第5話 怪力無双にゃ勝てないわ。
上、下、上、下、時折、右、そして下。
王宮の中庭に、カンカンと、乾いた音が響く。
「ほらほら、どうしたっ、左がガラ空きだぞっ!!」
…うおっとぉっ‼
死角から繰り出された剣を、腰をずらして避ける。
そしたら、今度は上っ!! 腰を落とすと、頭スレスレのところを剣が薙払う。
(…っとに、容赦ないなあ。うわっ!!)
剣の相手は、あのバルトルトさん。
この間の、お酒毒見、酔いつぶれ事件が気に入らないのか、「身体を鍛えてやるっ!!」とかなんとかで、こうして剣術稽古を受けさせられてる。
酒と剣って、関係ないじゃんっ!!
身体鍛えったって、酒に強くはなれないわよっ!!
そう言いたいところだけど、そんな意見は聞いてもらえそうになかった。
殿下の従者としての仕事が免除された代わりに、こうして剣の練習をさせられている。
真剣は危険だからと、練習用の木剣にしてもらってるけど。
木剣がブオンッとうなるたびに、軽く恐怖を感じる。
(これさ、木剣でも、真っ二つにされちゃうんじゃない⁉)
バルトルトさんはそれだけ、豪剣。ぶつけられたら、首なんか、チョーンッと簡単にいきそうだよ。
(まったく大人げがないなあ。一応これでも13歳って設定なんだけどなあ、私)
バルトルトさんは、おそらく殿下より年上。隻眼っていう風貌から、ハッキリはしないけど。
それが、こんな子供に本気を出すなんて、さっ‼
ギリッギリのところで、剣をかわす。
こんなの、普通の令嬢なら、とっくに逃げ出してるってのっ!!
幸いというか、なんというか。
私、普通の令嬢じゃないし。
父さまが剣術の使い手だったおかげで、小さいころから剣を習っている。
バルトルトさんみたいな、力押しは出来ないけど、その代わりの技を教えられている。
例えば、今みたいに…っとおぉっ‼
ブンッと剣を一薙ぎされる。が、ギリギリで身体を反らす。こういうの、身体が柔らかくないと出来ないもんね。
そして、チョッチョッと跳ねながら距離を置く。
体力もない分、間を置いたりすることで、身体を整える時間が欲しい。
「コラッ、ちょこまかと逃げるなっ!!」
…そう言われても。バルトルトさんの剣なんて、当たったら「へぶしっ‼」とか言って、吹っ飛びそうなんだけど。
「少しは、打ち返してこんかっ‼」
ブオンブオン、すごい音をたてる剣戟の間に、どうやって打ち返せっていうのよっ!! そんな隙ないじゃんっ!!
あっちの体力が落ちてきたら反撃って、思ってたんだけど。いっこうに、落ちる気配なし。
コイツは、伝説のモンスターか、巨大な熊かってぐらい。怪力無双、疲れ知らず。
(よーし、こうなったらっ!!)
本気には本気で。
攻められるだけじゃない。こっちも反撃に出る。
剣を避けるために腰を落とした位置から、グッと剣を突き上げる。
「……ふんっ‼」
当然この一撃は、アッサリと弾かれる。
が、次は、弾かれた位置から、また剣を振り下ろす。
攻防が入れ替わる。
バルトルトさんの方が力が強い。彼は、私のように避けるではなく、剣を弾く、退けることで攻撃をかわしている。
なら、その力に逆らわず、弾かれたらその位置から、退けられたら、その反動で。流れに逆らわず、自然な動作で攻撃をしかける。
「むっ…」
バルトルトさんが、一歩さがる。
距離を少し置いて、身を翻す。
剣舞という言葉があるけど、おそらく私のやり方はそれに近い。
踊るように身をかわし、回り、間合いを測らせず、間合いを一気につめる。ムリな攻撃はしない。近くに、遠くに。チャンスを見極め、攻撃に転じる。
一瞬、バルトルトさんの剣先が下がる。
(今だっ!!)
腕に力をこめ、喉元に剣を突きつける。
「そこまでだっ!!」
外野から声が上がった。
その声に、動きを止める。
兵士やら、小姓やら。気がつけば、周囲に人だかりが出来ていた。
おおーっと感嘆の声も聞こえた。
どうだ、この実力。父さま仕込みのこの剣技っ!!
ヒヨッコだと甘く見てると、痛い目に遭うんだからねっ!!
さすがにいっぱい動いたから、息は荒くなってる。でも目線は、バルトルトさんの顔から外さない。バルトルトさんも、残った右目でジッとこっちを見下ろす。
「お前の負けだな、バルトルト」
笑いながら、殿下が近づいてきた。その背後には、イリアーノさん。なにやら、皮羊紙の束を抱きかかえている。
「子どもだと、侮ったのか⁉」
残念だったな。殿下はそう言いたいらしい。
が。
「いいえ」
バルトルトさんが短く答えて…。
バキィィィンッ‼
大きく振り下ろした剣で、喉元に突きつけられたままだった、私の剣を叩き割った。
(――――――――っ!!)
ビリビリッ、ジィンジィンと手から腕にかけて、痺れと振動が襲いかかる。残った柄の部分を持つことも出来ない。
ってか、木剣をっ!! 一撃でっ⁉
「すげー、怪力」
イリアーノさんが呟く。
痺れすぎて使い物にならない右腕を、左で押さえる。
クッソ~ッ!! こんなの反則じゃんっ!! 剣技の練習で、剣を叩き割るってどうなのよっ!!
キッと、バルトルトさんを見上げる。
「まだまだだな、小僧」
ドヤッて顔の、バルトルトさん。
「もっと精進しろよ」
そう言い残して、中庭から去っていったけど…。
「大人げないなあ。どこまで負け嫌いなんだか」
殿下とイリアーノさんが、呆れながらバルトルトさんを見送る。ノッシノシと歩いてくバルトルトさんの背中が笑っていた。