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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

藁苞に黄金 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 金。これほど太古から人の心を惹きつけてやまない金属は、そうないだろう。

 なんでも、この地球にある金はプール4〜5つ分ほどしかないらしい。希少価値は疑いようがないだろう。

 そのうえ、金属の中では非常に加工がしやすいうえ、優れた防腐機能もついている。長い時が経とうとも、さびなどで価値が失われることはないのだ。

 まさに永久不滅。生きている者がたどり着けていない領域に、到達できている物質が相手なんだ。そりゃ敬われてしかりだろうね。

 立場的にも利用価値的にも高い地位をおのずと勝ち取った金属。そのポテンシャルも、まだまだ把握して切れない部分があるかもだ。

 私が以前に聞いた昔話なんだが、聞いてみないかい?



 むかしむかし。

 当時の中国からこの日本へ渡ってきた、ひとりの商人がいたという。彼は幼いころより、日本をあこがれの地とし、訪れることを夢に見ていたんだ。

 黄金の国ジパング。そこは宮殿や民家などが黄金でできているとの話だったが、商人はすでにそのタネを拝見している。

 東北にある金色のお堂。のちに中尊寺金色堂と称され、名を遺す建物だ。これはたしかに黄金がふんだんに扱われているように思えた。

 だが少し離れれば、人々の住まう民家などは金が使われる節など、ほとんど見当たらない。


 ――まあ「すべての」宮殿や民家とはいっておらぬしな。この程度の言い回しに騙されたり腹を立てたりしているようでは、商いなどままならぬ。


 ジパングに長年、心惹かれていたこともあり、彼は日本の言葉が堪能だった。背格好が日本人と大差ないこともあり、言葉の端にわずかににじむ訛りさえ気にしなければ、外から来た者とは思えないほどだったという。


 その彼が、とある大きな村落で出店を構えたときのことだ。

 さほど陽が強くない昼間、みすぼらしいあわせをまとった青年が、商人の出店の前で足を止めた。

 商人が扱う品の多くは、仏具を兼ねた彫像。値段だってそれなりに張る者ばかりだ。商人は青年を一瞥して、まずその懐具合を心配してしまう。


「あの、買い取りをお願いしたいのですが」


 その言葉に、商人はどこかほっとした。相場の見えない、間の抜けた商談になるやもと思っていたが、これならいくらか安心だ。

 しかし彼が懐から取り出した巾着の中身に、商人は目を見張る。


 砂金だ。

 商人は計測用の水のはかりを使うも、これは確かに金であることを証明していた。

 本物と確かめた以上、きちんと取引しないわけにはいかない。商人は規定した量の貨幣を青年へ渡す。

 頭を下げながら去っていく青年だが、やはり妙だ。

 店から離れ、角を曲がって消えていく数十歩の間、彼の足元にときおり落ち行く、小さな粒が見えたのだから。どうも彼の肩から、腰から、細かにこぼれているようだった。

 彼がいなくなってから、商人はそっと土の上で跳ねたものを確かめに行く。

 これもまた砂金。やはり確かめてみても、紛れもないものだ。

 決して低くない価値である金を、こうも身体から平然と落としていくとは、ここへ来る前はさぞ砂金に囲まれた空間にいたとしか思えない。

 そしてその事実に気づいていないか、あえて頓着していないのか。


 ――もしやあの男、まことの「ジパング」の由来の鍵を握っているのでは?


 利益への嗅覚が、にわかに商人の胸をざわつかせ始めていた。



 商人は翌日も、同じ場所に店を出す。

 あの青年、近くまた砂金を持ってくると踏んでいたんだ。

 目の前に垂らされた好餌こうじにかぶりつかずにいるには、彼はまだ若い。ああも砂金に包まれているかのような空気ならば、またやってこよう。

 あるいは誰かの手により、つかわされている線もあるが、それならそれでいい。

 初回のあの時は、色をつけさせてもらった。他の店でかけあったとしても、ここより良い条件を出すところは、そうそうないだろう。

 となれば、ここへ来る。そしていまいちど、よく観察することができる……というのが商人の算段だったらしい。


 そして青年はまたやってきた。昨日より中身の増した巾着を手にしながら。

 商人は測りや商談をわざともたつかせながら、青年の様子をうかがう。向き合っている間も、青年は小用を我慢しているかのように、もじもじすることが多かった。

 しきりにこすり合わせる手。そこにつながる腕からも肩からも、やはりぽろぽろと砂金がこぼれていくではないか。


 間違いない。商人は思った。

 この男、砂金の海とでも言うべき場所を持ち、そことつながっていると思われる。

 頭からかぶり、肩まで贅沢に浸かり、それを満足に落としきれない。そのような湯水のごとく存在する場所より、ここへ足を運んでいるという突飛な考えでもしなければ、およそ納得ができなかったんだ。

 

 ――つけてみるか。


 商人の判断は早かった。

 砂金を引き取り、青年がまた昨日のように角へ姿を消すのを確かめ、商人はそっと店を離れた。取られて惜しいものは、すでに身に着けている。

 塀に挟まれた暗い路地を行く青年は、一度も背後を見やることなく進む。その間も、自分の前で見せた手のこすり合わせは止めない。肩を、いや体中をゆすることさえもだ。

 すでに夏へ入り、着物どころか、おのれの肌さえも暑く感じてしまいそうなこの陽気。暑がり、手で身体をあおぐならまだしも、それがあたかも寒さに震えるかのような仕草を見せるとは……。

 

 体調不良による悪寒か。

 そう見る商人の目には、心なしか青年の足が一挙に早まったように思えた。

 そう……思えただけだ。一息に前方へ飛ぶように加速したかと思いきや、彼の身体は前のめりに倒れ、地面を滑っていく。手さえまともにつかない、派手な転倒だった。

 とっさに駆け寄ろうとした商人だが、直後に広がる目の前の景色に、つい足を止めてしまう。

 

 

 はじめは、わらかと思った。

 細い毛のようなものが、ひと筋、ふた筋、ほどなく束となって風に乗り、商人の方へ吹き付けてきたんだ。

 近くにわら山など積まれていない。同じような荷車も、塀の奥に立つ家々もまた同じだ。わらが飛んでくる要素などない。

 ただ、目の前に横たわる青年の身をのぞいては、だ。


 影に倒れる青年の身へもういちど目を凝らし、商人は思わず息を呑んだ。

 このとき、すでに青年の頭は存在していなかった。つい先ほどまで自分と言葉を交わしていた口、それが含まれる顔の部分は、完全に消失してしまっている。

 代わりに、土の上へ転がるのは金塊。本来あったであろう、青年の頭部をひと回り小さくしたような大きさ。かつ直方体を保った姿でうっすら光を放っている。

 更に新しく吹き付ける、わらを思わせる束たち。その正体は、いまなお残っている青年の首から下が、傷んだ服の生地のごとく、端からほつれ、風に吹き飛ばされるがままになっていることに他ならない……。


 しばし、あっけに取られていた商人が、ようやく逃げを打とうとしたとき。

 青年の身体を元とするわらが、どっと商人へ吹き寄せた。顔を塞ぎ、視界を奪い取っている間に、腕といわず足といわず、わらと化した青年の肉体が続々とこびりついては、吹き流されていった。

 幾度もの叩きつけが止んだ時、青年が倒れていた場所には、服も肉も血液も残っていない。あの長大な金塊さえも、だ。商人がおそるおそる、そこを検分してみても同じ結果だった。

 青年から受け取った砂金はある。すべてが狐狸のまやかしとも思えない。自分は何を見たのか、商人はすぐに結論を出すことができなかったらしい。



 以降、商人の商いはすっかり精彩を欠いてしまう。

 大赤字を出し、日本にとどまることすらままならず、帰国を決断したのだとか。

 実家の家族に迎えられた彼は、日本での不思議な出来事を伝えるも、ほどなくして自分が話した青年のごとく、手をこすり合わせたり、身体をゆすったりする機会が増えていく。

 やはりその身からは、細かい砂金が次々とこぼれていったんだ。本人に、落ちたという自覚が湧かないままにだ。

 家族に指摘され、大いにおののいた商人は高名な僧や医者のもとを回り、件の話をしたらしい。やがてとある院の離れの小屋にて、養生することになった。


 その治療は彼の指の先を傷つけることによって、行われたらしい。

 最初こそ出ていた血がほどなく止まり、代わりに傷口からは黄金がにじむようになってきたのだとか。

 寝ている時、起きている時を問わず、胸の脈動に従って黄金は流れ出る。形の上なら垂涎の事態だが、商人本人も治療にあたる医師たちも、そのことへ頭をやることはできなかった。

 黄金からは、ひどい血の臭いがした。おそらく戦場へ向かう将と同じか、それ以上に凄絶な光景を見てきただろう医師たちでさえ、一刻も早くその場を立ち去りたいと思うほど。そばに立つだけで目に涙があふれ、頭は槌で何度も叩かれているような痛みに満ちる。

 近づいたときなどは、身体の血が針となったかのような痛みが走り、足を押しとどめる。

「早くどけ」と身体そのものが警告を発するんだ。

 結局、黄金が商人の身体から出きるには、ひと月近い時間を要した。肥えていた彼の身体はみるみるやせ細り、肉などの精のつくものをつぎ込んで、ようやく意識を保つというありさま。

 増血させることで、身体を占める黄金を押し出させる。そのような意図があったとか。

 排出された黄金は、医師たちが厳重に保管したはずだが、すくった日の晩にはもはやどこかへ姿を消していたのだとか。



 もしやあの黄金たちは、自らの入れ物として人を選んでいたのかもしれない。一部始終を聞いた者はそうウワサすることもあった。

 まさに藁苞わらづとに黄金。人がいくら自分を上等に思っても、金から見ればわらのごとき身分の低いもの。時には道具のように扱われるかもしれない、とね。


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