1.雇われた男の子
2章からダブル主人公形式です。
「ニルナ様、報告します。昨日街中で発見された惨殺死体の身元ですが、どうやら隣国の間者だったようです」
僕フィルクは、主である女王――ニルナ様に報告しました。
見上げると、太陽の光に照らされ、玉座に座るニルナ様の姿が、まるで神々しい絵画のように映る。その黄金の髪は、絹のように柔らかく光を受けて輝き、紫の瞳には夜空に瞬く星のような神秘が宿っている。真紅のドレスが彼女の華奢で優美な体を包み、王冠と宝石がその威厳をさらに際立たせていた。
彼女はふと目を伏せ、唇に薄く微笑みを浮かべた。
「そうですか」
彼女の声は鈴のように透き通りながらも、背筋を凍らせるような威圧感を秘めている。
僕は、心の中で冷や汗を流しながら、ニルナ様の回答を待つ。
「なら見せしめとしてはちょうどよかったですね」
その言葉に込められた冷酷さと絶対的な支配力に、僕はひそかに身震いした。
彼女の一挙一動には、誰も抗えない王の風格が宿っている。
見せしめ、つまり誰かこの国の者が殺したということ。
まるで誰が間者を殺したか知っている口振り。
「救助支援の依頼もいっぱい来ています」
僕は話題を変えたくて、急いで次の報告をおこなった。
「うまいことやっといてください」
指示が曖昧すぎる。
「王都の復興はどこから手を付けますか」
「いい感じにお願いします」
丸投げすぎる。
僕がどうしていいかわからず、聞き返そうとすると、
「失敗しないように、失敗したらどうなるかわかってますね?」
どうなるんでしょうね?
なんにもわかりません。
怖すぎる。
「はい……」
僕は、いろんなことを確定させたくなくて、ただ返事をするしかない。
ニルナ様は、僕の返事に満足して、頷きます。
「それにしても、フィルクを雇ってよかった。ようやく国の運営が回り始めた気がします」
「それは、光栄です……」
僕、フィルクは、王都近くの領主の三男として生まれた。
そんなぱっとしない人生で終えるはずだった僕にも人生の転機が訪れることに。
なんと、ひと月ほど前に、サンヴァーラ国の美しい女王であるニルナ様に雇われたのです。
人手がたりていないとのこと。
確かに足りていません。
だって、僕以外に雇われ人はいなかったのだから。
「ニルナ様、聞いてもいいですか?」
「はい? どうぞ」
「僕をいきなり財務大臣なんかにして、国のお金を持ち逃げするとか心配はしないんですか?」
「あなたはそんなことする必要はないでしょう」
「どうしてですか」
「あなたは今国の財政をすべて握っているのですよ。国の運営に支障がなければ、好きなだけお金使ってかまいません」
つまり、僕は自分で自分の給料を好きなように設定していいということ。
国の国家予算から、僕が仮に一生遊んで暮らせるお金をさっぴいたとしても、小額だろう。
「ですので、これ渡しておきますね」
ニルナ様は、上質な紙を丸めたものを僕に渡してきた。
綺麗な赤い紐で綴られている。
「なんですかこれ?」
「王代行権利書です」
「はい?」
僕は、慌てて紐をほどくと、本当に『王代行権利書』と書かれており、ニルナ様のサインがされている。
「私がいないときに、なにか困ったことがあれば、それでなんとかしてください」
「えぇええ。それはつまり実質、僕が国をどうとでもできるということですか?」
「その通りですよ!さすが話が早いですね!」
ニルナ様は楽しそうに言いました。
確かに、それなら、僕がお金を持ち逃げする理由はなにもない。
逃げるまでもなく、やりたい放題できる。
「いや、ちょっと待ってください!」
流石にちょっと偉くなりたいなぁ。
ぐらいは思ってたけど、実質国のトップになれるなんて思っていない。
心構えがなにもない。
「あと、別にあなたとは、上司部下の関係ですから、女の子を連れ込んだりしてもとやかくは言いませんが、この城、謁見の間とあなたの部屋以外は昔の王が設置してくれたトラップに魔力を流し込み全部作動させました。あなたが城に来た時手伝ってもらったでしょう?」
「それは、まあ」
二人で、一緒に魔力を流し込み起動させるのが、僕の初めての仕事だった。
まあ、魔法はそこそこ、得意。
それで、雇われたと思ってたから。
「部外者を下手に歩き回らせないようにしてください。魔力を流し込んだ者以外に魔法が働きますから、特に宝物庫の扉は威力が高いので消し炭になります」
宝物庫の前は定期的にすすだらけになってしまい、掃除を命じられていました。
一体なんだろうなとはおもってたけど……。
定期的に、泥棒が入ってるのか。
そして、死んでいるのか。
「初耳なのですが」
「まあ、あなたがさわることができないのは、私の部屋ぐらいなので」
確かに、ニルナ様の部屋の扉は、手伝った覚えがない。
近づいたこともない。
「ニルナ様の部屋に入るとどうなるんですか?」
「無断で入り込もうとすれば感電します」
「感電?」
「雷に打たれるといえばいいですか。運がよければ死にませんから」
つまり、運が悪ければ死ぬということ。
「来たばかりの僕が信頼できないのは、わかりますが」
「そんなこと、ありませんよ。あなたがうまく国を運営できるのなら私はあなたと結婚してもいいですよ」
つかつかと王座から降りると、ニルナ様は僕の耳元で言いました。
「そうすれば、この国はすべてあなたの物ですから」




