31.魔導戦車2
「えーと。このあたりは確か崖が多くてできれば通りたくはないですね。戦車をゆっくり進めすぎると復活した亡者に追いつかれてしまうので、ある程度は速度を出した方が良さそうですね。となると、こちらの進路がよさそうです。あとはこのあたりの地形は……」
戦車を待機させ、ウーツ様が亡者を殲滅している間、私は地図とにらめっこしながら、進路を検討していました。
「このあたりはどうでしたっけ?」
私は、馬車で通った時の記憶を掘り返します。
王都と第二都市の間は何度も行き来したはずなのにあまり覚えていません。
『暇だなぁ』とぼんやりしていた昔の私を殴り飛ばしたいです。
唐突に戦い方が、肉弾戦から頭脳戦に変わり、頭が熱を持っています。
「頭から湯気が出とるが大丈夫かの?」
ルーンさんが私を心配してくれます。
「だ、大丈夫です」
目の前に敵がいるより断然安全なはずなのに、今にも倒れそうです。
うぅ。辛い。
「急に大変になっとるの」
「なんだかソウの指示が減ってきていて、自分で考えろといわんばかりで」
思わず、ルーンさんに愚痴ってしまいます。
「ただコメントがないわけではないんですよね。私を鍛えようとしているというより、ソウがわからないといった感じで」
地図を見るとなにもかいてないわけではなく『?』マークが書いてあります。
鍛えようとしているのなら、『自分で考えてみろ』とか書きそうなところです。
「国境を越えたからかもしれんの」
ルーンさんが窓から辺りを見ながら言います。
「国境? こんなところに国境はありませんよ。ここも私の国です」
「昔の国境じゃよ。ソウもこのあたりの土地勘はあまりないんじゃよ」
「ああ、なるほど」
ソウとウーツ様の国が合併する前の国境のことでしょう。
合併後は第二都市に隠居したといっていました。
交流はあったはずですが、地形を完全に把握出きるほど、ウーツ様の国の方には行っていないのかもしれません。
「ルーンさんは、どのルートが正解だと思いますか?」
「妾はわからんの。ソウに聞いてみたら……」
ウーツ様は、ひっきりなしに魔法を放っています。
苦戦しているわけでもなく魔力切れなどにはならなそうですが、とてもじゃありませんが、ソウに代わる余裕はなさそうです。
「無理そうじゃの」
頼るわけには、いきません。
頼るわけには……。
私は、ペンをにぎりしめて、地図をみます。
頭が拒否反応を示しています。
プシュー。
チーン。
「わかりました!」
オーバーヒートした脳が天啓を得ました。
「どうするんじゃ?」
「ウーツ様は前方の敵は蹴散らしてくれます。後ろから追いつかれないぐらい全力で駆け抜けるのみです!」
私は自分のひらめきに酔いしれます。
天才かもしれません。
「ちょっと待つんじゃ」
天才の私は、ルーンさんの制止の声も受け入れません。
自分の考えを貫くのみです。
「ウーツ様、ルーンさん。しっかりつかまってください」
「うむ? 」
敵を倒すのに集中していたウーツ様が、聖剣を掴むのを確認して、私はレバーを握りしめます。
「全力前進!」
私は、最大限の魔力をレバーに込めました。
エンジンが轟音を響かせると、大地を揺さぶりながら戦車は爆発的に加速しました。
「ぎゃああああああああああ」
ルーンさんの悲鳴が引きずられるように響き渡りました。
◇ ◇ ◇
私達、三人はエンジンから火を上げている戦車を眺めていました。
魔導戦車は私の魔力で動力炉が焼き切れてしまい発火。
轟々と火を放っています。
とても、修復できそうにありません。
ただもう視認できるところに、城が見えます。
歩いてもたいしたことはありません。
結果オーライでしょう。
「なんとかなりましたね」
ふーと、私は額の汗を拭います。
「なっとらんわー。なんちゅう娘じゃ。折角習ったクリアリングはどうしたんじゃ。なんで突然爆走したんじゃ」
「後ろから攻撃されないぐらいの速さで駆け抜けながら、敵を倒せばいいかなと思いまして」
「なんでじゃ、途中まではちゃんとできていたじゃろ」
「ちゃんと頑張ればできそうな気もしたんですけど、なんだが性に合わなくて。学園時代も、テスト期間になると勉強よりお部屋のかたづけしちゃうんですよ。考えるより、目の前の敵倒す方が断然楽ですね。作戦考えるぐらいなら、目の前の亡者倒したいぐらいです」
「なんで見た目おしとやかなお姫様なのに、頭の中脳筋なんじゃ」
「ははは」
私は笑ってごまかします。
この間まで私も自分のことおしとやかなお姫様だと思っていたんですけどね。
なんだか吹っ切れちゃったら、よく分かんなくなってきました。
それにしても、これは誰の血筋なんでしょうか。
ソウは、雑に見えますが、準備を大切にして、しっかり作戦を立てるタイプなので違うと思うのですが。
「ふむ。なかなか思い切りのいい作戦であったぞ」
ウーツ様からおほめあずかりました。
「なんで褒めてるのじゃ。ソウなら怒っとるぞ。つまり、お前の血筋かぁ! お前らどういう神経してるんじゃ」
ウーツ様の血筋でしたか。
そういえば、パリィ教えてもらった時も習うよりも慣れろって感じで教え方超大雑把でしたね。
「はあ、もう知らん。知らんのじゃ。いうても王都はすぐそこ。もうよいかの……」
ルーンさんはくたびれ切っていました。
はあ、とため息をついて辺りを眺めます。
「それにしてもこのあたりは懐かしいの」
「懐かしい?」
「もう少し進めば、妾とソウが戦ったところだからじゃの」
「戦ったところ?」
「そうじゃよ。前の戦いで、妾は魔女に組しておった」
ソウもそんなことを言っていた気がします。
「理由聞いてもいいですか?」
「簡単じゃろう。妾が死ぬ可能性として、なにがあると思う?」
「えーと、まず魔力切れですよね。それと私のグングニルとソウのレーヴァティン。あとは……なんでしたっけ」
「ないな」
ウーツ様が答えてくれました。
「そこのヴァンパイアは、すべての弱点を克服しておる。太陽の日差しも、心臓に杭を打ち込もうとも死なぬ。恐ろしき亡者の王だ。そして、こやつと戦い始めた時、ソウはまだ、レーヴァティンに目覚めていなかった」
「たしか、瘴気は亡者にとって魔力の代わりになるって」
魔女の死者蘇生で世界は瘴気で覆われていました。
魔力切れはありえません。
つまり……
「魔女の作った瘴気に満ちた世界では、妾は、正真正銘の不死身じゃったのじゃ。あやつが海賊の頃からつるんで遊んでおった友達じゃったのに、瘴気が溢れた世界では絶対死なぬと思っておったから、魔女に組したのじゃ。ソウとは三日三晩戦った。そして、ソウは妾との戦いの最中に、レーヴァティンに目覚めたのじゃ。妾は腕を切り落とされた」
「我は、殺せと言ったんだがな。ソウは一度目だからと言って許した」
ああ、ソウならきっとそういうでしょう。
一度目は、天国よりもやさしく、二度目からは地獄よりも厳しいそんな人です。
「なんで昔の妾は、魔女の方が勝てると思ったんじゃろう。ソウとヨウキを敵にまわした奴が勝てるわけないのにのう。結局、妾は今も変わってないの」
「変わってないなんて、そんな。ルーンさんは、いっぱい私のこと、たすけてくれてるじゃないですか」
ルーンさんは、優しく私に笑いました。
なんだか少し寂しげにも見えます。
ルーンさんは、私から目をそらすとウーツ様に言います。
「ウーツ殿、ソウと変わってもらえんかの?」
「ふん。いいだろう」
ウーツ様が、目をつぶると次開いた瞬間、瞳が太陽のような輝きを放ちます。
雰囲気が変わると、ルーンさんはほっとした表情になりました。
「ふー。やはりソウの方がいいのう」
「お前は、俺様が腕を切り落としたことを忘れたのか」
「今は、腕だけで勘弁してくれたことを感謝しておるよ」
穏やかにルーンさんは言いました。
「これより先の王都には生者はおらぬ。気をつけるがよいのじゃ」
ルーンさんはまるで最後のアドバイスのように言います。
「どうしたんですか?」
なんだかいつもとずいぶん雰囲気が違います。
「妾はここから先には一緒には行けぬ」
「えっ?」
「他のヴァンパイアたちはなんとか妾の支配下に置く、おぬしらの戦いの邪魔はさせない。それで許してくれるじゃろうか……」
ルーンさんは、ソウに言います。
「ああ、いいぞ。最初から、死人亡者の判別機としてしか期待していないからな」
「ソウは、相変わらずやさしいのう」
厳しいではなくて、やさしい?
期待されていないのに?
言っている意味が分かりません。
「すまぬな、ニルナ。ほんの少しの旅路だったが楽しかったのじゃ」
ルーンさんは、過去形で話します。
本当にお別れのようです。
「何の力もないのに、妾と対等に話すあの娘はなんとまぶしかったことか。太陽よりも妾は灰になってしまいそうじゃった」
多分、クミースのことを言っているのでしょう。
ルーンさんは言い争いしながら、いつもほんの少し楽しそうでした。
最後に、ルーンさんは、笑顔で言いました。
「ではな。頑張るんじゃぞ」
それだけ言うと、ルーンさんは、霧になって消えてきました。
私は、ぼんやり残っている霧を見つめながら言いました。
「てっきり一緒に戦ってくれるものかと」
「そんなわけないだろう」
ソウの中では、ルーンさんがついて来てくれるのがこの辺りまでだとわかっていたようでした。
「嘘はないんですよね?」
「あいつの言葉に嘘はないな……。ニルナ、お前はあいつの言ってたこと全部わかったか」
「ヴァンパイアをとめてくれるのと、王都には生者がいないってことですよね?」
「ヴァンパイアを殺すとは言ってなかっただろう」
「それは同じ種族だから、仕方ないのでは?」
「あいつはそんな優しい奴じゃない。同族エルフが皆倒れていくなか、自分だけヴァンパイアになって生き残ったやつだ。俺が片腕切り落とした時に恥も外聞も捨てて、命乞いした奴だ。なによりも自分の命の方が大事な奴なんだ。だから、お前が魔女に勝てるとは信じきれなかったといったんだよ。もしも、お前が負けた時は、魔女に媚びを売りたいから、ここらで別れたいと言ってきたんだ」
「そんな……」
「だからこそ、信じられる。嘘をついたら、次会った時に、俺様はルーンを殺す。あいつはなにより死にたくない奴だ。だから、嘘はつけない。だから素直に中立でいたいと言ってきたんだよ」
ソウと渡り合えるほどです。
戦えば強いはずなのに、一切手出しはしてきませんでした。
中立、つまり味方でも敵でもないということ。
ほんの少しのきっかけがあれば敵になってしまうかもしれません。
「相棒は殺せといっていた。俺様も次に裏切られたら殺す。お前だって同様だろう」
「それは仕方ありません」
私だって覚悟を決めて、ここにいます。
ためらったりはしません。
ただ……そんなことになれば、泣いてしまうかもしれません。
「だけど、まあ、今回は、お前のことを応援はしていたし、仲間にはなれなくても、友達ではいたいんだろうよ」
「そうですよね」
仲間ではなく友達。
一緒に戦ってくれなくても、私が頑張るための理由にはなります。
「ルーンさん、また一緒に旅しましょうね」
私の言葉は、霧に溶けて消えていきました。




