21.起床
僕は唇をニルナ様から離した。
「くかー」
相変わらずニルナ様はおやすみしていた。
よだれをたらして、むにゃむにゃ寝言もいっている。
「寝とるの」
「寝てますね」
僕はガックリうなだれる。
普通に考えて、ロマンスブレイカーのニルナ様がキスなんかで起きるはずがなかった。
「なんでもできるんじゃなかったのかの?」
「魔法を使えばの話ですよ」
魔法で解決できないことに僕は無力だった。
もういいか。
普通に起こそう。
僕は抱き起こすと、声をかけた。
「ちょっとニルナ様、起きてください」
僕は揺すって、ペシペシ頬を叩いた。
「んー、お母様あと五分」
「だれがお母様ですか」
ニルナ様の親族はみんな死んでるんですけど……。
さらに強く揺すると、ニルナ様は反応した。
「ん? ああ」
パチリと目を開けすくっと立ち上がる。
バンと腰に手を当て仁王立ち。
右手を元気に手を挙げて。
「おはようございます! よく寝て元気いっぱいです!」
「……」
「……」
いつも通りのニルナ様に僕とルーンさんは絶句する。
僕とバッチリ目があった。
「うわぁあああ、フィルク」
ニルナ様は叫び声をあげた。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
「どうしてなんですかね?」
なんかニルナ様がすごいピンチだって聞いて来たはずなのに、いつも通りなんですが?
「ニルナや、お前さん意気消沈して、ヨウキに乗っ取られたんじゃないのかや?」
僕の代わりにルーンさんが聞いてくれる。
「意気消沈? 私がですか」
不思議そうに、首を傾げる。
「あっ。そうだ」
思い出したように、首を確認する。
「えーと、首つながってますね。霊魂な感じもしません。よかったよかった、やっぱりおばあ様がなんとかしてくれたんですね!」
「やっぱり? なんとかとはなんじゃ?」
「レインリーの勇者と戦ったんですけど、魔力使い切っちゃって、連日の睡眠不足でもう眠くて眠くて、ロープ引きちぎる元気も出なかったので、思い切ってパリィ解いて、お休みしました。どうせおばあ様が悪巧みすると思っていたので、よかったです!」
「な、なんじゃと……じゃあ、ヨウキに操られたのは、ニルナの狙い通り?」
「まあ、ヨウキおばあ様は本当に助けてくれるかわからなかったので、死ぬ覚悟もちゃんとしましたよ! でも、やっぱりヨウキおばあ様も操る体が無くなるのは、困るでしょうから、思った通り助けてくれましたね」
「じゃとすると、わらわの苦労はいったい……。ニルナは呑気にぐーすか寝てただけなのかや?」
「いやだなーもう。ぐーすかなんていわないでください。すやすやと言ってください」
クミースさんですら、あんなに深刻だったのに、この人、処刑台のうえでのんきにお昼寝してただけなんですが。
どんな神経してるんだ。
ニルナ様は、胸からペンダントを取り出すと、首を傾げます。
「あれ? おばあ様いませんね? どこ行きました?」
「冥界に帰っちゃいましたよ」
「もう。挨拶もなしに勝手ですね。あ、もしかしてもう世界征服おわっちゃってますか?」
「いや、そこまでは、王都民はみんな洗脳されてしまったみたいですよ」
「ふう。その程度で済んでよかったです!」
その程度?
その程度でいいのだろうか?
かなり大事だぞ?
「そうそう、フィルク聞いてくださいよ。なんだかみんな私がゾンビ一人でやっつけたことも知らなくて」
「それはまあ。僕ですらニルナ様が、魔女を倒したのは知っていましたが、王都軍が全滅してるのは知りませんでしたよ」
「城には私しかいませんのに」
「まあ、城の中をくまなく探したのは僕ぐらいですよ」
「そうかもしれませんが、みなさんものすごく怒ってますし。プンプンなのはこっちの方です!」
褒められると思っていたら怒られた子供の反応だ。
「殺せ、殺せの大合唱も、ニルナにとっては、ちょっと怒ってる程度なんじゃな」
「えっ。だって捕まりましたけど、手だけロープで縛られただけでしたよ。元気なら引きちぎれますし」
「ああ、もう糸どころかロープも引きちぎれるんですね……」
肉付きは健康的だけど、普通の女性の太さの腕なんだけどなぁ。
どうなってるんだろう。
「足は自由なので、簡単に蹴り殺せますし、本気なら足もしばってもらわないと」
もはや全身凶器かなにかか……。
「痛かったのじゃ……」
ルーンさんは涙目でお腹を押さえている。
ヨウキ様に相当いたぶられたらしい。
「ということは、なにも諦めてないんですか?」
「いえ、もう一人で政治頑張るのは、諦めます! 私に向いていません」
「こやつ、全く反省しとらんのじゃ」
「反省はしました。自分でできないものはできません。諦めるなとソウには教わりましたが、諦めも肝心です。苦手なことを一人で頑張るのは無理です。ということでフィルク、どうにかしてください!」
ルーンさんは、頭を抱えている。
その気持ちはよく分かる。
さっきまでは無茶苦茶なご先祖様だと思ってたけど、
ニルナ様は群を抜いて無茶苦茶だ。
ルーンさんが、集大成だと言っていた意味が分かる。
まあ、それでこそ、僕の好きなニルナ様だ。
「でも、その前に、僕に言うことがあるんじゃないですか」
「ああ、そうでしたね。ごめんなさい、フィルク。許してくれますか?」
シュンとして上目遣いで僕を見ながら言うニルナ様。
可愛い。
でも、そうじゃない。
「違いますよ。別にニルナ様は悪いことしてないでしょう」
「私はフィルクを追い出して」
「追い出されましたが、帰ってくるなとは言ってないでしょう」
「確かに、そうですね」
「じゃあ、なんていうんですか」
「フィルク、お帰りなさい!」
ニルナ様は、とびっきりの笑顔で言った。
「はい。ただいま帰りました」
僕もとびっきりの笑顔で返した。
「では、仲直りもしたところで、おばあ様の魔法解かないといけませんね。一人一人パリィして回りますね」
それはさすがにめんどくさい。
「僕がまとめて解きますよ。そうですね。たまには一緒に魔法使いましょうか」
「一緒に?」
「僕の研究だと、魔法とは異界の神の力を引き出す術のことです。自分の主神との関わり、魔力の性質、魔導具の術式、全てが嚙み合わないと魔法は発動しません。発動させたい魔法は、僕の主神だとちょっと関係性が足らないんですよね」
「なに言ってるかよくわかりません?」
ニルナ様は、頭の上にクエッションマークがいっぱいだ。
「なに言ってるかわからないのに、聖剣変形させてるニルナ様の方が、僕にはふしぎなんですけどね」
「魔法は気合いです!」
「旧サンライズの魔法はそんな感じですもんね」
強い願いが奇跡の力を生み出す。
確かにそれだけわかっていればいいのかもしれない。
『魔法が使えればなんだってできる』
そう思い込むことが魔法の第一歩なのだから。
今日もまた魔法を使おう。
みんなのために。
「ニルナ様は、僕と一緒に魔杖を握ってくれればいいですよ」
「はい!」
「では、初めての共同作業といきましょうか」




