第2話 作戦上、殿下の従者です。
アルフィリオ・ラウル・ルティナリア王太子殿下。
御年21歳。
ルティアナ第二代国王、アルブレヒト陛下のご嫡男。第一王子。
母君は、12年ほど前にご逝去。ご兄弟に、第二王子のランベルト殿下がいらっしゃる。
その王子として遜色ない顔立ちと風貌は、現国王アルブレヒト陛下の伯父、ルティアナ建国の祖、アルカディル先代国王にそっくりなのだという。
性格も、先代を知ってる者に言わせると、よく似ているらしい。誰にでも気さくで、親しみやすく、朗らか。それでいて、大胆で、勇敢で聡明。
ルティアナ王国は、かつての宗主国であったローレンシア皇国から独立して、まだ20年ほどしか経っていない。ローレンシアの圧政に端を発した独立戦争は、15年にもおよび、故アルカディル先王のときに、ようやく念願をはたしたばかりだ。
開祖となったアルカディル先王に子はなく、甥のアルブレヒト陛下がその後継者となり、国を受け継いのが12年前。まだ、盤石とも言えない国政をたすけているのが、このアルフィリオ殿下だった。
彼は、アルカディル先王が存命中、直々に王太子となることを任じられた存在で、偉大なる建国の父に期待をかけられるほどの逸材。
実際、アルフィリオ殿下は、王太子として問題なく、素晴らしい活躍をみせている。
独立後もくり返されていた、ローレンシア皇国との戦を制し、こちらの有利な条件で、講和条約を結んだ。
王都を離れられない父王に代わって、まだまだ不安定な国内をめぐり、様々な案件を解決してきた。
などなど。
ゆえに、国民からの絶大な支持と、熱狂的なまでの期待が彼に送られている。
そんな、完璧、最高のアルフィリオ殿下だけど…。
一つだけ、困ったウワサも存在する。
男色―――。
21歳にもなるのに、側室はおろか、女性とそういう関係になったことがないのだという。
日夜、国家のために奔走する彼の傍らには、必ず男性の姿。
一説によれば、その男性(複数形)は、夜な夜な殿下の寝所にも出入りしてるそうで。戦場でもとっかえひっかえ、殿下の天幕に男性が訪れているらしく。そのまま一夜をともに過ごされることも、あるとかないとか。
英雄色を好むというけれど、殿下の場合は、男色を好むといったあんばいで。
このままではお世継ぎがいなければ、王位が弟君で凡庸とウワサの第二王子、ランベルト殿下に回ってしまう。(ランベルト殿下は、幸い女好きで、庶子がすでに二人いるそうな)
アルフィリオ殿下に期待する連中は、殿下のためにも、なんとしても世継ぎ、子どもが出来てほしいわけで。建国されたばかりのルティアナ王国のためにも、その礎いしずえを盤石ばんじゃくにするためにも、次世代の後継者が必要なわけで。
その筆頭、殿下の乳母、私の父方の伯母であるインメル夫人は、その急先鋒だった。
殿下になんとしてもお世継ぎをっ!!
ランベルト殿下には権力は渡さないっ!!
男を好むなら、男の娘を近づければいいじゃないっ!!
その一念で、私は髪を切られ、男の子に、殿下の従者にされてしまった…というワケ。
トホホ…。
以上、説明と回顧終わり。
「ふーん。この子が、新しい従者ねえ」
戸惑ったままの私の顎を、クイッと殿下が持ち上げた。
「まだ、子どもじゃないか」
「ええ、弱冠13歳ですが、剣の腕は確かですよ」
伯母が答える。ってか、勝手に設定作られたーっ!!
13歳ってなにさ。私、今年で17なんだけど⁉
「レオは、私の兄、リナルドの秘蔵っ子ですから」
リナルドは、私の父。5年前に亡くなっている。亡くなるまでは、王宮で、剣術指南役をしていた。その情報は間違ってない。
「ふーん、リナルドのねえ…」
殿下も、父リナルドを知っているのだろう。剣術指南役という立場上、父は殿下にも、剣術を授けているに違いない。
顎をクイクイと動かされ、右から左から、上から下から、メッチャ吟味するように観察される。目をじっと覗きこまれるように見つめられると、さすがに心臓が跳ねる。
「悪くない顔立ちだな」
…それは、男色の相手としてってこと!?
一瞬、背筋を悪寒が走る。
「レオは、剣の腕もいいですし、よく気が利く聡い子なので、殿下の従者に適任ではないかと」
優雅に伯母が頭を下げる。
「ふーん…」
殿下の熟考。
待つことしばし。
「いいよ。せっかくの推挙だし。ちょうど新しい従者が必要だったから。採用してやるよ」
―――よしっ!!
伯母の声が聞こえた気がする。
グッと拳を握りしめて。あれ、絶対喜んでるわ。
「じゃあさっそく、殿下の控えの間で暮らすように手配いたしますわ」
「ああ、それでいいよ」
イソイソと伯母が動き出す。
鼻歌混じりそうなほど、ルンルンしてる。
スルッと殿下の手が、顎を一撫でしてから離れた。う~、鳥肌、ゾワゾワ。
気に入られた…のかな⁉
ニヤッとこっちを見られても…。
喜んでいいのか、悲しんでいいのかわからない。だって、男としてだもん。
「ああ、そうだ。今夜バルトルトたちが来るから。その準備、酒だけ用意してくれないか」
そう言い置いて、殿下が部屋から去っていった。
「バルトルト…ねえ」
伯母の顔がニッコニコからブスッに変化した。おそらく、そのバルトルトなる人物は、…その。殿下の男色のお相手なんだろう。
あ、でも「たち」って複数形で言ったから、他にもお相手がいるってこと!?
…うわあ。
あんなに顔がいいのに。もったいない。
さっき間近に見た殿下の顔立ちを思い出す。黙ってその性癖さえ隠していれば、完璧な貴公子なのに。残念すぎる。
「いい、エレオノーラ⁉」
グイッと伯母さまの顔が近づく。その視線、ちょっと怖い。
「なんとしても殿下を籠絡ろうらくして子を作るのですよ」
いや、それかなり障害が大きそうだし、望み薄そうなんだけど。
「バルトルトや、イリアーノたちに負けてなんかいられませんからね」
…えと。また「たち」って言った⁉ 新しい名前も出てきたし。
殿下のお相手って、いったい何人いるのよーっ!!
子作りしたいわけじゃないけど、お近づきになるには、かなりの距離がありそう。
それも、男の子の「レオ」として。
女として色仕掛けをするのも難しそうなのに、男の子として…だよ⁉
……はあああぁっ。
大きな大きな、魂が抜けていきそうなほど大きなため息がこぼれた。