3.勇者襲来1
俺はハーツ。
レインリー王国の勇者だ。
国の勅命を受けて魔王を討伐しに来た。
「ここか、魔王が住むというサンヴァ―ラ国は」
魔王は、他国の王族を皆殺しにしただの、一万の軍を一撃で滅ぼしただの、ゾンビを操るだの、麗しき姫君がなっただのと、わけもわからない噂ばかりだが、少なくとも、二国は侵略したのは、本当らしい。
煙のないところに噂は立たない。
「まずは、王都潜入からか」
王都の城壁はところどころ崩れている。
王都に入る門のところでも、止められることもない。
「えらくあっさり侵入できたな」
肩透かしもいいところだ。
兵隊すら見当たらない。
俺は、通りかかった老人に聞いてみた。
「おい。魔王はどこだ」
「魔王? はて? ニルナ様のお遊びのことですかな?」
「お遊び?」
剣を抜いて脅すつもりだったが、老人からは、緊迫感も感じられない。
「城なら、あちらですよ」
老人が指し示す方をみる。
「ああ、確かに城だな」
立派に聳える城が見えた。
確かにこの町に魔王城があるとしたら、あれに違いない。
とにかく歩を進めることにする。
「なんなんだろうな、この国は」
ところどころ復興中であるものの、人々は穏やかそのもの。
魔王に圧政を強いられている雰囲気は一切ない。
「自国民には優しい魔王なのか」
まあ、そういうこともあるだろう。
他国を侵略し、自国民は優雅に暮らして……
「いや」
見た範囲では、自堕落な生活をしている雰囲気はない。
皆仕事に誇りをもって、精を出している。
「どうなっているんだ?」
考えながら歩いていると、
なんの妨害にもあわずに、魔王城まで来てしまった。
俺は魔王城を見上げる。
大きな看板にはこう書いてあった。
『ようこそ魔王城へ、勇者様』
なぜ魔王城に歓迎されている?
意味がわからず、ぼんやりしていると、
「お主、勇者かや?」
城の前にあった仮設テントの中から声をかけられた。
「そうだが」
テントの中には、眠そうな目をした茶髪のマントを来た女いた。
机には魔王面会受付所と書いてある。
「うむ。よく来たのじゃ。なら整理券をうけとるのじゃ」
番号3と書かれた札を受け取る。
「3?」
なんなんなのだろう。
この番号は?
「魔王には誰でも会えるからの、ただ忙しくての、少し順番を待ってもらわねばならん」
「誰でも会える? 順番?」
「とりあえずは、待合室で待ってもらえるかの」
「待合室?」
状況がさっぱり飲み込めない。
「クミースや、案内してくれ」
女が水晶に向かって、声をかけると
「はぁい」
と、どこからか声が聞こえてきた。
しばらくすると城の中から、元気よさそうな田舎娘がひょっこり現れると、
「ようこそいらっしゃいましたぁ。勇者様」
無邪気に手を握り、引っ張っていく。
武器も持たない、普通の女を攻撃するわけにはいかずなされるがまま、ついていくことに。
案内されたのは、煌びやかな城の応接間。
勇者といえど、貴族しか入れないような部屋に入ったのは始めてだった。
テーブルの上には、色とりどりの豪華な料理がのっている。
長旅でまともな飯も食べていないので、思わず喉が鳴った。
「セイラ、マリー、勇者様を連れて来たわよ」
「ようこそいらっしゃいました。勇者様」
あどけなさの残る顔で優しく微笑む女。
「お疲れでしょう。こちらにどうぞ」
長い髪をばさりと跳ねのけながら、妖艶に微笑む女。
魔王城というか、爛れた夜の店の雰囲気である。
「な、なんの罠だ」
「罠だなんて、そんな、あたしたちは勇者様をもてなすように言われただけで……」
目に涙を浮かべて、セイラとよばれた女が泣き出した。
「いや、そんなつもりでは……」
敵ならどんな強敵でも倒すつもりで来たが、泣いた女の対処方なんて訓練していない。
「料理も頑張ってつくったのに」
手料理なのか。
確かに、高級な食材を使ったものというよりは、家庭的なおいしさが溢れている。
マリーと呼ばれた女は、たおやかな手つきで、席に座らせると、食べ物を口元に運んでくる。
「私達が心を込めて作った料理食べてくださらないの?」
絡みつく蛇のような色気。
じっと見つめてくるセイラは、可憐な花のような清廉さ。
多分、食べなければ、うるんだ瞳から涙が流れるのは確実。
女を泣かせて、なにが勇者だ。
毒耐性は強い方。
ええい、ままよ。
意を決して、俺は、そのまま勧められるままに食べ物を口に運んだ。
「うまい」
毒なんてものは一切入っていない。
それどころか、あらんかぎりの愛情を込められているとしか思えない優しい味だ。
「よかったぁ」
セイラは、嬉しそうに笑ってくれた。
とりあえず、ほっと胸をなでおろす。
「こちらもたべてくださらない?」
マリーにつぎつぎと食べ物を勧められる。
もしかしたら、満腹にして動けなくさせる作戦なのではと、疑うものの。
「素敵な食べっぷりね」
うれしそうにされると、やめることができない。
もう満腹というところで、応接室の扉が開いた。
金髪で紫の瞳をした群を抜いて美しい女が、すすすと近づいてくると自分の隣に座った。
「楽しんでいただけていますか?」
「ああ」
女は恥ずかしそうに包みを開ける。
「おいしいクッキーもどうぞ」
形の崩れたクッキー、先に自分で食べてみせて微笑んで見せる。
毒など入っていないことを示すための気遣いだろう。
「ありがとう」
「果実のジュースもありますよ」
グラスが二つ、俺が先にグラスを取ると
俺が取った方ではない、余ったジュースを先に飲みだした。
「どのような冒険をしてきたか、教えてください」
「ああ」
促されるままに、冒険譚を話し始める。
軽く盗賊団を懲らしめた話をすると、うっとりとした表情でたたえてくる。
「あなたは本当に勇者ですね」
「もちろんだ」
魅力的な瞳でみつめられると、心が溶けてしまいそうだ。
ここが魔王城であることも忘れてしまいそうで……。
そうだ。ここは魔王城。
こんな美しい女性が、魔王城にいていいわけがない。
勇者は、綺麗な姫君を助けるべきだろう。
きっと目の前の女性は、魔王に脅されてここにいるに違いない。
なんとしても、魔王を倒し、こんなところから連れ出さなくては。
「麗しの君よ。一体、魔王はどこにいるんだ?」
そう聞くと、目の前の女性はきょとんと不思議そうな顔をして言った。
「私ですよ」
言葉の意味が頭に届くまで、数秒かかった。
「はっ?」
「魔王ニルナ・サンヴァーラは私です。これから仲良くしてくださいね。勇者様」




