前奏「銀の夢」
その日は大雨が降っていた。誰もいないビルの屋上に銀色の鎧を着けた者がいる。雨は鎧越しからでも分かる程に強い。
「くっそ、何だってこんな」
思わずぼやいてしまうほど『彼』の機嫌は悪かった。思えばこの世界に来てから録な事が起きていないと思い出す。
(俺は一体何をやっているんだ?いやそれ以前になんでタトスさんはあんなやつの話を……)
考えれば考えるほどに怒りがわく。
(ファデルとかいうガキ、あのガキがあんな話を持ち込まなければ……)
ふと、ナニか近づいてくる気配がする。
(来やがったか)
深呼吸をして剣を構える。
(脱け殻ごとき、俺が簡単に片付けてやる!)
ポタリと、雨粒とは違う血滴が落ちる音がする。
『グルルルル』
(へっ、間抜けな奴め。唸り声が丸聞こえなんだよ)
気配を殺しソレが来るのを待つ。
『グル、……グガァァァ!!』
叫び声と共に血の様に赤黒い人の形をした肉の塊が飛び出す。体と同じ赤黒い刃の斧を『彼』に向けて振るう。
「ふん」
攻撃をかわして、剣を突き出す。肉体を抉るがソレは怯まず次々うと斧を振る。
「当たるかよ!」
肉体を斬りつけるが手応えがない。
「けっ、命を持たねえ脱け殻だから全く怯まねえ。だがこれなら!」
剣が緑色に光を放ち、オーラの様な光はギザギザの刃になる。
『グルギャァァァ!』
ソレの放つ渾身の振りを初めて剣で受け止める。斧を押し戻して反撃する。
「どうだどうだ!」
次々と斬りつける、手応えがなくともソレは次第に肉片を落としていく。
『グガルゥゥゥ!』
手の部分を斬られ斧を落とす。そしてそのまま『彼』の猛攻は続く。
それは夢のような時間、その剣で肉塊を斬る感覚を得ることで全てを忘れていられる。あの時別れた二人に『自分』だけでできるという証明をしたかった。そして斬れば斬る程その証明に近づいている様な感覚がした。
それは夢のような時間、夢はいつも無慈悲に突然終わる。『彼』は気づけば仰向けに屋上の扉にもたれ掛かっていた。
(なんで!?)
朧気な視界、しかし視線の先にはハッキリとソレが映っていた。
「うう……」
体が動かない、持っていた剣は錆びている。ソレはまるでこちらの恐怖を煽る様にゆっくりとした足取りで近づいてくる。
ポタッ、ポタッ
(なんでだ?なんでいつもこうなるんだ。こんな筈じゃなかったのに……)
やがてソレとの距離が縮まり、足下に来る。
「う、うごけ……」
手が上がらない、ソレの落とす血滴によって膝宛は錆びていく。
「やめろ、やめてくれ!」
『グゥゥゥ、ルルルルルガァァァ』
(笑ってる!?この俺を嘲笑っているのか?)
ソレは狂喜的な唸り声をあげたまま、斧を振りかざす。
(嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だいやだ!!)
もはや声を発することすら出来ないまま、ソレは斧を振り下ろした。
それは夢だった。この日、【銀騎士】はこれで10594回目の忌々しき夢を見た。あの日、彼の人生全てが変わった。あの大雨の中、斧を振り回す血の肉塊は忘れられない。
(あいつさえいなければ俺はきっと今頃……)
鏡を見ながら顔の痣に触る、あの日についたままとれない血が痣になったのだ。
【銀騎士】のいる部屋は部屋の隅に作業場があるだけで、それ以外の設備は最低限のものだ。
シャワー室で身体を洗い、その名に違わず銀色の鎧を来て部屋から出る。すると水色の長髪に黄色のメッシュの身長の高い男が居た。
「お前の顔を見るだけでも気が滅入るよ【電撃蛇】」
「シャラララ、元気そうだな【銀騎士】」
「……」
【銀騎士】は無視して歩きだす。【電撃蛇】はそれに続く。
「本当はここでお前と話してる暇なんて無いほど私は忙しいんだ。しかし私とお前の仲だ、仕事だけ押し付けるのは敬意が無いからな」
「用件を話せ。お前が今喋った時間は無駄だ」
「シャラララ、手厳しいな。まるで心に蛇でも飼っているかのようだ」
「俺を睨んでも卵は出ないぞ」
「クシャシャシャ。お前、最近どうなんだ?」
「どうとは?」
「諸々の事さ」
「順調なんじゃないか。仕事もそこそこだしな」
「そうだろうな、お前もここに来て随分と経つからな。そこでだ【銀騎士】、お前もそろそろ部下をもった方が良い」
「部下?ふむ、考えたこともなかったな。だが俺の理想は高いぞ、その理想を叶うに支える者にも相応の実力を求める」
「理想か、クシャシャシャ。そういうのはお前が選んだ人材でやることだな」
「分かってるさ、それでその部下になるかもしれないやつはいるのか?」
「いるかもしれないし、いないかもしれない。それを見極める為にお前には試験官をやってもらう。知っての通り我々が幹部になるにはある一定の事をこなさなければいけない」
「俺の時もそうだったな。それでもしそいつが試験に合格して俺が気に入れば部下にして良いということか?」
「そうなるな。まあうまくいけばの話だが」
ある部屋の前で【電撃蛇】は立ち止まる。
「ここにいるが、やるか?」
「やってみよう」
「シャラララ、そう言うと思っていた。やり方は知っているな?」
「二度目はない、だろ?」
「お前はなにもしなくて良いし、助言をあたえればそれで十分だ」
そう言い残して【電撃蛇】は立ち去った。【銀騎士】は部屋に入る。中にはピンク色のショートヘアーの女性がするといた。
(こいつはダメだな)
【銀騎士】は一目見ただけでそう思った。しかし引き受けた事なので一応やる。
「お前の試験官をする事になった【銀騎士】だ」
机を挟んで椅子に座り、机の上にあった資料を見る。
「シータ・クトン、目標は第310番世界の国一つを事実上制圧。仲間が3人か、そいつらは?」
「別の場所で準備をしています」
「そうか、まあせいぜい頑張れよ」
「はい」
数日後、【銀騎士】は巨大なラボのような場所を訪れていた。
「……」
静かに待っていると、初老の男が来る。
「お前さんか、頼まれていたもんはできとるぞ。もっとも仕組みがちと難しくてな、完全に再現できなかった。そこで別の方面にしてみてデータを取りたい。これでいいか?」
男はアタッシュケースを取り出す。
「分かった。これを使わせてもらう」
そしていよいよ出発の時が来た。【銀騎士】とシータ、そして彼女に同行する3人はエレベーターの様な機械の前にいた。
「では行くとしよう、俺は拠点でまつ、報告は定期的に」
「はい」
5人は機械の中に入っていった。