36.ソウ
ウーツ様の言葉は、まるでお別れみたいでした。
「ウーツ様?」
私の呼びかけに反応がありません。
「フフフ、さあ亡者どもよ、行きなさい」
魔女の呼び声で、四方八方に隠れていた亡者が一斉に襲い掛かってきました。
グングニルで倒すわけにはいきません。
聖剣変形「勝利の剣」
私は、聖剣が変形するラグで、突然襲ってきた亡者から、自分の身を守ることしかできませんでした。
「ウーツ様!」
亡者の群れが動かないウーツ様を飲み込んでいきます。
スケルトンの刃が、ウーツ様の喉に触れようとしたとき、カッと目が赤く光り輝きました。
魔力解放『滅びの宴』
突如として、爆発的に魔力が高まり、亡者たちが弾き飛ばされます。
でも、その魔力の波動はウーツ様のものではありません。
「ソウ? ソウですか? ウーツ様はどうしたんですか」
「冥界に行った」
ソウは苦々しく言います。
「このタイミングでですか?」
「限界だったようだ」
「限界……」
「やってくれたな魔女め、相棒の魂が不安定なことにつけいりやがったな」
ソウの言葉で、ウーツ様が私に語ってくれたことを思い出します。
魂が不安定。
いつ冥界に戻ってもおかしくない。
ウーツ様はそう語ってくれていました。
ウーツ様のいつもの言葉
『魔女と亡者は、すべて潰してくれる』
きっと口に出すことで、心を奮い立たせていたのです。
王墓でみせてくれた穏やかなウーツ様。
本来は、戦いを好んだりしない人なのです。
相当無理をしていたに違いありません。
ソウを見ます。
いつもソウが、できるだけ表に出ていました。
多分、ソウもそれがわかっていて、無理させないようにしていたのでしょう。
「フフフ、前回はあなたたち二人に負けましたが、ウーツなしで、この亡者の群れを倒せますか?」
「相棒がお前ら家族の死にどれだけ心痛めていたかも知らないで」
「ワタクシ達を殺した。あの人は、もう家族ではありません」
「人は蘇らない。失った体も戻らない。それがこの世の理だ。この世界の行く末を決めるのは、今を生きる人間だ。俺様達じゃない」
ソウは私を見ました。
「こいつだってそうだ。ニルナは、お前にとっても子孫なんだぞ。お前が殺した王子もそうだ」
「フフフ、だから、なんだというのですか」
ソウの言葉は、魔女には届きません。
私とソウは、迫りくる亡者を殺し続けます。
スケルトンは粉砕し、ゾンビは四肢をきりとばす。
敵の強さはそれほどではありません。
ただ発生量が尋常ではなくジリ貧です。
私とソウは背中合わせで亡者に対応します。
「ニルナ、魔力は、相棒のものも使えるだろう。殲滅形状できそうか?」
「ちょっと今すぐは……」
ウーツ様が使っていた殲滅形状は、その兵器の機構の理解も必要なのでしょう。
私やソウが使う単純な武器と違い、うまくイメージすることができません。
「くそ、ウーツが現世に留まれるうちに魔女を倒そうと急いだのが仇となったな」
どうしても必要なパリィ以外の魔法は習っていません。
二兎追うものは一兎も得ず、そういうことだと思います。
「ならとるべき手段は二つだけだな」
ソウは、周りのゾンビをフェンリルファングで、一掃しながら言いました。
「二つ?」
まだ対策が二つも残っていることに私は驚きました。
「この亡者すべてを、グングニルとレーヴァティンで倒してしまう。そうすれば、亡者は蘇らない」
「た、確かにそれはそうですが」
ですが、それは、魂の本当の死です。
輪廻転生するかもしれないと次の人生に賭けることもできなくなってしまいます。
亡者は、自分の意思でこの世にとどまっているわけではありません。
無実の人々を殺しつくすことになります。
「もう一つはなんですか」
「冥界の門は、目と鼻の先。霊魂ならば、この亡者の群もとおりぬけられる。俺様が冥界に戻る瞬間、パリィで冥界の門を閉じる」
前者は確実です。
ソウと今の私ならば、どんな敵も倒せます。
だけど、できればしたくありません。
後者だって、できるはずです。
ソウが提案してきてくれるということは、ソウは私が魔女に勝てると信じてくれているのでしょう。
今の私は自分で言うのもなんですが、相当強くなっています。でも……。
「私は今まで、ソウが見ててくれたから頑張ってこれただけなのです」
強気でいられたのも、覚悟をもって戦いに挑めたのも、全部いつだって、ソウが見ていてくれたからです。
まだまだ私は未熟です。
いまだって、私が殲滅型をしっかり学んでいれば、悩まなくていい問題だったはずなのです。
「お前は、いつだって誰かのために戦える奴だ」
「突然褒めないでくださいよ」
まるで、もうお別れみたいな言い方です。
「剣はフレイソードのままにしておけ」
私は、聖剣をしっかり握りしめます。
「俺様がいなくなれば、敵は全方位から襲いかかるだろうが、今のお前ならやれるはずだ」
自分がいなくなった前提でアドバイスをくれます。
「話を勝手に進めないでください」
「未来を切り開くのは、過去の亡霊である俺様達じゃない。今を生きるお前だ。ニルナ」
「でも、一人では、やれません。ソウがいなくなっては、私は一人になってしまいます」
「大丈夫。俺様と相棒の血は、お前の中に流れてる。ずっとつながっているんだ」
ソウは一呼吸おいて私に聞きました。
「さあ、どっちにするんだ」
ソウは待っています。
私の決断を。
私には他の方法なんて思いつきません。
二つに一つです。
世界最強の血筋が、私の中にはあります。
「ソウ、お願いします。冥界の扉をとじてください!」
「任せておけ」
勇者から、今度は赤い靄が現れます。
ウーツ様の時と違い、激しく燃える太陽のプロミネンスのような激しさです。
ソウの魂は、亡者の群れを素通りし、城の中へと入り込んでいきました。
城の内部で、魔法が弾け飛んだ感覚がありました。
ゾンビの首を何体かハネ飛ばしてみます。
再び動き出す気配は、ありません。
「冥界の扉はまた開けばいいだけのこと」
魔女の言葉は、私には負け惜しみにしか聞こえません。
なぜなら、ソウの魔力はまだ城に滞留しています。
簡単には、冥界の扉は開けないはずです。
ソウが作ってくれたチャンスを活かしてみせます。
私は、自分の周りの亡者を一掃しながら、後ろにいるソウの魂が抜けて、本来の状態に戻っているはずの勇者に言います。
「勇者、下がってください。私がやります」
私は、さらに亡者を倒すため、前に進み出ます。
「えっ?」
突然、フレイソードが反応し、体をぐるりと旋回させます。
ガキン!
私は、後ろからの不意打ちに対応しました。
そして、不意打ちしてきた相手を確認します。
「勇者どうして……」
私を攻撃してきたのは、勇者でした。




