18.星空の疑惑
カーンカーンカーン
真夜中だというのに、街中に鐘の音が鳴り響きます。
襲撃の合図です。
私は慌てて飛び起きました。
「なんなの?」
隣で寝ていたクミースが目をこすりながら起きます。
ソウはすでに装備を準備はじめていました。
「二人とも起きたか?」
「はい」
「そりゃ、起きるわよ。こんなにうるさかったら」
遠くから、あわただしい喧騒が聞こえてきます。
「よく寝れたか?」
「もちろんです」
私は答えます。
「もう眠くはないわよ」
クミースも答えます。
夜中ですが、私たちは夕方には、床に就きました。
睡眠時間は十分足りています。
「もう。こんな夜中になんなのよ」
「亡者どもに、昼も夜もかんけいないからな。第一波が落とされたから、今度は夜中のタイミングで差し向けたのだろう」
相手が弱っているところを叩く。
戦術の基本ですが、本当に嫌になってきます。
ただ、それも予想して、私たちは早くに眠りについていたわけです。
嫌がらせをしてくると分かっているのであれば、対処はできます。
「第二都市を落とされるわけにはいかない。加勢してやるか」
ソウが目の前にいますが、恥ずかしいとか言っていられる状況ではないので、私も寝間着から、いつもの冒険者の服に着替えます。
布団と一緒に洗って、簡単にほつれも直してたので、袖を通すと、気が引き締まります。
「よし、いくぞ」
ソウは廊下に出ると、聖剣をはずします。
代わりに飾られていた、剣を腰につけ、同じように飾られていた大きなハンマーを担ぎました。
偶然にも剣は、聖剣の通常状態に似ていて、ハンマーはソウが聖剣変形させたときの、ミョルニルに似ています。
「聖剣のいいところは、剣一本でどんな敵にも対処できるところだ。だが聖剣でなくても、ちゃんと敵に合わせて、武器を持ち替えることができれば、対処はできる。魔道兵器も多少はあるだろう。見つけて相棒に使用してもらおう」
ソウは私に聖剣を渡してきました。
「聖剣は置いていく。お前が使うといい。意味は分かるよな」
ソウがまっすぐ私を見つめてきます。
「はい」
私もしっかり返事をしました。
ご飯もしっかり食べ、お風呂にもゆっくり浸かり、ふかふかのベッドでしっかり眠りました。
服装のほつれも直し、清潔なものにしました。
気力は充実しています。
「対応はお前に任せる。好きにするといい」
「わかりました」
付き合いも長くなってきたので、ソウの言いたいこともわかります。
「えっ? どういうこと」
クミースは私たちのやり取りについてきていません。
「クミースは俺様についてこい。荷物持ちぐらいは役にたて」
「それは、いいけど、お姫様一人で大丈夫なの」
クミースが心配してくれます。
「大丈夫だろ?」
「はい。もちろんです」
私はまだ他人を守れるほどは強くはありません。
だからこそ、ソウは、クミースをつれていってくれるのでしょう。
そして、私を一人の戦士として扱ってくれました。
私は覚悟を持って、腰に聖剣を身につけるのでした。
◇ ◇ ◇
遠くで、戦闘の音が聞こえてきます。
空を見上げると場違いなほど、綺麗な星々が瞬いています。
少しだけ街から離れた、周りに明かりがない別邸から眺める空はいつもこんな感じでした。
小さいころ、別邸に遊びに来たときは、お兄様といつも星空を眺めました。
そこにレジナルドが温かい飲み物を持ってきてくれて……。
私は、思い出を噛みしめながら佇んでいると、家からどこかに行こうとする影を見つけました。
私は、その影に声をかけます。
「レジナルド、どこに行くのでしょうか?」
影の正体はレジナルド。
「ニルナ様どうしてこんなところに?」
「レジナルドあなたを待っていたんですよ」
「私をですか?」
「隙を伺うのは大変でしょう?」
「なんのことですか?」
きっと私たちが亡者を迎撃しに行ったのを見て、後ろから襲うつもりだったのでしょう。
戦いで不意打ちほど怖いものはありません。
相手に先に攻撃されるということは、相手の得意でかつ自分が戦いにくい場所で戦うということ。
敵と戦うとき、自分が戦いやすい場所に誘い出すのは基本です。
思い出が詰まった私の別邸に被害が出るのもよくありません。
私は家全体が見渡せる、視界がいい別邸の庭にずっといました。
「明日には私たちは、ここを発ちます。ソウが近くにいなくて、私を殺すチャンスは今だけですよ。本性を現したらどうですか?」
レジナルドの姿が夜の闇を吸収して変わっていきます。
ソウの太陽のような瞳ではなく、血に濡れたような深紅の瞳。
なにより鋭く長く異常に伸びた犬歯。
明らかに普通のひとのものではありません。
そこに、ヴァンパイアがいました。
「いつ気づいたのですか」
「ソウはほとんど最初から疑ってましたよ」
ずっとソウは警戒していました。
ソウが言っていた通り、近い人間に襲わせるのは、魔女の常套手段なのでしょう。
再会ほど、敵である可能性を持って接すること。
それが魔女との戦い方。
『奇跡的に生き延びた可能性はある』とソウは言いました。
それは逆に言えば、ほとんどないということです。
それに……。
「レジナルドはどうして、私が第二都市に来た時、私が亡者を倒したと思ったんですか?」
「ニルナ様が武器を持っていたから」
「確かにそうですね。私は冒険者の服を身につけ、腰には鉈をぶら下げていました。そう思ってもおかしくないかもしれません。でもレジナルドは違いますよね。以前の私は、全く戦う技術を学んでいません。自分で言うのもなんですが、自ら人のために戦ったりするようないい人でもありませんでした。それをあなたはよく知っているでしょう?」
私はソウを召喚しました。
辛い境遇をなんとかしてもらうために。
全部全部、運よく召喚できた英霊に押し付けるつもりでした。
でも自分がどうにかしなければ、いけないのです。
世界を変えたいのであれば。
ただそう思い始めたのはソウ達を召喚してからのこと。
英霊召喚以降の私の情報を少しでも持っていなければ、私が倒したなどと思うわけがありません。
つまり、レジナルドは魔女と通じている可能性が高いということです。
「ただあなたがヴァンパイアである確証はありませんでしたよ」
いつもの通りただの推理。
あくまで確率が高いというだけです。
「ダメですよ。そんな簡単に人を信じては。カマをかけてみただけなのですから」
「そんなこともできるようになったんですね」
「もう随分酷い目には合ってきましたから」
「私が魔女に通じていると思っていながら、よくもまあ、あんなにゆっくり休めたものですね」
「この別邸でまず私がやるべきことは、貴方を倒すことではなく、体力を回復させることでした」
腹が減っては、疲れていては、眠くては、戦はできない。
まずはしっかり休息をとってから、物事にあたる。
クミースのところでソウから学んだことです。
連日の戦いと、修行で私は心身ともに疲れ切っていました。
いったんリセットする必要がありました。
休めるときは休む。
敵が近くにいるかもしれなくても。
それも戦うためには必要なことです。
「いつ襲われるかわからないなんて、もう日常茶飯事ですからね」
朝起きた時、敵に襲われて死んでいるかもしれないと毎日思いながら、寝ていました。
それはそれで恐怖ですが、しっかり眠らなくては、どちらにしても対処できず殺されてしまいます。
私が起きているときは、あんなに厳しいソウですが、寝てるときは敵が来たからと起こされたこともありません。
ゾンビは絶えず来ていたはずなのにです。
寝ているときだけはしっかり守ってくれると信じています。
なにもかも頼ってはダメだということではないのです。
「私はみんなのことを頼りにはしていますが、もう役目を押し付けるつもりはありません」
逃げるわけにはいきません。
自分でやらなければいけないこともあります。
ほんの少しだけ、心の準備をする時間をソウはくれました。
「だから、レジナルドあなたとも私が話します」
体力が回復した今は、それが私のやるべきことです。
「レジナルド、貴方は私の敵ですか?」
「ヴァンパイアであることはわかっていながら、私にそんなことを聞きますか?」
「死人と違い、亡者は瘴気を放つ存在ではなく、吸収する存在です。人を襲わないのであれば無理して倒す必要はないのです」
ソウはヴァンパイアの親玉は説得したと言っていました。
話が通じない相手ではないということです。
そして、必ずしも倒さなければならないというわけではありません。
「もう一度聞きます。あなたは私の敵ですか? 味方ですか?」
「私は主に、貴方を殺すように命じられています」
「その回答は敵ということですね。撤回してもらう交渉はできないのですか?」
「我が主はそんなことをしないでしょう。もしあるとすれば、私に噛まれてニルナ様もヴァンパイアになることですかね」
「それは願い下げですね」
お兄様を殺したであろう魔女の仲間になるなんてありえません。
「そもそもレジナルドが私の主になるなんておかしな話です。お兄様がいない今、貴方の主は私ですよ」
「命令を聞くとでも?」
「あなたはきっと私の言うことを聞きます」
私は鞘から聖剣を抜き構えました。
私がヴァンパイアを倒せるようになることが、魔女を倒すために必要なことなのでしょう。
つまりレジナルドは、魔女を倒すための練習相手にちょうどいいということです。
レジナルドに私の言うことを聞かせる方法は、一つだけ。
レジナルドが主と言った人物と矛盾のない指示をするだけです。
私はレジナルドに命じました。
「レジナルド、私と命がけで勝負しなさい」




