第1話 ワケあって、男の子になりました。
――約束!?
「うん、やくそく。アタシはぜったいに、おにいちゃんのミカタってやくそく」
精一杯の笑顔と、指切りげんまん。
「おにいちゃんがこまってたら、アタシがたすけるの。おにいちゃんをなかせるヤツは、コラーッ!!って、おこってやるの」
だって、アタシはおにいちゃんのおかあさんで、おねえちゃんで、いもうとなんだもん。おにいちゃんを、守ってあげなきゃ、なんだもん。大好きなおにいちゃんをイジメるヤツは、アタシがゆるさないんだから。
「だから、おにいちゃんは、もうなかなくていいんだよ」
アタシが味方だから。アタシだけは、なにがあっても、おにいちゃんの味方だから。
――エレオノーラ。
おにいちゃんが呼ぶ。呼んでアタシをギュッとしてくれた。
――ありがとう。
泣かないって決めてたのに。ギュッてされたら、涙がポロポロあふれちゃった。
今日でお別れだから。泣かないって決めてたのに。
こらえようとすればするほど、あふれる涙を、おにいちゃんはやさしくぬぐってくれた。
――元気でね。
結局、ワンワンと泣いてしまった私をおいて、おにいちゃんは迎えの馬車に乗って行ってしまった。
――大好きだよ、エレオノーラ。
その言葉だけ、私のもとに残して。
* * * *
髪がない。
頭、軽すぎ。
身体を動かしても、ついてくるはずの、サラッと動く髪がない。
……もしかして、坊主!?
気になって触ってみると、一応、髪は残されていた。
ただし、短い。
ホッとしていいのか悪いのか。
震える手で、その長さを確認してみる。
髪は、肩の手前辺りでストンと消えていた。それも、パッツンと切りそろえられたわけではなく、自然な段差をつけて、頭の曲線に添わせたような仕上がりになっている。適当に、乱暴に切り取られたわけではないことは、確認できたけれど、これではまるで…。
「男の子みたい…」
間違っても、女性の、私の髪型じゃない。
それに……。
「何……、これ…⁉」
起き上がった時に気がついた。
自分の身体を包むのは、濃い青色のチュニック。その下は少しゆったりとした水色のコットシャツ。下は、生成りのブレー、そして脛すねまである、やや長い革靴。
とても動きやすい。動きやすいんだけど、これはどう見ても…。
「男の格好…」
ささやかながら存在していたはずの胸のふくらみは、布かなにかで押さえつけられているのだろう。呼吸をすると、少し苦しい。そして、ペッタンコ。
状況が呑み込めなくて、辺りを見回す。
私、いつから男の子になった⁉
初めて見る部屋。石造りの壁には、見たこともないような豪華なタペストリーが吊り下げられている。天井も高く、窓はさほど大きくはないけれど、それでもふんだんに質のいいガラスがはめ込まれており、そこから差しこむ光はとても眩しい。
身分ある人の部屋。
そういう印象。
そこに、なぜ自分が寝ていたのか。そしてこの格好はいったい。
考えようとして、ツキンと頭が痛んだ。
「あら、目が覚めた!?」
部屋の片隅に、女性が立っていた。
「おば……さま!?」
こめかみを軽く押さえながら、呼びかける。
ふくよかな体格。白髪の混じった髪は、少しすくないものの、それでも一筋もこぼれ落ちることなく、丁寧に結い上げられている。肉付きの良い顔立ちは、笑うと人のよさそうな印象を与えてくる。
「あの、これは…」
落ち着いたままの伯母に訊ねる。
「ああ、エレオノーラ。アナタは、男の子になったのよ」
………………………。
……………。
………。
「………は!?」
どういうこと!? それ。
「ああ、正確な言い方じゃないわね。アナタは、男の子になるのよ」
……いや。「なった」でも「なる」でも、たいして変わらない。
というか。
「男の子ぉ!?」
そこ。そこ説明してくださいっ!!
「王太子殿下のね、従者に欠員が出たのよ。それで、困ってたから、アナタにやってもらうことになったの」
従者の欠員→私が抜擢される→男の子になる。
どうしてそうなる⁉
「アナタなら、お兄さま仕込みの剣技を持ってるし。細やかな気づかいも出来るでしょうし」
私を推挙する理由を上げていった。
「それに、子どもも産めるから」
……………………。
思考停止中。
「はああぁっ⁉ こっ、子どもぉっ!?」
思いっきり素の声が出た。
「子ども」ぉ!? 「産める」ぅ⁉
どういった理由なのよ、それ。
「アナタも知ってるでしょう⁉ 王太子殿下のお噂を」
伯母の言葉の意味が呑み込めない。
「王太子として、一日も早いお世継ぎをと願っているのに、未だにその気配すらなくって…」
困ったように頬に手を当てられた。
「だから、アナタが殿下を籠絡ろうらくして、お世継ぎを産むのです」
殿下に子がいない→私が色仕掛けをする→世継ぎ出来たーっ!! わーいっ!!
…なんでそうなる⁉ それも、男の子になって。
「殿下は、男性にしか興味がないご様子。なら、男の子になって近づくのが、一番手っ取り早いのです」
「でも、伯母さま…。男にしか興味のない方に、女だと知られたら、…その。いろいろとマズいのでは!?」
下手をすれば、殿下をたばかった罪とかで殺されるんじゃあ…。
一瞬の無言。
「そこは…、その。そうならないように、殿下を夢中にさせてしまってから、ことに及べばよいのです」
つまりは…。
殿下の従者になる→気に入られる→どんどん誘惑する→男だと思わせたまま虜にする→殿下の欲望待ったなしに→押し倒してひん剥いてみれば、あれ…女⁉→でもお前が好きだからかまわないっ!!→既成事実成立→子供出来たーっ!! お世継ぎ誕生!! バンザーイッ‼
…ってこと!?
誘惑→虜→あれ…女⁉のあたりが、とてつもなく難関なんですけど⁉
そして、既成事実とか、子どもとか。
好きな人すらいなかった私に、到底出来るとは思えない作戦。
というか、こんなの、そう簡単にうまくいくの⁉
「殿下には、なんとしてもお世継ぎをもうけていただかねば。これはこのルティアナ王国の命運がかかった、一大事なのですよ」
ガシッと肩をつかまれ、熱弁される。
王太子殿下にお世継ぎをっ!!
殿下の乳母として王宮に出仕しているこの伯母が、殿下の未来を憂えているのは知っている。
殿下は、王太子として認められているものの、その地位は盤石ではなく、場合によっては廃嫡される可能性もある。伯母が私の家に立ち寄るたびに話していたから、私も事情はわかっているつもりだ。わかってるつもりだったけど…。
だからって、男の子の格好をさせられて、殿下に近づき、子どもを作れって…。
話、飛躍しすぎ。
せめて一言ぐらい相談してほしかった。
こんな心の準備もへったくれもない状況で、いきなり作戦を告げられても…。
コンコン…。
部屋のドアがノックされ、開いたドアから、ずかずかと男性が入ってきた。
「インメル夫人。従者候補を連れてきたと聞いたが…」
男性が、気さくに伯母へ話しかける。
濃い金色の髪、深い青色の瞳。背も高くて精悍な顔立ち。普通の男性より豪奢な服装。
そして、男性に対して、うやうやしく頭を下げる伯母。
…って、もしかして、もしかして、もしかしてっ⁉ この人が⁉
「ええ殿下。この者が、私の甥、従者候補のレオでございます」
やっぱりぃっ―――!! 王太子殿下、その人だぁっ‼
名前まで勝手に決められて紹介された。
…ってか、レオって誰よ。
とんでもない作戦と、初めて会った殿下と、勝手に決められた私の立場と。
もう、頭、いっぱいいっぱい。