10.久しぶりのおいしいゾンビ
私達は、ルーンさんの別荘からのんびり景色を眺めていました。
ハイキングの休憩です。
「ルーンさん。こんなところに別荘なんて持ってたんですね」
大きな木をそのまま家に利用したツリーハウスです。
「まあ、実際は別荘というか、実家なんじゃがな」
他のツリーハウスに人がいないのは、別荘だからだと思っていましたが、ここはかつてのエルフの村だったようです。
ルーンさんが、家のそばで採れたハーブと湧き水でティーを淹れてくれました。
「ん~! おいしい! 景色も最高ね!」
クミースがはしゃいでいます。
鮮やかな羽をした鳥。
青い空に気持ちよさそうに流れている真っ白な雲。
不思議な形の葉っぱをした植物。
まさに大自然にとけこんでいるような感覚。
夢のリゾート地ではないでしょうか。
ここに住処を構えた、エルフのセンスは素晴らしいです。
ただ、もう、ここには誰もいません。
「ルーンさん以外のエルフってもういないんですよね?」
「そうじゃな。滅んでしまったの」
「どうしてですか?」
「あたしも知りたいわ」
私とクミースは、身を乗り出して、ルーンさんに迫ります。
「おぬしら、ぐいぐい来るの。でもたいした理由ではないぞ。病で死んでしまっただけじゃ」
「病ですか?」
「そうじゃ。エルフだけに流行る病での、あっという間にみんなかかってしまったのじゃ。耐性を獲得できればよかったんじゃが、世代交代も遅く、数も少ないエルフは、病原菌には弱かったの」
ルーンさんは、ふせ目がちになりながら話します。
「病は本当にひどかったの。感染力が強く、高熱がでて、肌はやけただれ、一週間もたたずして死んでしまう。どんどん死んでいった。妾は自分で開発したヴァンパイア化する秘術で難を逃れたのじゃ。妾はヴァンパイア化する秘術を皆にもすすめたんじゃがの、そんな変な存在になりたくないと拒否されてしまったのじゃ」
いつも飄々としているルーンさんですが、仲間のエルフのことを話しているときは、本当に悲しそうでした。
「湿っぽい話は終わりにするかの」
元気のないルーンさんを見るのはしのびないです。
「そういえば、ちょっと小腹がすいたわね。」
クミースが他の話題を提供してくれます。
「そうですね。そろそろお昼ですか」
「ニルナ、なんか狩って来てくれない?」
「わかりました。何かいますかね?」
鮮やかな綺麗な鳥を弓で仕留めることもできますが、できれば観賞用にとっておきたいところ。
私とクミースは、窓から乗り出して、他の獲物を探します。
しばらくすると、クミースが何かを見つけて、指さしました。
「ニルナ! あれ見て。ゾンビウサギよ!」
足から血を滴らせたウサギが跳ねていました。
私は、臭いをかいでみます。
「まだ腐臭がしません!絶対捕まえましょう」
私は、急いで装備を身につけはじめます。
「なにをそんなに必死になっているのじゃ」
「久しぶりのおいしいゾンビですよ!」
「そうよ! ルーンはなにいってるの」
「お主たちがなにいってるのじゃ」
ルーンさんは理解できないといった感じで、頭を振ります。
そんなこと気にしている場合ではありません。
ゾンビウサギが、逃げてしまいます。
私はツリーハウスから飛び降りると、聖剣に魔力を込めます。
聖剣変形「運命の剣」
空中で、聖剣を変形させながら、ふわりと着地します。
ただ衝撃を全て吸収できず、着地の音にビックリしたゾンビウサギが逃げようとします。
「逃がしません!」
私は、ゾンビウサギの進行方向にある木に向かって、飛ぶ斬撃を放ちました。
急に逃げ場がなくなり、右往左往しているうちにゾンビウサギに追いつきます。
ウサギの体に聖剣を突き立てます。
ゾンビなので、死ぬことなく、ビクンビクンと振動が伝わってきます。
「やりました!」
私は耳を掴んで、クミースにぐしゅぐしゅと血を滴らせるゾンビウサギを見せました。
「よくやったわ! ニルナ!」
「本気すぎるじゃろう……」
なぜかルーンさんはドン引きしています。
わたしは、うきうきしながら、再びツリーハウスを登ります。
「いやーゾンビのお肉って、血抜きがかってにできてるので臭みが少ないんですよ」
ゾンビウサギの両足をもいで、クミースが簡単に枝で作ってくれていた小さな檻に放り込んでおきました。
私とクミースはウサギの足を一本ずつ持ちます。
「なんでこやつ足だけもいだんじゃ?」
「そのうち復活してまた食べれます」
「日持ちもいいし、お肉もかってにふえていくわよ」
聖剣をスルトソードに変えて、軽くあぶると芳ばしい匂いが漂いました。
「聖剣の使い方それであってるんかの?」
「いいんですよ。便利につかってこそ聖剣です」
おいしそうな焦げ目がついた肉をふーふーしながら頬張ります。
ジューシーな味わいがお口いっぱいに広がります。
「ゾンビ肉、最高です!」
ハーブティーをおかわりして乾杯します。
私達を見て、ルーンさんは顔をひきつらせています。
「お前たちにかかると、どうみてもゾンビの方が可哀想なんじゃが……」
「可哀想? 絶滅してしまいますからね」
私は、腕を組んで考えます。
ゾンビは、倒さなくてはいけませんが、それはあくまで人に被害をおよぼすからです。
ルーンさんも、亡者ですが、むしろ瘴気を吸収してくれるので、環境には優しいといえます。
飼い慣らしたゾンビは、別に滅ぼす必要はありません。
確かに可哀想といえるかもしれません。
「わかりました。私に考えがあります!」
「なんじゃ? 嫌な予感しかしないんじゃが……」
「アニマルゾンビ動物園を設立します!」
「なんでそうなったんじゃ、そんなもん誰が作るんじゃ……」
◇ ◇ ◇
数日後のサンヴァーラにて。
「フィルクさん。怪文書が届いています」
王妃様が持っている封筒には、王家の紋様が入っています。
王家の紋様を使うことができるのは、ニルナ様だけです。
どうして王妃様は、届いたニルナ様の親書を怪文書なんて言っているんでしょうか。
僕は、渡された親書を読みました。
『アニマルゾンビ動物園を設立しといてください。ニルナ』
簡潔。
そして、意味がわからない。
「うーん? はっ? えっ? はっ?」
僕は親書の封筒を再確認した。
どうみてもニルナ様のサイン。
「意味がわからない!」
僕は口にも出した。
「どうしましょうか。見なかったことにしますか?」
王妃様も、そんなことを言い出します。
僕は、ぐるぐるいろんなことを考えているうちに、頭の中でなにかがぶちりとちぎれる音を聞きました。
「もうどうなったってしらん! 作れっていうなら作ってやりますよ!」




