17.魔女の再来
城から人の気配が消えていた。
一人を除いて。
逃げても、逃げても、死体と赤い血だまりがあるばかり。
「最後の一人は、どっこかな?」
鼻歌まじりに、楽しそうに、追いかけてくる女。
門に近づこうとすれば、綺麗に回り込まれる。
遊ばれている。
「なんであの人、あんなに魔力があるのに、魔法で戦おうとしないの?」
回復魔法。
それは、まだ誰も使うことができない幻の秘術。
だから、人々は怪我することを恐れる。
魔法を使える者は、遠くから離れて攻撃すればいい。
それが魔力を持つものの常識で、
怪我をしたくない人間の本能だった。
だから、魔法が使える者を倒すのは簡単だ。
魔法を使えなくして、戸惑った隙に殺してしまえばいい。
最強の暗殺術。
魔法無力化術。
この二つがあれば、魔法の国で、無双することは容易い。
はずだったのに。
多大な魔力を持ちながら、狂ったように剣だけ振るう女。
「わからない、わからない、わからない」
何一つとして、理解できない。
簡単な任務のはずだったのに。
「なんでこんなことになったの?」
いつの間にか、自分の前に、女が立っていた。
「あなたは間違ったのですよ」
私の嘆きに対する答え。
「何を」
「主にするべき人物を、忠誠を誓うものを」
女は紙を取り出します。
「この紙に書かれている巫女ってあなたのことですよね。この紙には、ちゃんとお姉様のサインもしてあって」
紙の一部が視界に入ります。
『この者たちを殺した暁には、王妃ゼノヴィアは女王に即位し、アステーリ王国をサンヴァ―ラ王国の属国とすること』
「あれ?」
女は不思議そうに、紙を確認します。
「私、こんなこと書きましたっけ」
意識が私から逸れました。
チャンス!
とっておきの切り札。
最後の最後で使う逆転の一手。
隙だらけの女に、自分の魔法を撃ちこみました。
「あたしには、この力が……」
パンと魔法がはじけて消えた。
「あれ? なんで?」
まるでアンチ魔法装置から放たれる波動ではじかれたように、魔法が消え失せる。
「そんな……」
呆然と今起きたことを認識する。
私の魔法が失敗した……。
「なんの魔法を使おうとしているのか知りませんが、私に魔法は効きませんよ」
女は、つまらなそうに言います。
「あなた、アンチ魔法を自ら発生させて……」
つまり、目の前の女も、敵に魔法を使わせないからこそ、剣術を極めているということ。
「さて、終わりにしましょうか」
絶望の中、自らの言葉を反芻する。
魔法を使うものを殺すのは簡単。
魔法を使えなくして、戸惑った隙に殺してしまえば……。
「だ、誰か?」
私の声は誰にも届かない。
「どうして、だれもいないの?」
「大丈夫です。私だって誰もいませんでしたから」
「誰も?」
「ああ、戦場での話です。私にだって、友達はいますよ。友達を戦場に連れて来たりしません。だって危ないですから」
とても優しげな顔で語る女。
今なら。
「あ、あなたに、身も心も捧げます!」
私は恥も外聞もなく命乞いした。
私のような絶世の美女を殺すなんて、世界にとっての損失。
どんな殿方も私の色香からは逃れられなくて……。
殿方……。
目の前の人物が男であったのなら……。
「そうですか」
にっこり笑いかけてくれます。
もしかしたら、助けてくれるのでは?
そう期待した瞬間、
「でも私はあなたに、なんの魅力も感じませんよ?」
そのままの顔で剣を振り上げて……。
月の光が彼女を照らしていました。
自ら愛する者以外なんの興味もないといわんばかりの、見とれるほどの美しさ。
私をはるかに超える美貌と残虐性。
まさに魔女。
「ああ、そうです。警戒するべきは、伝説などではなくて」
それは伝説ですらなく、起きたのは先日。
一人の女性が起こしたといわれる災害。
それはまるで、世界を覆い尽くすほどの、
破滅。
◇ ◇ ◇
ズシャ。
斜めに切り込むと、肩口から心臓に刃が届きました。
刃を引き抜くと、血だまりが出来上がります。
「誰なんでしょうかね?」
床に転がった女性の死体を眺めます。
お姉様の恨みを買い、
城にいたから、殺しました。
服装から察するに、暗殺集団の仲間のようですが、
よくわかりません。
「フィルクが調べてくれるでしょう」
困ったことは、全部フィルクにお任せです。
何はともあれ、これで予定通り、
アステーリ王国を、滅ぼしました。
すっかり辺りは暗くなり、月が昇っています。
「一夜で滅ぼしてしまうのも乙ですね」
私は、首をかしげます。
心に湧き上がってきた言葉を、誰に教わったか覚えていません。
「まあ、いっか。それにしても綺麗ですね」
私は血に濡れた城の廊下を、優雅に進みます。
そうして、空に浮かぶ魔性の赤い月に笑みをこぼしました。




