8.聖剣変形
『聖剣変形! ウィーザルソード』のイメージソングです。
https://youtu.be/nRqwwPUePvY
「殊勝じゃないか、自分から、聖剣で素振りしたいなんて」
私は、借りた聖剣で素振りをしながら歩きます。
「ソウは言いましたよね。力は筋力と魔力と気力の組み合わせだって。いくらなんでも気力だけでは、限界があります。やはりまずは筋力を鍛えなければ」
魔力は理屈がわかりませんので、どう鍛えればいいかもわかりません。
ただ筋力は単純です。
負荷をかけて鍛えるのみです。
筋力で、腕が太くなるのは、少し嫌ですが、亡者に殺されるのはもっと嫌です。
筋力で、100回振ることができるようになれば、気力で1000回振れる気がします。
聖剣はかなり重いので、鉈なら、もっと振れる気がします。
護身用の剣なら、紙のような軽さに感じるでしょう。
敵に襲われてから無力を嘆くぐらいなら、やれるときに、できることをやっておいたほうがいいでしょう。
「振る瞬間、もっと足腰に力入れてみろ」
ソウがアドバイスを投げてきます。
「はい!」
私は、言われた内容をよく考えてみます。
今までは、振ることばかりに気が向いていたので、足運びにも意識を向けます。
聖剣を振った瞬間、足腰に力を入れてピタリと止まると、聖剣だけが勢いを増して振り抜くことができました。
しかも、ほとんど腕に力を入れていません。
力が分散し、これならばもっと長期的に戦えそうです。
私は今の感覚を忘れないように、何度も振ってみます。
ソウは私が自発的に、トレーニングしていると勝手にアドバイスをしてくれます。
ほんの少しだけ。
一段だけ階段を上るような、最適な一言。
体は常に悲鳴を上げていますが、少しずつ強くなっている気がします。
私が気合いを入れ直すと後ろから視線を感じました。
振り向くと、旅に同行している女の子が訝しげな顔をしていました。
「あんたたちの関係はいったいなんなの? 見た目は、お姫様と冴えない従者って感じなのに、会話は逆だし」
「ははは、そうですよね」
私は乾いた笑いが出てしまいます。
私は、今の関係性に違和感を感じなくなってきました。
完全に主従が逆転してしまっています。
今の関係を言い表すならば、
「ソウとの関係は師弟でしょうか。ソウは私の師匠みたいなものです」
「師匠か、それは悪くないな」
師匠と言われてソウも悪い気はしてなさそうです。
「小娘、お前も、護身術ぐらい身につけとけ。すぐ死ぬぞ」
女の子はむすっとしました。
「小娘ってやめてくれない。あたしにも、クミースって名前があるんだから」
「名前なんてなんでもいいだろう。お前は俺様達の名前を覚えているのか?」
「それは、知らないけど」
「そういえばちゃんと名乗っていませんでしたね」
聞かれたことがなかったので、うっかりしていました。
お互い様ではあります。
今まであわただしかったので、ここらで落ち着いて自己紹介するべきでしょう。
「あらためまして私の名前はニルナ・サンヴァ―ラです」
私は、名乗って一礼しました。
「ソウにも、ファミリーネームを名乗ったのは初めてでしたね」
「ふん。まあ、ファミリーネームは知っている」
「サンヴァ―ラってこの国の王族の苗字じゃなかった?」
「ええ、そうですよ。私王族ですから」
ソウも、王族のファミリーネームは知っていたのでしょう。
伝統的な名ですから。
「マジでお姫様なの? 嘘でしょう。もしかしてあたし不敬罪?」
さっきのは冗談だったのですね。
つまり、今はお姫様には見えないということでしょうか。
それは、かなりショックです。
ただ、今では、
「不敬罪にできる権限なんて私には、ありませんよ。それに王族は……」
そこまで言いかけて、また腐臭を感じました。
辺りを見渡すと荷車を引いた冒険者達が襲われています。
ゾンビが10体。
数がそこそこ多いです。
ソウは鉈を構えました。
「聖剣は、お前が使え、一気に倒してしまうぞ」
「わかりました」
私は力を込めて、聖剣を握りしめます。
気持ちを込めてゾンビを見定めます。
腐肉を纏い、混濁した瞳で迫ってきても、もう怖くはありません。
倒します!
心から想いが沸き上がった時です。
カシャン
「えっ?」
聖剣が音を立てます。
今回はしっかり聞こえました。
何の音かよく分からず、しっかり聖剣を握りしめました。
カシャンカシャンカシャンカシャン。
「えっ? えっ? えっ?」
音が鳴りやみません。
なんというか、剣がどんな形を取ればいいか悩んでいるようです。
「しっかり、気持ちを込めろ!」
ソウの声に私は聖剣に向かって叫びました。
「はい!」
私の声に反応したように、徐々に聖剣の形が細身のものになっていきす。
カシャカッシャン! ジャッキーン!
「ええええぇ。変形したのですが」
盛大な音を立てて、聖剣が変形しました。
鳥の羽のように軽い片刃の剣。
刃は極限まで薄く透き通るようです。
まるで私が、いくらでも振りたいと願った形を、体現したかのような形状です。
ソウが魔力を込めたような感じはしませんでした。
そのかわり、私の中から湧き出るなにかを剣が吸い取っているようです。
もしかしてこれが……
私の魔力?
あまりの出来事に呆然としている私にソウが言います。
「聖剣変形使えるようになったのか。最適化はできるようになったようだな」
最適化――つまり、私のための剣ということです。
「いきます!」
私は一歩を踏み出します。
剣だけでなく足も軽くなったように、音もたてずに大地を踏みしめます。
まるで体が風になったようです。
シュッ! スパーン。
一瞬で、ゾンビに迫ると、ゾンビの首を跳ね飛ばします。
今まで何度も繰り返した剣筋が見えます。
ザシュッ! スパーン。
自分が振っているとは思えないほど、剣の軌跡は空中に美しい軌道を描きます。
シュパッ! スパーン。
疲れはきません。剣を振るうたびに集中力は増していき、剣の速度はあがっていくようです。
ギュッ! シュパッ! シュッ!
スパーン。スパーン。スパーン。
ゾンビはなすすべもなく、首を飛ばしていきます。
戦いに役に立たないと思われていた社交のための舞踏すら、剣を優雅に振るうための力になります。
シュッ! シュッ! シューン! ザシューン!
スパーン。スパーン。スパーン。 スパーン。
私はあっという間にゾンビを倒してしまいました。
ソウは、私が首をはねたゾンビの手足を切り落としています。
もうゾンビは動く気配もありません。
「やりました!」
私の完全勝利です。
やりきりました。
わたしだって、やればできるのです。
「大丈夫ですか」
振り返って冒険者たちにそう言った瞬間体から湧き出る何かが切れて、聖剣がカシャカシャ音を立てながら、元の形に戻ります。
どうやら気が抜けて、魔力が切れたようです。
未熟です。
この程度で、魔力が切れてしまうとは……。
私は、その場にへたり込んでしまいます。
まあ、もうゾンビは倒し切っていますから……
そう思った瞬間、私の頭から大きな麻袋をかぶされました。
「へっ?」
私は、想像もしていなかった出来事に、間抜けな声を出してしまいます。
「おい! ちょっと待て」
ソウの声が、袋の向こう側から聞こえてきます。
根菜類のように私は、荷台の上を転げながら、どこかへ連れていかれます。
私は誘拐されてしまったのでした。