35.ウーツ
私たちは再び城を目指しながら、別れ際に初代国王とお父様がくれた、アドバイスを思い出します。
「初代国王が、魔女の切り札というわけではないとのことでしたね」
「そうだったとしても、魔女なんかたいしたことはない」
「ソウにしてみれば、全てがそうなのかもしれませんが」
「まったくネガイラは、何百年たっても反省しない奴だ。困ったもんだ」
世界の滅亡の危機だというのに、聞き分けの悪い親戚を止めに行く程度の言い方です。
「それにしても、お父様を蘇らせて、何の意味があったのでしょうか」
初代国王は、かなり強かったので下手すれば怪我していたところでしたが、お父様は弱すぎて、なんの障害にもなっていませんでした。
「なんのって、罪悪感とかを煽って、お前を消耗させようとしてるんだろう」
罪悪感……?
消耗……?
全力で試し斬りできて楽しかったような……。
「お父様を殺してしまって、ココロガイタミマス」
「ますますヨウキに似てきて、心配になってきたぞ」
まるでヨウキおばあ様が人でなしみたいな言い方です。
「ヨウキおばあ様は悪政でもしいていたのでしょうか」
「いや、あいつは、民衆に好かれていたな」
「だったら」
「民衆に、好かれているからといって、民衆のことを思っているとは限らないってことだ」
やっぱり悪人みたいな言い方です。
「ソウにとっては、奥さんでしょう。まるで悪人みたいな言い方ですよ。なんで結婚したんですか?」
「前言っただろう。美人だったからな」
「本当に理由はそれだけですか?」
「俺様は海賊だぞ。自分が良い奴でもないからな。別に嫁に良識を求めているわけではない」
「そうかもしれませんが」
でも、私が知っているソウは、態度はともかく、ずいぶんお人よしだと思います。
単に悪い人と結婚するとは、思えません。
美人という以外にもきっと魅力が詰まった人なんだと思います。
ヨウキおばあ様にも会ってみたいと少しだけ思うのでした。
◇ ◇ ◇
私たちは、城の目の前までたどり着きました。
「ニルナ、気づいているだろう?」
「それは、もちろん」
視界にはいませんが、亡者の大群に囲まれています。
ウーツ様の魔法で、倒していた亡者が復活してしまったようです。
初代国王とお父様は結局亡者復活の時間稼ぎだったのでしょう。
「結局、最後は物量戦か。それが、単純で効果的だな。この数は、俺様ではきついな。もう一度、相棒に代わるか。ニルナ、しっかり相棒を守ってやれ」
「もちろんです」
王都に乗り込んだ時とちがって、後方を気にしなければいけませんが、私は今は飛ぶ斬撃も身につけています。
敵をそう簡単に近づけたりしません。
ソウが目を閉じて、再び見開きました。
瞳の色が青い月の色に変わります。
「亡者と魔女はすべて……」
ウーツ様がいつものセリフを言おうとしたとき、城の門が開き一人の女性が現れました。
恐ろしく白い肌、黒のローブに、三角帽子を被っていて、あからさまな姿をしています。
「フフフ、ようやく会えましたね。あなた」
女性は、勇者の中にいる魂――ウーツ様を見つめます。
「ネガイラ……」
やっぱり魔女、ネガイラおばあ様でした。
ウーツ様は、いつもの威厳に満ちた態度が鳴りを潜めています。
沈痛な面持ちでネガイラおばあ様を見ました。
「もうやめないかネガイラ。息子が死んで悲しいのはわかるが、なにも死がすべての終わりでないことを我らは知っているだろう。子孫や、この世界に生きる者たちに迷惑をかけてまで、生き返る必要はないだろう」
「あなたに何がわかるというのですか。冥界に行ったこともないあなたに」
確かに、ペンダントに封じられていたウーツ様は冥界には行ったことはないはずです。
「あの世界は袋小路。すべての記憶を奪い、愛する息子と出会うことすら許さないあの場所がなんだというのですか」
「それは、転生するために必要なことなのだろう」
「それが本当かもわからないのに」
「それは……」
ウーツ様が言葉に詰まります。
死んだら冥界に行く。
これは事実ですが、冥界の次はどうなるのか、結局わかりません。
先があるのかどうか。
一番信じられているのが、輪廻転生。
冥界で洗われた魂が別の世界に行って再び生を得るというもの。
それが一番可能性が高いです。
ですが結局、冥界の次の世界に行ってみなければわからないということでもあります。
だからといって、今を生きる者の権利を邪魔していいものではありません。
「ウーツ様、話し合いは無理ですよ。とどめは私に任せてください。ウーツ様は亡者を」
利害が一致することはあり得ません。
私は私の正義を振りかざすのみです。
聖剣変形「最高神の槍」
聖剣が煌々と輝きます。
聖剣全体に幾何学的な紋様が浮かび上がると、槍へと形状が変化します。
「……そうだな」
もう目の前に、魔女がいるのであれば、ウーツ様が亡者を全て倒してくれれば、私がこの槍を魔女に刺してしまえばすべては終わりです。
私がグングニルを構えると、魔女の後ろから、見知った姿が現れます。
「性懲りもなく今度はお兄様ですか」
目の前に現れたのは、お兄様でした。
私はルーンさんを信じています。
ルーンさんは王都に生者はいないと言いました。
だから、兄が生者であるはずがありません。
覚悟はしていました。
兄がなくなっていると。
だからこそ悲しさではなく憤りを感じます。
「お兄様、私はここまでやってくることができました」
大好きなお兄様に聞こえるように、大きな声で言います。
「今こそ、あなたの仇をうってみせます」
私は決意を兄に宣言します。
返ってきた反応は、全くの想定外でした。
「ローアお姉様?」
お兄様は、私のことを不思議そうに見ます。
「ローア? お姉様? お兄様、何を言っているのですか」
見た目は間違いなくお兄様です。
お父様の時と同じように、中身もお兄様ではないのでしょうか。
お兄様は今度は、ウーツ様を見つめて言います。
「お父さんは、また僕を殺すの?」
「アンル……」
ウーツ様は固まったように動きません。
つまり、中身は、幼くして亡くなったウーツ様の息子ということ。
「ああ、どうですか? ようやくワタクシの愛する息子を蘇らせることができましたわ」
魔女は愛おしそうに、自分の息子の髪を撫でます。
『愛している』
魔女は、世界を壊す呪いの口にします。
愛と呪いは、同じ言葉でできています。
私は、剣を握りしめ、決意を口に出します。
「兄であろうとなかろうと関係ありません。あなたが誰であれ殺すまでです。ウーツ様お願いします」
私の呼びかけに、ウーツ様は答えてくれません。
「ウーツ様?」
それどころか、勇者の体から、青い靄が抜けていくように漏れていきます。
「ニルナ、すまない」
ウーツ様は私を一瞥すると、なぜか謝りました。
「あとは頼んだぞ。我が愛しの子孫よ」




