16.仮初の日常2
ようやくお風呂に入ることができました。
悲しいことに備え付けのシャンプーなどは使用しないようにソウに言われてしまいました。
お気に入りだったのに残念です。
なので私は、買ってきたばかりの小さな石鹸で髪から体すべて洗います。
久しぶりなので念入りに自分の体を洗っていると、違和感を覚えました。
「胸こんな形でしたっけ?」
鏡で自分の胸を確認します。
大きくなっている? わけではなさそうです。
大きさは以前とおなじぐらいなのですが、素振りばかりしていた所為か胸筋がついて鳩胸になってきています。
見た目の大きさはかわりませんが、単純な膨らみは少し小さくなってしまったかもしれません。
他の部分も確認してみます。
ぷにぷにしていた腕は、つかむところはなくなり、すべて筋肉になっています。
「あんなにコルセット頑張ったのに」
そんなもを身につけていない、今の方がくびれがあります。
ただ単に腰が細くなったというよりは、お尻まわりが大きくなり、相対的にくびれができた形です。
お腹はうっすら割れてきています。
「ムキムキになるかと思っていましたが、今の方がプロポーション断然いいですね」
城で鏡をみるたび貧相でがっかりしていましたが、もうそんなことはありません。
野宿をしていても、動物は狩ってしっかりお肉は食べていました。
なので、足や太もも、お尻下半身は確実に筋肉がついています。
脂肪ではなく筋肉なのに、見た目は前より柔らかく見えるのはなぜなのでしょうか。
自分で自分の筋肉を揉んでみます。
脂肪ほどは柔らかくないのですが、適度な硬さです。
しなやかなという表現があっているかもしれません。
「健康的な筋肉って結構柔らかいものですね」
足先からむにむにともみしだいていくと柔らかくなってきます。
「うーむ」
問題はこれからでしょうか。
これ以上きたえて体つきがどうなっていくのか。
もっと魅力的になるのか、男顔負けにゴツくなるのか見当も付きません。
悩んだところで、修行をやめるわけにはいきません。
死んでしまえば、スタイルとか気にすることもできなくなるのですから。
「はあ、お姫様。良いプロポーションね」
私が悩んでいると、横から声をかけられました。
「は? クミースどうしてここに」
自分の体の確認に夢中になりすぎて、気配に気づけませんでした。
不覚です。
敵だったら死んでいるところでした。
……思考がソウみたいになっています。
「お師匠さんが、入りたいなら、一緒に入れって」
お風呂は広いとは言えませんが、何人かで入るのも可能です。
ただ一緒に入ることになるとは思っていませんでした。
「お師匠さんってソウのことですか」
「もちろんよ。他に誰がいるのよ。お師匠さん。過保護よね」
「過保護とは? あんなに厳しいのに」
「今も外でみはってくれているでしょ? この間お姫様が、さらわれたときなんてものすごく焦って、あたし抱えてダッシュしたんだから。マジウケる。そのあと、影でずっと見てたんだから」
焦ってくれたのは少しうれしいのですが……。
影でずっと見ていたって。
「助けてくださいよ……」
私がスケルトンと戦っているところ見てたんですか……。
嫌がらせみたいなタイミングだと思ったら、本当に嫌がらせじゃないですか。
「お姫様余裕で倒していたでしょう。絶対死にかけたら、助けに行ってたわよ」
「どうでしょうか」
余裕なんかまるでなくて、必死でした。
「お師匠さんが、むしろお姫様に厳しいのは、なにがなんでも生き延びてほしいからじゃない?」
「そうなのでしょうか」
確かに初めてゾンビに戦わされたときは、本当に死にそうなときは助けてくれました。
死ねばいいとは思っていないとは思いますが……。
「あたしにも、戦い方覚えろと言ったけど、強制してきたりはしないし、私が死んでもどうでもよさそうだけど、お姫様は違うみたい」
「ソウはクミースが死んでもいいなんて思ってませんよ。それなら、一緒につれてきたりしませんから」
「まあ、あたしにはどっちでもいいけど」
クミースは興味なさそうな返事をすると、私の隣に座って体を洗い始めました。
「それよりお姫様はなんで敬語なの? あたしみたいな庶民に敬語で話すとか意味わかんないんだけど」
「敬語とは?」
敬語の意味がよくわからず、聞き返します。
「そのしゃべり方よ」
「このしゃべり方が敬語なのでしょうか。私に対する女中の言葉が皆こんな感じなので、私も同じようになってしまっただけなのです」
「敬語でしかしゃべりかけてもらったことないから、敬語しかしゃべり方知らないってこと?」
「そう……かもしれませんね。人に命じるときはお父様のしゃべり方になってしまいますが、普通に話すならこの話方がしゃべりやすいです。だから、クミースのしゃべり方は新鮮です」
「普通こんなしゃべり方だったら、お姫様に断罪されるものじゃないの?」
「断罪されるかもしれないと思っているのなら、クミースはどうしてそのしゃべり方なのですか?」
「もうあたしはいつ死んでもいいかなって投げやりなだけ」
「しゃべり方ぐらいで断罪したりしませんよ」
「わかってるわよ。冗談なんだから。自ら命かけて助けようとするお姫様が、断罪したりすることないぐらい」
「わかってもらえたのならよかったです」
「ごめんなさい」
「だから、いいんですって、そのしゃべり方で。むしろ親しげで嬉しいといいますか」
「そうじゃなくて、初めて会ったとき、人殺しなんて言って」
……。
記憶障害が直った時が初めてなのですね。
確かに言われました。
ですが……。
「いいんですよ。死人とはいえ、普通に生活している人を殺したことには変わりないのですから。死者蘇生も、ゾンビやスケルトンを呼び起こす瘴気を生むことさえなければ、いいことでしたのに……」
死者蘇生。
瘴気を発生させて、ゾンビやスケルトンを生み出すというデメリットさえなければ、奇跡の秘術だったことでしょう。
死人についても、すべて理解できているわけではありません。
例えば、死人も生者とおなじように老化するのでしょうか。
仮に老いるとしても、みな天寿を全うできる世の中というのは素晴らしいのではないでしょうか。
私は、お父様とお母様を死人にして蘇らせてしまいました。
もう二度としないと誓ってはいますが、愛情に触れることができて幸せだったのも確かです。
「私も以前、親をお父様とお母様を蘇生したことがあります」
「お姫様も?」
「同じようにソウに注意されてしまいました」
「なーんだ。そうなのね」
クミースはクスクス笑っています。
「私たち似た者同士かもしれませんね」
「まあ、そうかもね」
私も、クミースを見て笑いました。
ふと、クミースの顔をみていたらふと思いついたことを口に出しました。
「クミース、私の友達になってください」
私の言葉を聞いて、クミースが一瞬、驚いたような顔をした後で、いつもの顔にもどります。
「ふーん。あたしは部下じゃないんだ」
「クミース、あなたはどうせ私の言うことなんて聞かないでしょう?」
「もちろん」
呆れるぐらいの即答です。
「じゃあやっぱりお友達ですね」
「仕方ないなぁ。あたしがお姫様のお友達になってあげるよ」
クミースが上からものを言います。
「ははは、よろしくお願いします」
私がお願いを聞いてもらうというのは新鮮です。
学園に通っていたころも、友達はいましたが、貴族は王族よりは下なので、やっぱりどこか気を使われていました。
対等なお友達というのは初めてかもしれません。
私が喜びをかみしめていると、
「お師匠さんは、英霊とかいうやつで、お姫様の勇者に取りついているんでしょ?」
クミースが質問してきます。
「そうですよ」
「友達と言えば恋バナよね?」
「うん?」
「勇者とは、どんな関係なの?」
「えっ? いや、その」
思ってもみなかった質問が飛んできて私はしどろもどろになります。
レザ達には、ウブだなんだと思っていたのに、いざ自分のこととなると同じ状態でした。
「どこまでいったのよ」
「それは、その、普通といいますか」
「ちょっとはっきりしなさいよ」
……。
クミースの遠慮のない質問攻めは、お風呂から上がるまで続くのでした。




