第3話 お酒はほどほどに。深夜の秘め事もほどほどに。
イヤだ、とか、ムリです、とか。
そんなことを言ったところで、「仕方ないわね」とあきらめてくれるような状況ではなかった。髪の毛、ちょん切られてるし。殿下直々に、従者決定しちゃったし。
「最初は男の子としてで構いません。殿下のご寵愛をいただき、そしていつか。いつか女性として愛され、お子をもうけるのです」
ようは、殿下を男の子としての魅力でメロメロにして。ガオーッて殿下が襲ってきたときに女とバレても、「問題なしっ!!」って言われるまでに惚れさせて、既成事実を作れと。
……絶対、ムリな気がする。難易度、最高レベル。
「幸い、殿下もアナタの顔をお気に召したようですし」
男の子認定で、顔を気に入られてもうれしくない。
「大丈夫です。アナタならできますよ」
……伯母さま。その論拠を教えてください。
伯母に通されたのは、殿下の執務室から続く部屋。先ほどまでいた、伯母の部屋からも近かった。
執務室を挟んだ向こう側には殿下の…寝室もある。
私の部屋から王宮の廊下に出るには、その執務室を通らなきゃいけない構造。
……これ、結構マズい状況なのでは!?
うっかり、好かれてもいない時に「女だっ!!」ってなったら、チョーンッて首が飛ぶってのに。それなのに、こんな至近距離で暮らせと!?
ゴクリ。
大きく喉が鳴った。
部屋には、あらかじめ伯母が用意してくれていたんだろう。私の身の回りのもの(といっても男物)が、いくつかそろえられてた。
当たり前だけどドレスとかは一着もなく、代わりにあったのは、一振りの短剣。
「アナタなら、使いこなせるでしょう⁉ レオ」
……もうすでに、私は「レオ」なのね。
ため息とともに短剣を腰に佩いた。
勝手に決められたことだけど、こうなったら腹をくくるしかない。
その日の夜。
殿下の執務室に集まったのは、二人だけだった。
ともに男性。
片方はかなりゴツイ身体つきの、…おそらく武人。左目の上、眉から頬にかけて大きな刀傷があり、隻眼になっている。ちょっとコワい。
もう片方は、スラッとした体格の、…多分文官。整った顔立ちで、繊細そうに見える。どっちかというと中性的な印象。
どちらが「バルトルト」さんなのかはわからないが、どちらも、その…。殿下のお相手なのだろう。
執務室にある長椅子に腰かけ、殿下と三人、ものすごくくつろいでる。このまま泊まっていきそうな雰囲気。
執務室の隣は、殿下の寝所。
そういうことをするのに、特に問題はないわけで。
(うわぁ~)
一瞬、本気でその場面を想像してしまった。三人、男、裸祭り。
軽く頭を振ってから、何事もないような顔して、三人にそれぞれ給仕をする。
ガラス細工のゴブレット(高級品‼)に、葡萄酒を注いで置いていく。
「おい」
不機嫌そうな声を上げたのは、隻眼の男だった。ゴブレットを持ち、中身を吟味するように眺めている。
「これは、ちゃんと毒見したのだろうな」
「…毒見⁉」
え!? それ、私の仕事なの!?
「毒見は、従者の基本だろうがっ!!」
「ひゃっ…‼」
カミナリが落ちたかと思うような声だった。というか、落ちた。
どでかいのが。私の上に。
「まあまあ。落ち着けよ、バルトルト。この子、今日が初めてなんだろ⁉ そこまで責めちゃかわいそうじゃないか」
間に入ってくれたのは、もう一人の方だった。優しい笑顔でこちらを見てくる。
「知らなかったのなら、これから覚えればいい。でしょ⁉」
「だが、それで、殿下の身になにかあったらどうするんだ」
隻眼男――、バルトルトはひきさがらない。
「んー、それは、その時のことだよ。もしそうなったら、僕らみんな仲良く、コレ、だね」
チョンッと首を刎はねる仕草つき。
明るく言ってるけど、それってかなり怖いんですけど。
無意識に喉に手をやる。
「君も、そうなりたくなかったら、ちゃんと仕事を覚えること。いいね!?」
「…はい。申し訳ありません」
知らなかったとはいえ、自分が悪いのだからと、頭を下げる。
「じゃあ、さっそく仕事して⁉」
ニッコリとゴブレットを差し出された。
「えっ⁉」
「毒見。それも仕事だと、今、覚えたばっかでしょ」
さあ、とゴブレットが渡される。
けど…。
(私、飲んだことない…)
お酒なんて知らない。飲んだことない。毒が入ってるかどうかなんて、どう見極めればいいんだろう。
(あ、そっか。私が苦しくなれば、毒の有無がわかるのか)
ということは。私は苦しんで…、死ぬの⁉
死にたくない。そんな覚悟は持ってない。
だけど、この場から逃げることもできなくて。
(ええい。こうなったら‼)
覚悟を決める。完全にヤケだ。
「あっ…‼」
不意に、手の中のゴブレットがかすめ取られた。
取った主は、そのまま中身を飲み干す。
「殿下…」
私の視線を気にもとめず、喉を鳴らしながらゴブレットを空にする。
「……、いい加減ノドが乾いてるんだから、さっさとよこせ」
グイッと口元を拭いながら怒られた。
「アル…、お前な」
バルトルトが呆れたような声を上げた。
「毒が入ってたら、どうするつもりなんですか」
もう一方の男も、軽く抗議する。
「大丈夫だ。この酒は、インメル夫人が用意したものなんだろう⁉」
「あ、はい」
酒もゴブレットも。伯母が、すべて準備したものだ。
「ということだ、イリアーノ。問題ない」
やれやれと、イリアーノと呼ばれた、もう一方の男がため息をつく。
伯母に対する信頼がなんとなく見えてくる。伯母が、殿下の乳母が用意した。それだけで、問題ないと断言できるほど、彼らは伯母を信用しているのだろう。
「レオ」
殿下に呼ばれた。
「オレたちは、このまま好きにやる。お前はもう休め」
「…え!?」
給仕はいらないってこと!?
「明日からいろいろと働いてもらわなきゃいけないからな」
殿下が手酌で二杯目に口をつける。
どれだけノドが乾いてたんだろ。
「では…、お言葉に甘えて…」
主の許可をもらったんだし。頭だけ下げて、自分用にあてがわれた部屋へと戻る。
(はあ~)
パタリと閉じた扉に背を預けて、大きく息を吐き出す。
このあと、隣室で繰り広げられるだろうことを想像するだけの心もゆとりは、もうどこにもなかった。