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壊れた時計

作者: 晴樹

「おい、この時計壊れているじゃないか」


男はつい先日、この時計屋で買った品が早々に動かなくなったことについて、店主に文句を言いに来ていた。デザインはシンプルで、良く言えば年季が入っている、悪く言えば古臭い、一見どこにでもあるような懐中時計なのだが、男は一目惚れしてしまった。そのとき店主から何やらいわく付きの物だとは聞いていたが、高級時計が並び、取り分け上品な客しか入店していないようなこの店で、粗悪品を売るわけがないと、頭から決めつけていた。


「ですから、そういうお品だと説明したかと思います」


店主は事も無げにそう答えた。


「そんなわけがないだろう。私の事業は順風満帆で、時計が止まるわけがない」


この男、そんな時計店に出入りしているのだから、有体に言えば金持ちだ。二十代で始めた事業が当たり、三十代に入った今でも拡大を続けている。購入時に聞いた話によると、この時計は「持ち主の人に価値があるとき、時を刻む」ということであったが、購入したときも今も、事業は順風満帆、非の打ち所がないのである。どだい、二日三日でどうにかなるような事業はしていない。


「さては、買って幾日かで壊れるような作りにしているんじゃないだろうな」


ふと、そんなことが頭を過り口にしてしまった。


「『自らの価値』が何なのか、ということをよくよく考えてみてはいかがでしょうか」


男はかっとなって、暴言をまき散らして店を出ていった。


男は、退店してしばらくすると頭も冷めてきた。本当に粗悪品を売りつけられたのだろうか。店主の言葉は挑発の類だったのだろうか。よくよく考えてみると、どうもそんな風には思えない。そもそもどうして時計が止まったのか、その原因を考えてみると、もしや昨日の決断のせいかも知れないと思い当たる。


今まで事業を拡大し続け、今でも拡大しているのだが、その速度は年々減少している。また、古株の人たちが自分に便宜が図られるように事業そっちのけで権力争いを繰り広げているのもときどき耳に入ってくる。規模が大きくなればそういうことが起こり、段々と自分のコントロール下に置けなくなることは重々承知しているが、目に見えてやる気が削がれていく。そんな中で、事業の買収提案があったのだ。売り払えば、めんどくさいしがらみから解放され、今の何倍ものお金が入る。自分が作り育ててきたものを売ってしまうという決断を昨日した。今日にでも先方に伝えるつもりだったのだが、時計の一件があってまだしていない。もしや、事業こそが「自らの価値」であり、それを売ろうとしたから時計が止まったのだろうか。


そう思うと、売るのは惜しくなってくる。そして、事業に対する情熱も再燃し、やる気が出てきた。やる気が出てくると、なぜか今まで思いもよらなかった事業の展望とか欠陥とかが見えてくるようになり、途端に男のやるべきことは埋まった。それを成し遂げようと、男は動き出した。そうすると、時計も動き出したのだが、男の頭の中には時計のことなどすっかりなく、動き出したのをしばらく知らないでいた。



男は、六十代になっていた。事業は拡大を続け、国内で名を知らぬ者がいないほどの企業を成していた。


「ああ、ついにここまで来たのか」


感慨深く高層ビルから階下を見下ろすと、美しい街並みが見えた。この街並みの中で、男の事業に関係しないものはない。ビルを作り、道路を作り、あるいは店が立ち、ありとあらゆる所に男の成果があった。


「ここで隠居するというのもよいな」


既に子供たちは成人し、それぞれ事業の一角を担わせている。誰かを後継として据え、自分は隠居して静かな余生を過ごすことも悪くないと思い始めていた。しかし、そんな思いを抱くとあの時計が止まるのだ。その度に、仕事が自分の価値だと言い聞かせてきたが、終いにはそれでもいいじゃないか、と思うようになってきていた。今までこんなに頑張ってきたのだから、もう休んでもいいだろう、そんな考えだった。


しかし、気になったのがやはりこの時計だった。止まった時計を眺めていると、責められているような気分になる。そこで、この時計を誰かに譲ろうと思い立った。問題は誰に譲るかであるが、男にちょっとした悪気が芽生えた。自分が一生懸命動かし続けた時計を、一般人が動かせるわけがない。一般人で動かないのを眺めて、時計を動かした自分はやっぱりすごかったんだ、ということを確認してみたくなった。


それはすぐさま実行された。どこの誰なのかまったく知らないが、部下が手はずを整え、状況も逐一報告させるようにした。


「今日は動いているか」


「はい、あの時計は動いております」


そんなやり取りが何日も続き、男は段々と苛立ちを募らせるようになった。


「今日も動いているのか」


「はい、動いています」


「どうしてだ。君は、ちょっと特別な者に時計を譲ってしまったのではないか」


「いえ、その者は犯罪等を犯してはないものの定職にも付かず、日々アルバイトをしております」


男は、国内の平均的な人物に譲れ、という指示に反している部下の失態を責めることはしなかった。それを聞いても、やはりその者が時計を動かすだけの何かをしているようには見えない。よもや、アルバイトでもいいから働いていることが条件とでもいうのか。そこで、男は別の者に持たせるように指示した。今度は、無職の老人に渡すようにした。


しかし、それでも時計は動き続けた。男は苛立った。もしや、本当はただの時計で、自分が所有していても動くのではないかと思ったが、ダメだった。彼の手元に置いた途端、時計は動くのを止めた。男は納得のいかないまま、寿命を迎えた。



「希望というものはね、知的生命体に普遍に備わる能力であって、その生命を測るのに最も有効な指標と言えるんだよ。そこで私は、近年発見された生命がいそうな星に、計測器を送り込むことにした。目立ってもいけないから、その星の知的生命に怪しまれないような形に擬態する機能も付けてね。今頃は、その知的生命体の『程度』を測ってくれていると思うよ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー自体はとても面白い。興味深いって言った方がいいですかね。星新一感があると思う。 [気になる点] 時計が希望を測る装置だった…。その設定は面白かったですが、いきなりそのオチになるの…
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