4.父娘
助けた父娘はお礼がしたいとのことで、今夜は泊めてくれることになりました。
私は、今までの人生一疲れていたので、心の底からありがたく、お言葉に甘えることにしました。
ご飯も食べさしてもらった上、お風呂までかしてもらいました。
まだ旅立った初日ですが、旅の疲れをいやすことができて助かりました。
私は一息ついてから、ソウを呼びにいきました。
ソウは勇者に体を返さずに、家の外の切り株に座って骨付き肉にかぶりついていました。
勝手に焚火もしています。
「ソウはお風呂入らないのですか? お風呂気持ちよかったですよ」
「どうせまた汚れるからな」
また汚れるとはどういう意味でしょうか。
「家の中にも入らないのですか」
ソウはため息をつきます。
「お姫様は、お気楽だな」
お気楽なんて、そんな。
つらい気持ちでいっぱいです。
それでも、休める時は休んでおくものではないのでしょうか。
ただ先ほど言っていた気になることは、確認しておくべきでしょう。
「先ほど、『どっち』といったのはなんのことですか」
「この近くに他に民家はない。亡者どもは、明らかにこの父娘に引き寄せられている。どちらかが死人だろう」
どちらかが死人!?
その言葉に私はショックで体がぐらぐらするのを感じました。
「そ、そんな、今日襲われていたのはゾンビですよ。スケルトンではありません」
「亡者とは、捕らわれた霊魂が死体に入って動いている者を指す。スケルトンとゾンビは完全に魔法的な力で動いているか、ある程度、筋肉で動いているかの違いしかない。どちらも亡者だ」
「そう……なのですか」
私はそんなことも知りませんでした。
「亡者は、瘴気がほしいために死人に近づいて行くが、基本的に術者と死人は襲わない」
「ならなぜ馬車は襲われていたのですか?」
「馬車ではなく、馬が襲われていたんだよ。城で襲われていたのは、お前ではなく、勇者だな」
言われてみれば、馬を襲ったあとは、ゾンビはすぐに私たちの方に襲い掛かってきました。
「俺様の加護があるから、お前は認識阻害はおこさないだろう。頑張って証拠でも探すんだな」
「証拠とはなんでしょうか」
「一番簡単なのは、墓だ」
「確かに、そうですね」
墓に名前が刻まれているのに、生きているとしたらそれは間違いなく死人でしょう。
「あとは形見とか、日記、葬儀の記録、いろいろだな認識がおかしくなっていても、そういう証拠が消える訳ではない決定的な証拠を見つけるんだ。明日にはたつ。それまでに死人は処理する」
「そのままではダメなのですか」
「本人達は安全だろうが、瘴気が出続ければ、亡者どもはずっと増え続ける。生活するために、町にいくこともあるだろう。そうなれば町に被害がでる。お前はずっとスケルトンに囲まれて平気なのか?」
「それは……」
私は城でずっと震えていました。
私の所為であったのに。
それに、いくら襲われないとは言え、ずっと囲まれていれば餓死してしまうことでしょう。
「わからなければ、父親から殺すしかないな」
「そんなぁ」
「娘から殺すか? どちらでもいいが、娘の方が生者だった場合悲惨だぞ」
「どうしてですか」
私には、どちらも同じぐらい悲惨な気がしました。
「親にしてみれば子が生きていれば、大概の不幸はたいしたことはない」
親になったことはないので、その気持ちはわかりません。
ソウは生前、子供がいたのでしょうか。
「これから先、操られた亡者や死人の知り合いと戦うこともあるだろう。まずは見ず知らずのやつから殺すことに慣れるんだな」
つまり、それは私が死人を殺さなければならないということを意味していました。
「俺様は眠くはならないから、今日のところは、墓がないかは探しながら、ゾンビどもの相手をしといてやる。お前は自分のやるべきことをやれ」
「やるべきこと……どちらが死人が判断することですか」
「違う。お前が一番しなければいけないことは、さっき自分で言っていただろう。体力を回復させることだ」
「どうしてですか?」
「明日もかなり歩く。途中でへばって野垂れ死ぬ方が問題だ。自分の命を優先しろ。体力を回復する合間に、娘の方が死人であるという決定的証拠を見つければ、娘を殺すといい」
「どうにかならないのですか?」
「お前が、わからなければ、明日、父親から殺すしかない。どうせ術者が死ねば、死人も消える」
「そうではなくて、もっと根本的な解決です!」
私は、思わず声を荒げました。
それでもソウの表情は変わりません。
「もう悲劇は起きている。お前の行動で多少はましになるだろう。本当に為すべきことはなんなのかよく考えるんだな」
「本当に為すべきこと……」
そんなことはわかっています。
魔女を倒すことです。
魔女を倒せれば、もうこんな不幸もおきません。
ですが、目の前で苦しんでいる人がいたら助けたいと思うのが人情なのではないでしょうか。
ただ私にはいい案は思いつきませんが……。
ひゅるるるる。
私がうなだれていると、不気味な風が吹き抜けました。
「来たな」
静かにソウがいいます。
ソウの視線の先を見ると
森の中から鈍い光が見えました。
闇が蠢いているのかと思うほど、大きな影が出てきました。
「ひぃい」
私は恐ろしさに悲鳴をあげました。
現れたのは大きな角を持った大鹿です。
ただ全身血まみれで、腹の部分が、肉食獣に食い破られたように大けがをしています。
滴る血がぐしゅぐしゅと音を立てています。
とても、平気で歩けるような状態ではありません。
「なんですか。あれは」
「アニマルゾンビだ。こんな山の中に、人間の死体はそうそう転がっていないだろうが、動物の死体は山ほどある」
ソウは、立ち上がると、魔力を聖剣に流し込みます。
聖剣変形「大狼の牙」
前と同じように、聖剣に埋め込まれたエンブレムが黒く光り輝きます。
聖剣全体に幾何学的な紋様が浮かび上がり、チェインソードに変化しました。
「はっはっは、さあ、来い!」
ソウは闘牛士のように挑発します。
大鹿は、自分が傷つくのも構わずに、草木を押し倒しながら、地鳴りのような音を響かせて突撃してきました。
ソウは突撃してきた大鹿の角を華麗にかわします。
ギュルルルルル。
聖剣がうなりのような音を立てます。
丸太のような大鹿の首も一撃で跳ね飛ばしました。
死んだばかりなのか、真っ赤な鮮血が噴き出します。
『どうせ汚れる』
その言葉の意味がよくわかります。
ギュアアアン、ギュアアアン。
首をなくしても暴れまわる大鹿を聖剣で滅多切りにします。
肉をまき散らしながら。、四肢をきりとばしました。
「さてと」
完全に大鹿が沈黙したあとで、骨から肉をそぎ落とします。
ソウは肉を串に刺すと、バチバチと燃えている焚き火であぶり始めました。
ゾンビだったと思えないほど、香ばしい匂いがしてきます。
「もしかして食べるのですか」
おいしそうなお肉を前に、ソウは楽しそうな顔をしています。
「完全に腐ってなければな。もったいないだろう。肉ってやつは腐りきる直前が一番うまいんだぞ」
逞しいを通り越して、狂気的です。
もはや常識がどこにあるのかもわかりません。
そこまでしなければ、魔女には勝てないということなのでしょうが……。
◇ ◇ ◇
私は、家の中に入りました。
今日助けた男の人が、親切に私にハーブティを渡しながら聞いてきます。
「騎士様はどうでしたか?」
「旅の食料が足らないので、狩をしてくるとのことでした」
「こんな夜中にですか?」
「ええ……」
一応嘘はついていないはずです。
狩の対象がゾンビなだけで。
私は、会話をしながらソウに言われた通り、何か証拠がないか探します。
男の仕事は木こりらしく、大きな斧が何本も置かれていました。
今日摘まれたばかりのハーブや野菜からはいい匂いがしてきます。
どうやら手先も器用らしく可愛らしい木彫りの細工品も飾られていました。
その中に、遺影がありました。
ただ映っていたのは、30歳ぐらいの女性です。
「こちらの方は?」
「妻です」
男は悲しそうに、写真を見ます。
「母親を早く亡くしてしまったのですが、娘と二人慎ましく生きています」
「そうですか……」
二人ではなく、どちらかが孤独に生きていたのでしょう。
多分それで私のように耐えられなくなり……。
魔女に付け入られて……。
「お父さん、まだ寝ないの?」
寝れなかったのか起きてきた娘が部屋に入ってきました。
「もう寝るよ」
父親も穏やかに答えます。
「今日は疲れたな」
優しそうに娘の頭をなでてあげます。
娘は、目を細めて、気持ちよさそうにしました。
「お父さん肩揉んであげるね」
娘は後ろの回って父親の肩をゆっくり揉みます。
「ああ、ありがとう」
父親は、幸せそうな顔をしています。
微笑ましい会話です。
どちらかが、死人なんて、信じられません。
信じられませんが、亡者が引き寄せられているのは事実。
明日、私がどちらかを殺さなければいけません。
私にできるのでしょうか……。




