嫌な大人
昔の話だが、少しの間配送の仕事に携わっていたことがある。
勤めていた会社は社員教育に力を入れていたので、いろいろな研修を受けることになった。接客から配達技術、コンプライアンスまで多岐にわたったおかげで、離職した今も随分と役に立っている。
配送をしていた頃、田舎町の郊外を回っていたときの話だ。
僕は配送トラブルでの営業所からの指示待ちのわずかな時間、公園の脇の自動販売機で缶コーヒーを買って一息入れていた。
秋の夕暮れ時も近い時間帯で、公園では小学生くらいの子どもたちがたくさん遊んでいる。公園では球技を禁止されていることもあったろうし、その頃の流行だったのか知らないが、幾人かのグループが縄跳びを楽しんでいた。
縄跳びは、長いロープを回すのではなく、子どもたちが思い思いに一人用の縄で遊んでいて、ビニールタイプの縄が多く色も緑やピンクで鮮やかなロープがくるくると波打ち、子供たちは競い合うようにいろいろな跳び方を見せていた。
二重跳びや綾跳び、はやぶさなど、僕自身も子どもの頃にチャレンジした跳び方が、あちらこちらで見られた。
僕が疲れた身体をいたわりながらぼんやりと立ち尽くしていると、突然、耳馴染みのあるリズムが聞こえてきた。
「郵便屋さん!はがきが十枚落ちました~」
ふと視線を移すと、二人の女の子が向かい合って、一つ縄の回転の中を一緒に跳んでいる姿が目に入った。
そして、その懐かしいはずのフレーズが耳に入った瞬間、ぼんやりとしていた僕の意識は、突然フル回転に引き上げられた。
「落ちた?配達物が!?」
自分の意識が、一瞬で覚醒していくのがはっきりとわかった。
「配達物の紛失!?」
一つの物騒な単語が浮かび上がったが、子供たちはそんな僕の不審な衝動に気がつくはずもなく、唄を続けながら夢中で跳んでいる。
「~拾ってあげましょ、いちま~い、に~まい、さんま~い……」
僕は再び衝撃に身を震わせる。
「個人情報漏洩?」
「……じゅーまい、ありがとう!」
唄は終わり、子どもたちははしゃぎながら、再び別の縄跳び遊びを始めた。
まあ、今思えば笑い話と言うよりはただの不審者だと思うが、当時の僕は結構真剣だった。
なかなか仕事の決まらない中で、ようやくありついた職だったし、だからこそ真剣に打ち込んでいたので、敏感だった。自分自身が完全に仕事モードに入っていたこともある。
僕はしばらく打ち震えていたが、幾度かの深呼吸の後で、ようやく落ち着きを取り戻した。
まったく世知辛い世の中になったものだ。一昔二昔前なら、ただの遊び歌で終わっていたものが、場合によっては炎上案件である。
もっとも、考え方を変えれば、それだけきっちりとしたことが求められ、安心できる世の中になったという側面もあるかもしれない。しれないのだが……釈然としないものも残る。
結局、僕はそれから少しして、まったく違う仕事に転職した。なんとなく、殺がれてしまったのかもしれない。もちろん、これすら、ただのいいわけに使っているとも言えるのだろうが、時間もたってしまったし、もう、理由は忘れてしまった。
もちろん、今でもコンプライアンスは染みついている……ような気がする。