7.村
墓地を見つけました。
丸いしに人の名前が刻まれたものが、たくさん置いてあります。
ただその石の前の土は、穴だらけです。
「まるでなにかが這い出たようですね……」
本当はまるででないことを知っています。
心の中では、なにが這い出たのか答えが出ています。
「ゾンビが出たあとだな」
ソウは、私が認めたくなかった答えを、あっさり言いました。
この辺りは、土葬の風習なのでしょう。
火葬が多い王都のまわりでは、スケルトンが多く、
この辺りではゾンビが多いのは埋葬方法が関連している気がしました。
それはともかく、
「答え言わないでくださいよ」
わざとわかっていて、答えをぼかしているのですから、気を使ってほしいものです。
「墓地があるのなら、村もあるだろう」
「そういう前向きな話はいいですね」
「村はあるだろうが、生きてる人間はいないだろうな」
「ああ、前向きじゃなくて、後ろ向きなはなしでした」
私はうなだれながら、ソウのあとをついていきます。
つらい現実ばかりです。
ため息が普通の呼吸になってきました。
ため息すると、幸せが逃げるといいますが、私には、逃げるほど、幸せが残っているのでしょうか。
◇ ◇ ◇
ほどなくして、予想通り村がみえてきました。
「こんにちは」
花を持った女性が私たちに挨拶をしながら、村を出て行きます。
予想とちがい人がいてほっとします。
「どこに行くのですか? 今、村の外にでるのはあぶないですよ」
「お墓参りに行くだけです」
「お墓は、荒らされてて……」
「毎日の日課なので」
私に一礼すると通りすぎていきます。
「いってしまいました……」
私はうまく説明することができず、引き留めることができませんでした。
荒らされたお墓についたら、泣いてしまうのではないでしょうか。
「村人いましたね」
「そうだな」
ソウはつまらなそうに返事をします。
「うわぁ。ゾンビだ!」
村の若者が騒いでいます。
私たちの向こう側を見ています。
振り返ると、ゾンビが一体私たちの後をおってきていました。
「ゾンビなんて初めて見たぞ」
若者が叫びました。
初めて?
どういうことなのでしょうか。
考えるのは後回しです。
大群で押し寄せてきたゾンビと違い、動きが遅い通常のゾンビです。
魔女の追手のゾンビは、殲滅しつくしたのはしっかり確認したので、
新たに湧いたのでしょう。
勘弁してほしいものです。
気が休まる暇もありません。
「おい。一体ならやれるな?」
ソウが私に指示を出します。
「はい!」
私はしっかり返事をすると、鉈を構えました。
動きがゆっくりです。
私は呼吸整えながら、しっかり見定めます。
横なぎに一線。
躊躇うことなく鉈を振るいます。
スパンと爽快な感覚でゾンビの首をはねとばしました。
「よし。慣れてきたな」
あれだけ大量のゾンビをみたのです。
もう一体ぐらいでは怖くもなんともありません。
私は念のため、四肢も切り飛ばしておきます。
どうも、ゾンビは、脳からの伝達で動いているようなので、首を落とすのが最も効果的。
ただ脊髄反射で、動き続けるので、四肢も切り落としておく、できれば焼くというのが基本の倒し方のようでした。
理屈も理解できて、行動もできるようになり、作業のようにしか感じなくなってきました。
ソウの言うとおり馴れてきています。
それがいいことなのかは、わかりませんが……。
「ありがとうございます。旅のお方」
村の若者が私の手をとり、感謝の言葉を言ってきます。
「いえいえ。これくらいどうってことはありません」
「なにかお礼をしたいのですが」
「いえ、そんな……それよりゾンビ初めて見たのですか?」
「あたりまえじゃないか。あんな化け物」
普通に暮らしていたようなので、初めて見たといってもおかしくはないのかもしれませんが……。
「おい。少し食べ物と水分けてくれないか」
私と違い、ソウは遠慮がありません。
「もちろんです」
ソウの要求に、若者は応じます。
ついていくと、定食屋に連れていかれました。
料理もふるまってくれます。
食料は置いてきてしまっていたのでありがたくもらうことにしました。
それはいいのですが……
家はまばらですが、それなりにあり、井戸の周りでは、村人たちが楽しそうに話しています。
穏やかに暮らしている良い村です。
良い村なのですが……。
「なにか変ではありませんか? あんなにゾンビが湧いたのです。ゾンビを見たのが初めてなんて」
「湧いたゾンビはみな魔女に操られて連れていかれたんだろう」
「いたとはいえ墓があんなになっているのですよ。おばあさんは毎日墓参りにいっているようなのに墓地の死体がみなゾンビになっているのに気づかないなんて」
「どうしてだと思う?」
ソウは答えを知っているようです。
普通の精神状態で、あの墓を見れば、何かおかしいと思うでしょう。
村人達はみな認識が狂ってしまっている。つまり
「村人全員死人ですか」
ソウは頷きます。
「正しくは半分はだな。残りは死人を蘇生した者だろう」
私達というこの村にとっての異物がいなければ、ゾンビがそばを歩いていても本人たちは認識がおかしくなってしまい気づかないのでしょう。
「ということは、また死人を殺さないといけないのでしょうか」
「本当はそうしたいところだが、これだけ多いと、死人と生者の区別をつけるのも至難の業だな。時間がない」
「瘴気をとめるため、死人は殺さなければいけないのですよね」
「もちろんそうだが、この村は後回しだな」
「皆殺しにするわけではないのですね?」
全員殺してこいと言われなくて、少しほっとしました。
「別に俺様も生者を殺したいわけじゃない」
父娘は、父親の方が死人の可能性が高いとソウはわかっていたのでしょう。
娘から殺せば悲惨だと初めから言っていました。
多分、この村の死人を殺すためにも、証拠を集めてまわらなければいけないのでしょう。
墓があったため、書かれている名前を調べればわかるかもしれませんが、
追手がかかっている今は時間がありません。
ただ……。
「ならなぜ、この子に死者蘇生を行うと極刑などと言ったのですか」
私はベンチに寝かされている女の子を見ます。
「そうでも言っとかないと、繰り返すやつがいるんだよ。なあ? 起きているんだろう?」
ソウがそういうと、女の子が体を起こしました。
むすっとしています。
「今のうち、食べておけ、ちゃんとした町までは送ってやる」
女の子は、そっぽを向きながらも、ご飯を食べ始めました。
「一度目は知らなかったという言い訳は認めてやる。ただし、二度目は許さない」
ソウは釘を刺すようにいいました。
「お前だって死人蘇生行ったんだ、やり方は知ってるだろう?」
死者蘇生の魔法陣を書き、その上に、人間の体の構成成分、水、タンパク質、ミネラルなどをそろえる。
準備は、新鮮な動物の死体を用意して、魔法陣の上にのせるだけでもいいのです。
あとは、復活するまで祈るだけ。
「簡単なんだよ」
ソウは忌々しげにいいました。
準備が多少いりますが、一日もあればできてしまいます。
才能もいりません。
「大切な人が死んだらつらい、もちろんそれはわかるが、死人を蘇生し、瘴気が増え、亡者が増え、それによって、不幸になる人間がさらに増える」
悪循環です。
さっきの若者が、若い奥さんらしき人と楽しそうに話しています。
幸せそうに見えます。
ただどちらかが死人なのでしょう。
二人が幸せであっても、世界はどんどん不幸な方向に転げ落ちて行っています。
「思った以上に、進行している。魔女は随分、復活してから、準備を念入りにしていたようだな。早く、冥界の扉を閉めないとな。閉めたからといって、死人が消えるわけではないが、少なくとも閉じてしまえば、新しい死人は生まれなくなる」
人間は弱いのです。
わが身が可愛く、他人、顔も見たことない人間が不幸になることまで想像はなかなかできないものです。
やってはいけないといっても、やる人間はいるでしょう。
根本的に解決するためには、できないようにするしかありません。
誰かがではなく私がやらなければいけないのでしょう。
自分の意思で決めて前に進まなければいけません。
「私が、冥界の扉を閉じます」
私はソウに宣言しました。
「少しはいい顔するようになってきたじゃないか」
ソウが私の顔を嬉しそうに見ていました。