2.死人
なぜか勇者は……英霊様に体を乗っ取られている勇者は、私に剣を向けました。
「な、何を?」
本来であれば、お礼を言わなければいけないところです。
英霊様は敵意に満ちた目で私を見つめています。
「スケルトン、亡者どもは原因を潰さない限り、無限にわき続ける」
まるで、その原因が私にあると言わんばかりの口ぶりです。
「で、でもスケルトン達はいなくなったはずです……」
私が動揺しながら答えると、英霊様は私を嘲笑いました。
「骨を完全に砕き、復活するのに時間がかかるだろうが、それでも時間稼ぎにすぎない。いずれ蘇るだろう」
「そ、そんな……」
「それに亡者は人間だけじゃない。生き物はすべて死ぬ。俺様のように意思の強いものを除いてな。今や、亡者すべてが魔女の手下だ」
この世界ができてからどれだけの生き物が死んだことでしょう。
それらすべてが魔女の手下?
想像を絶する数です。
「俺様を召還できたのなら、『誤認の呪い』は解けているはずだ」
誤認の呪い? それは一体……なんのことでしょうか?
「誰がスケルトン達を招いたのか、今のお前ならわかるはずだ」
ようやく落ち着きを取り戻したお父様とお母様が、英霊様に文句を言い始めます。
「誰とはなんのことだ?」
「英霊かなにか知りませんが、お前はスケルトン達を、私達が招いたとでもいうのですか」
英霊様はお父様とお母様の言うことを無視して私に言います。
「スケルトンあいつらに意思はない。今回は魔女が操っているわけでもない。亡者達が引き寄せられているのは、死人の放つ瘴気の所為だ。誰が死人を呼び起こしたのか、そして誰が死人なのか、今のお前ならわかるだろう」
「そ、それは……」
私は靄が取れていくように、記憶が次第に戻ってきました。
お母様は、私が幼いころに亡くなり、お父様はつい最近、病気でこの世を去ったばかりです。
お父様が亡くなったからこそ、お兄様は王就任の儀を急いで準備し、周囲を調べる中でお姉様の疑惑を気づいたのでした。
今になって思えば……お父様の死にもお姉様が関与していたのかもしれません。
そして、今の私にははっきりわかります。
お父様とお母様を死人として蘇らせたのは、私自身ということが。
なぜかはわかりませんが、死者蘇生の秘術が、この城に残されていました。
お兄様も来てくれなくて心細く。
私はダメだと分かっていながら秘術を使用してしまったのでした。
死者蘇生の秘術は、禁止されています。
私はその罪を忘れてしまいました。
幸せと不幸の等価交換――私は父と母の愛を再び感じることができた代わりに、自分の命を危険にさらしていたのです。
「俺様を召喚できたお前は死人でないことはわかる。俺様が取り憑いている勇者もそうだ」
英霊は、私に罪状をつきつけます。
「お前は誰が死人か知っているだろう。答えろ」
威圧的に私に言います。
英霊は誰がといいました。
生者と死人の区別はついていないようです。
父上と母上どちらかだけだと思っているのでしょう。
もしもこの場でどちらかだけの名前をいえば、どちらかだけは生き延びるかもしれません。
その場合また、スケルトン達がここにやってきてしまうのでしょう。
「死人などが、ここにいるわけなかろう」
「そうです。私たちは生きています」
お父様とお母様が口々に言います。
誤認の呪いは死人にも働いているのでしょう。
本人たちは、一度死んでしまったことなど忘れてしまっているのです。
私の目から涙がこぼれました。
「ごめんなさい。お父様、お母様」
私はお父様とお母様に駆け寄り抱きしめました。
「何を謝っているのだ」
「そうですよ。あなたが悪いことなど何一つありません。私の愛しのニルナ」
私はこんなにも愛されていました。
なのに、二人には私のわがままで、死の苦しみを二度も味あわせることになってしまうのです。
「お父様、お母様。私も二人のことが大好きです」
私も二人に精一杯の別れの言葉を告げて、英霊に向き直りました。
「さあ、誰なんだ?」
英霊は再度問います。
私は覚悟を決めて答えました。
「父上と母上、二人とも死人です」
「そうか」
英霊はほんの少しだけ寂しそうに答えました。
英霊は剣を振り上げると無慈悲に二人の首を斬り飛ばしました。
◇ ◇ ◇
死人が再度死ぬと、着ていた服だけ残して砂に変わってしまいました。
遺体すら残りません。
まるで初めからそんなものは存在していなかったように。
「俺様の名前はソウ。かつて破滅の魔女を仲間と共に殺したものだ」
英霊は名乗ります。
「私は王女ニルナです。あなたを召喚したものです」
私も礼儀として名乗ります。
英霊――ソウは頷きました。
「また亡者どもが溢れ出したということは、魔女が復活し、再度冥界の門が開いたということだろう」
ということは、今この事態を招いているのは、この人達がしっかり魔女を倒してくれなかったからではないでしょうか。
なんだか少し腹が立ってきました。
「ではあなた、私を助けなさい」
私は、王族らしく、ソウに命じました。
私がそういうと、ソウの表情が一気に冷たくなりました。
「見返りもなく、なんで俺様がお前みたいな小娘助けないといけないんだ?」
反論されると思っていなかった私は動揺しました。
いままで、私のわがままが通らなかったことなどありませんでしたから。
「それは私が王族だからですよ!」
「王族だからなんだっていうんだ。もうお前しかいないじゃないか。滅んだも同然だろう」
「ほ、滅んだなんてそんな……」
お父様と、お母様はもういません。
お兄様もきっと……。
「そ、それに英霊を召喚したのも私です。私の言うことをききなさい!」
私が大声で命じても、ソウはどこ吹く風です。
「英霊は召喚されたからといって、召喚者の言うことを聞かなければならないなんてルールはない」
ソウはきっぱり言いました。
私は、英霊召喚がいったいどういうものであるか、ろくに知りません。
「お前は、俺様に見返りに何をくれると言うんだ?」
「報償金なら、たんまりあげますから」
お兄様も生きているかわかりません。
あげられるかわかりませんが、私はそう口走りました。
ソウは哄笑します。
「俺様は霊魂だぞ。そんなものいるわけないだろう」
「ならどうしたら……」
私に近づくと、顎をくいっとあげて、品定めするように私を見ました。
「数年もすればいい女になりそうだな」
私の黄金の髪、少し膨らんだ胸元、下腹部、足、順番になめるように見られます。
「か、体で払えというのですか」
「そのくらいの覚悟を見せてみろ。俺様の体はお姫様が大好きな勇者様だぜ? たいしたことはないだろう」
もっとお互いのことを知り、愛を育めたら、そういうことも……ということは考えたこともありました。
娼婦のように体を捧げるなど考えたことはありませんでした。
「俺様は楽しめる。お前は大好きな勇者の子供を産めるWINWINじゃないか」
「な、なんて言い草」
「それともなんだ? お前はこの勇者を利用するだけ利用したらポイ捨てする気か」
「そんな訳ありません!」
「はっはっは。むしろこんな勇者ポイ捨てするぐらいの気概があったほうがいいだろう」
「どうして、英霊があなたのような人なのですか」
「おいおいおい。こっちはなぁ。不甲斐ない子孫の為に、死んだあとも、昼寝しといてやったんだぞ。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはない」
ソウは、はっはっはと笑います。
「まあ、今のその貧相な体じゃ、つまらない。もっとしっかり食べて肉付けるんだな」
もはやセクハラ以外のなにものでもありません。
「あなたにとって大切なものはなんですか」
「そんなのお前の体だけだ。子孫繁栄に決まっているだろう」
「さ、最低です」
「悔しかったら、味方が誰一人いなくとも生き抜けるぐらいの強さを身につけるんだな」
「うっ。くっ」
私は悔しくて情けなくて歯噛みしました。
この人が召還に応じてくれてなければ、私はもっと酷い目にあっていたのも事実なのです。
私の魅力が足らず、今すぐ押し倒されるということもなさそう。
それは嬉しいような悲しいような複雑な心境です。
それに……
「私はいったいこれからどうすれば……」
「まずは、この聖剣があった場所を目指すといい。そこに役立つものがあるだろう」
「役立つものとは?」
「行けばわかる。そしたら冥界の扉を閉じて、魔女が亡者どもを操れなくしてから魔女を倒せばいい。それだけだ」
「それだけって」
簡単に言いますが、そんな簡単にできれば苦労はしません。
「聖剣の場所は勇者が知っているだろう。俺はいつもこいつの中からみているからな。わからなかったら聞いてこい」
それだけいうと、
目の色が元の勇者の色――黒色に戻ります。
「人の体を好き勝手してくれて……」
勇者は頭を振って、正気を取り戻しました。
「大丈夫ですか? 姫様」
心配そうに私の顔を覗き込みます。
「勇者……だ、大丈夫です」
何一つ大丈夫なことなどありませんでしたが私は、そう答えるしかありませんでした。
不安が澱のように心に降り積もっていくのでした。