33.親子
初代国王は、剣を構え、お父様はナックルを付けた拳を構えます。
初代国王とお父様は、普通の死人とも亡者とも違うように見えました。
ゾンビのように遺体のまま動き回っているわけでもなく、死人のように何もかも忘れて生者の振りをしているわけでもなさそうです。
意思のこもった目でこちらを見てきます。
敵意をむけているのに、自分の意思と反しているようなおかしな感覚です。
本人の技量を引き出しながら操るために魔女が意思を残していると言ったところでしょうか。
初代国王が振ってきた剣をソウは受け止めます。
「意思があるのに、操られているのか。軟弱者め」
ソウが初代国王にしかりつけるように言います。
「すみません」
初代国王は口では謝っているものの、剣をこちらに向けてきます。
「200年ぶりに、稽古でもつけてやろうか?」
「父上、剣での本気の勝負といきましょうか。剣の腕なら私が上です」
「いいだろう。全盛期のお前がどれほどのものか見せてみろ」
同時に踏み込むと激しく、剣を打ち付けます。
聖剣変形「盟友の鉄槌」
ソウは鍔迫り合いをしながら、聖剣をミョルニル――ハンマー形状にします。
初代国王を吹き飛ばしました。
「ぐっ」
すかさず、ソウは間合いを詰めます。
聖剣変形「大狼の牙」
ガキン!
細かい刃で、初代国王の剣を挟み込むと、獣が噛みつくようにそのまま砕きます。
初代国王は、慌てて、落ちている別の剣を拾い上げます。
「父上、やっぱりその聖剣は卑怯ではありませんか? 生前私には一度も使わせてくれませんでしたよね」
ずっと墓に封印されていたので、初代国王は使ったことがないのでしょう。
「それにハンマーは、剣ではないと何度言えばわかってくれるんですか」
「俺様が剣といえば剣だ」
そういうことですか。
初代国王は、剣聖と伝えられるほどの、剣の達人だったといいます。
ソウの自由奔放な戦い方は、普通に考えれば、剣術とは言わないでしょう。
少なくともハンマーでぶん殴ることを剣術とは言ってはいけない気がします。
ただ、ソウがハンマーを剣だと言い張れば、ソウにとっては剣術でしょう。
つまりソウが、頑なにすべて聖剣形状を剣だと言い張っていたのは、
息子に単純な剣術だと負けるから、ということです。
どれだけ負けず嫌いなんですか。
「はっはっは。さあ、かかってこい」
ソウは、歯をむいて笑います。
ソウは、自分の息子と命のやり取りをしているというのに、なんだかとっても生き生きしていて楽しそうです。
何の心配もなさそうなので、私は自分の対決相手に向き合います。
「ニルナ……」
「お父様、覚悟はしてきているので、問題ありませんよ」
王都ならば、家族の遺品などいくらでも手には入ります。
死んだばかりの父ならなおさらでしょう。
嫌がらせばかりしてくる魔女のことですから、知り合いが敵になることも想定内です。
ルーンさんのおかげで、本当は生きているかもしれないなどと曖昧な希望にすがることもありません。
心はじくりと痛みますが、歩みを止めるほどではありません。
お父様の姿を私は観察します。
私が知っているお父様と違い、筋骨隆々です。
写真でしか見たことがない、若いころの姿です。
「ニルナ、逃げるんだ。最盛期のワシはものすごくつよ」
スパーン。
お父様の声が途切れました。
いくら筋肉を鍛えようと、首の筋肉はたかがしれます。
ウィ―ザルソードで刎ねるのは簡単です。
しばらくすると、お父様は、死人のように砂になりかけますが、再生して首が生えてきます。
死人とも亡者とも違う特別性のようでした。
「やっぱり、再生しますか、すみません。お父様最後の方よくききとれませんでした」
「ニルナ、ぜんりょ」
スパーン。
お父様は、しゃべり始めると隙が大きいので、思わず踏み込んで剣を振るってしまいます。
しばらくすると、また首が生えてきました。
トカゲのしっぽのようです。
「お父様、会話中も隙だらけやめてもらっていいですか。無意識で殺してしまいます」
「はっ? 無意識?」
「お父様、魔女に私を殺すように指示されているんですよね? いくらこれ以上死なないからって本気でやってもらってもいいですか」
「……これでも、本気だ」
「……えっ」
本気?
この強さで全力?
「よわす……ゴホゴホゴホ」
私は咳き込んでごまかしました。
危ない危ない、お父様に対して、漏れてはいけない言葉が漏れるところでした。
お父様の全盛期は……正直たいしたことはありませんが、厄介なのは再生能力がすさまじいということです。
これではいくら殺してもキリがありません。
「ソウ、どうしたら無力化できますか」
私は楽しそうに戦っているソウに話しかけます。
「四肢を切り落とし、縛りつければいい」
ソウが聖剣を振りながら答えてくれます。
解決手段がわかりやすくていいです。
「なるほど。それは、かんた……ゲホゲホ」
んー。やっぱり、心の声が漏れかけてしまいます。
えーと、問題は手元に縛り付けるロープのようなものがありません。
今から、どこか雑貨屋を探してロープを見つけてくるのは骨が折れます。
ならば、
「お父様は、手足を切り落として、柱にでも突き刺しときますか」
私の言葉に死んでいるはずの、お父様は顔を真っ青にします。
「ニ、ニルナや、手加減してくれんか?」
「お父様、私はどんな絶望的状況でも泣き言なんて言わない。そんなお父様が大好きです」
私の笑顔で、お父様は次の言葉をはなてなくなってしまいました。
「無慈悲だなお前は、どんな敵も倒せるようになれとは言ったが、人でなしになれとは言ってないぞ」
黙ってしまったお父様のかわりに初代国王から距離をとって、私の傍まで来ていたソウが答えてくれます。
内容は私にとっては不服です。
「そんなつもりではないのですが」
「だが、意識があるのに、魔女に乗っ取られる情けない父親は、娘に殺される覚悟ぐらいはしてもらわないとな」
「ぐぬぬ。使用人の分際で偉そうに……」
お父様は、勇者の中身が先祖であるソウだとちゃんと理解できていないようです。
初代国王は中身がソウであると理解できているのに、状況についてこれていません。
もう少ししっかりしてもらいたいものです。
娘として恥ずかしい。
「むっ」
突然、初代国王の魔力の高まりを感じました。
私とソウは、危険を察知すると、その場から飛びのきました。
「父上、私と戦っている最中に、よそ見はさすがに余裕見せすぎではありませんか」
大地がえぐれ、斬撃の跡が残っています。
私が、港町で偶然放った飛ぶ斬撃を自らの意思で飛ばしたようでした。
「そういや、お前は斬撃飛ばせるんだったな」
その言葉は私の心の琴線にふれました。
私は、飛ぶ斬撃を自分のものにしたいとずっと思っていました。
自分で編み出すよりも、人の技を盗む方が遥かに簡単です。
「ソウ代わってもらってもいいですか。お父様は手応えがな……ではなく、お父様も何度も倒すのは気が引けるので」
「いいだろう。ハイラ、相手してやれ」
「……それは、魔女の命令違反にならないので構いませんが……」
初代国王は困惑しています。
普通は、息子と戦う羽目になるとはと嘆き悲しむところですからね。
ただこの場にいる人物は、もはやだれも普通ではないでしょう。
もう私は強い人物と戦うことができる嬉しさの方が心を占めています。
「では、あらためて、おじい様よろしくお願いします」
私は、初代国王に剣を構えました。




