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英霊様は勇者の体を乗っ取りました  作者: 名録史郎
ep1.冥界の扉を閉めるまでは
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5.殺人

 目覚めは最悪でした。

 悪夢を見ていた気がしますが、よく覚えていません。ただ、スケルトンに襲われて城を追われ森の中でゾンビと必死に戦った現実よりは、まだましだった気がします。


 借りていた寝間着を着替えて、家の外にでると、昨日と変わらない体勢で切り株の上に座っていたソウがいました。

 私に気づくと、聖剣を渡してきます。

 つまりこれで、どちらかを殺せということでしょう。


「証拠はあったのか?」


「いえなにも……ソウ、墓は?」


「いや、見当たらなかった」


「そうですか」


「どっちにするんだ?」


 選択肢は二つだけ、やらないということは許してくれなさそうです。

 覚悟ができているのかは自分でもわかりませんが、どちらが死人の可能性が高いかは、わかりました。


 手先が器用な父親のことです。

 娘が死んでなにも残さないとは思えませんでした。

 それに母親の遺影はあるのです。

 娘が死ねば、娘の遺影も隣に飾るでしょう。


 証拠が何もない。


 それがきっと父親の方が死人(しびと)である証拠です。


「父親が死人です」

 私は静かにソウに言いました。


「なら、呼び出してこい」

 ソウは無慈悲に言います。


 私は唇を噛みしめました。

 殺さなければ、もっと酷いことになるのは目に見えています。

 

 私は重い足取りで、男を呼びに行きました。


「すみません。少しこちらに来てくれませんか?」

 朝食を準備していてくれていた男を呼び出しました。


「どうしましたか?」


 警戒している雰囲気はありません。


 私は、そのまま外に連れ出すと、私は背に隠していた剣を素早く構えました。


「はあ、はあ、はあ」


 既に抜き身にしてありますが、緊張で手が震えます。

 切るのは、躊躇ってうまくできなさそうなので、私は刺突の構えをとります。


「な、何を?」


 ほとんど恩をあだでかえすようなものです。

 ですが、これは誰かがやらなければならない事。

 自分の罪悪感と戦いながら、剣を握る手に力を込めました。


「ごめんなさい」 


 そう言いながら、全体重を乗せて、体の中心に聖剣を突き立てます。

 骨を突き破りながら、心臓に聖剣が到達する嫌な感覚が私の手に伝わってきました。

 ぶつんと何かが切れたような気がした後で、


 ざああああ。


 殺した父親が砂に還っていきます。

 服だけがその場にのこり、遺体は残りませんでした。


 私は殺したのが死人で安心しました。

 それでもこれでよかったのかという自責の念でいっぱいでした。


「うぅ……これで大丈夫」

 私は自分で涙を拭きながら、振り返ると、

 家の外に出てきていた娘が手に摘んでいた花を取り落とします。


「人殺し……人殺しめ」

 そういいながら私を憎しみのこもった目で見ます。


 私の前で、砂になってしまった父の亡骸をかき集めます。


「あなたの辛さは私もわかります」


「うるさい。お父さんを返せ。そうだまたあの術をやればいいだけだ。そしたら……そしたらお父さんは蘇る」


「あなた。記憶が……」


 少しだけ話し方が大人びたものに変わっていきます。

 あどけなかった表情が、悲痛なものに覆いつくされていきます。

 見た目の割に、子供ぽかった女の子。

 死人が消えたことで、記憶が戻ってきているのでしょう。


「記憶が戻ったのなら、父親が死んだのは、今でも、こいつの所為でもないのは、わかるだろう。蘇った父親はゾンビを増やす糧になるだけだ」

 ソウが事実を突きつけます。


「うるさい!」


「死人蘇生を行ったものは、極刑だぞ」


 ソウは冷たく事実を突きつけます。


「そんな訳ない。蘇生法を教えてくれたのは、侯爵令嬢、王子様の婚約者なのよ」


「お姉様……」


 いままでどこか信じていたものが砕け散った瞬間でした。

 記憶のなかにある優しかったお姉様。

 優しさが見せかけのものだったことが、確定してしまいました。


 ここまでは王都から馬車で数日でしょう。

 お姉さまは、視察といって、周囲の村を回ることがありました。

 きっとそうやって不幸をまき散らしていたのです。


「言い合いしても、仕方ない、こいつは、どっか聖職者のいる孤児院にでも放り込んで……ん?」

 ソウが急に辺りを警戒します。


 森が一気にざわめきだしました。


 森の中からゾンビが現れます。

 アニマルゾンビではなくて、人型のゾンビです。

 ソウは家に立てかけてあった、木こり用の刃物を取りに駆け出します。


 昨日会ったゾンビよりも動きが俊敏です。

 私に襲い掛かってきたゾンビに昨日のことを思い出しながら、聖剣を振り下ろします。

 ゾンビがはじけるように、切れました。


「やった」


 昨日の感覚を忘れていませんでした。


「おい! 気を抜くな!」


 茂みの中から、別のゾンビが飛び出してきました。

 ソウが投げた斧が、ゾンビに当たって、木に縫い付けます。


「首を斬り飛ばせ!」


「は、はい」


 私は、しっかりゾンビを見つめて、剣を持つ手に力を入れます。

 いままで感じたことのない不思議な感覚が体の中から湧き上がってくるのを感じました。


 カシャン


 聖剣がわずかになにか音を立てます。

 聖剣が急に軽くなり、自然に振り抜くことができました。

 ゾンビの首が回転しながら飛んでいきます。


「よし。今の振り方覚えておけ」


 なんでしょうか?

 剣が勝手に動いたように感じました。

 ただ今は、考えている時間はありません。


「よし、お前はこれを使え」


 ソウが持ってきた鉈と聖剣を交換します。


「ソウ! またゾンビがきます」


 今度はゾンビが十体以上群れをなしてやってくるのが見えました。


「わかってる」


魔力解放『滅びの宴(ラグナロク)


 ソウの髪が高まった魔力で一瞬逆立ちます。


聖剣変形「大海蛇の腹(ヨルムンガルド)」 


 聖剣に埋め込まれたエンブレムが緑に光り輝きます。見たことない色です。

 聖剣全体に幾何学的な紋様が浮かび上がると、聖剣がカシャンカシャンカシャンと音を立てます。

 関節が外れるように、刃の部分が等間隔で分断されて、ワイヤーでつながれた鞭のようなものになります。


「今度はなんですか」


「蛇腹ソードだ」


 今回は確かにソードな気がします。

 ただ、いままで見たことない形状です。

 一体いくつ形状があるのでしょうか。


 シュルルルル。


 ソウが聖剣を振ると、剣がまるで蛇のように動きます。

 刃が遠くまで伸びていき、ゾンビの首を一気にはねとばしました。


 ソウが引き戻すような動作をすると、元の形状に戻っていきました。


「ゾンビは、死人(しびと)がいなければ寄ってこないのではなかったのですか?」


「まずいな。思ったより早い」

 ソウは私の質問にはこたえてくれません。

 私の疑問は増えるばかりです。


「なにがですか?」


「追っ手だ」


「お姉様……、魔女が近くまで来ているのですか」


「多分そうだろう。逃げるぞ」


「魔女を倒してしまえば……」


「あいつは冥界の門が開いていて、瘴気があるかぎり、亡者を無限に生み出せるんだ。危険を冒してまで、近づいてはこない。唯一例外があるとすれば」


「冥界の扉を閉じるとき……」 


「そういうことだ。今は逃げるぞ」


 消耗戦ということなのでしょう。

 死人(しびと)が増えて、ゾンビやスケルトンといった亡者(もうじゃ)が増えれば、死者が増えます。

 悪循環です。

 私たちにとっての悪循環は、魔女にとっては有利になっていくということです。

 どれだけ厳しい戦いなのでしょうか。 


「どうしてこんなことに、あなたたちが来なければ……」

 娘は、震えながら、文句を言っています。


「置いていくわけには、いかないか」

 ソウはそういって、娘の額を指ではじきました。

 パーンと綺麗な音がして、娘がぐったりと倒れます。


「ソウ!」

 私は思わず叫びます。


「魔力で脳震盪おこして、眠らしただけだ」


 ソウは片手で娘を荷物のように担ぐと、走り出しました。


「ついてこい」


 私は鉈を握りしめてソウの跡を追いかけます。

 森の中は、信じられないほど、ゾンビが溢れかえっていました。

 ソウはどんどんゾンビを倒していっているのに、周りのゾンビは増えていくばかりです。 


「ソウ、多すぎます。どうしますか?」


「さすがに面倒だな。仕方ない」


 ソウは、聖剣を大地に突き刺すと叫びました。


「相棒交代だ!」

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