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盾の用心棒と白の魔女  作者: 海藻 若芽
用心棒と白の魔女
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4話-1 誘い

 この日、アイアスはイッスの裏山を歩いていた。その背中には、彼より一回り小さい籠が背負われている。中身は空だ。真上からさす太陽光は鬱蒼と生い茂った木々に阻まれている。しけった葉を踏むと、くしゃっと音と立ててその身を崩した。

 アイアスは上下白一色の長袖を着ていた。だが、裾は跳ねあがった泥に汚れて、水玉模様に装飾されていた。


 整備されていない山道は獣道まがいで、うっかりすると足を取られそうだ。アイアスは足元をしっかりと確認しながら登っていく。道の脇には、この前スープで食べたネリアや土から直接四本の葉を生やした山菜。木の根元には、こうもり傘のような真っ黒の茸や緑の赤が折り重なるような色をした茸。その他、名も知れぬ雑草が共生している。

 雨が降ったのが数日前にも関わらず、じめじめとした空気が抜けずにそこら中に漂っていた。アイアスは周りの独特の匂いと、特有の蒸し暑さに顔を顰める。


 気を紛らわすために、アイアスは自身を優に超える木々を見上げた。木々は少しでも栄養を蓄えようと、上へ上へとその体を伸ばしている。青々とした葉をつけた枝の高さとごつごつとひび割れた焦げ茶色の幹の太さから、樹齢の厚さが窺える。きっと、俺が生まれるずっと前からここにいるんだろうな。いつもは思いもつかないことを考えたのは、先日読んだ『タタイヌの冒険一巻』の影響だろう。詩的っぽい表現を馬鹿にするように臭さが鼻についた。

 サージャからは山に入るにあたって、独特の山草の臭さに慣れるまで辛いことを耳打ちされていた。それを承知で山に入ったが、初めて嗅ぐ臭さは、想像を超えていた。今まで、山道を通ることは何度かあったが、こんな異臭は嗅いだことがない。何かの草が原因と推測できるが、この山特有の植物でもあるのだろうか。


 アイアスは借り物の服の裾で乱暴に鼻を拭った。山の洗礼をいち早く慣れようと、一度勢いよく吸い込んでみるが、鼻腔に余計な臭さが残って、ますます顔を歪ませた。

 泥に塗れた足を止め、アイアスが前を行くマリを目で追う。老婆らしい腰の曲げ方をしたマリは、彼に目を向けることはなく、一人でずんずん先に行ってしまっていた。枯れ枝みたいな見掛けによらず、足取りはしっかりしている。その光景を何気なく眺めていたが、ふと、マリとの距離がずいぶんと離れてしまっていることに気づき、籠を背負い直すと足腰に力を入れた。


 どうしてアイアスがマリと一緒に山を登っているのか。そして、その籠を背負っているのか。それを知るためには、時を朝に戻す必要がある。

 四日目の朝、アイアスたちが朝食を食べ終わったところで、マリは見計らったように屋敷へやってきた。


「サージャ様~、アイアスさん~。おはようございます~」


 嗄れ声を聞きつけたアイアスたちが玄関先に向かうと両手にそれぞれ籠を持った朗らかな笑みのマリが、すでに扉を開けていた。マリは、土気色のズボンと濃緑色の長袖の服を着て、その手には手袋を嵌めていた。

 突然の来客に、アイアスは、返事なしに入ってくるものなのか、と目を見開き、サージャはいつものことだったのだろう、何か注意することもなく、笑顔で会釈する。


「今日はどうしたんですか。マリさん」


 マリは無遠慮に入ってくると、両手に持っていた籠をどかりと置いた。サージャはまた山菜でも持ってきてくれたのかと、視線だけを下に傾けるが、その中身は空である。サージャとアイアスが首を傾げると、マリが笑顔のまま口を開いた。


「今日はな~、アイアスさんと山菜取りに行こうと思ってね~」


 サージャは横目でアイアスに視線を送る。勿論、彼はそんなことを約束していない。また言われた覚えもない。そもそも、彼は目覚めた日以来、マリとは会っていないのだ。人づてにマリの誘いを聞いてもいない。つまり、マリの今日の気分で彼を誘いに来たのである。

 当然、アイアスは困った。他の誰かに何かを誘われていたわけではない。だからと言って、おいそれと山菜取りに参加できるかと言われても、首を縦に振るのは簡単ではない。突然の訪問と唐突な誘いに、彼は思わずサージャに判断を委ねるように声をかけようとする。しかし、その願いも空しく、サージャは首を横に振った。彼女にも今回のようなことは何度も経験しており、その度に断られた試しがないのだ。それに、彼女としても大事な村人の言葉を他人に断らせるのは、いい気分ではなかったのだ。


 頼みの綱が絶たれたアイアスは考える。まず、今日の予定だが特にこれといった予定はない。することといえば、昨日読んでいた本を読むか、サージャの庭の手伝いぐらいだ。右手の傷の具合だが、動かしても違和感や痛みはなくなった。サージャの見立ての期間からして、まだ全快したわけではない。といっても、山菜取りぐらいなら問題ないだろう。この老婆でも登れる山なら、俺だって登れるはずだ。手紙なら明日届く予定だから、今日待っていても仕方がない。

 決心した顔でアイアスはサージャに横目で目配せする。彼女はその合図に気づいて、アイアスに微笑みで返事をした。


「分かりました。ぜひお供させてください」


 アイアスは彼なりの愛想のよい笑顔で返答した。その顔のぎこちなさは手に取るように分かったが、マリは口角をさらに上げた。


「良かった~。そろそろ外に出たいころだと思ってねぇ~。じゃあこれ渡しておくからね~」


 そう言うと、マリから動物の革を縫い合わせた手袋を渡してくる。アイアスはそれを受け取り、手のひらに合わせてみる。計ったように手のひらと合致した。珍しく自分に合う大きさのものがあったのだろうか? と浮かんだ疑問にマリが答えを出す。


「大きさは大丈夫かい。夜なべして編んだ甲斐があったよ~」


 アイアスは、わざわざ自分のために夜なべしてまで編んでくれたことに胸が熱くなった。あって数日の自分に対して、ここまで親切にしてくれる人の誘いを適当に断ろうとしていたことを、アイアスは心の中で詫びた。


「山に入るから、長袖の服に着替えてね~。外で待ってるからね~」


 マリが出ていくのを見送ってから、アイアスは客間に戻ると、サージャが用意してくれた長袖に着替える。そして、マリとともに山へ入った。

 そして、物語は冒頭へと戻る。

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