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英霊様は勇者の体を乗っ取りました  作者: 名録史郎
ep1.冥界の扉を閉めるまでは
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3.旅立ち

 決断を伴う旅立ちは、美しいものです。


 ですが、私の旅立ちは、嘆きに満ちたものでした。

 きっとあの日の私に自分で歩む勇気があれば、きっと見える世界も違ったのでしょう。

 けど、私は選べなかった――いえ、本当は選ばなかっただけなのです。


 なにもかも失ったと思っていました。

 本当はまだ大切なものが残っていたのに。


 それでも、もしあの時、ほんの少しでも勇気を持って選ぶことができたなら——私は……。


◇ ◇ ◇


 私は、着替えるために鏡を見つめます。


 そこに映っているのは柔らかく輝く金色の髪を持った姫の姿。

 日が沈んだ直後の太陽と月の色が混ざり合ったような紫の瞳。

 可愛いらしい自分がそこにいます。


 しかし、いつもの活気さや元気さはどこにも見当たりません。


「はぁ。どうしてこんなことに……」


 いつものように、にっこりポーズを取る気にはなれず、幸せが逃げていくようなため息が出ます。


「仕方ありませんね。着替えましょうか」


 私は冒険に出発するため、お気に入りの真紅のドレスから、動きやすい上等な冒険者の服に着替えます。

 重くはないですが、鉄線が編み込まれており、くさびかたびらのようになっている上着。

 下半身はズボンですが、ヒラヒラのスカートもついており可愛らしさも兼ね備えています。

 胸には王家の紋様が誇らしげに輝いています。


 武器は私が唯一扱えそうな護身刀。

 すべてお兄様が、私が旧城に来る数日前にわざわざ用意していてくれたものです。


 本当にお兄様は、私のために万全の手配してくれていました。

 それに対して、私は……。


「どうして私は、こんなに無力なのでしょう」

 

 自嘲気味に呟きながら、最後にソウの魂が封印されていたと思われるペンダントを首にかけ、胸の奥にしまいます。


 待たしていた勇者の前に姿を現すと、勇者は微笑みながら言いました。


「姫様、お似合いですよ」


「ありがとう」


 お世辞かもしれませんが、こういうさりげない優しさが勇者のいいところでした。



◇ ◇ ◇



 私達は城の外にでました。


「あそこには聖剣以外なにもありませんでしたが、本当に行くのですか?」


 勇者の問いに、『はい』と素直には答えられませんでした。

 自分が決めたわけではなく、そうしなければならない――ただ頭がそう理解しているだけで、心は追いついていません。


「ここでじっとしているのも危ないでしょうし、他にあてもありませんので……。勇者は場所わかりますよね」


「それはわかりますが……」


「英霊……ソウも知っているでしょうから、心配いりませんよ。中からみていると言っていましたし、道を間違えば教えてくれるでしょう」


「……そうですね」


 勇者はどうやら気乗りしないようです。


「僕は、あなたを守り切る自信がありません」


 『何が何でも守り切る』そう答えてくれたらうれしいのですが、今の言葉が勇者にとっての等身大の答えでしょう。

 勇者とはいえ、実際戦闘経験があるわけではないのです。


 私が生まれてからずっと世界は平和でした。

 それも、200年近く前に、英霊であるソウの仲間達が魔女を倒してくれたからでしょう。


 ただ、英霊(ソウ)が、あれほど性悪だとは思っていませんでしたが……。


「なんとかなりますよ」

 私は勇者に言います。


 なんとかなってほしいという思いを込めて。

 

 ですが、その想いは馬車小屋を確認すると、すぐに粉々に砕かれました。

 

「馬車は……壊されていますね……馬も死んでいます」


 惨たらしく殺されている馬をみて、ため息をつきました。


「歩いて行くしかありませんね」


 どちらにしろ、目立つ道は避けた方が無難でしょう。

 ただ体力に自信はありません。

 こんなことになるのであれば、マナー作法などよりも訓練に時間を充てるべきでした。

 もう後の祭りなのですが……。


 城の裏手から、森の中に入ります。

 獣道ですが、それほど急斜面ということもなく歩けないほどでもありません。 

 木々の間から差し込む陽光、鳥のさえずり、時々ゆっくり吹き抜ける風を感じると、世界が魔女に支配されつつあるのが嘘のようです。

 森を必死に歩いていくと、少しだけ整備された道にでました。

 木材を搬出する林道のようでした。


 なんだが鼻をつく、異臭を感じました。

「この臭いは……」


「ひぃいいいん」


 馬の悲痛な悲鳴が聞こえてきました。

 私は思わず駆け出しました。


「姫様⁉ 待ってください」


 馬車が襲われていました。


「ゾンビ!?」


 城を襲ったスケルトンとは別種のアンデット――ゾンビです。

 ゾンビは所々筋線維を覗かせるほど、腐敗が進んでいます。数は2体。

 馬は反転して逃げようとしていましたが、道幅が狭くうまくいっていません。


「うぐっ、どうしましょう」


 私は、ゾンビの醜悪さに、吐き気をもよおします。

 さらに、腐臭に足がすくみますが、見て見ぬふりはできません。


「勇者行けますか?」


 私はついてきていた勇者に聞きます。


「は、はい」


 勇者は返事をすると、聖剣を抜き、果敢にゾンビに向かっていきます。

 スケルトンとは違い、ゾンビは武器を持っていないので、攻撃は当てやすいように思えました。

 ただ勇者は腰が引けていて、振った聖剣が中途半端に刺さってしまいます。


「あっ、うっ、うわぁ」

 

 ゾンビは、剣にひるむことなく突き進んできて、勇者の腕をつかみかかろうとしてきます。

 すんでのところで勇者は避けると、剣をむりやり引き抜き、私の元に戻ってきました。 


「す、すみません。僕では無理そうです」


 勇者が攻撃したことで、ゾンビニ体が、標的を私達に切り替えました。

 私は、慌てて、勇者の中にいるはずの、ソウに話しかけます。


「ソウ! ソウ! 聞いているんでしょう?」


 勇者が瞳を瞬くと、色が太陽のような真紅に変わりました。

 表情は、けだるげなものになります。


「聞いているが?」


 そういって、ゾンビを一瞥します。

 まるでたいしたことないと言わんばかりです。

 

「助けてください」


「はあ? なんで俺様が? この程度でか?」


「今までの非礼は詫びます。お願いします」


 私は頭を下げました。

 今までは礼節がなっていなかったのも確かです。

 今思えば、機嫌が悪くなったのは、私が命令したときでした。

 召喚した直後はすぐ戦ってくれました。

 ピンチになれば戦ってくれるはずです。


「知らんな」


 素っ気ない返事です。


「えっ。あっ、うう」


 なんというかここまでして断られるとは思わなかったので、私はうろたえてしまいました。

 いつもであれば、姫である私がお願いすれば、どんなことであれ誰かがやってくれていました。

 しかも今回は、私自身の為だけではなく人の為なのです。

 どうして助けてくれないのでしょうか。

 ソウは人々の為、魔女を討伐した英雄ではないのでしょうか。

 そうこうしているうちに、ゾンビが近づいてきます。


「助けたければ、自分で助けろ。剣はかしてやる」


 勇者の聖剣を渡されます。


「私、剣なんて持ったことなんて……」


 護身用の短剣は持ってきていましたが、

 まさか自分が戦うとは思ってもいませんでした。

 しかも、聖剣は勇者専用の装備ではないのでしょうか。


「なに自分が怠惰であったことを報告しているんだ? 使い方がわからないので教えてくださいだろう」


 すごく正論でした。


「使い方がわからないので教えてください」


 私は、言われた通り、復唱します。

 ソウは、うなずきました。


「よし。まずは、両手ですっぽ抜けないようにしっかり持て、左手の方に力を入れろ」


「は、はい」


 私は言われたとおりに、しっかり両手で握り、左手に力を入れます。

 重いですが、持てないほどではありません。


「基本は右足が前、左足が後ろだ、剣を振るときは必ず引いてる足の方に振るようにしろ。自分の足斬るぞ」


 自分の足を斬ると言われて、私はごくりと生唾を飲みました。


「わ、わかりました」


 ゾンビを見ると、目が血走り、体は傷だらけ、片目は腐敗し眼球が顔から垂れ下がった恐ろしい姿をしています。


「敵をよく見ろ。絶対目を離すな」


 私が、目をそらしかけるとソウから叱咤が飛んできました。


「動揺するな。あいつらは魔法で動いているだけ、触れたり噛まれたりしたぐらいでこちらがゾンビになることはない。それに腐敗が進んでいるゾンビの足は遅い」


 ソウが教えてくれている間もゆっくりしか進んできません。


「振り上げて、上段に構えろ」


 私は、剣を振り上げます。


「あのスピードなら、ほとんど止まっているのと一緒だ。しっかり狙って敵の脳天に振り下ろせ」


 私の心臓が早鐘のように高鳴っているのを感じました。

 

「いまだ!」


 ソウの掛け声に合わせて私は剣を振り下ろします。

 脳天からそれてゾンビの肩に当たった瞬間、思わず握力を緩めてしまい、変な感じに突き刺さり、抜けなくなってしまいました。


「あっ」


 ゾンビが私を食べようと口を開きました。

 恐怖で私はその場にへたり込みます。

 もうダメだと諦めた瞬間、ソウの手が伸びてきて、聖剣の柄を握りしめて、ゾンビを蹴り飛ばします。 

 聖剣の汚れをはらいながらソウは言います。


「力は筋力と魔力と気力の組み合わせだ。筋力がないのなら、魔力で補え、魔力もないのなら気力で補え」


 ソウは聖剣を渡してきます。


「それに剣は重量があるから、縦振りなら重力も利用できる。しっかりまっすぐ振り下ろせばギロチンのように力を入れなくても威力はでる。線を意識しろ」


 言葉はなんとか頭に入ってきます。


「もう一度だ」


 ただ私は立ち上がることができませんでした。 


「なに座っているんだ」


「腕が、もう……」


 たった一振りで、腕が悲鳴を上げています。


「泣き言うな。気力でどうにかしろ」


 だけど、ソウは許してはくれません。


「あなたなら簡単に倒せるのでしょう」


 ソウなら息をするのと同じように、ゾンビを倒せるでしょう。

 どうして私が倒さないといけないのでしょうか。

 そもそもこんなに私に教えるよりも自分で剣を一振りした方が簡単なはずです。


「お前はスケルトンに襲われているとき、英霊召還がうまくいかなかったらどうするつもりだったんだ」


「もう他に手だては……」


「なら死ぬ覚悟はできてるのか?」


 死ぬ覚悟と言われて、背筋が凍り付きました。 


「いいえ」

 私は弱々しく答えます。


 死ぬ覚悟なんてできているはずもなく。

 何も為すこともできずに無駄死にしてしまっていたでしょう。


「なら立て。ゾンビは何度でも立ち上がってくるぞ。諦めたら死ぬぞ。死にたくなければゾンビよりも何度でも立ち上がれ」


 気持ちが負けたら死ぬ。

 弱音を吐いているうちに死ぬ。

 わかっています。

 わかっているはずです。

 なのに、体は思い通り動きません。


「死ねば、お前もあいつらの仲間だ」


 ソウは、ゾンビを指さします。

 

「ゾンビたちも、人間だったころが……」


 私は、ゾンビたちが人間だった頃を想像し、さらに力が入らなくなります。


「倒すと決めたのなら、躊躇するな。敵が生前の知り合いなこともあるだろう。敵が生身の人間なこともあるだろう」


 ソウは、私が想像する以上に厳しいことを言います。


「それでも死にたくないなら戦え。自分自身で」


「死にたくはありません」


 勝てるかどうかはわかりません。

 ですが、気持ちで負けていたら、勝てるわけはありません。

 最後まで諦めなければ、勝ち目はあるかもしれません。

 私は力を振り絞って、立ち上がります。


「このゾンビは、知性はないから、不意打ちのようなことはしてこない。魔法の力が宿っているとはいえ、体を動かしているのは筋肉だ。とにかく動かなくなるまで攻撃しろ」


「はい」

 

 私は、もう弱音を吐かずにゾンビに立ち向かいました。

 ですが、すぐうまくいくわけではなく。

 うまくゾンビを斬ることができません。

 ソウは、もうダメだと思った瞬間に助けてくれます。

 本当に助けてくれるのかと思うほど、ギリギリでしか助けてくれません。

 いつ呆れて見捨てられてもおかしくない。

 そんな冷たさです。

 死の恐怖が、何度も、何度も、私を襲い掛かりました。

 ソウは、その恐怖からは助けてくれませんでした。

 悔しくて、情けなくて。

 私は涙がこぼれました。

 泣き言は注意されましたが、泣いていること自体は注意されませんでした。

 よろよろと私は剣を杖のように使いながらも、何度も立ち上がります。

 ソウは、剣をそんな使い方をしても怒ったりしません。

 まるで立ち上がることの方が、聖剣よりも大切なことだと言わんばかりです。


 気が遠くなるほど――私の感覚ではですが――ゾンビを攻撃しつづけていると、力が程よく入ったのか、聖剣がすっと振り抜けてゾンビが真っ二つになりました。


「もう一体だ」

 ソウの声が聞こえてきます。


 私は、さっきの感覚を忘れないように、もう一度振り下ろします。

 今度はまぐれでなく、ゾンビを切り倒しました。


「か、てた」


 倒れたゾンビの周りには、ぐしゃぐしゃに肉の断片が散らばっています。

 最初にでたらめに切っていたので、あらゆる筋肉を断裂していて、ゾンビもさすがに動きそうにありません。

 私は、完全に沈黙したゾンビを見下ろしました。


「よし、よくやった」

 ソウは、初めてほめてくれました。


「はあ、はあ、はあ」

 私は肩で息をしながら、へたり込みました。

 ソウの言葉に、返すこともできません。


「今日のところはいいだろう」

 

 私の手から滑り落ちた聖剣を拾い上げると納刀します。

 それから、へたり込んでいる私にソウはいいました。

 

「お前はまだやることがあるだろう。何のために戦ったんだ?」 


 そうです。私は、馬車にいる人を助けるために、戦ったのです。

 私は、よろよろと馬車に近づき、中を覗きこみます。


「よかった……」


 親子が馬車の中で震えていましたが、怪我などはしていないようです。


「もう大丈夫ですよ」


 ゾンビの返り血や自分の涙でぐしゃぐしゃだったと思いますが、私は今できる精一杯の笑顔をしました。


 中から出てきた男の人が私の手をとります。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 男の人が何度も、お礼を言いました。


 お礼を言いたいのは私の方です。

 こんな私でも誰かに命令するのではなく、

 自分自身の手で人を救うことができました。

 暗く閉ざしていた未来が、少しだけ自分の力でこじ開けることができた。

 そんな実感が私を包み込んでいました。


 私は、今度こそソウにちゃんとお礼を言おうと思って振り向くと、

ゾンビを見ていた時よりも、冷たい表情をしたソウがいました。

 

「さあ、どっちかな?」


 ソウは不吉なことをつぶやいていました。

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