12.魔法修行
三人と別れた私たちは、草原を進んでいました。
私は、大地をゴロゴロとローリングしながら、移動しています。
アルマジロかダンゴムシにでもなった気分です。
「お姫様はなにしてるの?」
クミースの馬鹿にした視線を嫌というほど感じます。
「受け身の練習だ」
答える余裕のない私の代わりにソウが答えます。
剣は鞘に入れていますが、剣を持ったまま受け身をして、威力を軽減する練習です。
魔法にも、回復するような都合がいいものは存在しないため、ちょっとした怪我も、死につながります。
瞬時に平らな地面を見極めて回避するというのは大切になってきます。
「ふーん。あんな泥だらけで、いつお風呂に入れるんだろうね」
私は、回転しながら、集中力が切れて、口の中に入ってきた土を吐き出しました。
クミースの言葉に、私は悲しくなってしまいました。
毎日欠かさず入っていたお風呂も、直前に入ったのは、クミースの家のみです。
さすがに、川で汗を流したり洗濯したりはしていますが、定期的にゾンビに襲われる所為で、においがとれなくなってきています。
「お風呂に入りたいですね……」
気力が減退してしまい、立ち上がって弱音を吐きます。
「もうすぐ第二都市だろう」
第二都市というのは、王都の次に大きな都です。
「そうでした」
第二都市には王家の別荘もあります。
城のような豪華なお風呂とはいきませんが、しっかりとしたものがあったはずです。
「亡者に滅ぼされてなければ、風呂ぐらい入れるだろう」
ソウの言葉で希望が半分になりました。
「もう少し夢を見せてくださいよ」
「ダメだったことを想定しとかないと、対処できないだろう。それより良ければうれしいだけだろう」
「そうですけど、未来がいいものだと信じられなければ、今を頑張れない人間もいるのです」
それが私です。
苦あれば楽あり、苦しんだ分だけご褒美がほしいと思うのが人間ではないでしょうか。
「ならば、さっさと魔女を倒せるぐらい強くなるんだな」
「はい……」
お風呂に安心して浸かるために、魔女を倒さなくては。
……そんな理由でいいのでしょうか。
いやいや、お兄様のかたき討ちでした。
ただお兄様が死んでいるのを確認したわけではありません。
ソウの思考の仕方でいくならば、お兄様が死んだつもりでいて、万が一お兄様が生きていれば嬉しいということでしょう。
「お兄様は生きている可能性はどのくらいでしょうか」
「実際王都がどうなっているか見当もつかない。ただお前の兄の姿を見たとしても、油断するなよ。死人や亡者になっている可能性もある」
「そういうことも想定しなければいけないのですか……」
ソウの疑り深い性格は、以前魔女と戦った実体験からきているのでしょう。
魔女がどんな手を使ってくるかわかりません。
正々堂々とは全く真逆の手を打ってくることでしょう。
「どうやって敵かどうか見分ければいいのでしょうか」
「攻撃してきた奴は、どんな奴でも敵だ」
「確かにわかりやすいですが……それはつまり、誰も信頼できないということではないでしょうか」
「そういうことだな」
普通に人も信頼できないとは、本当に嫌な世の中です。
私は、ため息をついて、また受け身の練習を再開しようとすると、
「今日は受け身の練習はそれくらいでいいだろう」
ソウが手で制しました。
「はい」
「お前は魔力が多いから、そろそろ魔法の練習をした方がいいかもな」
「ソウはなにか魔法使えるのですか?」
「パリィぐらいだな」
「パリィとは?」
「魔力を急に体外に放出して衝撃波にする無属性の魔法だ。魔道具はいらないし、一瞬だけでこちらの威力が強ければだが、どんな魔法もはじける。聖剣を変形させるタイミングはどうしても、無防備になりがちだから、必須テクニックだ」
「なるほど」
確かに初めて召喚したときに使っていた気がします。
スケルトン達が吹き飛ばされていた、魔力の波動のことでしょう。
「魔法は相棒に習った方がいいだろう。相棒頼む」
ソウは目をつぶります。
次に開くと目の色が青色に変わっていました。
雰囲気がガラッと変わります。
「ふむ。我に魔法を習いたいと」
ソウとは異質の威圧感のあるしゃべり方です。
「は、はい」
気圧されそうになるのをなんとか堪えます。
ソウとは話なれましたが、ウーツ様とはまだ二回目なので、緊張してしまいます。
「まずはパリィのやり方教えてもらってもいいですか」
私が頭を下げてお願いすると、唐突にウーツ様は私の頭を鷲掴みにしました。
「我が魔力から逃れてみせよ」
突然、ウーツ様の手のひらから大量の魔力が流れ込んできます。
私は耐えきれずに、膝をついてしまいました。
「かはっ」
異物が精神に入ってくるようで気持ち悪くて吐きそうです。
無理やり、私の魔力を握り込まれるような感覚を感じ、自分の魔力で、どうにか押し返そうとします。
魔力量が段違いで、ただ押しているだけでは埒があきません。
(一気にやらなければ)
自身の集中させて、一気に解き放ちました。
パンと何かがはじけるような感覚で解放されました。
「はあ、はあ、はあ」
体力は使っていないはずなのに、息が上がります。
「準備運動としては、これでよいだろう」
冷めた悠然とした態度で私を見下ろします。
「では、今からパリィのやり方を教える」
「どうするのですか?」
「念じる」
そのあと、ウーツ様から続く言葉がありません。
「えっ? 他には」
「ない」
「さすがにそれではどうしたらいいか」
ウーツ様は無言で私から聖剣を取り上げます。
大地に突き刺すと魔力を流し込みました。
聖剣変形「太陽の弓」
以前も見た横向きの大きな弓バリスタ形状になります。
バリスタが私の方を向きました。
私は思わず後ずさります。
「では、我が魔法はじいてみせよ」
ウーツ様は無常に言い放ちます。
「う、嘘ですよね?」
私は一瞬で灰になったゾンビ達を思い出していました。
「嘘ではない。ただし初めは、弱めに等間隔で魔法を放つ」
「では、そこの娘よ。聖剣を支えよ」
「はあ? 私?」
我関せずと石に座って、髪をいじっていたクミースはうろんげな目でウーツ様を見ます。
よくウーツ様にそんな態度を取る勇気がありますね。
「支えよ」
ウーツ様は、威圧的に言います。
「はあい」
態度は変わっていませんが、断るとまずいと思ったのか、しぶしぶ支えます。
「まずは、試し打ちを行う。あの木に向けて見よ」
クミースは狙いを私から木に変えました。
魔力が充填されて矢が形成されていきます。
「発射」
放たれた矢が木に当たると、一瞬で燃え尽きます。
うん? 弱めとは?
私は、レアどころかウェルダンも通り越して消し炭になりそうでした。
「支え切れるな」
「はーい」
クミースが返事をしました。
つまり、私ではなく、クミースを慮ったようでした。
「では、一分に一発放つ。ではそこの娘数えよ」
「はぁい」
カラカラカラ、とゆっくりバリスタの向きを私に向けます。
「60、59、58……」
クミースは数え始めました。
それは死刑宣告なのでは!?
しっかりと矢の向きは、私の心臓を向いています。
クミースも遠慮がありません。
パリィできなければ、死あるのみです。
私は嫌な汗が全身から噴き出します。
念じると言われてもどうすれば?
「30、29、28……」
クミースはゆっくり数えるとかもしてくれません。
どうしましょう。
そうです。
最初にやった準備運動。
あれはパリィの準備運動だったはずです。
ソウは『魔力を急に体外に放出して衝撃波にする無属性の魔法』と言っていました。
つまり、ウーツ様の魔力を押し返した時と同じような方法で体外まで、魔力を放出はすればいいということです。
私は、さっきの感覚を思い出しながら、魔力を集中させました。
「10、9、8……」
キュイィィィイーン。
バリスタに魔力が集中し、矢が形成していきます。
「3、2、1」
「撃て!」
ウーツ様の声と共に、矢が放たれます。
「やあ!」
私は裂帛の気合いと共に魔力を最大限放ちます。
矢の先端が私に触れようとした瞬間に、私の魔力に相殺されて消し飛びました。
「できました!」
虚脱感が酷くクラクラします。
「では、一時間続ける」
「えー、マジで?」
声をあげたのは、私ではなくクミースでした。
私は返事をする余裕もありません。
「数えよ」
「わかりましたよ。 60、59、58……」
クミースが再び数え始めます。
やることは単純です。
回復してパリィする。
それだけ。
ただ闇雲にに使うと一時間持ちません。
弱すぎると、死にます。
威力を調整しなければいけません。
死が目の前にぶら下がっています。
ただそれはいつものことです。
「絶対死にません」
敵はウーツ様……ではなく、自分自身。
できるはずなのです。
ウーツ様は私を殺すことが目的ではなく、鍛えることが目的なのですから。
私は、自分のうちにある魔力を信じました。
熱くたぎるような魔力が沸き上がってくるのを感じました。
私は、バリスタの射出口をにらみつけて、次の発射に備えました。
◇ ◇ ◇
私はどうにかやりきりました。
もう魔力はカラカラです。
まったくというほど、魔力を感じなくなっています。
「今日はここまで」
生の実感がすさまじい本流となって流れ込んできます。
毎日必死に生きています。
ほんのこの間まで漫然と生きていたのが嘘のようです。
カシャンと音を立てて、聖剣が元の形状に戻ります。
ウーツ様が目をつぶるり開くと、目の色が赤く変わっていました。
「よしパリィはできるようになったようだな」
「はい」
私は自信満々に返事をします。
「よし、じゃあ、魔力切れおこした状態で素振りだ」
ソウの口から出たのは労いなどではなく、無慈悲な言葉でした。
「う、嘘ですよね?」
ソウが冗談などいうはずないのに、私は聞き返します。
「魔力がないからな。筋力と気力をしっかり鍛えられる」
「そ、そうかもしれませんが」
理屈はよく分かります。
実際にそれをさせますか普通⁉
死の恐怖を乗り越えたばかりだというのに……。
「返事は?」
「はい……」
言い返せるわけもなく、私は弱弱しく返事をしました。
「よし千回だ」
桁もおかしくありませんか⁉
反論したら、1万回と言われそうです。
魔力が切れているので、私は必死で歯を食いしばりながら素振りを始めました。
泣きそうです。
簡単に死ぬよりはましかもしれないのですが……。
二人は鬼か悪魔に違いありません。
どっちがどっちなのでしょうか。




