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少女の目は、虚ろだった。真っ黒だった。
光などない。顔色が悪い訳では無い。けど、表情はない。
目を奪われた、と断言出来る。俺はこの瞬間、この子に会うためにここに来た、とでも言えるようなそんな感情。
恋ではない。でもそれは、何だろう。
何かの情が湧き出たんだ。
「・・・何を、しているのかな?」
やっとの思いで絞り出したが、ちゃんと笑えているだろうか?怖がらせてはいけないけれど、どうだろうか。
「・・・・・・。」
少女は答えない。
だが、私も、とゆっくりと口が、開く。
「私も、死ねるかと思ったの。」
それは、酷く不釣り合いな言葉に聞こえた。
10歳の少女が、言うような言葉ではない。
俺は固まったまま、何と返答したらいいのか分からなかった。
「おい!聡平!!」
少女を見つめたまま、立ち尽くしていた所、信長が走りながら近付いてきた。
正直、不覚にも安心してしまった。子どもと関わる事件なんてあってもみんな怯えていたり、眠っていたりして直接接することなどないし、親戚知人の中に子どもはいない。どんな対応をすればいいかなんて、交番の警察の方がよっぽど知っている。
「信長…爆弾は?」
「やっぱ無いな。てか、犯人捕まったってよ。」
「仕事がお早い事で。」
現案件は解決した。本来ならこのまま一度署に戻り、事務処理又は前案件の引き継ぎを行わなければならないのだが。
そんなことよりもこちらの方が厄介だ。死ねるかと思ったなどと口走る少女を放っておくわけにもいかない。
「そんな事より、子どもは見つかったのか?」
信長はキョロキョロと辺りを見渡すが、背の高い彼の視界には入っていないようだ。
「見つけたよ。そこにいるだろう?・・・そうだ、君。名前は?」
「篠田えいこ。」
テープ前にいた、親子からの情報と、名前も外観も一致している。正真正銘彼女が探していた女の子だ。
「えいこちゃん、大人が誘導していただろう?危ないから入っちゃダメだったんだよ?」
「・・・わかってます。分かってて、入りました。」
死にたかったから。
ぽそ、と呟く。きっと他の人なら聞き取れないだろうが、俺達はそうじゃない。
聞こえてしまった。正直こんな子どもから聞きたくない言葉だ。それがどんなに軽い理由だとしても。
「聞き捨てならねぇな。嬢ちゃん、なんで死にたいんだ?」
信長は、この手の話は死ぬほど嫌いだ。
特に、たかが数年しか生きてきてない人間が、悟ったように自殺しようとするのを、彼は許せないらしく、ニュースで学生の自殺の話が流れた時は、決まって渋い顔をしていた。
信長の顔をじっと見ていた少女は、虚ろな目のまま笑った。
「一緒に死ねたら1番良かったんですけどね」
何を言っているのか、さっぱり見当もつかない。少女の事を知らないから、何とも言えない。
なんと言うか、得体がしれなくて、気持ち悪い。
「・・・俺、この手の話、無理なんだわ。後始末しとくから、任せるわ・・・。」
げんなりした顔で、少女の事を丸投げして来た。なんて奴だ!俺も子どもの扱いなんて分からないし、どう見ても嫌な予感しかしないだろう。それを丸投げするなんて!
サッと踵を返して、上司の元へと足早に去っていく信長の背中を睨みながら、どうしたものかと思案する。
取り敢えず、保護した事だし、先程の友達親子に報告をし、保護者の所へ連れて行き事情を説明しなければならない。面倒事を引き受けてしまったと後悔するが、致し方ない。今後そのような対応をまたしなければならないかもしれない。そう、今後の為の練習だとでも思えば良い。
「えいこちゃん。君を友達が探していたんだ。ちゃんと説明しないといけない。自分で説明出来るかい?」
「大丈夫です。出来ます。ちゃんと謝ります。」
その言葉を信じ、友達親子の所へ連れて行くと、しっかりと自分で説明出来ていたし、謝罪の言葉も丁寧であった。
友達親子は泣きながらえいこを抱きしめていたが、彼女が虚ろな表情を崩す事はなかった。
会った時からの会話からも妙に大人びた、空気の読める対応をしてきていた事に関心し、子どもらしくないな、と若干の嫌悪感も抱いた。