婚約しよう?ステラ」
差し出されたリチャードの手に自分の手を重ねると、その手の大きさと固さに心臓が跳ねた。
「しっ、しかたないから婚約してあげるわ…!」
「ああ!」
嬉しそう顔を綻ばせながら、リチャードに抱きすくめられた。
身支度を終えてリチャードに会ってからたった20分しか経っていない。
つい3時間20分前までアランの婚約者だったのに、こんなにすぐリチャードと婚約することになるなんて、私って軽い女なのかしら…
「ステラは軽い女なんかじゃないよ?俺が重い男なだけ」
「え!?口に出てた!?」
「いや、顔に出てた」
リチャードを睨みつけてもクスクス嬉しそうに笑うだけで効果がない。
まあ、いいかと全身で私を愛してくれているこの人に身を委ねた。
その後、仕事を終えて帰宅した父に元婚約者のことについて泣きながら謝罪され、婚約破棄の手続きは滞りなく終えたことを告げられた。
もともと父が勝手に決めた婚約だったのでその負目があったのだろうか。
どうかリチャードと婚約してくれと土色の顔で泣きついくる父に、あぁ彼が何かしたんだなと悟った。
それから、リチャードに散々甘やかされ若干引くほどの愛情を注がれることになるのだが、幸せなのでよしとする。
end




