14.執事
城門に立つと、兵士の一人が叫びました。
「ニルナ様だ!」
「ニルナ王女が我々を助けに来てくれたぞ!」
パレードなどで、顔を見せているだけあって、皆私を覚えていてくれていました。
私は手を軽く上げて微笑んで見せます。
戦闘するよりも、こっちの方は慣れています。
安堵した表情をみて私も落ち着きます。
ただ状況が絶望的なことには変わりないのです。
見たことある姿を見つけました。
第二都市の市長です。
「ニルナ様よくぞご無事で!」
大きな体を揺らしながら、近寄ってきます。
握手を求められて、私は握りかえします。
握った手がちょっと脂っぽい気がしましたが、ゾンビに比べれば全然ましです。
私は、引きつりそうになる頬を抑えて、微笑みました。
「王都は一体どういった状況なのですか」
市長が聞いてきます。
聞きたいのは私の方です。
「すみません。私はたまたま王都を離れていて無事だったのです」
「そうでしたか。それはそれは。我らはこれからどうすればよろしいでしょうか?」
私を頼りにしているのがわかりますが……私は言葉に詰まってしまいます。
ソウが近づいてきて、私の代わりに答えます。
「今のうちにスケルトンの武器や鎧を回収させておけ、それで回復しかけているスケルトンを見つけたら、どんどん砕くといい。それくらいなら戦闘力が低いやつらでも対処できるだろう」
ソウが私より偉そうに話すので、市長は疑わしい視線をソウに向けます。
「こちらは?」
「私の従者の勇者です。スケルトン達も倒してくれました。戦闘や亡者対処のプロですから、その通りにしなさい」
私はあわててソウより、偉そうな態度をとりました。
普段はどうあれ、この場は私が威厳を放った方がいいでしょう。
「は、はい」
思惑通り、市長は背筋を伸ばして、ソウに向き直ります。
ちゃんと私の部下と認識すると、緊張をもって対応するようになりました。
「あと、死人は殺してしまうように指示するんだ。基本的に蘇らせた本人は忘れているだろうが、周りの人間は覚えているはずだ。蘇生術は禁術。それは昔と変わらないだろ?」
「はい。変わりません。市長、確か第二都市は死んだとき死亡届けを出すようになっていましたよね」
「そうです」
「死亡届けが出ているのに、不自然に生き返った者がいれば、死人だと思います。殺してください。亡者ゾンビやスケルトンを生む原因なので、慈悲は禁物です」
「殺すのですか」
「元々死んでいる人間ですから、問題はありません。ただしっかり確認してください。間違って生きている者を殺さないように」
「わ、わかりました。すぐに指示します。他にありますか」
「人が死んだときは、粉風葬するようにしろ」
「粉風葬とは?」
市長が聞き返します。
私も聞きなれない言葉です。
「人が死んだら、火葬したあとに、骨を粉末状に砕いて風でばらまく埋葬方法だ。そうしておけば、瘴気を浴びたとしても、かなり亡者として復活するのを防げる」
「なるほど」
つまり先にスケルトンの討伐状態にしておくということでしょう。
「わかったなら、すぐかかれ。もたもたしてるとスケルトンが復活するぞ!」
「はい!」
市長は対処方法がわかると、瞳に力が宿りました。
ソウの力強さが伝わったようです。
絶望の中でも希望があれば人は前に進めます。
市長が立ち去っていくのを見送ります。
「さて、じゃあ別邸に行くか」
「鍵はどうやって開けましょうか?」
「自分の家なんだから、扉壊して入ればいいだろう」
「やめてくださいよ……。ソウのうちではなく、私の家なんですから」
まるで私の物はすべて自分の物と言わんばかりです。
ガキ大将ではないんですから、ちょっとは遠慮してほしいと思います。
ただ他に方法は思いつきません。
私が暗澹たる気持ちでいると
「ニルナ様」
急に身長の高い初老の男に声をかけられました。
男は、肌を出さないビシッとしたウェストコートをきて、グレーの髪をオールバックにしていました。
一般都民からかなり浮いています。
私はその男が誰か知っていました。
「レジナルド! 無事だったのですね」
「誰だ?」
ソウが聞いてきます。
「お兄様の執事です」
「ほう? よく無事だったな」
「レジナルド、確かあなたは、お兄様について、城に行きましたよね?」
「城にはいましたが、式には参加しなかったので、命からがら逃げ延びることができました。かってながら今は別邸に住まわせてもらっております。申し訳ありません」
「全然かまいませんよ。無事でなによりです」
「都市に来ていたスケルトンを退治されたのは、ニルナ様ですか」
「倒したのは、私ではなく、ウー……勇者ですが」
英霊召喚はなんとなく伏せておいた方がいい気がしました。
「王都の状況教えてもらってもいいですか」
私はレジナルドに王都の状況を尋ねます。
「王都軍が押しとどめている間、都民は逃げだしました。もちろん逃げ遅れた者も多数いると思います。申し訳ありません。私もそれぐらいしかわからなくて……」
「いえ、生き残った方がいるのがわかっただけでも、希望がもてます」
お兄様の死が確定しなくて、ほっとしました。
ほとんど生きていることが絶望的であっても、あまり知りたい情報ではありません。
「別邸は今も整備されていますか?」
「もちろんです」
心の中で小躍りしました。
鍵を壊さずに、家の中に入れます。
それに、ようやくまともな食事とお風呂に浸かれます。
あとはベッドですね。
草を刈って、ベッドにする生活とはおさらばです。
「食材買って帰るぞ」
「そうですね。なに作りましょうか」
食べたいものが食べれるって素敵です。
狩った動物の肉ばかり食べていたので、甘い果物とか食べたいです。
口からよだれが出そうになり、慌てて口をおおいます。
あぶないあぶない。はしたないです。
「そんなニルナ様自ら料理しなくても」
「こんな緊急時だ。料理できなくて飢え死にするわけにはいかない。王女であっても料理ぐらいできなくてはな」
「レジナルド、気を使わないでかまいませんよ。料理も楽しいですし」
なにも自分でできなかった私ですが、できるようになっていくのは楽しいです。
料理しているときは、修行をしなくてもいいというのもあります。
やらなくてはいけないことが二つあると簡単な方が好きになってしまうようなものかもしれません。
とはいえ、執事の仕事をすべてしてしまうのも、生きがいを奪ってしまうようなものかもしれません。
そう思っていると、ソウが指示を出しました。
「執事お前には、馬車の準備を頼みたい」
「馬車ですか?」
「ああ、数日したらここをすぐたつ。ずっと足で移動していたが、さすがに馬車が欲しい。運転はできるから、騎手はいらない。任せられるか?」
「お任せください!」
手持ちが少なかったので、レジナルドにお金をもらい私たちは、レジナルドと一旦別れました。
「お姫様なんだから、料理も作らせればいいのに」
意外とシャイなのか、市長やレジナルドと話しているときは、ずっと離れていたクミースが近づいてきて言いました。
「たしかに今日ぐらい料理もレジナルドにまかせても良かったかもしれませんね」
「そういうわけにはいかないだろう」
ソウは呆れた声を出します。
レジナルドに料理をさせるのが不正解と言わんばかりです。
「もしかして信頼するなということでしょうか」
「その通りだ。王都から生き延びてきたなんて怪しすぎる」
「そうですよね……」
ソウがレジナルドに馬車の手配を頼んだのも、危険がないからでしょう。
確かに何か仕掛けられていてもソウならすぐわかります。
魔法的な罠でもウーツ様なら判断つくでしょう。
「そう悲観もするな。怪しいが……奇跡的に生き延びた可能性はあるんだ。毒や、不意打ちなどには気を付けながら普通に接すればいい」
「それは普通なのでしょうか……」
普通の定義が悲しすぎます。
「王族転覆を狙う奴なんて、通常の世の中でもいるんだ。今から女王になった時のために慣れておくといいだろう」
「女王……」
お兄様がいなくなったことで、王位継承権は私にあります。
私が死ねば、貴族たちも王になれる可能性が出てくるため、事故や病気に見せかけて、私を殺そうとするものもでてくるかもしれません。
今の今までそんな可能性に至らなかったことに驚きました。
どれだけ私は、お兄様に守られながら、ぬるま湯のなかで生きていたのでしょうか。
そんな苦労を微塵も見せなかった優しいお兄様の顔が目に浮かびます。
「ただレジナルドは死人ではないと思いますよ」
私とお兄様は小さい頃からお世話になっていますが、家族はおらず、蘇らせようとする人物に思い当たりません。
「そうだな。亡者の可能性がある」
「亡者? ゾンビやスケルトンですか?」
さすがにそれはないと思いました。
どう考えても知性的に会話していました。
「ゾンビ、スケルトン以外にも亡者はかなり種類がある。その中でも注意すべき亡者は……」
「亡者は?」
私が、聞き返すと私の目を見てソウは言いました。
「ヴァンパイアだ」




