29.決戦準備
一晩ボーレンの家に泊めてもらいました。
狭い部屋を借りて女三人でぎゅうぎゅうに寝ていたので、体が変な感じになっています。
「もう。きついですね」
起き上がると隣で、クミースとルーンさんがくっついて寝ています。
寄り添ってとかではなく、クミースの足が、ルーンさんのお腹に乗っかっています。
「うーん」
ルーンさんがうなされています。
「ははは」
私は不謹慎ですが、笑ってしまいました。
「というかヴァンパイアも普通に夜寝るんですね」
夜がふけると一番乗りで寝ていました。
子供もびっくりの早寝っぷりです。
「この人、だけかもしれませんが」
私は、クミースの足をどかしてあげました。
ルーンさんの寝顔が幸せそうなものに変わります。
「せっかく亡者になってまでやることが寝ることなんて」
寝ている時間は、死んでいるのと同じ。
そんな風に考えてしまう人もいます。
私もどちらかと言えばそっち派かもしれません。
ただ五年間聖剣がなくなっていることにも気づかずに眠りこけていたひとです。
ルーンさんにとっては、眠ることが生きることなのかもしれません。
◇ ◇ ◇
眠気が来なくて、外に出ると、朝日が昇ったばかりだというのに、ソウとボーレンさんがなにやら作業をしていました。
いつのまにか、馬車を持ってきています。
点検というわけではなさそうです。
「なにをしているんですか」
「馬車の改造だ」
確かに攻めるのであれば、移動手段も大切です。
「どのように改造する気ですか?」
「馬のいらない馬車にしようと思ってな」
「それはもはや馬車ではないのでは? 普通に車でいいと思います」
聖剣も、ハンマーになったら聖槌とよべばいいのになんで剣と言い張るんでしょうか。
さっぱり私には理解できません。
「でもどうして馬ではだめなのですか?」
「馬を狙われて、アニマルゾンビにされるからな」
「確かにそれはまずいですね」
「そこで車輪を魔力で回るようにボーレンしてもらおうと思ってな」
「そんなことできるんですね」
ボーレンが答えてくれます。
「機能は一つだけで車輪を回すだけなら簡単だ。普通の人間なら魔力が足らないが、お前さんかウーツ国王なら動かせるだろう」
複雑に変形する聖剣を作り上げたボーレンさんにとっては、朝飯前なのかもしれません。
「久しぶりに本気を出すかの」
「さあ、腕が鳴るな」
「ソウも作るんですね」
「乗り物を自分で改造してこそ海賊だ」
船を直すのもお手の物だったはずです。
豪快さと手先の器用さ。
荒波をもものともせず乗り越えていく感じは、海賊としか考えられません。
「手伝えることはありますか」
私はボーレンさんに聞きました。
「魔法的なことは、一朝一夕でできるものではない……そうだな。代わりに店の掃除でもしててもらえないか」
遠回しに、邪魔だと言われてしまいました。
私は仕方なしに、家の中に入り、掃除道具を探しながら、ボーレンの打った包丁を眺めます。
「切れ味よさそうですね。ゾンビの首も軽く切れそう……何を言っているんでしょうか。料理道具でしたね」
刃物の目利きはできるようになってきましたが、人生で切ったものが食べ物より、ゾンビが多いのは問題ありな気がします。
よく包丁の銘をみると、城のキッチンにつまみ食いしに行ったときにコックが自慢していた包丁と同じように感じました。
「ボーレンと王族は今もつながりがまるでなかったわけではなかったんですね」
お父様に護身刀を献上してくれていたり、コック達が包丁を買っていたりと私がよく知らなかっただけだったようです。
「本当に世間知らずで私はダメですね」
もっといろんな人とかかわりを持てていたら、今ももっと状況はよかったかもしれません。
「できることからやりますか」
掃除もあまりやったことはありませんが、何事も挑戦でしょう。
商品を壊さないように、見た目がよくなればいいだけのはずです。
私は、見つけたはたきを持って、あまり掃除が行き届いていないところを掃除してみます。
商品のあたりは、客が手に取るからか埃もほとんどありませんが、端の方は埃がかぶっていました。
ハタクと埃が落ちて綺麗になります。
私は、目につきそうなところから順番にきれいにしていきます。
ただ下のほうを綺麗にしてから、上の方を綺麗にすると、また下の方が汚れてしまいました。
「……」
私は何をしているのでしょうか。
よく考えれば当たり前です。
「実体験してみないとなかなか身につかないものですね」
私は小さな発見をみつけながら掃除を続けます。
窓枠の近くの棚の上をはたくと可愛らしい木彫りの細工品が現れました。
デフォルメされた熊です。結局、私は、思い出すことができませんでした。
少し年代物なのか日に焼けています。
「あら、可愛い……あれ? でもこれと似たものどこかで見たことがある気がします」
なにか大事なことのように思えましたが、結局、私は、思い出すことができませんでした。
◇ ◇ ◇
私が、掃除をおえて、ソウ達のところに行くと、馬車が姿を変えていました。
馬がいらなくなったため、運転席とでもいうべきものが、内部に作られて、レバーのようなものが2つついています。
装甲ともいうべき、金属で覆われて、中から、屋根の上に登れるようになっています。
屋根の上には、聖剣を刺すようなところもあります。
きっとウーツ様が変形させた聖剣を備えるところでしょう。
タイヤは、どんなところ悪路も通れるようなキャタピラになっています。
原形がまるでありません。
家の外壁が一部なくなっていますがいいのでしょうか。
「これで、馬なし馬車の完成だな」
ソウが自慢気に言います。やり切った男の顔をしています。
「もう馬車ではないですよ。それどころかただの車でもなく、戦車とでもいうべきなのでは?」
なんでこの形状でも馬車と言い張るのでしょうか。
本当に理解できません。
「魔改造にもほどがあるでしょう」
「しっかり、魔力で動くようにしてもらったぞ」
「いえ、そう意味での魔改造ではないのですが」
もう。相変わらず無茶苦茶ですね。
でも、これですべての準備は整ったのではないでしょうか。
ソウとウーツ様用のどんな形状にも自在に変形する聖剣。
私用の討伐型にだけ変形する護身刀。
魔女の攻撃を防ぐバングル。
死人と亡者を判別できるルーンさん。
どんな亡者の群れでも蹴散らせそうな魔導戦車。
私は、魔導戦車と呼ぶことにしました。
そして、私はついに一番重要なことをソウに確認します。
「ところでソウが言っていた。冥界の扉とはどこにあるのですか?」
「ああ、ムーンヴァーナ城だ」
「城!?」
ソウがいうムーンヴァーナ城とは、王城のことのはずです。
スタート地点が、ゴールということです。
あまりに灯台下暗しでした。
「魔女ネガイラはウーツの嫁だ。当然、城で、死者甦生の開発をしていたからな。冥界の扉もそこで開いた」
「それはそうですよね」
「それに冥界の扉というが、実際に扉の形をしているわけではない。この世界の住人が死後に必ず通る世界に魔法的にこじ開けた穴のことだ」
「どうやったら、閉じることができるんでしょうか」
「閉じるのは簡単だ。近づいて、パリィをくらわせればいい」
パリィはどんな魔法をもはじくことができます。
冥界を開く魔法もはじきとばせるということなのでしょう。
「当然魔女は近づくのを邪魔してくるだろう。それに、とじたとしても、魔女はまた開くだけだからな」
「はあ、結局、魔女を倒すしかないのですね」
私はため息をこぼしてしまいます。
「そうだな。ただ扉を閉めることができれば、一時的にしろ魔女は亡者召喚術はつかえなくなる。先に閉じるか、魔女を倒してから閉じるかは状況を見ながらだな」
「臨機応変力が問われるのですね……。私にできるでしょうか」
「やることはやった。あとは腹くくって実行するだけだ」
魂の破壊効果のある聖剣形状。
冥界の扉を閉じるパリィ。
魔女を倒すため、最低限必要な技は身につけました。
「あとはがんばるんだな」
まるで自分は、やらないような……。
そうでした。
基本的にはウーツ様と一緒に戦うのでした。
「ソウも見ててくれますよね?」
「そうだな。俺様は中から見ている。基本的には亡者を倒すのは、相棒にまかせておけば問題ない。お前は、魔女を倒すことだけに集中すればいい」
「はい」
「よし、じゃあ出発するとするか」
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました」
私はお世話になったボーレンさんにお礼を言いました。
「ソウの子孫とは思えないほど、礼儀正しいな」
「聖剣もありがとうございます。しっかり使わせていただきます」
「……返すという発想がないところは、ソウそっくりだな」
あれ?
私は、ソウの腰についている聖剣を見ます。
完全に自分の物だと認識していたので、返すという選択肢は思い至りもしませんでした。
『魔女を倒したら、返します』という言葉が頭には浮かんだものの。
口からはでてきません。
海賊の血でしょうか。
王族、魔王、魔女、私は祖先全員思い浮かべてみます。
全員返すという選択肢はなさそうでした。
「ははは」
私は、わらって誤魔化しました。
「しっかり、魔女を倒してくれればそれでいい」
ボーレンさんはそう言ってくれました。
無理やり言わしたみたいです。
私はいたたまれなくなり、そそくさと荷物をまとめはじめます。
ルーンさんは、さっさと魔導戦車に乗り込んでいます。
ソウは、ルーンさんに続いて、魔導戦車に乗ろうとするクミースをよびとめました。
「クミースお前は、ここに残るといい」
「どうしてよ」
「戦えないやつがいつまでついてくる気なんだ」
「それは……でも、役には立ってるわよ」
「役には立っても、戦闘であしでまといには違いない。これから先守ってやれる保証はないし、お前が敵に捕まっても、見捨てて前に進む」
厳しいようですが、だからこそ、ソウは今置いていくと言っていたのでしょう。
「でも、あたしは知り合いなんて他には……」
「だから、ここに残れっていってるんだろう」
「ここってボーレン家?」
「なんでワシがそんな知らない小娘の面倒をみなくてはいけないだ。このまちならどこでもいいだろ。ワシのようなドワーフより、普通の人間の方が……。気にかけてやるぐらいなら構わないが……」
嫌というよりは、扱いに困るといった感じです。
「弟子の娘なら、孫みたいなもんだろう」
ソウは呆れながら言いました。
全員がえっと驚いた顔をします。
「弟子の娘?」
私が代表してききました。
「馬車の中によく使っていた鉈があるだろう。銘をみてみろ」
「これのことかの?」
先に乗っていたルーンさんが取ってくれます。
私が、よく武器に使っていた鉈です。
私は銘を見ました。
細部は違いますが、ボーレンの銘とよく似ています。
私は、鉈をボーレンさんに渡しました。
「この銘はサウーサのもの」
「お父さんの名前よ」
私もようやく思い出しました。
窓枠に置かれていた木彫りの置物は、クミースの家にいっぱいあったものと似ています。
私が会った時は、すでに死人でしたが、優し気だったクミースのお父さんを思い出しました。
「ボーレンは亡者でも死人でもないな?」
ソウは、ルーンさんにききました。
「違うのお。ただの死にぞこないじゃな」
ルーンさんは馬車の中からつまらなそうに答えます。
「どうするんだ。別に、俺様はこいつを孤児院に放り込んでいくだけだ」
ソウは初めからそのつもりでした。
多分できなかったのは、どこも危険だったからでしょう。
「娘、名前はなんだったかの?」
「クミース」
「サウーサの住んでいた部屋もある。お前さんが住みたいというのなら好きにすればいいだろう。」
「いいの?」
「そのかわり、店番ぐらいはしてもらうが」
「そのくらいなら、全然平気よ」
クミースは私に向き直りました。
「ニルナはあたしなしでやれるの?」
「ここで応援しててください。また魔女を倒したら、一緒に旅しましょうね」
「ニルナの奢りなら」
「あいかわらずですね」
私は苦笑いしてしまいます。
「そんなこと私に言えるのクミースぐらいですよ」
私は自分の腰に身につけている護身刀を握りしめました。
「奢りますよ。そのかわり、クミースのお父さんが作ってくれた護身刀私にくださいね」
「いいわよ。そのかわり絶対約束まもりなさいよ」
「はい!」
私はクミースの手を握りました。
友達と、目的もなく、綺麗なものを探しに行く。
そんな旅ができるような世界にしてみせます。
必ず……。




