出会い1
『えーいこちゃん!公園で遊ぼ!』
偶然鳴った、その電話は神様からのプレゼントだった。私は救われた。だって、分からない。どうしたら、何をすればいいのか。全く見当もつかない。他の子より、少し頭がいいくらい。空気を読むのが少し上手なくらい。
そのくらいだ。その時初めて、私は子どもだと、痛感した。大人ぶりたい年頃だけど、実際は何も出来ない。
だから私は、偶然鳴ったその電話に感謝して、目の前の現実から逃げた。見て見ぬふりをした。
今の私には、家から飛び出すしか出来なかった。
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○○警察署捜査課強行犯捜査係 巡査・小宮聡平(25)、というのが現在の肩書き。まだまだ社会人三年目。ひよっこの警察官だ。
何に憧れて警察になろうと思ったのかは忘れたが、父親が警察官だった為かそうならなければならない気がした。別に強制されたわけではない。かと言って自分のやりたい事が見つかった訳でもなかった。
母は至って普通の主婦をしていたが、両親共に物腰柔らかで、人当たりが良く、いつもニコニコしていた。その為か、俺も物腰柔らかで人当たりの良い、無難な性格に育った。警察官という職業には冷静さが必要となる。その点、自分には喜怒哀楽の『怒』の感情が乏しく、表立って怒りが湧いてきたことがなかった。他の感情がない訳では無いけれど、仕事で全面に出すことはない。任された仕事は事務や警部(課長)のプライベート管理であっても、何も言わず行った。それもあってか、何故か俺には「柔和秘書」というあだ名が付けられていた。
いつものように、張り込みをしてから2日目の夕方。目標は動かない。不眠には慣れているが、そろそろお腹が空いてきた。助手席に座っていたはずの相方は20分前に車から飛び出したっきり帰ってこない。
突拍子もなく居なくなるのは当たり前だったが、流石に空腹で限界だった。温厚であると自他共に認める性格であるが、空腹には敵わない。イライラしてきた。早く帰ってこい。シバくぞ。
そうか、俺も空腹には敏感に反応し、『怒』の感情も顔を出すらしい。
思いが通じたのか、危険を察知したのか、タイミングよく相方が乗り込んできた。
口いっぱいに物を詰め込み、もちゃもちゃしながら、文句を言ってきた。
「やっぱりあんこは、こしあんだな。」
どうでも良い。おい、俺の分はどこだ?
「あ?お前の分なんかねぇよ。自分で買ってこ…っグェ!」
イライラしたので、殴っておいた。
そのくらいで済んだのだ。感謝してほしいくらいだ。
ぐうぅぅ。
腹の虫も文句を言っている。しょうがない。昨日から何も食べてないのだ。眉間に皺を寄せ、腹に力を入れる。
相方が帰ってきたのだから、自分もコンビニかどこかで腹ごしらえしようと車を降りようとしたが、上司からの電話に車を降りる事は出来なかった。
「…はい、小宮です。」
「俺だ。爆弾魔から犯行予告が来た。愉快犯だとは思うが、直ちに○○公園に行き爆弾の処理をしてこい。現案件の代わりは既に寄こしてある。」
「わかりました。」
チラリとサイドミラーを確認すると電話の途中だが、代わりの人間が到着した。愉快犯だと確信しているが、油断は禁物。そう判断した上司の対応の早さに、いつも驚かされる。
「信長、爆弾魔の愉快犯が出たらしい。手分けして探そう。」
「任せろ。」
あんぱんを口いっぱいに頬張って食べていた男は、ニヒルに笑い、シートベルトを締めた。