11.混乱
「はっ?」
私は書類の山の中で、意識が戻りました。
どうやら、随分昔の夢を見ていたようです。
フィルクを追い出した私は、フィルクが残してくれていた書類を片付けていましたが、あまりの難解さに意識を手放していました。
もう一度、書類に目を通してみます。
予実差異分析?
景気動向指数?
物価上昇率?
金利調整表?
プシュー、チン。
頭が知恵熱ショートを起こしました。
なんにもわかりません。
私はフィルクが書いた、この三角の図形に数値がいっぱい書かれた物から何を感じ取ればいいのでしょう。
「どうすれば……辞書にも載っていない単語がいっぱいなのですが」
フィルクが編み出したとしか思えない単語だらけです。
「こうなったら……」
本当はいやですが、奥の手です。
「おばあ様、お願いします!」
私は、自身のパリィを弱めて、ペンダントをかざします。
自分の体の中にいたおばあさまが、私の体を乗っ取ります。
私はおばあ様に書類を見てもらいました。
『どうですか?』
「うーん?」
ヨウキおばあ様は、首をかしげています。
「ニルナ、これは試練でしてよ! 頑張りなさい」
『えっ!? おばあ様?』
おばあさまは、一瞬で引っ込んでしまいました。
「嘘ですよね!? ちょっと、手伝ってくださいよ!」
おばあ様は、うんともすんとも言いません。
いつもだったら、結構頑張らないと体返してもらえないのに。
もしかして、おばあ様より、フィルクが頭いいんですか!?
「こうなったら、直接要望を解決しましょう!」
私は要望書の山を直接引っ張り出してきました。
「えい!」
私は、簡単な要望に当たることを祈りながら一枚選びます。
『スラム街をよくするためにお金をください』
「なるほど、これは簡単です! お金をあげれば良いのでしょう」
そういえばこの間、同じような農地改革の要望がありました。
フィルクが解決してくれていたはずです。
「一応、フィルクの書類見ておきますか」
どっさり山ほど書類が出てきました。
「???」
なんで要望一行に対して対策書が十枚以上あるのでしょうか?
分析資料は、さらにおおいです。
「どこから読めば……」
途方にくれてしまいました。
山の間から、メモ紙が一枚落ちてきました。
私は、拾い上げて読んでみます。
『みなを笑顔にするためには、仕事の対価としてお金を与えるべし』
フィルクが書いたと思われる、メモが落ちました。
これなら意味が分かります。
お金が欲しいと言われたら、仕事を与えろということです。
要望と違うことをしていいのでしょうか。
それに、
「お金をそのままもらったほうが嬉しいと思うのですが……」
フィルクが対応している王都のみんなの顔を思い浮かべます。
「いえ、きっとフィルクがそういうのですから、そうなのでしょう」
つまり、仕事を考えないといけないということです。
スラム街の人たちができる仕事。
「仕事、仕事、仕事……」
プシュー、チン。
本日二回目の知恵熱ショートを起こしました。
「ま、負けません」
できると言った以上、苦手でもなんでもやるしかありません。
まだ、フィルクが出て行ってから、一週間もたっていません。
「泣きついて、謝ったら……」
きっとフィルクは戻ってきてくれるでしょう。
フィルクと一緒に、ミーユといった女の顔が浮かび上がります。
私の前でフィルクに抱きついて、親しそうに話す女。
私の中で醜い感情がグラグラ沸き上がりました。
あまつさえ、城に住みたいなどと言い出しました。
おもわず、私はフィルクごと追い出していました。
私は、あの感情に耐えられる自信がありません。
私は、玉座から立ち上がり、地団駄を踏もうと思いましたが、いまいち踏み方が分からずもう一度着座しました。
「それに、物に当たるのは、一番ダメですね……」
今の私のパワーで八つ当たりすると、城が崩壊しかねません。
「がんばりますか……」
私が、再び書類に向き合った時
コンコンコン。
ノックの音が聞こえてきました。
「はい。どうぞ」
レザが王の間に入ってきました。
「すみません」
レザが、急に謝りました。
「どうしたんですか?」
私が聞くと、
レザは一瞬、逡巡しておずおずと言い出しました。
「どうやら、僕らが盗賊団をやっていたころのことがバレてしまって」
「なに言ってるんですか。そんなこと」
私と出会う前も、少しだけですが、レザたちは盗みを働いていました。
私とだった時が初犯ではなかったのです。
「しっていますよ。それについては全部フィルクが損害賠償処理してくれています」
レザ達は、殺しまではしていませんでした。
被害者の方たちに、盗んだ時以上に、お金を渡しています。
「そうです。ただバレたというのは、被害者の方ではなくて……無関係の人たちでして」
「被害者じゃなければ関係ないでしょう」
文字通り、無関係なのですから、どうでもいいはずです。
「元盗賊団が、城に出入りしているというのは、世間体が……」
「世間体? 私が女王ですよ。別になにも気にする必要はありませんよ。無関係の人間が何言って来ようと関係ありません」
人間失敗しない者などいません。
反省して、前に進んでいけばいいだけです。
それに、フィルクに言えばどうとでも……あ……。
今は、フィルクはいません。
私が追い出したのですから。
私は首を振ります。
「あなたたちは、私の大切な部下です。誰かに何か言われても、私が守ります」
部下のピンチを守ってあげなくて、何が上司でしょう。
「ニルナ様はそういいますよね……ただ、僕らはまたアステーリでお世話になろうと思うのですがよろしいでしょうか。あちらなら、うわさも気になりませんし、僕らでもやれることが沢山ありますから」
「ゼノヴィアお姉様のところですか、もちろん構いませんが……いついくのですか?」
「すぐにでも」
「そんな……」
でも、私は、フィルクには、すぐに出ていけと言ってしまいました。
なのに、レザ達を引き留めるのは、虫が良すぎます。
「そんな不安な顔しないでください。フィルクさんは、すぐ戻ってきてくれますよ」
「それは……」
レザは、私が追い出したのではなく、フィルクが勝手に出て行ったと思っているようです。
「ニルナ様、お元気で」
城を出て行く、レザの背中を見送りました。
「そうですよね。普通、逆ですよね……」
愛想をつかされるのは、どう考えても、私の方です。
◇ ◇ ◇
しばらくすると、竜神教の女暗殺者が、城を訪ねてきました。
「ニルナ様、フィルク様に、報告に来たのですが……」
「私に報告お願いします」
「ストークムス国が、軍を派遣してきています」
「そんな。勇者を無傷で追い返したのに、軍を向けて来たなんて」
「フィルクさんなら簡単に追い払えますよね。フィルクさんはどこに」
「もういません」
「いないとは?」
「私が追放しました」
「えっ……なぜですか?」
「……気に食わなかったからに決まっています」
「そんな馬鹿な……」
信じられないといった感じに、首を振ります。
「軍の一つや、二つ私一人で」
私は聖剣を手に取ると立ち上がりました。
「それがストークムス国は、いくつもの小隊に分かれて、展開しているのです。フィルクさんなしで対処は……」
「そんな」
ストークムスはアンチ魔法が使える巫女の国です。
きっとフィルクは、なにかしら対策をしていたと思いますが、今ここにはいません。
私にすぐ名案が思い浮かぶはずもなく、呆然としていると、空間から突然声が聞こえてきました。
「ニルナや、心配するでないのじゃ」
霧が人の形になっていきます。
「ルーンさん」
「妾がちょっと行ってどうにかしてくるのじゃ」
「ちょっとって、ルーンさん一人では」
「ニルナよ。妾はロードじゃぞ。ヴァンパイアはみな妾の眷属じゃ、ヴァンパイアは一騎当千、たいしたことはないのじゃ」
「そうでしたね」
あれ……そうでしたっけ?
王墓では、違うことを言っていたような。
ルーンさんは、私の不安を拭うように、言います。
「ニルナは、女王じゃろう。いつものようにドーンと構えておるとよい。妾に任せるのじゃ」
「はい。お願いします」
私は初めて、しっかり頭を下げました。
ルーンさんは、笑顔になります。
「任せるのじゃ」
ルーンさんは、霧になって行ってしまいました。
「では、私もまた斥候に戻ります」
「はい。お願いします」
女暗殺者もすばやく闇に紛れていってしまいます。
誰もいなくなった空間で、私はひとり呟きます。
「ドーンとですね。ドーンと……」
……。
いままでの私ってどんな感じでしたっけ?
よくわからなくなってきました。
「フィルク……」
呼んだらすぐ来てくれましたのに、今は来てくれません。
当然です。
私が追い出したのですから。
優秀な部下を追放した馬鹿な主が痛い目をみるなんて、よくある話です。
「まあ、その馬鹿が私なのですが……ははは」
もう乾いた笑いしかでてきません。
うなだれていると、どたどたと王の間に誰かが入ってきました。
今度は誰でしょう。
「ニルナ様!」
入ってきたのは、カキュルトでした。
フィルクが召喚してくれたドラゴンを抱えています。
「カキュルト? どうしましたか?」
どうしてカキュルトが、竜神教にいるはずのドラゴンを抱えてやってきたのでしょうか。
カキュルトは叫びました。
「ニルナ様、お逃げください!」




