38.勇者
みなを救いたい。
絶対叶わない願いは。
異常なまでの善性は。
心を壊す。
私の願いはもう届かない。
目を瞑っていた。
目を逸らしていた。
だけど、もうそれすらできない。
使命に燃えた眼は、しっかりと敵となるものを見据える。
まっさらだった光に満ちた心が闇色に染まる。
◆ ◆ ◆
私は手加減なしで全力で剣を振るいます。
ガキン!
すべての攻撃が、防がれます。
あの気弱な勇者とは思えません。
「勇者、本当は、ちゃんと強いじゃないですか」
剣聖である、ハイラおじい様を倒した私としっかり互角です。
訓練ではあんなに優秀なのに、気弱なことの方がおかしかったのでしょう。
「僕は、あなたを倒します!」
「そうですか。私の指示もそんな風にきいてくれたらよかったのに!」
勇者の剣術が私の想像以上なことはわかりました。
だったら、馬鹿正直に剣で戦う必要はありません。
聖剣変形「雷神の鉄槌と帯と篭手」
相手の剣術なんて関係ありません。
圧倒的質量で叩き潰すのみ。
私は、聖剣をハンマーに変形させて、飛び上がり、全体重を乗せてハンマーを振り下ろしました。
「今こそ、僕の魔力をみせましょう」
魔力解放『三位一体』
勇者から無限を超越したかのような魔力を放たれると、聖剣が光り輝きました。
聖剣変形「神猿の戦棍」
私やソウが変形するときと同じように、エンブレムが光り輝くと、勇者の聖剣が凝縮するように密度を上げていきます。
巨大な鉄の球が一端に取りついたメイスです。
激しく火花を打ち合い、私のミョルニルを弾き飛ばします。
完全に私のハンマーの威力は相殺されてしまいました。
それどころか、隙だらけになった私に向かって、鉄球を投げつけてきます。
私は、ハンマーを離し、篭手を嵌めた拳でそのまま殴り飛ばします。
「勇者は本当に嘘つきですね」
私は、変形をときなながら言いました。
「聖剣変形まで使えるなんて」
勇者が聖剣変形つかったところなんて見たことありません。
それどころか、剣以外の武器を使えるなんて知りませんでした。
魔力も格段に上がっています。
しかも、私、ソウ、ウーツ様、どの系統とも違う魔力の波動です。
「他の形状もありますよ」
勇者は魔力を聖剣に流し込みます。
聖剣変形「維持神の円盤」
聖剣が4つの円盤状の投擲型の剣になりました。
勇者の聖剣形状を確認して、急いで魔力を込めます。
聖剣変形「勝利の剣」
勇者が聖剣を投擲します。
投げられた、3つの円盤は、弧を描きそれぞれ違う向きから、私に迫ります
不規則に飛来する剣に、私の頭が予測しきれません。
まるで、私の隙を最大限、突いてくるような。
「つまり、効果は自動攻撃ですか」
自動反撃効果を持つフレイソードでさばくのが、やっとこさです。
それでも、私はできる限り軌道を頭にたたき込んでいきます。
「姫様、これも凌ぎますか」
勇者はチャクラを引き戻すと、再度、変形させます。
聖剣変形「破壊神の三叉戟」
勇者の聖剣が、光り輝くと、三つの尖った矢のような先端を持つ矛に姿を変えます。
「姫様、勝負です」
聖剣から絶大な破壊の力を感じます。
雰囲気から察するに、勇者が使う形状の中で最強の物でしょう。
「受けてたちます」
ならば、こちらも全力の形状で臨むまでです。
聖剣変形「最高神の槍」
私の護身刀が煌々と光り輝き、槍へと形を変えていきます。
私達はお互いに突撃体勢の構えをとります。
まるで、以心伝心したかのように、同時に踏み込みました。
寸分の狂いもなくお互いの武器の先端が激突しました。
激しいエネルギーがぶつかり合います。
「はっはっは。私は負けませんよ!」
力が拮抗します。
力は互角ならば、気力の勝負です。
『倒すと決めたのなら、躊躇するな。敵が生前の知り合いなこともあるだろう。敵が生身の人間なこともあるだろう』
ソウの言葉が、頭の中を駆け抜けます。
絶対倒す。
躊躇はしない。
たとえこの武器が、勇者の魂さえ壊す物だったとしても。
決意が心に満ちて、私の歩が一歩進んだ時。
魔杖変形「冥王の花嫁」
視界の端で、魔女の杖が氷の結晶を模した形に変形させたのが見えました。
突然、辺り一面に冷気を感じました。
「範囲魔法攻撃⁉」
私はバングルに魔力を注ぎこみます。
聖装変形『太陽神の微笑み』
バングルが魔力を吸い取り、空気を灼熱させます。
極寒の冬を、真夏の太陽の力で相殺します。
「勇者との最後のデートなんですから、邪魔しないでください!」
本当に腹立たしい。
しかも、今の攻撃どう考えても、勇者ごと私を殺そうとしていました。
勇者は必死に、魔女の為に戦っているというのに。
私は勇者に向き直って言いました。
「勇者、本当にあの人の味方でいいんですか。あの人は、自分の本当の息子のことしか考えていませんよ」
「わかっています。そんなこと、それでも僕はあの人のために戦います」
勇者の回答にブレはありません。
「どうして……」
私のためじゃないんですか。
今勇者が、私の味方になると言ってくれたのなら……騙されて死んでもいい。
だから、せめて騙してくださいよ。
昔みたいに優しい声音で愛していると言って欲しいのです。
私だけの勇者になってくださいよ。
心が叫び、血の涙を流します。
私は、ギッっと歯を噛みしめました。
それでも、前に進みます。
進む道しかありません。
私は再び剣を構えました。
「スピードも、力も威力も互角。だけど、姫様には時間がない」
「わかっていますよ」
ソウの魔力は、いつまでも持つわけではありません。
冥界の扉は再び開こうとしています。
私は勇者との戦いを分析します。
ミョルニルは、ガダーと互角。
フレイソードは、チャクラと互角。
グングニルは、トリシューラと互角。
だとしたら、残りは一つしかありません。
「スピード勝負です!」
聖剣変形「運命の剣」
私は、聖剣形態で最初に手に入れたウィ―ザルソードを選択しました。
勇者も私のウィ―ザルソードを見て、聖剣を変形させます。
聖剣変形「維持神の円盤」
勇者が選択したのは、チャクラ。
勇者の扱える形状の中で、それが最速ということでしょう。
スピード特化型のウィ―ザルソード、これならばスピードだけなら勇者を上回れます。
「速いだけのそんな脆い剣砕いてしまえば」
ウィ―ザルソード。
私が最初に発現した聖剣形状で、薄く軽く、
ほんの少しだけでも硬いもの当たれば、砕け散る。
そんな脆い剣です。
勇者は私が動き出す前に、チャクラを四本すべて投擲しました。
チャクラの効果は自動攻撃。
私がどんなに速く動いたとしても、かわせないように、飛んできます。
つまり防がなければ、死ぬ。
ですが、ウィーザルソードでは、防げない。
「と、思っていますよね」
軌道はもうすべて見えています。
私の隙が勇者にどうみえているかもわかっています。
フレイソードでなくても、やれます。
(ウィーザルステップ)
私は、超高速で、動くと、ウィ―ザルソードで、チャクラをはじきました。
「なっ!?」
勇者に動揺が走ります。
激しく打ちつけたはずの、ウィーザルソードは砕けていません。
私は、チャクラが勇者の元に戻る前に、一瞬で間合いを詰めると、隙ができた勇者に、剣をたたき込みました。
勇者の手足から、鮮血が飛び散ります。
死者ではなくて、生者の本物の血です。
「どうして、ウィ―ザルソードで僕の剣を受け止めることが……」
勇者は、私の剣に込められた魔力を見ました。
「そうか。魔力で刀身を強化して」
今の私は、魔力で斬撃を生み出せます。
別に飛ばさずとも、刀身を強化することもできます。
「姫様、強くなりましたね」
勇者はその場に崩れ落ちていきます。
私は勇者の隣に落ちていた聖剣を拾い上げます。
「姫様、早く僕にとどめを……」
「あなたは、あとで説教です」
全身の腱を切りました。
魔法はあれど、回復魔法のような都合のいいものはありません。
勇者は二度と戦えないでしょう。
「殺してください。姫様」
「殺すまでもありませんよ。まったく、守るべき私より、弱いとか勇者失格ですよ。そこで私が魔女を倒すところを見ていなさい」
私は、間違いなく勇者を倒しました。
殺すとは言っていません。
勇者の裏切りは、一度目。
結果として死ななかったのであれば、今はこれでいいはずです。
「さあ、魔女、次はあなたの番ですよ」
私は魔女に向き直りました。
魔女は、冷たい瞳で勇者を見下ろしていました。
「まあ、いいわ。どうせ聖剣を奪うためだけに育てた子だもの」
魔女は勇者に言いました。
「最後に役にたちなさい」




