第8話 なにごともなかったの…かな⁉
(んっ………)
まぶたの向こうが明るい。
(朝……⁉)
なら、起きなきゃ。殿下のお召し物と、朝食を用意しなくちゃ…。
「んっ!!」
思考と同時に記憶が戻る。
私、昨日っ!!
舞踏会会場から、殿下にお持ち帰りされたっ!!
葡萄酒一杯で、酔いつぶれるなんて情けなさ過ぎだけど、そっからの記憶がない。
(私、あの後どうなったっ!?)
飛び起きて、確認…できないっ!!
身体の上に、重しのような腕…、って、殿下っ!!
ガッチリと私の身体、抱きしめられてるっ!!
目の前には、すべらかな殿下の胸。いやあ、胸筋すごいねって、感心してる場合じゃなーいっ!!
殿下が脱いでるってことは、そういうこと、あったのっ⁉
慌てて、自分を確認。
「……あれ⁉」
服、着てる。
昨日のままの服装だ。
「んっ、…ああ、レオ。起きたか」
私が、もがいたことに気づいたんだろう。殿下が目を覚まされた。
「あっ、あの。おはようございます」
「ん、おはよう」
こんな間近で、その青い瞳で見つめられたら。で、その甘い顔で微笑まれたら。
心臓、バックバク。爆発しそう。
「えと、あのっ、ボク、朝の準備してきますっ!!」
ってか、心臓、持たないっ!!
勢いよく上掛けを、殿下の腕をはねのける。なるべく殿下を見ないように。脱兎のごとくっ!!
寝室を出て、そのまま執務室を抜け、廊下へ飛び出す。
(どわっはあぁぁぁぁ…)
肺の中の空気、全部吐き出せそうなほど、大きなため息。
ズルズルと力の抜けた身体で、そのまましゃがみこむ。
新鮮な、新鮮な空気をっ!! 求む、空気っ!!
胸に手を当てて、何度も呼吸をくり返す。
こうでもしないと冷静に戻れない。こうしていても冷静になんてなれない。
肺の空気が全部入れ替わっても、しばらくは腰が抜けたように、立つことが出来なかった。
「でっ⁉ どうなのですっ⁉ ことはあったの!? なかったの⁉」
朝の準備を一通り終えて、食器とかを下げに行った時、伯母に捕まった。
ものすごい勢いで、突進してきた伯母。その目、ギラッギラ。
「えと…、どうなのでしょう」
「ハッキリしなさいっ!! ハッキリとっ!!」
キイイイッと、伯母が叫ぶ。
「王宮中のウワサなのですよっ!! アナタが殿下に抱かれて退出したことはっ!!」
グイグイと詰め寄られる。
「殿下の『お気に入り』宣言と、『寝所までの抱っこ』。王宮で、このことを知らぬ者などおりません!!」
やっぱ、そうなのか。
さっき、朝食を取りに行った時の、料理長をはじめとした台所の人たちの視線の理由に納得する。
――ほら、あれが、ウワサの。
――殿下の新しいお気に入りだそうだぞ。
――ふぅん。ああいうのが、殿下はお好みなのね。
――昨夜は、お楽しみだったんでしょ⁉ ウフフフフ…。
――カワイイ顔して、ウフフフフ…。
私、そういう目で見られてたんだ。
ウフフフフ…、に含まれる部分が、気にならないわけじゃないけど。
はあぁぁぁっ…。
ヤダなあ、もう。
「で、どうなのです⁉」
伯母は、私がどう思われようが気にしていない。気にかけてるのは、子どもが出来たかどうかだけだ。
「えっと…、それが、よく、わからないんです…」
声が尻つぼみになる。
「はあああっ⁉」
代わりに、伯母の声がデカくなった。
「気づいたら朝だったし。舞踏会からの記憶がなくって」
これは真実。
「記憶がなくても、そういうの、わからないのっ⁉」
え、えーっと…。
具体的に、何がどうなってれば、そういうことがあったかわかるわけ!?
体調⁉ 衣服の乱れ⁉ それとも、もっと何か別のもの⁉
サッパリ、わかんないんだけど。
「あの…、何がどうなっていれば、そういうことがあったって言えるんでしょう」
「はあ!?」
疑問をそのままぶつけると、伯母が眉を、思いっきりねじ曲げた。
「アナタ、もしかして、そういうこと、わかってないの⁉」
その質問に、コクリと頷く。
だって、本当にわかんないんだもの。
母も亡く、父さましかいない家庭で育ったから、そういことに疎い自覚がある。女として、親から教えられるべきことを伝えられていない。その上、父さまも数年前に亡くなって、身内はこの伯母だけなのだけど。伯母さまも、殿下と子どもを作れって言うわりに、何がどうなるのがいいのか、教えてくれてないのよね。
あーっと、軽くうめいて、伯母が額に手を当てる。大げさなほどよろめかれた。
「エレオノーラ、アナタ、子どもを授かる方法、知らないの⁉」
「え…、はい。まあ」
具体的に、くわしいことは知らない。
男女が、一夜をともにして、裸で、なにをどうするのか。そこがよくわかってない。
だから、殿下と既成事実と言われても、実際は、何をどうしたら子どもが出来るのか、わからない。
キスする…とか、一緒にベッドに入る…までは理解してるんだけど。
その先は、裸になるのかな…⁉ 程度の認識。 エッチいことだとは、わかってるんだけど、具体的にどうエッチいのかは不明。
「いいですか、エレオノーラ。そういうことがあれば、身体が変わりますから、自然とわかります。殿方を受け入れた、その証拠が身体に残るのです」
えーっと。
殿方を、受け入れる!?
……どこに⁉
裸で一緒に寝る。その先があるの!?
「殿下が、そういうお気持ちになられたら、素直に身体を差し出せばよいのです。四の五の言わずに、殿下のなさるようにすれば、間違いなくお子をくださいます」
そういう気持ちって⁉
子どもをくださるって⁉
殿下は、コウノトリなの!? 子どもは、神さまがくださるものじゃないの⁉
やっぱり、まだ理解できない。
「その様子なら、『まだ』なのでしょうね…」
ため息混じりに呟かれる。「まだ」かどうかって、見てわかるものなんだろうか。
「でも、殿下がアナタを『お気に入り』と言ったのは間違いないですし、『寝所にお持ち帰り』したのも事実ですから。これが続けば、きっと、きっと…っ!!」
伯母が勝手な妄想を始めた。
「その時は、嫌がらずに、殿下を受け入れるのですよ。いいですね、エレオノーラ」
念を押されるように、顔を近づけられた。
けどさ。
だから、どこで、殿下を受け入れるのよーっ!!
問題未解決。