16.領主
僕が地方の領主に就任して数日後。
道がふさがれ立往生している馬車がいるとのことだったので、僕はミーユと一緒に急いで救助にむかった。
大きな木が横倒しになって道を塞いでいた。
「これはいけない」
僕は自前の魔道具であるマフラーに魔力を込める。
魔布変形「捕らわれの姫君」
布は、自在に動く、銀色大きな鎖と化した。
瞬時に、大木に鎖は巻き付くと、力任せに道のわきにへとどかしていく。
「ありがとうございます。領主様」
礼に僕は笑って見せる。
「感謝なら、僕をこちらに寄越したニルナ様に」
「女王様のことですか?」
「はい。そうですよ」
「会ったことありませんが、素敵な方なんですね」
「その通りです」
僕は、長々とお礼を言ってくる、領民に手を振った。
「ああ、癖でやっちゃった」
もうニルナ様、イメージアップ大作戦なんてやらなくていいだろうに。
僕は頭を振る。
「この国の王がいい人だって、信じている方が幸せだよね」
僕の気持ちなんてどうでもいい。
領主なのだから、領民が幸せに過ごせるのであれば、それでいい……はずだ。
僕は、細かい木片もアンドロメダチェーンを使って片づけ始めた。
見ていてくれていたミーユが声をかけてきた。
「手伝うことない?」
「大丈夫だよ。魔法を使えば簡単だからね」
「変わったね。フィルク、昔は人助けは、影からこっそりやっていたのに」
「まあ、もう王都で目立つのはなれたよ」
ニルナ様が、何か言う度に僕は王都中を走り回って、いろんな人の話を聞いた。
ニルナ様は、『いい感じ』としか言わないので、まずその『いい感じ』がいったいなんなのかみんなに教えてもらう必要があった。
教えた要望が叶えば、人々も僕が何かしたのだと思うだろう。
裏からこっそりというのは、流石に無理がある。
「それに今は領主だからね」
「ふーん。そうなんだ。私だけが、カッコいいフィルクを知っているのもよかったんだけど」
昔から、ミーユの前では、いろいろ話してしまっていた。
魔法のこと。
人々を陰ながら助けたこと。
世間から認められたいとかいう承認欲求は、僕は低かった。
それでも僕も男の子で、好きな女の子の前では、かっこつけたかったということだろう。
そこだけは昔からあまり変わっていないのかもしれない。
「さて、早く終わらせて、戻って仕事しないとね」
「この後も仕事するの?」
「今日はまだ何もしてないよ?」
「あいかわらず、人助けは、仕事にはいらないのね」
ただのボランティアだろう。
お金には、恵まれている。
だから、お金が幸せということにはならない。
「みんなの幸せが僕の幸せだよ」
「フィルクらしい」
ミーユが笑ってくれた。
僕が守りたいのは、その笑顔だった。
◇ ◇ ◇
僕は片づけを終わらせて、軽く伸びをした。
鎖を元のマフラーに戻していると、ミーユが驚いた顔をして、遠くを見た。
「なに、あれ?」
突然、見覚えのある乗り物が突撃してきた。
「ああ、大丈夫。知り合いの乗り物だ。でも、どうしてこんなところに?」
こっちに向かって進んできていたのは、魔導戦車。
クミースさんの乗り物だ。
「知り合い? フィルクの」
王都では、すぐ追い出されてしまったので、
ゆっくり知り合いを紹介する暇はなかった。
僕が説明する前に、魔導戦車は僕らの隣にやってきて、停止する。
「フィルク! いた! よかった」
クミースさんが、魔導戦車から飛び降りてきた。
「フィルク乗って!」
「急にそんなこと言われても、どうしてこんなところに?」
「フィルク、ニルナを助けてあげて」
「僕は、追い出されて……それに、僕がやらなくても、みんなもいるでしょう」
僕なんかいなくても、レザ君たちもいるし、ルーンさんもいる。
「レザ君たちが、昔、盗賊団してたの知ってるでしょう」
「まあ、僕が、損害賠償処理したし」
「王都はいろいろ噂になって大変になっちゃって、アステーリに行っちゃった」
「そうか、気になっちゃったか」
噂の方は、実は結構昔からあった。
僕が、レザ君たちの人の好さで、ひとつづつ噂を相殺して回りながら、レザ君たちの耳に入らないように気を付けていた。
僕ですら、補助関係の手配の仕方に偏りがあるなどと、いろいろ言われたりする。
正直、誰からみても、平等にするなど絶対無理だし、気にしていてはなにも行動できなくなってしまう。
批判を気にするより、味方をいかにして増やすかの方が大切なのだ。
「もう少し、政治についても教えてあげればよかったね。でもルーンさんはいるでしょう」
「ルーンは、ストークムスの応戦にいって」
「ストークムス?」
僕は、ストークムスの方角を月の瞳で確認する。
「なっ?」
大規模の魔力の動きが確認できた。
怪我もさせずに、勇者を追い返したから、しばらくは動きはないだろうと思っていたのに。
随分、好戦的な国のようだ。
「ルーンは、自分一人でどうにかするって言ってたけど、ニルナのために、無理してたの丸わかりだし……フィルクがいなくなってから、ニルナも余裕はないし。ねぇ。王都に戻ってきてよ。フィルクはニルナに追い出されたって、ニルナのこと、ざまあみろ、なんて思う人じゃないでしょ」
「それは……」
帰りたい。
帰るわけにはいかない。
僕の中に、矛盾した気持ちが渦巻いている。
「私じゃ、なんにもできないわ」
クミースさんが、いつものセリフを悲しそうに言います。
「そんなことは、ないよ」
女王という立場でも。
血まみれで剣を握る姿を知っていても。
戦う力も持っていなくても。
なんにもできないのに、なにも恐れず、友達でいてあげれることが、どれだけニルナ様の力になっているか。
僕は知っている。
クミースさんは、首を振った。
「一緒には、戦ってあげれない。同じ目線には立ってあげれない」
クミースさんは、すがるように僕の手を握った。
「あなたは違うよね。弱い振りしてるけど、本当は強いんでしょ」
「なにを根拠に……」
クミースさんの前で、戦って見せたことなんてないはずだ。
「初めて会った時から、ニルナに常識はずれだといい、ニルナに平気で言い返してた。ニルナが強いことを知ってて、強い証拠だわ」
「よく見てますね」
論理的じゃないなんて思っていたけど、
ものすごく論理的だ。
「それに、ニルナが弱い男なんて好きになるわけないわ」
「どうして……」
「あたしは、ニルナの親友だからね。わかるわよ」
論理性の欠片もなくなった。
「本当は、フィルクの方がわかってるでしょう」
昔、ニルナ様が僕に言ってくれた言葉を思い出す。
『私はあなたと結婚してもいいですよ』
心の中に響いてる。
何度だって。
「わかってますよ……」
愛してるなんて言うことができない優しいあの人の考えた、
精一杯のプロポーズだ。
僕はずっと保留にしたままだ。
いつか結論を出さないといけない。
「痛っ」
急に目に痛みが走った。
意図せずに、月の瞳が発動する。
ふと空をみあげる。
王都の方角から、巨大な二つの魔力の波動が放たれた。
「なんだ? ラグナロクとヒエログリフ?」
激しくぶつかり合っている。
魂を掛けるほどの強い魔力。
「ニルナ様、戦ってるか」
何が、起きているかわからない。
直接、この目でみないと、
じっとしていて、あとで後悔するわけないはいかない。
「行かないと」
僕は、魔力を羽ペンに注ぎ込む。
魔筆変形「翼のあるサンダル」
僕の靴に羽が生えた。
どこまでも高く飛べるどこにだって連れて行ってくれる僕の魔法。
「フィルク、行くの?」
心配そうに、ミーユが声をかけてきた。
「ミーユ……」
ミーユは、間違いなく僕の好きな女の子だ。
酷い話だが、それも、僕の本心。
好きな女の子には、ちゃんと話すべきだろう。
僕は、心を決めて、口を開く。
「前、仕事か、ミーユどっちが大切かって聞いたよね?」
「うん。それがどうしたの?」
「ミーユも大切だけど、僕はやっぱり、仕事の方が大切みたいだ」
「えっ?」
「出世してねって言ったよね」
「うん?」
「やっぱり男ならてっぺん目指さないとね」
僕はミーユを見つめる。
ミーユは月夜に綺麗に咲く花のようだ。
僕はいつまでも君を照らしていたいと思う。
だけど……
月は太陽がなければ輝けない。
僕にとっての太陽はニルナ様。
誰よりも、気高く、
自分の身すら焦がすほどの、赤く輝く太陽。
激しい光は、僕が一度受け止めて、みなに届けないといけないんだ。
「僕は、ニルナ様を助けるよ。最優先で」
ミーユが、手を振り上げた。
パシン!
「いた……」
僕の頬に痛みが走る。
ミーユは泣いていた。
「フィルクの本気がみたい……本気出せば、もっと偉くなれるよね?」
ミーユも、僕が、財務大臣だったことは知っている。
それより、上になることがどういうことかも。
「いいよ。ミーユがそういってくれるのなら、僕は全力を出そう!」
僕の胸の奥から、熱く熱く血潮が沸き上がる。
僕の辞書に今までなかった全力という文字が刻まれる。
僕の瞳が、青く青く澄み渡った。
「僕は、サンヴァーラの王になってみせる」




